12.到着②
「シルヴィアさん?エミリーちゃんが困ってるでしょ。放してください」
「いえいえ、そちらこそ。エミリーが困っているので、無遠慮に抱きついたりしない様にして頂けますか?」
「いつエミリーちゃんが困ってたって言うのよ!」
「おや、お気付きになられて無かったのですか?」
また俺を間に挟み、昼間の荷馬車の中と同じように、何故か二人は睨み合って言い合いの喧嘩へと発展している。
本当に勘弁してほしい。
せめて俺を下ろしてからやって欲しい物だが、やいのやいのと言い合いを続けている為に何だか口を挟めないのだ。
そんな訳で、早々に諦めの境地へと至った俺が遠くを眺めていると、そこに救いの神が現れた。
アルドとサミアの見知った2人と、見知らぬの3人の男女が此方へと近づいてきたのだ。
一人は、鉄の胸当てを身に付けたスキンヘッドで髭面の男で、もう一人の男は皮鎧を身に着けた何だかひょろっとした線の細い優男だ。
最後の一人は女性で、濃い青のローブを身に纏った妙齢の女性だった。
彼等は今は黙って睨み合いを続けている二人と、未だ挙げられている俺の近くまでやってくると、アルドとサミアの二人が師匠を睨んでいるユーリンを無理矢理引き離し、師匠は勝ち誇った様な顔で高くに上げていた俺を、ゆっくりと降ろ……、さないっ!
降ろさないのかよっ!
俺はそのまま降ろされる事無く、まぁ確かに少しは下りたが、まさに小さい子供がそうされている様な恰好で片腕に抱かれていた。
もう好きにしてくれ。
知らない顔の3人組の内、一番前に居たスキンヘッドの男が、遠くを見ている俺と、ニコニコと笑顔を浮かべる師匠の顔を、どうしたものかと少し困った様な顔で交互に見た後、口を開いた。
「えーっと、少し話しを聞きたいんだがいいかね?」
「えぇ、構いませんよ。そう言えば、皆さんお集りの様で、何かあったのですか?」
「いや、あんた達二人を助けに行く為に、集まってたんだよ」
「そうですよ。私達を逃がすために荷馬車から飛び降りて……」
スキンヘッドの男性の言葉に、軽い感じで答えた師匠が、何かあったのかと尋ねると、アルドとサミアの二人が割って入って来た。
話しを更に詳しく聞くと、俺達二人が殿を務める為に途中で飛び降りたあの後、街へと急いで戻った一行は、直ぐに冒険者組合へと駆け込んだらしい。
俺達二人を助けて欲しいと駆け込んだのだが、冒険者でも無く、良く知らない旅の二人を善意で助けに行ってくれる人など、余程の物好きでなければ居るはずがない。
一応話は聞いてくれたのだが、その結果は、俺達の救出よりも、ゴブリンの100匹を超える群れに重きを置く事になった。
まぁ当たり前と言えば当たり前だ。
あの場では散り散りになったとは言え、また集まるのは目に見えていた。
その脅威をそのままにしておく訳には行かない。
そして明日、そのゴブリン達の駆除をするという事で、多くの冒険者に依頼として回されたのだが、俺達についてはどうもしないという事になってしまった。
しかし、そこで、俺以外の冒険者4人と師匠を雇っていたギムレットさんが、ならばと、正式に俺達の救助を依頼として申し込みたいと名乗り出たらしい。
最早死んでいるかもしれない俺達を助ける為に、お金を、しかも前払いで出したとの事だ。
この場には居ないが、俺達二人のおかげで無事に街につくことが出来たと、本当に感謝していたらしい。
そうして、その依頼を受けてくれた人達が、今正に出発しようとここに集まっていたという事だ。
後でアルドから聞いた話だが、ユーリンが馬に乗れないのに、直前まで一緒に連れていけとごねていたらしい。
それで少し時間を食ったとアルドがぼやいていたのだが、こうして俺は無事なのだ。
まだ知り合って間もないにも関わらず、そこまで俺の事を心配してくれたという事が素直に嬉しかった。
心配をかけた事を後で謝らないといけないなと思う。
話を聞いた師匠と俺は、顔を見合わせた後、師匠はゆっくりと、やっと俺を地面へと降ろし、そして二人で同時に頭を下げた。
「どうも、ご心配をお掛けして、申し訳ありませんでした。」
「本当にすいません。ご迷惑をお掛けした様で……」
「……いや、まぁ、無事ならいいんだ。本当に、良かったよ。二人共無事で」
