当てのない旅路の先で…
アシッドスライムにピーンと来ない人は43話を読もう!
「それじゃあ…元気でね、バハムート」
「あぁ、そなたもあまり無茶をするで無いぞ、ゴブリー」
マサラの街の入り口でゴブリーとメルとマオと雪の一行と、空が壊れ、自由の身となったバハムート、それとシンが別れの挨拶を済ませていた。
バハムートの要望でゴブリー達はしばらくバハムートに街を案内するためにマサラに滞在していたが、ここに無いものを探しに、彼らは再び冒険へと旅立つことにしたのだ。
「一応もう一回聞いておくけど…僕らと一緒に来ない?バハムート」
「ふっ、仮にも竜の王である私が小鬼の配下などに下れるか…。私のことは気にするな、この街が気に入ったからまだしばらくはここにいるつもりだ」
「そっか、残念だ」
バハムートは高圧的にゴブリーの申し出を断った後、改めてゴブリーと向き合い、素直な気持ちをぶつけた。
「ありがとう、ゴブリー。きっといまこうしていられるのは、君のおかげだ」
「いや、僕はなにも…。君を助けてくれたのは他でも無い逆さメイドさんだよ」
「そうだな、あの時は忘れてしまったが、彼女にはいつかお礼を言いたい。でも…彼女を説得してくれたのは君なんだろ?ゴブリー。だからありがとう」
バハムートにお礼を言われ、ゴブリーは照れ臭そうに笑ってみせた。
「雪も気をつけてね」
「大丈夫だよ、私はお兄ちゃんほど弱くは無いから」
妹の旅立ちを見送るためにやってきたシンだが、雪はそんな兄の心配を笑って一蹴した。
「…雪は本当に楽しそうにゲームしてるね」
「そりゃあそうだよ。現実と違って、ここなら自由に動けるんだから…」
元々病弱であったがために自由に野を駆け回ることすら許されなかった雪だったが、このゲームの世界でならば自由に動ける。
それは雪にとって良い事であるのだが…そんな雪の境遇はどこか、田中と重なっているようにも思える。
そんな田中の肉体は…。
このゲームのプレイヤーは現実世界の自分の体の状況を確認することが出来ない。それ故に生存を保証出来るものがなく、全員が田中と同じような状況になっているとしてもおかしくない。
その中でも田中と境遇が似ている雪は…シンは心の内でそんなことを危惧していた。
でもだからと言って非力な自分ではどうしようもないし、こんなことを口にしても雪を不安にさせるだけ…今は雪の好きなようにさせてやることが一番。
そう考えたシンはこうして妹の旅立ちを素直に見送ることにしたのだ。
そして各々別れを済ませた後、とうとうゴブリー達はここに無いものを求める新たな冒険へと旅立った。
そんな彼らを見送った後、シンは隣にいたバハムートに静かに尋ねた。
「君は旅立たなくていいの?」
「我は活気の良いこの街が気に入ったからな。…だが、我に自由を与えてくれた逆さメイドには礼を言いに行きたいとは思っておる」
「そっか…だったら気が向いたらでいいからユーキのことを手伝ってあげてよ。ユーキも田中を探しているからさ」
「ユーキとは、そなたらのパーティの一人だった奴だな。…良かろう、気が向いた時は手を貸してやろう」
バハムートはそれだけを言い残して街の喧騒へと消えて行った。
「さてと…これからどこに行こうか?」
特に目指すべく当てもないゴブリー達は見渡す限りに広がる始まりの草原で立ち往生していた。
そんな中、雪はこんな提案を出した。
「ちょうど四人いることだし…じゃんけんで行き先を決めようか。私が勝ったら北、ゴブリーが勝ったら東、マオが勝ったら南、メルが勝ったら西ってのはどう?」
「適当だなぁ」
まるで計画性もない提案に苦言を呈すゴブリーだが、迷っていても仕方がないため、雪の提案に乗ることにした。
「じゃあ行くよ。最初はグー、じゃんけん…」
こうして一行の当てのないここに無いものを求める冒険は東へと足を向けて歩み出した。
一行が旅を続けること数日…どこかの森へと足を踏み入れた四人は誰かに見られている気配を感じていた。
「…見られてるね」
「モンスターかな?」
四人が警戒して戦闘態勢に入ったその時…茂みの中から突如、三人の男の冒険者が姿を現した。
