メタルの受難
私は…冒険者が怖い。
奴らは私達一族を見つけるたびに、いきり立って私達を殺しにかかるのだ。
別に私達がなにか悪さをしたわけではないし、冒険者を刺激するようなことをしたわけでもない。
それなのに、奴らは目の色を変えて、私達を殺しにかかるのだ。
それも全力で…どこまでも追いかけてくる…。
母が生きていた頃、私によく言っていた。
『私達の一族は…呪われているの…』
そう、私達は呪われた一族なのだ。
一度冒険者に見つかってしまえば、命がけの鬼ごっこを強いられる。
なぜならば奴らは理不尽に、そしてなんのためらいもなく嬉々として私達を狩るからだ。
生まれた瞬間から…その呪いの定めからは逃れられないのだ…。
それが、私達…メタルゴブリン一族の定めだから…。
田中ちゃん達がその身をオークションにかけられている頃、始まりの街の付近にあるゴブリンの森では、一人の女の子が冒険者から逃げ回っていた。
彼女の名はメタルゴブリン…かつてはゴブリンの姿であったが、今は運営のアップデートにより、その姿は美少女に変えられていた。
「見つけたゾォ!!メタルゴブリン!!」
「あいつを倒せば50万ブラッドも手に入る!!」
ボーナスモンスターであるメタルゴブリンの命を狙って、二人の冒険者がその少女を追いかけ回していた。
50万ブラッドという破格の戦果を前に冒険者達は目の色を輝かせていた。
しかし、少女も逃げることを諦めない。
かつて冒険者に滅ぼされた亡き母の二の舞とならぬように、生き残るために全力で逃げ回っていた。
しかしながら、少女は運に見放されたのか、その場に躓き、転倒してしまった。
「ふっふっふ、とうとう追い詰めたぞ、メタルゴブリン」
「まったく…手こずらせやがって…」
ジリジリと距離を詰めるその二人の冒険者を前に少女は震えが止まらなかった。
かつて冒険者に嬲り殺された母のように、自分も殺されてしまうと考えると腰が抜けて動けなかった。
「倒せば50万ブラッド…それだけあればレベル25くらいまでは上げられるぜ」
「レベル25もあればめちゃくちゃ強くなれるな」
冒険者の男二人は50万の使い道の算段をつけながらとうとうその少女を捕らえた。
「ようやく捕まえたぜ」
「これでレベルアップ間違いなしだな」
捕らえられ、動けなくなった少女はただただ恐怖で体をふるわし、目に涙を浮かべながら口を開いた。
「いやだ…死にたくない…死にたくないよ…」
「はっはっは…此の期に及んで命乞いか?」
「悪いな、俺たちも命がけだからな。…悪く思うなよ」
その言葉に観念したのか、冒険者の片方の男に捕まった少女はその場にうなだれてしまった。
「助けて…助けて…お母さん…」
そしてただただ涙を流し続けた。
そんな様子をしばらく黙って見ていた冒険者の片方がようやく口を開いた。
「…さて、早いとこ倒しちまうか。ほら、とどめはお前がさしてくれ」
「え?なんで俺が?」
「仕方ねえだろ?俺はこの子を捕まえてるから手が離せないんだ。だからお前がやれよ」
「…い、いや、別に捕まえながらでもとどめはさせるだろ?お前がやれよ」
「はあ?捕まえたのは俺なんだから、お前も少しは働けよ」
「じゃ、じゃあ俺が押さえておくから、お前がとどめをさせよ」
「ふざけんなよ!ゲームのキャラとは言えど、こんな女の子に手を出すなんて後味悪いだろ!?」
「それは俺だって同じだよ!!俺だってメタルゴブリンがこんな可愛い女の子とか聞いてなかったもん!!」
どちらがとどめを刺すかでもめ始めた冒険者。
ゲームの敵キャラとは言えど、泣いている女の子に手を挙げることに気が引けたのだろう。
そうこうしていると、捕まったままの少女が口を開いた。
「…お願いします、殺すなら…いっそひと思いに…なるべく苦しくないように…お願いします…」
「お、おう…」
少女の懇願に少し困惑気味に答えた冒険者はとうとう意を決したのか、持っていた武器を大きく振り上げた。
「…お母さん…今そっちに行きます…」
そう言って少女は悲しそうに笑ってみせた。
「いや!無理無理無理!!殺せない殺せない!!」
武器を振り上げたはいいが、悲しそうに笑う少女の顔を見て決心が鈍った冒険者はそんなことを叫んだ。
「こんな女の子に手を上げられるかぁ!!ふざけるな!!」
「…じゃあどうするんだよ?レベルアップを諦めるのか?せっかく強くなれるのにさ…」
「俺さ、思ったんだけどさ…おんな幼気な女の子に手を上げて手にする強さって…間違ってると思うんだ」
