11.到着①
師匠と二人で街道を歩き始めて数時間。
陽が落ち始めた所で、ようやくリムールまで目と鼻の先という所まで辿り着いた。
もう無理。
流石に疲れすぎた。
深夜からこれまで一睡もしていないのだ。
疲労感と眠気が半端では無い。
見るからにお疲れな俺を心配し、師匠がある提案をしてくれたのだが、丁重にお断りしておいた。
お姫様抱っことおんぶの究極の選択は、俺には選ぶことが出来なかったんだ。
幾ら師弟関係になったからと言って、今日出会ったばかりだ。
俺には流石にどちらもハードルが高すぎる。
まぁそれはさて置き。
暫く二人の間には会話も無いまま黙々と進み、あと50Mも歩けば辿り着くという所で俺は一度足を止めた。
そして、前方に見えるリムールの街を眺める。
今日、同日の深夜、俺は無事家出をする事に成功し、ここまで来る事ができたのだ。
少し感慨深い物がある。思った以上に長い道のりだった。
今頃お城は、大慌てで俺の行方を捜しているのだろう。
どこまで続くのか、いつまで続くのか、全く検討の付かないこの家出に、いつの日か終わりが来るのだろうか。
もっと、遠くに行きたいと、俺は願った。
夕日に染まる奇麗な街を見つめながら、ここよりも、もっともっと、遥か遠く、誰も俺の事を見つけられない様に。
誰の手にも、捕まらない様に。
急に足を止めた俺に合わせて、師匠もその足を止め、俺の隣で同じようにリムールを眺めている。
石を積み上げて作られた外壁に、今は開いているが、見るからに分厚い木で出来た重厚で立派な門。
その巨大さに少し圧倒される。
「はー……、王都よりも立派で大きい、ですね」
「そうですね。……商業都市は初めてですか?」
「……はい。王都からは、一度も出たことがありません。」
「……そうですか。私は何度か来た事がありますが、大きくて立派な街ですよ。そうですね、やはりその名前を冠する通り、商業が盛んで、それによって発展した街です」
未だその商業都市を外から眺める事を止めない俺に、師匠は自分の知る商業都市について語ってくれた。
「本当に様々な物が売っていますよ?店を見て回るだけでも、何日も時間が潰せるでしょう。この街で買えないものは無いと言われているぐらいですからね。街全体の大きさとしては、王都と殆ど一緒なのですが、それは王城も含めての広さです。魔王国フレイムの中で、首都フェムリルを超える一番大きな街ですね」
「へぇ、そうなんですか。……詳しいですね、師匠」
「えぇ、昔、諸国を回っていましたからね。……ここのほかにも、様々な国や、面白い街が沢山ありますよ」
「そう、なんですね。……行ってみたいですね」
「行けますよ」
師匠からの視線を感じ、ここで俺はようやく商業都市から目を離し、今度は隣に立っている美しい少女を見上げた。
彼女は沈みゆく夕日を背に、優しい笑顔を浮かべながら、俺の事を見つめていた。
俺は言葉を失い、暫くの間見惚れてしまう。
未だ黙ったままの俺を見つめたまま、彼女は言う。
「私が、何処へでも、何処まででも、連れて行ってあげますよ。……私と貴女は、師匠と弟子、ですからね。」
「……はい。付いていきます。何処へでも……、何処まででも……」
そう答えた俺に、師匠は満足そうに一度ニコリと微笑み、また視線を前へと戻した。
その横顔を少しの間眺めた後、俺もまた、正面へと視線を戻す。
ここに立ったのが、一人じゃなくて良かった。
この景色を、彼女と一緒に見られた事が、素直に嬉しかった。
これから先、色々な物をこの人と一緒に見る事が出来るんだろうか。
そうなればいいなと、そんな事を想う俺であった。
「くふふっ……、師匠と弟子は、運命共同体ですからね」
「……そう、でしたっけ?」
「えぇ、そうですよ。それこそ、何処へ行くのも一緒ですね。何処へ行くのも、ね……。くふふっ」
……あれぇ?
何かいい雰囲気だった様な気がするんだけど、俺の気のせいだったかな?