男ということはおそらくはプレイヤーなのだろうが、彼らは姿を表すや否やゴブリー達に向かって来た。
「来るよ!!みんな!!」
ゴブリーの掛け声のもと、全員が戦闘態勢に入ったその時…三人のプレイヤーはゴブリー達の目前で突然地に頭をつけた豪快な土下座を披露してみせた。
助走をつけた勢いの良いスライディングのような土下座に一同が困惑する中、彼らは声を合わせてこう叫んだ。
「お願いします!!服を溶かさせてください!!」
突然現れたかと思いきや、突然土下座をかまし、挙げ句の果てには意味不明なお願いを申し立てる彼らにゴブリー達はただひたすらに唖然としていた。
そんな最中、男達の後ろから豊満な体の女性の形をした紫色のゲル状の生き物が姿を現した。
「はじめまして、私はアシッドスライム。服を溶かす芸術家よ」
「服を溶かす…芸術家?」
普通に生きていたら決して耳にすることはない謎の職業にゴブリー達は困惑するしかできなかった。
「実はいま作品のモデルを探していたところでね、そんな中、なかなか粒揃いな集団に出会ってこうして声をかけた次第で…」
そう言ってアシッドスライムはゴブリー達を品定めするかのように見つめた。
「特にあなた…いいわぁ、私の創作意欲を掻き立てる理想の美少女よ」
アシッドスライムはそう言ってメルを若干いらやしい目で見つめた。
「…え?私?」
舐めまわされるように見つめられたメルはどうしたら良いか分からず助けを求めるようにゴブリー達をキョロキョロと見渡した。
「どうかしら?私のモデルになってくれないかしら?」
「えぇ…そう言われても…服を溶かすとか言ってたし…どうしよう?」
服を溶かすなどの怪しいワードも出てきているため引き受けるのは気がひけるが頼まれごとを無下に断るのも申し訳ないと感じているメルは手助けを求めてオロオロとしていた。
「メ、メルがやりたいと思うなら引き受ければいいし、嫌なら断ればいいと思うよ」
ゴブリー自身もどうしていいのかいまいち分からないので、とりあえずメルにそう言って助け舟を出してみた。
「そ、そうだよね…でも、よく分からないし、怪しいし…」
服を溶かす芸術家などという怪しさの塊のような輩の意味不明なお願いにメルは困ったようにそう言った。
『アシッドスライム様を応援しようの会』のメンバーであるアシッドスライムの側近の三人のプレイヤーである宮下と吉田とマイケルはそんなメルを畳み掛けるような必死な説得を始めた。
「ご安心ください!!。これまで数々の美少女の服を溶かして来ましたが、溶かされた美少女は皆口を揃えて『最初は嫌だったけど、気持ちよかった』と答えてくれています!!」
「当社が行なったアンケートによりますと、お客様の95%が『溶かされてよかった』と回答しており、大変高いお客様満足度を実現しております!!」
「あくまで我々は芸術家です!。決して卑しい考えの元、服を溶かしているわけではないのです。そう、決して邪な考えがあるわけでは…ぐへへ」
若干興奮気味で気味の悪い表情で説得して来る彼らにメルは本能的に拒絶するべきだと察した。
「服を溶かされることは決してエロいことではないのです!一つ高い芸術の領域に足を踏み入れるだけなんです!!」
「その通り!芸術とは時に凡夫には理解し得ないもの…ですが、貴方ならきっと理解出来ます!!」
「さぁ、身をアシッドスライム様に委ね、安心して服を溶かされてください!!」
グイグイと詰め寄って来る三人にメルは若干恐怖を感じつつ、申し訳なさそうに口を開いた。
「えっと…えっと…ごめんなさい」
やんわりと拒否された三人だが、彼らは怯むことなく再び地に額を擦り付けて同時に叫んだ。
「そこをなんとかお願いします!!」
そして土下座程度では自分の性意が伝わらないと考え、あるものは土下座のさらなる高みを目指して頭を地面に埋め、またあるものは頭を高速に振って、血を流しながら何度も地面に顔面を強打し、またあるものは普通に土下座していた。
どれだけ醜くとも彼らがお願いすることを諦めないのは、彼らのバイブルとも呼べる愛読書を穴が空くほど読み込み、そこから必死に頼み込めば女性は折れてくれることを学んだからである。
