クソゲー過ぎる世界を一人でどこまでも旅するRPG
「パーティが解散されたって…どういう意味!?」
祭りの夜から目覚めると、田中の姿がなく、勝手にパーティが解散されていたことにシンとユーキは戸惑っていた。
「確かに知識のサファイアによってINTが200も上がって、メニューも自由に操作できるようになったから、パーティの解散も可能だが…いきなり解散なんかしやがって…」
ユーキはそう愚痴りながら髪の毛を手でクシャクシャにしてみせた。
「でも、攻撃も当たるようになって、メニューも操作できるようなった田中からしてみたら僕らなんてもう足手まといでしかないもんね…」
シンは自分達が切り離されたと考え、ため息混じりにそれを仕方なしに受け入れた。
「ふざけんな。解散するにしてもせめて一言なんか言ってからだろ、いきなり解散してバックレるとか…頼むからあいつにだれか礼儀を教えてやってくれ!!」
「確かに何も言わずに解散っていうのは寂しいよね」
シンはそう言ってうつむき、静かに語り始めた。
「こんなこと言うのも変かもしれないけどさ、僕はなんやかんやでこのパーティは悪くないって思ってたんだ。最初こそは本当ただの苦行だったけど…最近は冒険が楽しいって思えた。なのにさ…こうして何も言わずに解散って言われたらさ、田中は全くそんなことなかったんだなって思えて…すごく悲しい」
初めこそは成り行きで君とどこまでも旅するRPGを強いられて、ただひたすら輪廻転生を繰り返す苦しい日々だったが、その過程の中で共に成長し(ステータス的な意味ではない)、共に苦難を乗り越え、少なからずシンには仲間意識が芽生えていたのだ。
そんなシンを見て、ユーキがその場から立ち上がり、酒場の出口へと向かった。
「田中を探すぞ。あいつにせめて文句の一言くらい言わねえと気が済まない」
「うん!」
田中が空を壊し、NPCのエリアの境界が消えたことにより、自由を得たマサラの住民達だが、まだ魔王によって壊された街の修復が完了していない中、昨日の魔物の襲撃によってさらなる痛手を負ったマサラを離れるものは少なく、多くの人達が街の修繕にあたっていた。
そんな住民達にユーキは田中のことを尋ねて回ったが、有力な情報は出てこなかった。
田中につながる情報がなく、途方にくれたユーキ達は自分達のホームである教会へ帰った。
「ただいま、神父さん」
「…バカな、お前らも玄関から帰って来ただと…?」
デスルーラが正面玄関であったユーキ達が普通に玄関から教会に帰ってきたことに神父さんは目を丸くしていた。
「…我が家も大分魔物に壊されちゃったね」
そんな神父さんを尻目にシンはさらにボロボロとなった教会を見渡していた。
「それでもマサラごと無くなるよりはマシだ。あまり言いたくはないが、この程度で済んだのも逆さメイド様様というわけだ」
悔しそうだがどこか嬉しそうに神父さんはそんなことを口にした。
そんな神父さんにユーキはふと気になった質問をぶつけた。
「っていうかさっき、『【お前らも】玄関から帰って来た』とか言ってなかったか?。もしかして…田中がここに来たのか?」
「ん?あぁ、昨晩来てたぞ」
「ほんと!?」
ようやく出て来た手がかりに二人は神父さんに詰め寄った。
「あぁ、昨晩真紅の次元箱を引き取りに来てたが…なんだ、知らなかったのか?」
「その後あいつどこに行った!?」
「さぁな、行き先までは聞いてなかったが…街の出口へ向かってたから、街にいないなら夜のうちに街の外に出て行ったんじゃないか?」
「くそ…やっぱりもう街の外か…」
この広大な世界で人一人見つけるのは至難の技…それでもフレンド登録でもしていれば居場所やメッセージを送り合えるのだが…勝利に浮かれていたユーキはようやくメニューが操作できるようになった田中とのフレンド登録などという発想があるはずもなく…田中を探す手がかりが途絶えたことにユーキは頭を抱えていた。
