またひとつ世界は終焉へと歩むのみ
最終クエスト『佐紀を救え』を達成するためにマサラの手を借りたユーキ。町中がいずれ来る逆さメイドに備えて躍起になっている中、ユーキは1人、頭を悩ませていた。
どれだけ多くの人の協力を得ても何も策がないままでは多勢に無勢、あの大峡谷に蔓延る凶悪なモンスターの大群を一撃で粉砕する田中には焼け石に水であろう。
何か策を考えなければいけない…。
しかし、完全無欠の化け物と化した逆さメイドを倒す術など…。
「だいぶ悩んでいるみたいだね」
教会の一角を当然のように陣取り、頭を抱えるユーキにシンは声をかけた。
「シンは協力してくれないんじゃなかったのか?」
「あくまで雪と天秤にかけなきゃいけないなら、協力できないだけだよ。…そりゃあ気持ち的にはいつだって仲間の味方でありたいよ。ユーキの味方にも…そして田中の味方にも…」
「そっか…」
「ところで、街が『打倒逆さメイド』って騒いでいるけど…ユーキが焚きつけたんでしょ?。田中も可哀想に、ゲームをクリアしようとしてるだけなのに世界に終焉をもたらすものだなんて悪者扱いされちゃってさ。…間違ってはいないけど」
「別にあいつを悪者扱いするのなんて今更だろ。それに、NPCにとってこのゲームをクリアすることが必ずしも喜ばしいこととは限らないからな」
「NPCからしたらゲームをクリアしようとする奴は敵なのかな?。確かこのゲームってブラッドが満たされて召喚される邪神を倒したらクリアなんでしょう?。邪神っていうくらいだから悪い奴なんじゃないの?それこそ逆さメイドよりも…。そんな奴を倒そうとしている田中が悪者扱いされるのもどうなのかな?」
「邪神、か…」
シンからそんな話を聞いたユーキは教会に設置された赤い石で満たされつつある砂時計に目をやった。
すでに3分の2が埋め尽くされた砂時計、そしてそれが満ちた時に現れる邪神…。
ユーキはここで邪神についてイマイチ知らないことに気がついた。
「神父さん、邪神ってどんな奴なの?」
近くにいた神父さんにユーキは邪神について尋ねた。
「邪神ロキ様とお呼びしろ。ロキ様はブラッドで満たされた時、願いを一つ叶えてくれる偉大な神様だ」
「願いを一つ…ねぇ…。流石にゲーム外は干渉できないだろうし、邪神って呼ばれるくらいだからどうせ呼ばれたら暴れ出すよなぁ」
神とはいえど、所詮はモンスターの延長戦のNPCに過ぎない邪神に願いを叶えてもらうのも望み薄い。それにこの手のゲームの最後に出てくる神的な存在は大体ラスボスであると相場が決まっている。
ユーキがそんなことを考え、どうしようもないと一つため息を吐き出すと、教会に1人の冒険者が現れた。
「お兄ちゃん!『世界に終焉をもたらすもの、逆さメイド打倒』ってどういうことなの!?」
いつのまにかマサラに帰ってきていた雪は街で騒がれている『打倒逆さメイド』というワードが気になり、真相を探るべく教会へとやって来たのだ。
「また田中がなにかやらかそうとしているの?」
兄であるシンへと詰め寄り、尋ねてくる雪にシンは困惑していた。
事情を話せば雪も己の体のリスクのことを知ることになる。
それはシン的にはあまり雪には知って欲しくないことなのだ。
「なにか理由があるんじゃないの?。あんまり田中のことは知らないけど…なんていうか、理由もなくこんなことしない気がするし…」
以前の田中ならば逆さメイドが暴れたと耳にすれば『またか』と素直に納得出来るのだが、冒険を通して少し丸くなった気がしなくもないと思われる田中が世界に終焉をもたらそうというのならばそれには理由があるのではないのかと雪は考えたのだ。
「えっと…えっと…ナニモナイヨ、雪」
誤魔化すのが下手なシンはあからさまに不自然な片言でそう答えた。
「やっぱり、理由があるんだね。教えてよ!今度は私達が田中を助ける番だから!」
そう言ってシンに詰め寄る雪にシンが困っているとユーキが話に割り込んで来た。
「雪にも話してやれよ。当事者なんだし…知らせておくべきだろ」
そんなユーキの後押しに、シンはとうとう雪に現実世界の体のリスクと田中の存在の話を説明した。