俺達の謝罪に、アルドがポリポリと頭を掻いてそう言った。
「其方の方々も、見ず知らずの私達を助ける為に集まってくれた事、感謝します。」
「ありがとうございます」
師匠がそう言って集まってくれた冒険者の3人に対しても頭を下げ、俺も感謝を告げて頭を下げた。
そして頭を上げ、師匠はニコリと微笑みを浮かべた。
その微笑みを見た一番前に居る男性と、アルドの二人の顔が朱に染まっている。
まぁ確かに師匠は美少女だ。
彼女に微笑みを向けられたら、照れるのも仕方ない。
少し、慌てた様子で、冒険者の男性はゴホンッと一つ咳払いをする。
「いや、気にしないでくれ。俺達は正式に依頼を受け、仕事として、お金を貰ってここに集まったんだ。」
「おやー?素直じゃないっすねー、リーダー」
「ほんとほんと。依頼が出される前にアルドのとこへ行ったのは誰だったかしら……」
「うるせぇっ!お前ら!黙ってろっ!」
「おー、怖い怖い。」
「はいはいー。」
スキンヘッドの髭面のおっさんを、妙齢の女性と、ひょろっとした優男が揶揄う。
その様子を見て解る通り、いい人である事は間違いない。
自然と顔が綻ぶ俺であった。
「さて、それで、ようやく話が戻るんだが……。その、ゴブリンイーターはどうしたんだ?」
「無事に逃げられたんですか?」
「あぁ……、いえ、私達二人で倒しましたよ?」
「……はい?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……、アレを、倒したって?」
「えぇ、少し硬かったですが……」
「信じられん……」
師匠の言葉に皆は顔を見合わせ、ボソボソと何か話をしている様だ。
そして暫くの間、質問攻めに合い、何とか倒した事を信じてもらう事が出来た。
どうやら、モンスターの強さには大まかな脅威度のランクという物があり、1から10の10段階で分けられている。
そのランクを大凡の目安にして、自分が勝てる相手かどうかを判断するらしいのだが、ゴブリンイーターの脅威度は、ランク5から7の間であるらしい。
はっきりとしないのは、理由があり、活動時期がほぼ限られている為に、その討伐数が極端に少ないのだ。
なのではっきりとしたランク分けは出来ていないという、レアなモンスターという訳だ。
滅多に人の前に姿を現さないという事だが、体感した強さを考えると、恐らく遭遇した時点で普通の人ならほぼ間違いなく死ぬだろう。
しかも、最低でもランク5となると、その強さはBランク冒険者、職種等のバランスにもよるが、最低で5人、最大で10人という人数で組んだパーティーで、ようやく安全に勝てるという所らしいので、ちょっとやそっとの冒険者でも無理だ。
まぁそれが、何故あそこまで質問攻めにされたのかという原因だ。
そのゴブリンイーターを、俺達二人で倒したと言うのが信じられない話だったのだ。
まぁ俺は殆ど何もしていないのだが、何だか言いそびれてしまった。
最初は直ぐに訂正しようかと思ったのだが、何故か師匠が俺が言おうとしたら口に指を当てて止めたのだ。
あんまり目立ちたく無かったのかもしれないが、ゴブリンイーターの死体の回収をお願いしたので、その死体を見ればバレそうではある。
俺が付けた傷なんて殆どないぞ。
まぁそれはさて置き、ゴブリンイーターの話に戻るのだが、まぁ簡単に言うと、俺達二人でランク5を倒したと言う事は、俺達二人はBランクの冒険者を超えているという事になってしまう。
Bランク冒険者が数人がかりで倒すモンスターを、二人で倒したとなると、その実力はAランク以上だと言う事だ。まだ若く見える俺達二人が、Aランク以上の実力があるとは、にわかに信じ難いのは当然の話だろう。
師匠はともかく、俺の方は見るからにまだ幼いのだ。
そこまで考えた所で、ふと師匠の姿を見る。
聞きそびれているのだが、彼女はいったい何歳なのだろうかという疑問が今更ながら沸いてきたのだ。
見た目的には、若くて16歳ぐらい、それ以上だとしても、20歳は超えていないだろう。
だがしかし、正直俺は見た目で年齢を判断するが苦手だ。見た目から大凡でも歳を当てられるのって最早特殊能力の類だと思うのは俺だけだろうか?
