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世界は物語の重ね合わせで出来ている

「いやぁ、お前のことを待ってたんだよ」


ティーンと名乗ったその男はそう言ってユーキに握手を求めて来た。


「…お前は俺のこと知ってても、俺はお前のこと知らない。だから握手には応じない」


どことなく戯けたように立ち振る舞うティーンにユーキは本能的に警戒心を抱いていたのだ。


「あらら、警戒されちゃってるね…まぁ、しょうがないか」


ティーンはそう言ってユーキとの握手を諦め、その場にあぐらをかいた。


「ティーン、あんたは何者なんだ?」


そんなティーンにユーキは素朴な質問をぶつけた。


「俺か?俺はなぁ…なんて言うか…一言で言うとデバッガーだ」


「デバッガー?…ってことは、運営側の人間なのか?」


「まぁ、待て待て。俺のことなんかよりももっと先に聞くべきことがあるんじゃないか?」


ティーンは話をはぐらかすかのようにそんなことを口にした。


「一番お前が聞きたいのは、佐紀ちゃんのことじゃないのか?」


「…ま、まぁ、そうだが…」


元は田中を追う手がかりを探すためにここまで来たユーキにティーンは本来の目的へと話を逸らした。


「田中のやつは、一体なにに巻き込まれてるんだ?」


「その前に俺から尋ねたいんだが、お前はまず佐紀ちゃんのことをどれだけ知ってるんだ?」


「どれだけって言われても…田中の現実世界での身体の話は聞いたが…それ以上はなんとも…」


「まぁ、それを知ってるなら話は早い。ユーキも知っての通り、佐紀ちゃんの体はすでに死んでいる。このゲームにいる佐紀ちゃんはどういう原理で生まれたのかも、存在しているのかもわからない、誰もが予想だにしなかったバグであり…同時に唯一無二の天からの恵みでもある」


「天からの恵み?」


「それについて説明するにはまず、このゲームのハードについての話をしなきゃいけない」


「このゲームのハードっていうと…現実世界の俺たちの身体が頭に被ってるヘッドギア型の端末のことか?」


今まで話には出てなかったが、仮想世界に意識をフルダイブさせることに成功した世界で初めてのゲーム『Death Game with wild world』は頭に専用のヘッドギア型のハードを取り付け、意識をフルダイブさせる仕組みとなっている。


「そうだ。一言で意識をフルダイブと言っても、実際はどういった技術でそれらを可能にしてるかはユーキは知ってるか?」


「…いや、よくわからない」


「簡単に説明すると、ヘッドギアで脳波を読み取って、仮想現実状に再現し、仮想現実で感じた感覚をヘッドギアから脳へ電波として情報を送ることで意識のフルダイブを可能にしている。そしてそのためにヘッドギアには大きく分けて三つの機能が備わっている。まず一つは脳波を読み取る機能。二つ目が脳へ情報を送る機能。そして三つ目が、脳波を遮断する機能」


「…脳波を遮断?」


「例えば手を挙げるとするだろ。この仮想世界で手を挙げるにはまず、脳が手へ向けて手を挙げる命令を飛ばす。ヘッドギアはその命令を読み取って、仮想世界へ反映させる。だけどその時、手への命令がなくなったわけではないから、現実世界の身体も手を挙げてしまう。いちいち現実世界の身体まで動いてたら面倒だろ?。だからヘッドギアには体へ伝わる命令を遮断させる機能がある」


「なるほど」


「でだ、この命令を遮断する機能っていうのが結構な曲者でな、端的に言って危ないんだ」


「危ない?」


「脳から身体に送られる信号が全て遮断されてみろ、身体は生きるために必要な生理的現象すら起こせなくなる。例えば呼吸するにも肺が動かなければ呼吸もままならない。それと同時に現実世界の身体から脳へ伝える信号もカットされてる。だから身体が例えば痛みを感じていたとしても脳には伝わらない。生き物が生まれながらに備えてる体内の危機管理の機能が停止してるんだ」


「…じゃ、じゃあ俺たちの身体は?」


「さぁな。だが、目安として教えておいてやる。佐紀ちゃんの体は佐紀ちゃんが仮想世界へフルダイブしてから一年で亡くなった」


「じゃあ…俺たちもあと少しで?」


「いや、元々佐紀ちゃんは身体が動かず、植物状態だった。そういう差があるから一概に一年がタイムリミットとは言い切れない。…なんにしても、このままゲームが続くのはマズイというわけだ」


