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谷底の涙

「それで、あのバカはいまどこにいるんだ?」


最終クエスト『佐紀を救え』を受注したユーキは早速ティーンに場所を尋ねた。


「佐紀ちゃんはいま、ビルジマニラ大峡谷って場所でブラッド稼ぎに専念してる。幸いなことにここからならそう遠くないな。…ユーキはバハムートと一緒に迷いの森まで来たんだろ?。だったらバハムートに乗せて貰えば2時間ほどでたどり着くはずだ」


「ビルジマニラ大峡谷?…聞いたことねえな」


「一応、このゲームの最難関エリアの一つで、佐紀ちゃんはいまそこを稼ぎの場にしてる」


「なるほどな。…それじゃあ、早速説得してやるとしますか」


ユーキはそう言ってその場を立ち上がり、出て行こうとしたが、その前に一つ気になったことがあったのでティーンに尋ねた。


「そういえば…このゲームのNPCはなんで全員女の子にしたんだ?なんか理由があるのか?」


「ん?それはただの俺の趣味だが?」


「…あっそ」


しれっと答えるティーンにユーキは呆れながら部屋から出て行こうとした。


「佐紀ちゃんを頼むぞ、ユーキ」


去り際にユーキはティーンにそんな声をかけられた。


小汚い六畳一間から出て、ナビィが待つ玉座の間へ向かうと、ナビィがそこに心配そうな顔をして突っ立って待っていた。


「ユーキ…」


「安心しろ、田中は俺が助けてやるから」


ナビィの言わんとしたことが分かったユーキはナビィにそんな声をかけた。


そんなユーキの答えにナビィはホッと嬉しそうな顔をしながらいつもの調子でユーキに声をかけた。


「でも、レベル11しかないユーキにどうにか出来るんですか?」


「大丈夫だよ、伊達に英雄って呼ばれちゃいないからさ」


かつて、逆さメイドを退けて英雄となったユーキは胸を張ってそう答えた。


「流石は自惚れ屋なユーキですね。そんなユーキにナビィからささやかなプレゼントがあります」


ナビィは懐から美しい輝きを放つエメラルドを取り出し、ユーキに手渡した。


「…これは?」


「セブンスジュエル、深緑のエメラルド。別名『再生の廻り』」


「セブンスジュエル!?…いいのかよ?こんなもの貰っちゃって…」


「ええ。…今となってはこんな石ころ程度じゃどうしようもないですけどね」


「…まぁ、それでもありがたく貰っておくよ」


ユーキはセブンスジュエル、深緑のエメラルドを手に入れた。


「ちなみに、なんでナビィがセブンスジュエルなんか持ってるんだよ?」


「このセブンスジュエルを宿していたセブンスは元々自然が大好きなどこかの国の王子様でしたが…セブンスジュエルの力に飲み込まれて暴走し、国を滅ぼし、やがて朽ち果てたのですが…元々自然が大好きだったこともあって妖精は王子に懇意にしていたんです。ですから、その王子の最後の願いを聞き届けて、王子の死体を養分に森を作り、そしてその森の中に妖精の国が生まれたんです。まぁ、そういう経緯でこのセブンスジュエルは妖精王である私が持っていたというわけなんです」