「私たちの体か…田中の存在か、か…」
思わぬ話に動揺が隠せない雪。
「そう、特に元々体の弱い雪の体はリスクが高い。何か異変が出る前にクリアしなきゃいけない。だから…このまま田中にゲームをクリアしてもらうべきだ」
雪にそう言って割り切らせようとするシン。
しかし、簡単に割り切れない雪は戸惑いながらも口を開いた。
「お兄ちゃんの言うことはわかるよ。分かるんだけどさ…私達を助けようとしている人を見捨てるなんて…簡単には出来ないよ」
その真意のほどは定かではないが、プレイヤー達のためにゲームをクリアしようとする田中を見捨てることに雪はひどく躊躇いを覚えていた。
「このまま私達が助かってもさ…多分一生後悔する気がする。なにもしようとせずに見ているだけじゃ、一生後悔しちゃうと思う!。だからせめて私は出来ることをやりたい!」
「僕達になにが出来るって言うのさ?雪」
「そんなの分かんない、分かんないけど…このまま見てるだけなんて、カッコ悪いよ!お兄ちゃん!」
雪はそんな言葉を吐き出して教会から出て行ってしまった。
シンは何も言えずに雪が出ていくのをぽかんと見つめた後、空回った笑みを浮かべながら口を開いた。
「ははは…言われちゃったな、カッコ悪いって…」
そして一つため息を吐いて言葉を続けた。
「でも…そんなの今更だよね」
このゲームで雪と再会してから…というかこのゲームが始まってから何一つとして良いところを見せられていないシンは自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
そんな折、一匹の妖精がひらひらと舞い降り、シンに声をかけた。
「あらら、随分とまた辛気臭いですね」
「ナビィ!来てくれたのか?」
妖精王ナビィがいつもの姿で登場したことにユーキは嬉しそうにそう声をかけた。
「ユーキだけじゃ心許ないので、このナビィも微力ながらお手伝いをさせていただきに馳せ参じました。…とは言っても、戦闘面でのサポートは許されてはいないんですけどね」
「それでもナビィがいてくれるだけで場が明るくなるから助かるよ」
「あらら、ユーキはそんなにナビィの罵倒に飢えていたんですか…ただのドMですね」
「はは、いまはそんな言葉でも頼り強い」
そんなやりとりをした後、ナビィはふと教会に設置された砂時計を見上げた。
「ありゃりゃ…だいぶ溜まっちゃってますね。あと2ヶ月もすれば邪神が復活して最終段階でしょうね」
「なぁ、ナビィ、最終段階になるとどうなるんだ?」
「一番大きいのは最終段階になると教会が利用できなくなる点ですね。具体的には教会での復活、教会でのレベルアップなどが出来なくなります。つまり最終段階になるとお得意のデスルーラは使えなくなるってことですね」
「邪神は復活した後どうなるんだ?やっぱり暴れるのか?」
「まぁ、当然のように暴れますね。具体的にはあの砂時計が満たされるだけのブラッドの量では邪神を召喚する程度のことしか出来ないんですよ。だから召喚で真紅の次元箱のブラッドが全部消費されるため、邪神はブラッドが足りずに不満を募らせ、ブラッドを求めてこの世界を無茶苦茶にしてしまいます。…これが一応のシナリオですね」
「なるほどね。…邪神っていうくらいだから強いのか?」
「そりゃあ強いっちゃ強いですけど…レベルカンストした冒険者に叶うラスボスなんてそうそういません。邪神って言っても所詮はモンスターNPCの1種に過ぎないので、今の逆さメイドに瞬殺されるのが落ちでしょうね」
「所詮はモンスターNPCか…」
ユーキがそう呟いて肩をがっくりと落としたその時…ユーキの脳裏に一つの閃きが浮かんだ。
「待てよ…モンスターNPCって言うんなら…」
そしてユーキは黙って一人でしばらく考え込んだ後、自分を納得させるようにこう呟いた。
「…うん、もうこれしかないよな」
「何か思いついたんですか?」
「あぁ、逆さメイドを倒せる可能性がある唯一の方法、思いついたぜ」
そう言ってユーキは得意げに笑ってみせた。
そして今もなおこの瞬間、砂時計にコロリと赤い石が募り、終わりへのカウントダウンを密やかに進めていたとさ。