「なんだ?パーティでも解散したのか?」
「あぁ、俺たちが寝てる間に勝手に解散してどっか行ったんだよ、あいつ」
ユーキは憤慨しながら神父さんにそう答えた。
「ねぇ、神父さん。さっき言ってた田中に預けたって言ってた真紅の次元箱ってなに?」
「お前らプレイヤーから教会に流れたブラッドを邪神ロキ様に捧げるための箱だ」
「それを田中が?」
「あぁ、その中にブラッドを入れればロキ様へ送られる不思議な箱でな、いっぱいになるとロキ様が復活するんだ」
「ロキって…このゲームのラスボスか…」
以前、田中からラスボスは教会が呼び出した邪神であると聞かされていたユーキは静かにそんなことを呟いた。
「どうして田中がその箱を?」
「次元を隔てているとはいえど次元箱の中にある今まで集めて来た大量のブラッドに惹かれて魔物が集まってくるんだ。ここだけの話、昨日の大量の魔物はエリア境界の判定がなくなったことによって次元箱のブラッドに引き寄せられたものだ。だからここに次元箱があるとマサラが再び魔物に襲われることになる」
「…そんな大切な箱を田中に預けたのか?」
「ああ…本当は半ば強制的に奪われたのだがな…。『10倍にして返してやる』とか言ってたが…」
「それ、だいたい帰ってこない常套句じゃん。…ちなみにいまどれくらい溜まってるんだ?」
「あれを見よ」
ユーキの質問に神父さんは教会の教壇の後ろに設置された大きな砂時計を指差した。
砂時計は三分の一ほどが赤い石で満たされていた。
「あれは次元箱がどのくらい満たされたかを示す砂時計なのだがな…あれが満タンになると邪神様が復活するのだ」
「…そういえば田中も似たようなこと言ってたな」
ユーキはふと、教会で歯磨きしながら田中にそんな説明を聞かされたことを思い出した。
そして教会をホームとしているために毎日なんやかんやで目にしていた砂時計をユーキが再びマジマジと見つめると、昨日見たよりも微妙に赤い石の量が増えていることに気がついた。
「…昨日よりちょっと増えてない?」
「どうやら田中のやつが昨日倒した魔物のブラッドを次元箱に入れたようでな…。どうやら田中の言っていた10倍返しはあながち嘘ではなさそうだ」
ユーキの質問に神父さんは嬉しそうにそう答えた。
「…どうして田中がそんなことを?」
不思議そうにそう尋ねるシンにユーキは頭を押さえながら答えた。
「以前、田中からこのゲームのクリア条件を聞いたことがある。田中が曰く、あの砂時計が満たされると邪神が復活し、ゲームは最終段階へと移行して、邪神を倒せばクリア出来ると…」
「つまり…どういうこと?」
「おそらくだが田中は邪神を復活させようとしている。あるいは……このゲームをクリアしようとしている」
教会の砂時計にどこからともなくコトリと小さな赤い石が降り注ぎ、砂時計を満たしていく。
「…これからどうしようか?」
田中への手がかりが完全に潰え、途方にくれていると、シンはユーキにそんなことを尋ねた。
「そうだな…このクソ広い世界で田中を探すのも大変だし…各々好きにするしかないか」
長きに渡って君とどこまでも旅する(強制)RPGをやってきた彼らはようやく得た自由を前に躊躇いながらもそんな結論に至った。
パーティが解散された以上、行動を共にする明確な理由はない。
「だったら、僕はしばらくこの街に滞在するよ。雪も無事に見つけて元気そうにしてるし、冒険に出ても僕じゃあ足手まといだし…それに、僕らの家である教会がボロボロなのをどうにかしたいしね」
「シンはそれでいいのか?別に俺でよければ一緒に冒険するけど?」
「いや、いいよ。田中がここに帰ってきた時、家がボロボロじゃ可哀想でしょ」
「まぁ、それもそうだな」
レベル1のシンなりに出した答えに、ユーキは微笑ましくそう返事をした。
「それで、ユーキはどうするの?」
「…俺は」