「そんな裏話があったのか…」


「とは言っても、所詮はゲームの設定ですけどね」


ナビィはそう言っておどけてみせた。


「そんなことより、佐紀を頼みましたよ、ユーキ」


「おうよ、任された」


ナビィとの別れを済ませたユーキは妖精の国を後にした。






ユーキが妖精の国から迷いの森に戻ってくると、そこにはちょうどバハムートとアイロとリンクル…そしてもう1人ユーキを待っていた人物がいた。


「あれ?…なんでミケがここにいるんだ?」


その人物はかつて迷いの森で出会ったプレイヤーであるビショップの獣人のミケであった。


「ユーキさん!?良かったぁぁぁ!!!知ってる人に会えてぇぇぇぇ!!!!」


ミケはそう言ってユーキに縋るように泣きついてきた。


「もしかして…また迷いの森に迷い込んだのか?ミケ」


「そうなんですよぉぉぉ!!!また迷っちゃったんですよぉぉぉ!!!助けてくださいィィィィ!!!」


必死に懇願するミケの言葉を補足するようにアイロが話に入ってきた。


「ユーキを待っている間にリンクルとミケに出会ったんだけど…どうやらミケさんは困ってるらしくて…」


「そういうことか…なぁ、アイロ、悪いけどミケをマサラまで送ってやってくれないか?」


「え?ユーキはどうするの?」


「俺はバハムートと共にビルジマニラ大峡谷へ向かう」


「ビルジマニラに!?正気なの!?ユーキ」


最難関エリアのことあってか、アイロはビルジマニラの名を聞いて驚いていた。


「あぁ、そういうわけでバハムート、俺を連れてビルジマニラまでひとっ飛びしてくれないか?」


「良かろう。せいぜい我に感謝するんだな」


「…って事で…頼まれてくれないか?アイロ」


「…そこまで頼まれたら仕方ないなぁ。でも、これは借りだからね、後で返してね」


「ありがとう、アイロ。大したお返しはできないが、俺にできる事ならなんでも言ってくれ」


「わかった、楽しみにしてるからちゃんと無事に帰ってきてよね」


そして一通りのやりとりを終えた後、ユーキはバハムートに連れられ大空へと舞い上がっていった。


それを見送った後、アイロはミケの方を振り向き、声をかけた。


「それじゃあ、一緒にマサラに帰りましょうか、ミケさん」


「ご迷惑をおかけします」


「リンクルはどうするの?」


「私もここでやるべきことは終わったから、一緒にマサラに帰るよ」


「わかった。それじゃあ、マサラに帰りますか」


こうして、アイロ達はマサラへと戻る事となった。








バハムートに連れられ空を舞うこと数時間…ユーキ達の目の前に大きな峡谷が見えてきた。


「あれがビルジマニラ大峡谷か?」


「その通りだ」



地球が深くまで裂けたかのように真っ二つになっている広大な谷、しかし、その谷間はなにやら黒いもので埋め尽くされていた。


「…なんだ?あれ」


遠目からではその正体が何かは分からなかったが、峡谷に近づくにつれ、ユーキはその正体を目の当たりにした。


「まさか…あれ全部モンスターかよ!?」


巨大な谷間を埋め尽くしていたのは夥しいほどの数のモンスターの大群であった。


モンスターの大群は我先にと一つの方向へと向かっていた。


「…なるほど、美味そうな匂いに惹かれてモンスターが集まっているわけだ」


「美味そうな匂いってなんだよ?バハムート」


「この近くに超高密度のブラッドの気配を感じるのだ。おそらくこの辺りの魔物はそのブラッドに惹かれて集まっているんだろうな。モンスターというのはブラッドを食べて強くなるからな」


「モンスターを引きつける超高密度のブラッド…もしかして、田中が神父さんからかっぱらった紅蓮の次元箱のことか!?」


「おそらくはそうだろうな」


「だったら、バハムート!!そのブラッドの方へ向かってくれ!!」


「承知した」


バハムートは谷を埋め尽くすモンスター達と共に田中の元へと飛んで行った。


延々と続くモンスターの大群の先にその少女はただ1人立っていた。


いかにも強そうな伝説の装備に全身を包んだ彼女だが、なぜかその足元は上下を逆にしたメイド服に包まれていた。


他の装備と比べてると随分と不釣り合いなその装備が一際目を引く異様な姿をした彼女は最難関エリアの一つであるビルジマニラ大峡谷の四つの谷間が十字に交差している谷底で自らに迫ってくる夥しいほどの数のモンスターを待ちわびていた。


