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9.ゴブリンイーター

 馬車から飛び降りた俺は、迫ってくるゴブリンイーターを落ち着いた様子で待っているシルヴィアの元へと駆け寄った。


 シルヴィアはどうやら飛び降りた俺に気づいていた様で、特に驚いた風でもなく、隣まで来た俺をチラリと見た後、また楽しそうに笑った。


「来てしまいましたか……、本当に、貴女は……」

「……すいません、邪魔にはならないようにします」

「あぁ、いえいえ、別に責めてはいませんよ?貴女はどうやら、型には嵌らない方の様ですしね」


 そう言って俺の方を見て微笑み、何故か頭を撫でられた。


 襲ってくる恥ずかしさを隠しながら、俺はシルヴィアから顔を反らし、まだ少し離れた場所を走っているゴブリンイーターに視線をやった。


「それ、別の人にも言われました。型に嵌らないって……」

「ほう、別の人に、ですか……。その方も、私と同じ気持ちだったのでしょうねぇ」

「そうなんですか?」

「えぇ、もちろん。型に嵌らぬ貴女が、自由で可愛い貴女が、大好きですよ」

「なっ!?」


 いきなり何を言い出すのか。

 前世から考えても、初めてと言える突然の告白まがいの言葉に、俺は顔が火照るのを自覚した。

 そもそも、俺の中身はアレだが、二人共女の子なんだ。そういう意味では無いだろう。

 


 チラリとシルヴィアを見る。

 その顔はニコニコとした笑みを浮かべて、俺の頭を未だに撫でている。

 顔が赤いのもバレているだろう。

 絶対に揶揄っているなと思いつつ、その手を振り払う訳にもいかない。


 「……揶揄わないで下さいよ。……その別の人は長い付き合いでしたけど……、シルヴィアさんはまだ今日会ったばかりじゃないですか」

 「おや、ご存知ありませんか?」

 「え?何をです?」

 「いえね、世の中には、一目惚れという素晴らしい言葉があるのですよ?」

 「……それは、知ってますけど……」

 「私の座右の銘です」

 「一目惚れがっ!?」


 どんな座右の銘だ。

 俺の座右の銘は何だろうなぁ。

 結婚は人生の墓場、か?

 ……何か違うな。

 結婚したくないから逃げてる訳だけど。


 まぁ馬鹿な事を言っている場合じゃない。


 そうこうしている内に、刻一刻とゴブリンイーターは近づいてきていると言うのに、どんな落ち着きようだ。

 まぁ俺も人の事は言えないが。


 ある程度の距離までゴブリンイーターが近づいて来た所で、シルヴィアは未だ俺の頭を撫でていた手をようやく離し、迫ってくるゴブリンイーターを指さした。


「あれ、止められますか?」

「はい?」

「いえ、なに、貴女ならどうやって止めるのか、少し興味が」

「えぇー……」


 無茶振りじゃね?

 しかし、どうだろうか。

 うーん。

 せっかくだ。やってみよう。


 俺は迫るゴブリンイーターへ向けて詠唱を開始する。


炎弾(フレアバレット)


 唱えると同時に、生まれた炎の弾丸を放つ。

 三つの炎の弾丸は吸い込まれる様に大口を開けたその口へと吸い込まれた。

 ボフッボフッボフッ!!

 と、音を立てて、口の中に入ると同時に、その中で少しの炎を上げた後、それは直ぐに沈下された。


 少し怯んだ所を見計らって、放つと同時にもう一度詠唱を開始していたそれを放つ。


「もういっちょ!炎弾(フレアバレット)!」


 次はその巨大な目へと向かってピンポイントショット。


 放たれた三つの炎の弾丸は、ドンドンドンッと立て続けにその瞳で火の粉をまき散らしながら弾けた。


「グギャッ!!」


 たまらずその巨大な手で目を押え、短い悲鳴を上げてゴブリンイーターは立ち止まり、その直後。



「グゥゥルァァァァッ!!!!」


 もう大絶叫である。


 たまらず俺は耳を押え、その怒りの咆哮が終えた所で耳を放した後、指さしてこう言った。


「止まりました」

「……えぇ、ものすごい怒ってますねー」

「……ですね」


 ダメージは、ほぼ皆無。

 ただ怒らせただけだった。


「ちょっと、()ってみますか?」

「え!?」


 また無茶振りじゃね?