「ふざけんなよ!!今すぐ俺たちを現実世界に帰せ!!」


「悪いけど、俺はあくまでデバッガーでゲームマスターではないから、それは出来ないんだ」


「だけど、ゲームの管理者権限はあんたが作ったNPCが握ってるんだろ!?だったらその管理者権限を利用すればどうにでも…」


「悪いけど、管理者権限でできることとゲームマスターの権限で出来ることは違う。管理者権限で出来ることには限界がある。それに…デバッガーはあくまでゲームを円滑にプレイするための存在だからな…」


「一体どういうことなんだよ?」


「…まぁ、なんにしても、現実世界に帰るにはこのゲームをクリアするしかないんだ。そして佐紀ちゃんは今もこのゲームをクリアしようと躍起になってる。今の佐紀ちゃんは強い、このゲームの中で誰よりも強い。このまま佐紀ちゃんに任せてたらクリアしちゃうだろうな」


ユーキの質問をはぐらかし、ティーンは話を続けた。


「…つまり、俺たちが助かりたければ田中を応援しろってことなのか?」


「まぁ、助かりたいならそうするべきなんだけどな……ここからが重要な話」


「…まだなんかあるのかよ?」


現実世界の身体のタイムリミットに加え、さらにまだ重要な話があることにユーキは頭が混乱しそうになっていた。


「ユーキはこのゲームは誰かがクリアしてしまえばプレイヤー全員がログアウトできるってのは知ってるか?」


「一応田中から聞いたことがある」


「正確に言うと、ゲームをクリアしたあと7日間のエンディングを挟んだ後、この世界は初期化される。その際にプレイヤーは全員強制的にログアウトさせられるってわけだ」


「それがどうしたんだよ?」


「ここでひとつユーキに質問だ。…強制的にログアウトさせられた時、どうなるでしょうか?」


「どうなるって…そりゃあ現実世界の身体に戻るんだろ?」


「正解。じゃあ…現実世界に身体がない佐紀ちゃんはどうなるでしょうか?」


ティーンの面白半分で冗談のように尋ねてくる質問に、ユーキは言葉が詰まってしまった。


「…どうなるんだよ?田中はどうなるんだよ!?」


事の重大さに気がついたユーキはティーンに食いつくようにそう迫った。


「それが…分かんないんだよね。そもそも今の佐紀ちゃんの存在自体が奇跡みたいなものだから…誰にもどうなるかが分かんないんだよ」


「田中は…そのこと知ってるのかよ?」


「…多分知ってる。知っててクリアしようとしている」


「…マジかよ」


「まぁ、そう言うわけで俺はどちらにも手を貸すことが出来ないんだ。さて…真実を知ってお前はどうする?ユーキ」


このままゲームをクリア出来なければ自分達の身体が危ない。だが、クリアしてしまえば田中がどうなるかが分からない。


そんな二者択一の天秤を前に、ユーキは答えに詰まってしまった。


そしてしばらく黙りこくった後、ユーキは答えを出した。


「答えなんて決まってるだろ。全員助ける。俺たちも、田中も、全員助ける!!」


「どうやって?」


理想でしかない答えを出したユーキにティーンは意地悪くそんな質問をぶつけた。


「具体的な方法は分からないけど…だけどな、俺はこのクソゲーでひとつだけ学んだことがある」


「へぇ、一体何を?」


「方法なんかなくても、足掻いて足掻いて足掻き続ければ…そのうち希望が見えてくるってことだ」


一万回全滅するRPGを通して、ユーキは確信を持ってそんな答えをティーンに示した。


そんなユーキの答えにティーンはフッと笑ってみせた。


そしてユーキは空かさずティーンに質問をぶつけた。


「その前にもう一つ聞かせろ!。お前らの目的はなんだ!?このゲームの目的はなんだ!?」


ずっと気になっていた質問をぶつけたユーキだが、ティーンは少し目をつぶって黙り、そして静かにこう口を開いた。


「…世界は物語の重ね合わせで出来ている」


「…どういうことだよ?」


「世界の誰もが一つの物語の主人公で、この世界にはそんな誰かが主人公な物語が無数に存在している。その物語の中にはユーキの物語もある、佐紀ちゃんの物語もある、そして…俺の物語もある…」