まぁここまで聞きそびれると、今更聞くことでも無いか。
歳など些細な事だと、もう気にするのは止めた。
まぁそんな事は置いといてだ。
件のゴブリンイーターなのだが、実際には師匠一人で、しかも、苦戦すらせずに一撃で倒している。
どうやら俺の師匠は、解ってはいたが、マジですごい人であるらしい。
師匠がSランクと言われても、俺は驚かない自信がある。ほらあの人、今日からSになるって言ってたしね。あれ、関係ない?
まぁそんなこんなでようやく質問攻めも終わり、解散となった。
因みに、今師匠と握手している冒険者3人組のリーダーでもある、スキンヘッドで髭面のおっさんは、ギルバートと言うらしい。
そして、ローブ姿の妙齢の女の人がアリサで、ひょろっとした優男はニコラスと言う。
リムールの冒険者組合の中では古株で、Bランクの冒険者PTであるとの事だった。
かなりの質量を収納できるアイテムボックスを持っているそうで、俺達二人がゴブリンイーターの死体をどうすればいいか相談した所、それの回収を快く引き受けてくれた。
流石にあれだけ巨大な死体が、街道の真ん中を塞いでいたのでは邪魔で仕方ないだろう。
今から早馬を飛ばして、夜更けまでには帰ってこれるとの事で、報酬等は明日の朝、冒険者組合で落ち合う事となった。
余り手持ちがないが、ゴブリンイーターから取れる素材から支払う旨を了承して貰っているので、安心だ。
「さて、じゃぁ俺達はこれから死体の確認と、回収に行ってくるわ」
「あんまり遅くなると危険っすから、急いで行きやしょう」
「よろしくお願いします」
「お願いします」
そう言って頭を下げると、「まかせとけ」とギルバートが笑顔を浮かべた。
「所で、ちょっと気になったんだが……」
「はい?なんでしょう」
「?」
そう言って俺と師匠の顔を交互にマジマジと見る。
「二人は、姉妹か何かなのか?」
「あ、いえ私達は……」
「エミリーは私の恋人です!」
「はい!?」
「なんと!……んん?……恋人、だって?」
いきなり嘘をぶっこむんじゃない!
「いえ!違いますよ!彼女は師匠で、私は弟子ですから!」
「あ、あぁ、何だ。そうか……、すまんな。変な事を聞いて……。二人共、随分仲が良さそうに見えたから、姉妹かと思ったんだがな」
「いえ……」
「ま、まぁ!ちょっくら行ってくるわ!それじゃぁまた明日、冒険者組合で会おう」
「はい、それじゃぁよろしくお願いします」
「おう!」
そう言って手を挙げて、馬に乗った3人組は街道を走って行った。
チラリと隣を見ると、微笑みを浮かべた美少女がそこに居た。
この人は、余程俺の事を揶揄うのが好きらしい。
はぁとあからさまな溜息を吐いた後、俺は街へと歩き出す。
「……師匠、もう街に入りましょう。お腹も空きましたし、もう眠気がやばいです……」
「そうですね。すぐ宿を取って休みましょうか……、くふふっ」
襲い来る疲労感と、極度の眠気から、隣で何やら俺に話しかけてくる師匠に生返事を返す。
何やら「ベットは」とか、「お風呂は」とかいう単語は耳に入ったのだが、まさかこの後あんな事になるとは思いもしなかった。
まぁこの時はそんな事等露知らず、唯々早く宿屋へとたどり着く事だけを考えていた俺なのであった。
俺は、この時の注意力散漫だった自分を叱ってやりたい。