 すげー睨んでるし、あのお方。

 恐らく俺が魔法を放ったと言うことを認識しているのだろう。

 その視線の先には俺が映っていた。


 しかし、やはり俺には驚くほど恐怖や気負いという物が無かった。

 ただ、今回ばっかりは、理由があったと思う。

 何故、俺はこの状況で落ち着いていたのかと言うと、この隣で微笑みを浮かべている美少女。

 シルヴィアがこいつに負けるという所が、まったくと言っていいほど想像できなかったからだ。


 まぁ、危なくなったら、この人が助けてくれるんじゃないかと言う甘い考えがあったのだ。

 そしてその甘い考えが十中八九、いや、確実にその通りになるだろうという確信の様な物があったと言っても過言ではない。


 そして今、このシルヴィアという保険を所持して、強敵との一戦。


 戦わないという選択肢はあるか?ないでしょ。


 そして俺は、一度深呼吸した後、ゆっくりと前へと歩を進める。


 ゆっくりと歩を進める俺を、目で追いながら喉を鳴らすゴブリンイーター。


 こうして面と向かって立ってみると、その体格の違いを嫌でも認識させられる。

 大人と子供という言葉でも表現できないほどの体格差だ。

 その巨大な手の平と俺が、同じぐらいの大きさだろうか。


 そして、直後、唯々棒立ちの様に立っている俺へと向けて、ゴブリンイーターは両手の平を組み、振り上げ、思い切り力任せに俺がいる場所へと叩きつけた。


 振り下ろしが始まるとほぼ同時に、俺はバックステップでの回避を行って事無きを得る。

 そしてバックステップを終え、地面に足が付くと同時に、『縮地』を発動して、前へ。

 陥没している地面の上にある組まれた手に飛び乗り、顔へと続く腕を足場にして駆ける。


 恐らく俺は今、笑っているだろう。


 この転生して新しく手に入れた体は、本当に、思った通りに動いてくれるのだ。

 前世で皆無だった運動神経は、それこそ前世のトップアスリートでも辿り着けない様な境地に今至っている。

 しかし、それはスキルというファンタジーな物を使えるこの世界の全ての生物に言える事だ。

 勿論上には上がいるし、限界だってあるだろう。


 それこそ、今後ろでこの戦いを眺めているシルヴィアには逆立ちしたって勝てないだろう。

 今は。

 そう「今は」だ。


 戦えば戦うほど、鍛えれば鍛えるほど、俺は強くなれるという予感をヒシヒシと感じている。


 今はまだ、仮初の万能感というやつに浸っているだけなのだろう。

 しかし、楽しいのだから仕方ない。



 はっはっはっ!食らえ!今必殺のぉぉぉっ!!