「お前……良いこと言うなぁ…」
まるで主人公のようなセリフを吐き捨てた冒険者1に冒険者2は感銘を受けたようだ。
「そうだよなぁ…強くなったって、女の子に手を挙げるような奴は勇者じゃないよな。ただの悪魔だよな」
「危うく、俺たちは身も心も汚しちまうところだったぜ…」
「でも、ここで俺たちがこの子を放しても、いずれは他の冒険者に殺されちゃうかもしれないんだぜ?」
「なぁ、相棒よ…主人公なら女の子に手を出して強くなるんじゃなくて、女の子を守るために強くならなきゃなダメだよな?」
「…それもそうだな。それが主人公って奴だよな」
名無しのモブのくせに主人公とか言ってる冒険者1の意図を察した冒険者2が女の子となったメタルゴブリンを守る決意を固めたその時…木々の合間を縫って一人の少年の声が響いた。
「その子を離せ!!」
「な、何者だ!?」
そして、森の中から現れたのは…始まりの洞窟のボスであったゴブリンリーダー(ショタ)であった。
「その子から汚い手を離せ!!」
「お、お前は…」
「ゴブリンリーダー!!」
「馬鹿な…奴の住処である始まりの洞窟は天変地異によって消滅したと聞いていたが…」
「ボスのゴブリンリーダーは生きていたのか…」
「ふっふっふ、だが悪いが…この子をお前に渡すわけにはいかない!!」
「獲物の横取りとは…教育がなってないな!ゴブリンリーダー!」
メタルゴブリンを離す様子がない二人の冒険者を見て、ゴブリンリーダーは武器の棍棒を構えて戦闘態勢に入った。
「離す気が無いなら…痛い目にあってもらうぞ!。くらえ!ゴブリン流奥義…スーパーゴブリンアタック!!」
「ぐあああああああ!!!!!」
ゴブリンリーダーが放ったなんか凄そうな攻撃によって冒険者1と2は爆発四散した。…我ながら適当な描写だな。
「悪い奴らはやっつけたよ。…大丈夫?」
メタルゴブリンを捕らえていた冒険者1および2を倒したゴブリンリーダーはその場で泣き崩れていたメタルゴブリンに手を差し伸ばした。
しかし、メタルゴブリン(少女)はその手を取ることなく、自力で立ち上がった。
「た、助けていただいてありがとうございます」
それだけ述べて少女はその場を立ち去ろうとした。
「ま、待って。…そんなボロボロなままで大丈夫なの?」
冒険者によって追い回され、体が傷ついていた少女を心配して、ゴブリンリーダーは声をかけた。
「大丈夫です。…一人で大丈夫です…」
「でも…女の子を一人で放っておけないよ」
「私に構わないでください。私に関わると…あなたまで不幸に巻き込まれてしまう…」
「…不幸?」
「私は…メタルゴブリン一族の末裔です。私のそばにいると私を狩りに来る冒険者との戦いに巻き込まれてしまいます。だから…私のそばにいると、あなたまで不幸になってしまう!」
「メタルゴブリン…」
ゴブリンリーダー(ショタ)は聞いたことがあった。メタルゴブリンと呼ばれる呪われし一族がいると…。
そんな呪われし少女を目の当たりにしたゴブリンリーダー…だが、だからと言って彼女を放っておくわけにはいかなかった。
呪われた一族かなにかは知らないが…彼女もまた、かつての自分と同じように生まれ持った定めに捕らえられている者なのだ。
だが、自分にはその殻を破ってくれた人がいた。そして…自分もあの人と同じように、誰かを縛る殻を破る人になりたかった。
突然野に放たれ、その目的を叶える当てもなかったゴブリンリーダーは、自分を縛る殻に閉じ込められたその少女との出会いに運命を感じたゴブリンリーダーは意を決して口を開いた。
「だったら…僕が君を守るよ」
「…え?」
「僕が君を守る…だから、一緒に冒険をしよう。この世界を、どこまでも…」
ゴブリンリーダーがそう提案した時、タイミングよく森の上空を覆う雲から光が漏れ、ゴブリンリーダーを照らした。それはまるで…希望の光であるかのように…。
誰かと関わることを恐れていた少女は初めて自分に差し伸ばされたその手に戸惑いながらも恐る恐る、そして少しずつ手を伸ばした。
ゆっくりと距離を詰めたその二つの手はやがて繋がり、そして…二人の少年少女の君とどこまでも旅するRPGが今、幕を開けた。
果たして、彼らにはどんな受難が待ち受けているのか?どんな冒険が待ち受けているのか?。
そして…女の子を守るべく旅するなどというまるで主人公のような所業をこなすゴブリンリーダーの出現によって、剣もプライドも体も売った田中ちゃんは、主人公の座まで奪われてしまうのか!?。
次回!『田中、売られる!』…乞うご期待。