…ちなみに彼らのいうバイブルとはエロ同人誌のことである。
そんなエロ同人誌の主人公に習ってプライドも何もかも全てを脱ぎ捨てて頼み込む三人だが、そんな彼の前にメルをかばうようにゴブリーが割って入り、三人に言った。
「ちょっと、メルが怖がってるんでやめてもらえますか?」
いきなり横からしゃしゃり出てきたショタに三人は苦い顔をしつつ、顔を見合わせてアイコンタクトを図り、ニヤリと悪いことを考えてる顔をしながらゴブリーを見つめた。
その後、三人はゴブリーを手招きで少し離れた場所へと呼び出した。
三人に手招きされたゴブリーが困惑しながらも三人の元へ行くと、三人はゴブリーと肩を組んで逃さないように囲つつ、小声で話し始めた。
「少年、君だってあの子の露な姿が見たいとは思わないのかね?」
「…え?いきなり何の話?」
「さっきから見てる限り…君、あの子に気があるんじゃないか?」
「え!?いや!そんなことは…」
突然本心を見抜かれたゴブリーは顔を真っ赤にしながら慌てだした。
「そんなこと言いつつ、本当は好きなんだろ?。ほーら、君は見たくないのか?君の好きな人が触手責めに会う淫らな姿を…」
そんな悪魔の囁きを耳にして、ゴブリーはなにか妄想してしまったのか、顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
「ほーら、見たいんでしょ?あの子の裸が見たいんでしょ?」
「一糸纏わぬ生まれたままの姿のあの子か見たいんでしょ?」
「素直になりなよ、あの子のエッロい姿が見たいんでしょ?」
まるで暗示でもかけるかのように言いくるめる三人に、ゴブリーは恥ずかしそうに一言答えた。
「み…見たいです…」
ゴブリーの素直な気持ちを引き出した三人は目を合わせてニヤリと笑った。
しかし、そんな彼らにゴブリーはこんな言葉を付け加えた。
「だ、だけど!それ以上に他の誰かに見られるのはもっと嫌で!!…だから、だから僕は…彼女の服を溶かして欲しくない!!」
そんなゴブリーの言葉に、三人はハッと我に返り、目を覚ましたかのように戸惑い、そしてゴブリーに優しい言葉をかけた。
「そうだよな、お前の気持ちは分かるよ」
「そりゃあ好きな子は自分のものにしたいよな」
「好きな子を独占したい…誰だってそう思うのは当たり前さ…」
そう言ってゴブリーの肩に優しく手を置いた。
ゴブリーも自分の思いが伝わって嬉しいのか、なにかを期待しているかのような目で三人を見つめた。
そこにはただ純粋に誰かを想うという美しき憧れを共有する人達の優しい風が流れていた……が、そんな喜びもつかの間、突然ゴブリーの肩に置いた手に力を入れ、ゴブリーの肩を強く握りながら怒り狂った般若の面を被った三人がそこにはいた。
「ふっざけんじゃねえよ!!お前みたいなやつが女の子を独占してるから、俺らみたいな底辺に女の子が回ってこないんだろうがよ!!」
「限りある美少女という資源は独占されるべきものではない!!皆で共有すべき宝だということが理解できんのか!?この自惚れ野郎が!!」
「独占して当たり前みたいなそんな風潮が限りある女の子の供給を途絶えさせていることがなぜ分からない!!この偽善者が!!」
突然訳の分からない訴えをしてきた三人にゴブリーはぽかんと口を開いて固まり、違いすぎる価値観の相違に埋められない大きな穴を感じ、なにも語ることなく三人の元から離れ、メルの元へと行き、何も言うことなくメルの手をとり、何も言うことなくメルの手を引いてその場から逃げ出した。
「待ちやがれ!!この悪党が!!」
「貴様のような輩のせいで!!貴様のような輩のせいで!!」
「この恨み、はらさでおくべきか!!」
親の仇でも追いかけるような鬼の形相で三人は美少女を連れ出すゴブリーを追いかけ始めた。
メルと雪も状況がわからず目を見合わせた後、クスクスと笑いながらゴブリー達の後に続いた。
「え、えっと…ごめんなさーい!!!」
同じく訳の分からないメルも突然逃げ出すなどと言うおかしな状況にそう謝りつつクスリと笑って見せたとさ。