 俺は腕を駆け昇り、肘の部分を少し超えた所で思いっきり飛ぶ。

 その巨大な顔面へ向かって。

 そして、駆け昇りながら詠唱を終えていた魔法を発動。


 紅蓮の炎が、俺の右足に宿る。


炎蹴(フレアシュート)ぉぉ!!!」


 そして、ライ〇ーキックよろしく、その巨大で濁った白い眼へ向けて飛び蹴りを放つ。


 炎を纏った蹴りは、周りを焼きながらその眼に減り込んでいく。


 しかし、ある程度まで減り込んだ所で、勢いは止まり、ボヨンッ、といった具合で跳ね返された。


「っ!!?」


 俺は内心少し焦りながら空中で体を捻り、地面へと着地する。


 ゴブリンイーターを見ると、また目を手で押さえ、今度は咆哮を上げるでもなく、内なる怒りを込めて唯々静かに俺を睨んでいた。


 うん、これは、無理だね。

 攻撃力が明らかに足りてない。

 奥の手と呼べる物もあるにはあるが、今はまだ、あれは諸刃の剣だ。

 切羽詰まった状況でも無いのに、無茶をするのは間違っているだろう。


 俺はそそくさとシルヴィアの元へと帰る。


「どうです?まだやれそうですか?」

「いえ、無理です。私では決定力に欠けています。私の攻撃ではダメージがほとんど無いみたいですし……」

「そうですか……、まぁ賢明な判断ですね。今回は私が居たのでいいですが、これからは、勝てないと思う敵と遭遇したら、躊躇わずに逃げなさい」

「はい。勿論逃げます!」

「くふふっ……、良い返事です。それでは、私がお手本を見せて差し上げましょう」


 シルヴィアはそう告げ、俺と入れ替わりで前に出る。


 腰を落とし、白い刀の鞘を左手で持って腰の高さに置いたまま、右手を柄へとやる。

 所謂抜刀術の構えだ。


「グルァァァァッ!!」


 その鬼気とも言える唯ならぬ気配を纏うシルヴィアに、咆哮を上げながら地響きを伴ってゴブリンイーターが迫る。

 対峙せず、後ろに居る俺でさえ後退る程の鬼気を前にして、こうして正面から向かってくる事が出来るだけでも、ゴブリンイーターは強者であると言えるだろう。


 ドスドスと音を立て、両腕を広げて突進してくるゴブリンイーター。


 瞬間、シルヴィアの姿が一瞬ブレた様に映る。

 

 何が起こったのか、俺は全くと言っていい程認識できないまま、唯々その後ろ姿を見ている事しかできない。

 そしてシルヴィアは、ゆっくりと腰構えの姿勢を解いた。

 いつの間にか、その鞘から抜き放たれた美しい刃紋を持つ刀を、地面に向けてピュンッと振るうと、ピシャッという音を立てて、赤紫色をした液体がその地面に飛び散り、シルヴィアはクルリと俺の方へと振り返った。


 そこで俺はハッとし、さっきまでの地響きが止んでいる事に気付く。


 ゴブリンイーターへと目をやると、何故かその動きをピタリと止めていた。

 まるでそこだけが、時が止まっているようだった。


 困惑する俺を他所に、シルヴィアは落ち着いた様子で、何時もの様に、柔らかい微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと鞘へと刀を戻していく。

 そして、チンッ!と鍔が鳴ると同時に、ゴブリンイーターが、ズレた。

 袈裟懸けに、斜めに両断されたゴブリンイーターの体の半分が、大きな音を伴ってズリ落ちたのだ。

 ゴブリンイーターの体は、右上から左下へと一刀の元に断たれ、絶命していた。

 じわじわと広がっていく血溜に、なんとも言えない異臭が辺りに立ち込める。


 その光景を、唯呆然と眺めていた俺の体が、思い出したかの様にブルリと震える。


 いや、強いんだろうなぁとは思っていたけど、どんだけっ!?

 今は勝てないだろうけど、いつかは、とか思ってすんませんしたっ!

 この人に勝てる映像なんて全く浮かびませんっ!


「ふぅ……、まぁ、こんなものですか。思ったより硬かったですね……」

「は、ははは」


 乾いた笑いを零す俺の顔を、シルヴィアが笑顔を浮かべながら覗き込む。


「ん?どうかされましたか?」

「え?あぁ、いえ、何でもないです……」

「そうですか?」


 訝し気に首を傾げるシルヴィアだったが、それ以上は何も言わなかった。


 そして俺は考える。


 この人、俺を鍛えてくれないだろうか。

 確かにセバスとの稽古は有意義だったと思う。

 絶対的な強者からの手解きは、得る物は多くあった。

 しかし、あれではダメだった。

 あの時から薄々感じ、気づいてはいた。

 あのままでは、ある程度の強さを得る事は出来ても、それ以上には行けないと。

 致命的に俺は、はっきりとした敗北を知らない。

 お茶を濁すような、すっきりとしない負けだけを味わってきた。

 敗北とは時に、勝利よりも雄弁に物を語るとは誰の言葉だっただろうか。


 セバスは俺に遠慮していた。

 怪我等させないように。

 しかしそれは決して手を抜いていた訳じゃないという事はわかっている。


 悪いのはセバスじゃない。悪いのはあの家と、俺の立場のせいだ。


 しかし今、家を出てそれらから解放され、そして俺の出生等を知らない彼女ならば。

 俺をもっと鍛えてくれるんじゃないか?

