生ける屍達の住処
仮想世界に意識をフルダイブさせることに成功した世界で初めてのゲーム『Death Game with wild world』、略してデスゲームwww…このゲームで己が運命をかけたデスゲームのような何かが始まって約半年…デバック不足も相まってゲームバランスの悪いこのクソゲーすぎる難易度にすでに多くのプレイヤーは自力でのクリアを諦め、街で定職について安定した生活を送っている者が大多数を占めていた。
それも当然といえば当然…冒険に出てもリスクに対するリターンが小さいため、赤字になってしまうのだ。
冒険に出ても得るものはなく失い続けるだけ…そんな生産性のないその日暮らしの不安定な生き方に不満や不安を募らせ、そんな蟠りを解消するために彼らは剣と魔法の世界にも関わらず、安定した生活を求めるようになったのだ。
だが、そんな中でも愚かにも未だに冒険にしがみつく酔狂な奴らが一定数存在している。
かくいう彼、冒険者ユーキもその愚者の一人だ。
かつては世界に終末をもたらすもの、逆さメイドを退け、英雄と呼ばれるようになった彼は突然のパーティ解散によって再び振り出しに戻されたのだが、気持ちを新たに田中に会って一言文句を言うためにこの世界を冒険する決意を固め、勇敢にも外の世界へと旅立ったのであった。
そして…あれから1ヶ月もの月日が流れた。
冒険に出かける決意を固めたユーキは……未だにマサラの街にいた。
もちろん、彼は冒険には出かけた。幾度となく出かけた。
しかし、田中が空を壊したことにより、エリアの境が無くなってしまったため、冒険者が初めに訪れる始まりの草原でも平気でドラゴンが跋扈していたりする悶絶必須の超絶ベリーハードモードになっていたのだ。
流石に英雄と呼ばれている彼でも剣の形をしている携帯電話と自殺用の魔法だけではまともな冒険が出来るはずもなく、冒険に出てもあっという間に死んで教会へ強制帰宅を強いられることになるのだ。
別に今まで散々全滅を繰り返し、全滅を妻として娶ったユーキにとって死ぬことは紅茶を優雅に堪能する昼下がりのブレイクタイムと差異はないが、全滅して帰ってくるたびにどれだけ強く擦っても全く落ちる気配のない頑固なカビの汚れを見つめるかのような神父さんの諦めたような表情がチクチク胸に刺さるのだ。
パーティを解散して、教会の復旧作業のために教会で働いているシンもかつては共に全滅を妻として迎え入れた墓穴兄弟であったがため、初めの方は笑って見過ごしてくれていたが、冒険に出るたびに瞬く間に自宅送還されるユーキに若干、ため息を漏らしていた。
冒険などという常人には理解し得ない狂気の沙汰から離れ、食って働いて寝るというごくありふれた健全な暮らしを送っているシンは次第に田中に植え付けられた冒険の呪縛から解放されたことにより、徐々に神父さん側に染まろうとしていたのだ。
そんなかつての仲間からの理解ですら離れようとしているのを感じたユーキは…若干だが心が折れていた。
思えば、あんなに最底辺の詰み状態で、それでも諦めず冒険を続けることが出来たのは、どれだけ苦しくても、どれだけ辛くても己の欲望に嫌らしく、醜くしがみつこうとする田中の諦めの悪さが大きな要因であったのだろう。
だが、今はそんな愚の骨頂とも言える田中もいない。
誰にも理解を得られず、一人で冒険に出かけては哀れな目で見られ…ユーキはぶっちゃけ、冒険への憧れが冷めつつあった。
なんにしても真正面から冒険に出ても帰宅が早まるだけ、それでも冒険に出かけなければ田中に会って文句の一つをぶつけることもできない。
だったら、少しアプローチを変えよう…。
そう思い立ったユーキはここ数日、冒険者ギルドの総本山である巨大樹ユグドラシルにある自身がギルドマスターを務めるギルド『攻略組』改め、『負け犬の会』に足を運んでいた。
このギルドはもともと 【†銀弓のハンター†】の名で知られていたセキュリスが設立した女の子を攻略するためのギルドであったのだが…なんやかんやあって今ではユーキがギルドマスターを務めている。(忘れたら51話あたりを読み返そう)
元々はセキュリスをはじめとした攻略組四天王で切り盛りしていた小さなギルドであったのだが、現在ではこのゲームで最も所属人数の多いギルドとなっている。
規模の話ならばここはゲームのNo. 1ギルド、それ故にユグドラシルの頂上にある最も大きな部屋をギルドルームとしているのだが…ユーキはギルドに顔を出すためにそのギルドルームレト続く扉の前に立って深呼吸をしていた。…まるで今のうちに新鮮な空気を体に取り込んでおこうとでも言わんばかりに念入りに…。