何やら、お風呂、とか、ベット、とか言う単語が聞こえてくるが、俺はどうやら今だけ難聴になったみたいだ。
さぁ行こう。すぐ行こう。
「師匠!置いていきますよ!!」
「……おっと、ちょっと待ってください。直ぐに行きますよ……。(鼻血が止まったら)」
俺が歩き出した事にも気付かず、何処かへ旅立っていた師匠に、数歩歩いた所で振り返って声をかけると、何処からかハンカチを出して鼻を抑えている所が目に入った。
鼻水でも出たのだろうか。
それから少しして、駆けて来た師匠が隣に並び、また二人並んで歩き出した所で、何やら門のすぐ近くに人が集まり、ざわついているのが目に入った。
更に近づくとその姿が段々と鮮明になってくる。
どうやら10人程の武装した集団と、数頭の馬が街の出入り口である門の前に集まっている様だ。
何かあったのだろうか。
師匠とお互いに顔を見合わせ、その集団へとゆっくり近づいていく。
「ん?あれは……」
「おや?」
俺と師匠がほぼ同時にその人物を見つける。
その集団の中、俺達二人共が見知った人物が、その中に混じっていたのだ。
ある程度距離が近づき、お互いにその人相をはっきりと視認できる距離まで近づいた所で、俺達二人に気づいた周りの武装した人達が、訝し気な視線を送ってくる中、俺はその見知った人物へと声をかけた。
「おーい!アルドさん!サミアさん!」
「だからっ!お前は馬に乗れないんだから留守番だって……、うん?」
「あら?」
急に声を掛けられた二人は、キョロキョロと辺りを見回した後、手を振る俺に気づいて驚いた様な表情を浮かべた。
「何かあったんですかー?」
「ばっ!お前等っ!何かあったって……」
「この声はっ!?エミリーちゃん!?」
何処からか聞いたことのある声が響いてくる。
その声の主はどうやら、アルドの体の陰に隠れて見えない様だ。
「ちょっ!アルドッ!!邪魔だってばっ!!」
「うがっ!!」
ドンッという音が響いたかと思うと、立っていたアルドは急に何かに突き飛ばされたかのように転げる。
それと同時に、アルドの体の陰から姿を現したのは、エルフの少女、ユーリンだった。
彼女は俺の姿を見つけると、驚愕の表情からすぐさま笑顔へと変わり、俺の方へと向かって一目散に駆けだした。
その笑顔と、その猪突猛進を彷彿とさせる勢いに、俺の腰は完全に引けている。
俺の頭の中で、ついさっき起こった出来事の様な、そんな既知感が襲い来る。
「エミリーちゃあああん!!無事だったのねっ!!」
数秒と掛からずに目の前へと迫るエルフ娘に、俺は身構える。
その速度たるや、『縮地』の壁を越え、『神速』の高みへと至っているだろう!
エルフっ!恐ろしい子っ!
まぁそんな事はあるはずもなく、ただ単にその勢いに気圧されて動けなかったと言うのが正解です。
そして、俺の目の前でエルフ娘が両腕を大きく広げ、俺へと飛びついてくる様が、まるで走馬灯の様にスローモーションで流れ、その腕が今まさに、俺を掴まんと閉じられ、その腕の中に、俺は……、いないっ!
それは正に、本当に『神速』と言っても過言ではない速度だったと思う。
今まさにエルフ娘の腕の中に捕まるという寸前、俺の体は得体の知れない浮遊感に襲われていた。
現に俺の足は今浮いている。
上から見下ろす形で、空振りに終わったその抱擁の恰好、両腕を閉めたままでトットットッ、と言った具合に走った勢いのまま、少し片足で進むエルフ娘を俺は目撃していた。
「はい、そこまでですよー。」
俺の少し下、腰の辺りから声がする。
そう、俺が腕に捕まるその寸前で、師匠は俺の脇を持ってヒョイッと持ち上げ、エルフ娘の突進から俺を回避させていたのだ。
そして俺の現在。
少し、というか大分間抜けに見えているだろう。
俺、今、高い高いされてるんだぜ?すごいだろう?
まるで背が高くなったみたいだな、等と現実逃避しつつ、下を見下ろすと、片足立ちで両腕を前に閉じたまま、プルプルと震えているユーリンがそこに居た。
そしてユーリンはゆっくりと足を戻し、腕を解いて、またゆっくりと此方へと向き直る。
その顔に浮かぶのは、怖い程の笑顔だった。
あ、すいません。
まずは下ろしてもらってもいいですか?
あれ、ダメ?
こうして、俺は高い高いをされたまま、現実逃避を続けるしか選択肢は無いのだった。
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