淡々と話してはいるが、強い思いが込められた言葉にユーキが黙っていると、ティーンはさらに言葉を続けた。


「数多の物語は独立して存在しているわけではない。いや、むしろ深く、そして複雑に絡まり合ってこの世界を築いている。だから、ユーキの物語と俺の物語が関係無いなんてことはない。…いや、むしろ大いに関わり合っている。だけど…複雑に絡まり合った物語たちを紐解くには時間が足り無さ過ぎる、影響が大き過ぎる…だから、今は俺なんか気にせずにユーキの物語に集中するべきなんだ」


そんな意味深なことを語ったティーンに、ユーキは一言だけこう言った。


「お前…適当なこと言ってはぐらかそうとしてないか?」


「あ、バレた?」


ユーキの指摘をティーンは人をイラっとさせるような茶目っ気たっぷりに即答した。


…なんかこいついちいちイラッとするなぁ。


ユーキがそんなことを考えているとティーンは開き直ってこんなことを話し始めた。


「このゲームは言ってみれば…ノヴァの箱舟なんだよ」


「どういう意味だよ?」


「でも、俺の話を聞いたらもう佐紀ちゃんどころじゃなくなっちゃうんだよ。だからユーキにはとりあえず佐紀ちゃんに集中して欲しいんだよ」


「ふざけんな、都合のいいこと抜かしやがって…」


「じゃ、じゃあ、こういうのはどうだ?。俺からユーキに一つ、クエストを授けよう。その成功報酬として俺の知ってることを全部教えてやるよ」


「『教えてやる』だと?上から目線だな」


「頼むよぉ〜、今はおとなしく従ってくれよぉ〜」


なかなか言うことを聞いてくれないユーキにティーンは何度もペコペコと頭を下げて懇願した。


「はぁ、分かったよ」


イラっとはするがなぜが憎めないティーンにとうとうユーキは根負けし、ティーンのクエストを受けることにした。


「それで、クエストっていうのは?」


「このゲームもそろそろ終盤だからな…多分、これがユーキの最後のクエストになるだろうな」


「…最後って言っても、今までクエストとか一回しかやったことないけどな」


「マジかよ、半年近くゲームやっててクエスト一回しかやってないって…今までなにやってたんだよ?」


「聞くな、トラウマが蘇る」


ちなみにユーキが一度だけ受けたクエストというのは国王から依頼されたSSS級クエスト『逆さメイド討伐』のことである。


「で、その最終クエストっていうのは何なんだよ?」


「決まってるだろ、俺から与える最終クエストは……『佐紀を救え』。それだけだ」


「『佐紀を救え』か…」


ティーンからクエスト内容を聞かされ、ユーキは頭を抱えて静かに笑った。


「全くあいつは…倒せと言われたり、救えと言われたり…一体何なんだか…」


「佐紀ちゃんはどういうわけかこのゲームをクリアして自分の存在と引き換えにプレイヤー達を救おうとしている。だから佐紀ちゃんを救うには佐紀ちゃんを止める必要がある。…言っておくけど、今の佐紀ちゃんは超強いぞ。特別にステータスを教えてやろう」


そう言ってティーンは空間にメニュー画面のようなものを開き、田中のステータスをユーキに見せた。




キャラ名 田中

レベル99

HP 999/999

MP 999/999


装備

右手 超聖剣エクスカリバー(特殊効果 与えたダメージ分自身を回復)

左手 女神の盾 (特殊効果 全状態異常耐性)

頭 大魔ディアボロヘルム (特殊効果 全魔法無効)

体 アルティメットアーマー (特殊効果 全ての受けるダメージを8分の1にする)

足 メイド服 (特殊効果 なし)

装飾品 神を宿し首飾り (特殊効果 HP MP自動回復)



STR 999

DEF 999

DEX 999

INT 999

LUK 999


持ち物

必中のルビー、知識のサファイア、その他諸々…。





「はっきり言って敵無しだな。おまけに魔王覚醒までついてるしな。そんな佐紀ちゃんを止めるとなると…クエストの難易度はSSS…いや、もっと難しいだろうな。…それでもやってくれるか?ユーキ」


まともに戦えばどんな奴でもひとたまりもない、全く隙のないステータス。


だが、ユーキはそんなものに臆することなく、答えた。


「面白れぇ、やってやろうじゃねえか」





最終クエスト、『佐紀を救え』…クエスト開始!!。


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