そして心の準備ができたユーキが扉を開けると、中から瘴気のようなどんよりとした空気が流れ込んできた。
この空気はこのギルドルーム特有の陰湿な空気……先程、殆どのプレイヤーは冒険を諦め、職について生活していると言ったが…彼らはまだマシな方…むしろ冒険者よりも健全と言っても過言ではない。
一番異様なのは…この中にいるやつらだ。
ユーキがギルドルームの中に入ると、眼前には体育座りのまま死んだかのように動くことなく、無気力に惚けた顔でじっとどこかを見つめ続ける異様な軍団で満たされていた。
ここにいる連中は…冒険を諦めたどころの騒ぎじゃない。そんなものとは比にならないくらいに異様な奴らだ
奴らはもう何ヶ月もずっと…そこにいるのだ。文字通り…何ヶ月もずっと…。
もはや説明の必要がない自明の理なことなのだが…このゲームにおいて死は拒むべき悲劇ではない。田中達の幾万もの死を積み重ねただけのこれまでの物語がそれを如実に表している。
そう、どんな無茶なことをしても簡単に蘇る…逆に言えば、本当の意味で死ぬことも出来ないのだ。
このゲームの世界で何をしても本質的に死ぬことはない、逆を言えば…何もしなくても本質的に死ぬことはない。
働かなくとも、金が無くとも、そもそもなにも食べなくとも…死ぬことはないのだ。
一応このゲームにはなにも食べないでいると空腹というステータス異常になるのだが、空腹になると歩くたびにダメージを食らうだけで、歩かなければダメージも受けないし、そもそも死んだところで教会に帰宅するだけ。
本来ならば生命を維持するためにしなければならない生物としての活動が、このゲームでは必要が無いのだ。
だから、極端な話、この場でずっと体育座りしてるだけでも生きていけるのだ。
だからといって彼らも初めからこうであったわけでは無い。生きるために何かをしなくていいゲームの世界で彼らは生きる以上の喜びを探して誰もが冒険に出かけた。…だが、このゲームは一筋縄ではいかない。レベル99でさえ積みうるクソゲーなのだ。
冒険に出かけては全滅し、冒険しては全滅し…そんな得るものもない生産性のない日々に辟易して…冒険を諦めて定職について…だけど、働く必要もないのに働きたくもない仕事をしていることがバカらしくなって…次第になにもかも無意味に見えて…。
だけど…この世界は答えてはくれない。
このクソゲーは何万回もの失敗を繰り返し、それでも諦めなかった者にしか何かを与えてはくれない。
きっと彼らは…
この世界で醜くしがみついてでも手に入れたい何かを見つけられなかった者の成れの果てだ。
ある種、彼らがこうなることは実に合理的なことであり、是非を問うものではない。冒険しているから、働いているから、何かをしているから偉いだなんてことはない。
人のプレイングにケチつける権利なんて誰にもない…ユーキはそう考えて背景と化した彼らを見て見ぬ振りをしていた。
…だけど、ユーキは本能的に気が付いていた。惰性的に続くこのゲームの世界の末路を…。
「…また数が増えてる」
ユーキはギルドルームで無気力に存在する群れを観察して、そう一言呟いた。
「ユーキさん!!お勤めご苦労様です!!」
歪な置物が床中に転がるギルドルームにユーキがやって来たことに気がついたセキュリスは威勢良くそう叫んできっちりとした動きで頭を下げた。
「やめろよ、極道じゃ無いんだから…。それで、首尾はどうなってる?」
「はい、ユーキさんに頼まれた件、ギルド内の比較的に協力的な奴らに調査させたんですけど…ようやく手がかりが見つかりました」
「本当か!?。ありがとう、よくやってくれた!」
ユーキはセキュリスから調査報告を受け取ると、すぐさまそれに目を通した。
「でも、なんで『ゲーム開始当時に壁に何度もぶつかっていた豚みたいな見た目のキャラ』なんて探させたんですか?。どうせ探すなら星が女の子の方がやる気が出るんですが…」
「田中の話によると、どうやらそいつはデバックルームへの侵入を成功させて田中からこのゲームの管理者権限を奪ったやつらしいんだ」
「…え?じゃあユーキさん…もしかして…」
ユーキのやろうとしていることを察して戸惑うセキュリスにユーキはニヤリと笑ってこう言い伏せた。
「普通に冒険してもすぐ死んじゃうからさ…田中を見習って裏技を使うことにしたんだよ」
「じゃあ、やっぱりユーキさん…」
「あぁ、そうだよ。侵入してやるんだよ、デバックルームに!!」
ユーキの壁を抜ける物語が、いま幕を開ける。