その一体一体が歴戦の冒険者をも凌駕する力をもつ強大なモンスターの大群を前に彼女はなんの表情も変えることなく、待ち構えていた。


やがて、大群の先頭を行くモンスターが彼女の目前まで迫ろうとした頃…彼女は手に持っていた剣を薙ぎ払うように軽く振り回した。


その瞬間、その剣から放たれた巨大な衝撃波がビルジマニラ大峡谷の谷間を全て飲み干した。


彼女が立つ谷間が十字に4本交差した場所からその衝撃波が天高く十字に伸びているのがユーキやバハムートの目にも見えた。


そしてその衝撃波が消えた頃には…大峡谷を埋め尽くしていたモンスターは一匹残らず消え失せていた。


バハムートとユーキが異次元過ぎる光景に驚きつつも、彼女の元へ近付き、そして大峡谷の谷間へと降り立った。


「…田中」


ユーキが背後からその少女の名を口にすると、その少女はゆっくりとユーキの方へ振り返り、こう言った。


「久しぶりだね、ユーキ」


その顔は再会を喜ぶでも悲しむでもない、無表情な面をしていた。


「田中…お前、本気でこのゲームをクリアする気なのか?」


「そうだけど…それがどうかした?」


「分かってんのかよ?このゲームをクリアしちまったらお前が…」


そんなユーキの言葉に田中は淡々とこう答えた。


「知ってるよ、だからクリアするんだよ」


そんな田中の言葉にユーキはなにも言えないでいた。


「ユーキはもう知ってるんでしょ?。このゲームが長引いたら自分の体が危ないこと。だったら黙って私のやること見てなよ」


「ふざけんな!!そんなことしたらお前が消えて無くなっちまうかもしれないだろうが!!」


「だから、それでいいんだって。このゲームの運営の狙いは私だ。偶然にも生まれてしまった私の存在が奴らの狙いなんだ。だから私はこのゲームをクリアしてこの存在ごと消えてやるんだ」


「消えてやるって…なんでそんなことしなきゃいけないんだよ!?」


そんなユーキの質問に、田中はニヤリと笑みを浮かべてこう答えた。


「決まってんじゃん、この世界への復讐だよ」


そして続けざまに語り始めた。


「私は私を苦しめるこんな世界を許さない。私は私のことを高みの見物をする奴らを許さない。私は私を私に陥れた全てを許さない。私は私を許さない」


そして田中は歪んだ笑顔を浮かべ、全てを嘲笑うが如くこう言った。


「だから…全て終わらせてやるのさ!私もろとも!」


「ほ、本気で言ってんのかよ!?バカ田中!!」


「あぁ、本気だよ。だから邪魔するな、ユーキ」


そう言って田中は手に持っていた伝説の剣をユーキへと向けた。


しかし、ユーキは臆さずに田中へと呼びかける。


「考え直せ!!田中!!。お前は本当にお前に関わってきた全てを憎んでいるのか!?。一緒に苦難を乗り越えた俺たちとの冒険が、全部無駄だったって言うのか!?」


「うるさい!!全部復讐してやるんだ!!いいから私の邪魔をするな!!」


ユーキの言葉を遮るように恫喝し、消え入りそうな悲しい声でこう呟いた。


「こんなクソゲーの犠牲者は…私1人で十分だ」


そして、持っていた伝説の剣で容赦なくユーキへと振るった。


「バカ田中ぁぁぁぁぁ!!!!!」


斬撃がユーキを襲う一瞬の刹那、ユーキは涙に濡れる田中の瞳を垣間見て、その手を田中へと伸ばして叫んだ。


だが、レベル99、STR999の田中が放ったその一撃は…そんなユーキの叫びもろとも全てを無へと帰してしまった。









おまけ


セブンスジュエル、深緑のエメラルド。別名『再生の廻り』。


所持していると状態異常を時間経過で回復できるようになる。また、ダメージを受ける度にHPを10回復する効果がある。

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