 そう考えた俺は意を決して、目の前にいるシルヴィアへと向けて勢い良く頭を下げる。


「あの!シルヴィアさん!」

「え!?はい!?どうしました!?」


 急に大声を出して頭を下げた俺に、驚いた調子のシルヴィアの声が、俺の頭の上で発せられた。


 そして俺は言葉を続ける。


「あの、ええっと、急にこんな事を言っても困るかとは思うんですが……」

「なんでしょう?なんでも言ってください」


 慌てた様子から一転してすぐに落ち着き、頭を下げたまま、上目遣いにシルヴィアを見ると、またいつもの微笑みを浮かべていた。

 俺は少し緊張して、ゴクリと唾を飲み込む。


「私を、弟子にして「はい!よろこんでっ!!」くださいっ!!!」

「ん?」

「はい?」


 あれ、可笑しいな。

 すげぇかぶせ気味に返事が返ってきたから、よく聞き取れなかったかな。


「えっと、私を、弟子に」

「はい、喜んで」


 聞き間違いでは無かった様だ。

 なんだろう。

 もっとこう、違う展開があるかと思っていたんだけど、あれ?

 まぁ弟子にしてくれるって言ってるんだし、いい、のか?


「それで!弟子ってことは、あれですよね?」

「あれ、とは?」


 何だよ、あれって。

 何だかクネクネモジモジしているシルヴィアを眺める。

 ちょっと師匠?イメージが……。

 早まったか?


「ほらっ!あれですよっ!私が師匠、そしてエミリーさんが弟子!と言う事は……」

「と、言う事は?」

「これからはずっと一緒に居るという事ですよね!?」


 ん?ずっと一緒に……。

 まぁそうなる、のかな?


「そうなります、ね?」

「ですよねー!くふふっ」

「はい……、あ、私の事は呼び捨てでいいです。弟子にさん付けって言うのも少し変ですし……」

「な、なんとっ!?……くっふっふ、師匠に全て任せなさいっエミリー!それはもう、……手取り、……足取り。くふっ、くふふふふっ、……あっ、といけない鼻血が」

「ちょっ!師匠!血がっ!さっきの戦いでどこか!?」

「……いえ、もう大丈夫です。ちょっと妄想、……じゃない、のぼせた、だけですから」


 のぼせた?まぁ確かに今日は少し暖かいな。

 しかし……、早まったか?



「それで、エミリーはこれからどうなさるんですか?」

「えっと、商業都市についたら冒険者になるつもりですけど」

「ならば私も冒険者になりましょう!」

「え?でも師匠、いいんですか?」

「ん?何がですか?」

「いや、師匠は用心棒じゃ……」

「あー……、いえ!もう用心棒は廃業です!私はエミリーの師匠という職に永久就職したので。そして、そんなエミリーと一緒に居る為に、私も副業として、冒険者になります!」

「ん?えぇっと、はい。そういう事なら?」

「はいっ!そういう事ですっ!」


 うわー。今までにない程のイイ笑顔だ。

 勿論今までだってずっと笑顔を絶やさない様な人だったのだが、これまでの笑顔と今浮かべている笑顔は全くの別物だと言っていいだろう。

 その笑顔ははっきり言って、だらしない笑顔と言える様な、ふにゃっとした笑顔だった。


 っていうか、さっき用心棒がどうのって、すごい拘りがあるみたいな感じで飛び出していったよね?

 そんな簡単に廃業するの?

 っていうか、永久就職ってなんだよっ!

 結婚かっ!

 内心突っ込みを連発しながらも、言葉には出せない。

 そして、出した唾、もとい、出した言葉も飲み込めない。

 こうして俺に、二人目の師匠が出来たのだった。


 ……早まった、か?


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