シンの質問に、ユーキは言葉を詰まらせた。
これまでの旅路の中で主に旅の目標を決めていたのは田中だった。
その田中無き今、ユーキはこれからのことを自分で決める自由と責務を得たのだが、当初の自分の目的を見失って答えに困っていたのだ。
自分のことは自分で決める…そんな当たり前のことが久しぶり過ぎて、ユーキは困惑し、それと同時に自由になったことに少し心が浮かれていた。
「俺は…冒険に出るよ。まだまだ冒険し足りないからな」
「…まぁ、ユーキはそうだろうね」
長年の付き合いでユーキがそう答えるであろうとわかっていたシンは頷くようにそう呟いた。
「それじゃあ、しばらくお別れだね、ユーキ」
「おう、お前も頑張れよ、シン」
「マサラに戻って来たら、顔見せに来てよ」
「当たり前だ、俺は田中ほど薄情じゃない」
その後、ユーキは旅立ちの準備を整え、教会の出口へと向かった。
ユーキを見送るためにシンも教会の出口へとついていった。
「それじゃあ…またな!シン!」
「うん、また会おう!ユーキ」
そして二人は拳をぶつけ合い、再会を誓った。
「もし田中に会ったら…『バーカ』って言っておいて!!」
別れを済ませ、教会を後にするユーキの背にシンはそう叫んだ。
「オッケー、任せとけ!!次会うときはもっと強くなってやるからな!!」
シンのお願いにユーキは親指を立てて答えてみせた。
こうして、長きに渡って繰り広げられた君とどこまでも旅するRPGはひとまず幕を閉じることとなったとさ。
そして、新たに一人で冒険に出ることになったユーキはマサラを出た始まりの草原で全身を拭き抜く風を胸いっぱいに吸い込んで、これから始まる新しい物語に心を躍らせた。
田中達と旅するのもなんやなんやで最終的にはどちらかというと悪くなかったと言えなくもなくもなくもなかったが、こうして目的も行く当ても何も決めずに一人で旅立つ冒険もなかなか乙なものだ。
思えば剣と魔法の王道ファンタジーゲームに来たはずなのに剣と魔法をまるで堪能出来ていない。
田中達と冒険していた時はそれどころじゃなくて楽しめなかったが、せっかく独り身になれたのだから今度こそ全力でゲームを楽しもう。
そんな決意を新たにユーキは心機一転して改めて始まりの草原を眺めてみた。
眼下に広がる壮大な草原には現実世界では見ることも叶わないような奇形な魑魅魍魎と空には遥か彼方からでも目視できるほどの巨大な竜のシルエットが浮かぶ。
今は手が届かぬような遠い存在でも、いつしか相見える時が来る。そう考えただけで全身を震わすようなスリルと抑えきれぬ興奮に襲われる。
そうだ…ここは剣と魔法のゲームの世界なんだ。
田中達との冒険でそんなことすら忘れかけていたユーキは遥か彼方の空に浮かぶ竜のシルエットを『今度こそ必ずやいつか倒しに行く』という決意を露わにするかのように手を伸ばし、その手に掴んだ。
「待ってろよ!!ドラゴン程度、けちょんけちょんにしてやるからな!!」
そしてユーキはそう叫んで空に浮かぶ巨大な竜のシルエットを指差した。
その瞬間、ユーキの背後から突如何か巨大な物体が舞い降りたかのような轟音が轟いた。
何事かとユーキが恐る恐る振り返ると、ユーキの背後には全長30メートルはあろう巨大なドラゴンさんが指をパキポキ鳴らしながらユーキを睨みつけていた。
どうやらユーキの放った『ドラゴン程度』という言葉が気に入らなかったようでかなり不機嫌そうに見えた。
『あっ、これ死んだ』と死に慣れたユーキが思った通り、ドラゴンの口から灼熱の炎が噴射され、ユーキは一瞬で炭となった。
「おぉ、戦士ユーキよ、死んでしまうとは情けない」
デスルーラという名の正面玄関から堂々とホームに帰ってきたユーキに呆れながらも神父さんはありがたい言葉を吐き出した。
その後蘇ったユーキは教会の復旧作業に精を出しているシンと目が合い、早すぎる再会に気まずい空気が流れたとさ。