やがて夜の闇に溶けていく
「それでは我々の勝利と、田中への賞賛を祝いまして…かんぱーい!!」
「かんぱーい!!」
国を挙げてお祭り騒ぎしているマサラの酒場にプレイヤー達は終結し、此度の戦いの勝利に祝杯をあげていた。
プレイヤー達は各々の勝利の喜びを語り合い、陽気に歌を歌い盛り上がっていた。
「良かったな、田中。必中のルビーが手に入ったおかげでこれでもう敵無しだな」
「…まあね」
その一方、此度の立役者である田中はそんな酒場の隅っこで冷めた目をしていた。
「底辺冒険者を続けること半年…ただ死に続けるだけの無為な日々にはもうおさらばだ…」
必中のルビーが手に入ったことで攻撃が当たるようになったため、レベル99の実力がようやく発揮できることにユーキは涙を流していた。
「そういえば、知識のサファイアっていうのも貰ってたよね?あれはなんなの?」
シンは田中にメルから受け取った知識のサファイアについて言及した。
「知識のサファイアは持っているだけでINTが200上がるアイテムだ」
「INTが200も!?じゃあこれで田中もメニューが操作できるようになったってことか!?」
「まぁね」
田中はそう言って久方ぶりにメニューを操作し、長きに渡って自身を苦しめてきた奴隷の指輪を装備から外した。
何気なく行われた淡々とした場面だが、長きにわたって苦しめられていたよ奴隷の身からようやく解放されたこの瞬間はなんとも感慨深いものであった。
「これで…これで…何者にも脅かされることなく健やかな冒険を送れる…」
田中を蝕むほぼ全ての詰み要素が解消されたことにユーキは嬉しさのあまり号泣し、机に突っ伏した。
「攻撃が当たって、メニューも操作できて、街を出ても状態異常にかからないなんて…なんて幸せなことなんだぁぁぁぁ!!!!!」
当たり前のことにユーキはただひたすら嬉し涙を流し続けた。
「…そうだね」
しかし、そんなユーキに反して田中の声はやけに冷めていた。
「NPCを閉じ込めていた空を壊して、バハムートも冒険者化させて…おまけにパーティをめちゃくちゃパワーアップさせることができた。とりあえずの目標は達成したな」
「そうだね」
「…それで、これからどうするの?」
「それなんだけど…」
シンの質問に田中が答えようとしたその時、酒場にいたプレイヤー達が田中に話しかけてきた。
「あ、あの…逆さメイドさん!!この度はどうもありがとうございました!!」
プレイヤーはそう言って街を救った英雄に頭を下げた。
「それと…あの時石を投げつけてすみませんでした!!」
他のプレイヤー達も続いて田中にお礼を述べて頭を下げ、そして各々謝罪の言葉を述べた。
「あぁ、あれか…別にもうどうでもいいよ」
そんな彼らに田中は興味無さそうにそんなことを言った。
そんな田中の様子を見て、ユーキが田中に尋ねた。
「おいおい、今日は随分と大人しいな。いつもなら頭を下げてくるやつには『とりあえず身ぐるみ全部置いてけ』とか言うくせに…」
「別にこいつらが持ってるものなんてたかが知れてるでしょ。必中のルビーが手に入った今、追い剥ぎなんかしなくてももっと良いものが簡単に手に入れられる」
「…まぁ、それもそうか…。必中のルビーが手に入った今、田中に敵う奴なんかいないしな」
「そうだね」
「でもその割にはあんまり嬉しそうじゃないよね?」
ド底辺から一気にゲーム内最強の地位に上り詰めたはずなのに田中のどこか冷めた声にシンはそんな疑問を口にした。
「…前までは喉から手が出るほど欲しいものなんて一杯あったんだけどねぇ。簡単に手に入るって分かっちゃうと…なんかどうでもよくなって来たんだ」
「なるほどな、クソゲーからヌルゲーになったもんな」
「おまけに何がどこにあってどうすれば効率よく入手できるかまで私は知ってるし、大半の敵やダンジョンの攻略法も熟知してる。正直、何をしようがもはや作業でしかない」
そして田中は目の前のほとんど空になったジョッキを見つめながら続けてこんなことを呟いた。
「だから私がやり残したのは…この世界への復讐だけなんだ…」
そんな田中にユーキがこんなことを言った。
「馬鹿言っちゃいけねぇよ!。このゲームの攻略法は知ってても、俺たちプレイヤーは未知数なんだぜ?」
そう言ってユーキは田中を連れて他のプレイヤーと絡み始めた。
「おーい!俺らも混ぜてくれよ!」
肩を並べて楽しそうに歌を唄う彼らにユーキが話しかけると、英雄と逆さメイドの加入に戸惑いながらも気がつけば田中も彼らの中に入り混じっていた。
最初は何が楽しいのかも、ノリも分からなかった田中だが、何があっても陽気に振る舞い馬鹿騒ぎをする彼らを見ていると次第にそんなものはどうでもよくなってきて、気がつけばその輪の中に入っていた。
「ユーキ…こいつら、馬鹿ばっかだな!」
そんなことを語る田中の顔からはわずかに笑みが溢れていた。
こうして、飲めや歌えや騒げやのお祭り騒ぎの喧しい夜は田中にとって忘れられない出来事となった。
やがて夜も更け、戦いの疲れも積り、お祭り騒ぎが嘘のように人々が寝静まった頃、田中は一人静かに酒場の扉に手をかけた。
「…お前らとの旅、悪くなかった」
酒場の真ん中でほかのプレイヤー達と紛れて眠りにつくユーキとシンに田中は静かにそう言い放ち、静まり返った街へと一人歩みだした。
誰もいない夜の静かな街を歩く田中に、背後から誰かが話しかけて来た。
「どこに行く気ですか?」
茶目っ気のある声でそう話しかけたのは、妖精のナビィであった。
「ナビィか…何の用だ?」
その足は止めたものの、ナビィに振り返ることなく田中はそう聞き返した。
「別に用事はありませんよ。どうしてるのかなぁって様子を見に来ただけですけど…なんかいつのまにかあの逆さメイドが英雄扱いされてるそうで…おめでとうございます」
ナビィは茶化すようにそう言って乾いた拍手を送った。
「せっかく英雄扱いであなたに良くしてくれるようになったんですから、しばらくはマサラでチヤホヤされて良い気分に浸ったらどうですか?きっとしばらくは贅沢三昧できますよ」
ナビィは取り繕ったような笑顔を浮かべながら田中にそんなことを囁いた。
しかし、田中はそんなナビィにこんな言葉を突きつけた。
「そんなに私に冒険に出て欲しくないのか?ナビィ」
「…さて、なんのことでしょう?」
そう言って可愛らしく笑顔で惚けるナビィに田中は核心をつくように口を開いた。
「思い返してみれば、お前は私が冒険に出るのを邪魔してばかりだった。つまりはそれだけ私に冒険に出て欲しくないってことなんだろ?。まぁ、そりゃあそうだよな。お前らの狙いは…私なんだから」
その言葉を耳にして、ようやくナビィの顔から笑みが消えた。
「あら?気が付いちゃったんですか?」
そして、愚痴るようにこんな言葉を吐き捨てた。
「だから…冒険なんてさせたくなかったんですよ」
「ナビィ、お前は管理者の補佐なんかじゃなくて、本当は私の監視役だったんだろ?。昔からずっと私のことを監視するためにそばにいたんだろ?」
田中の脳裏にまだこのゲームが始まるずっと前からそばにいたナビィとの記憶が脳裏によぎる。
マスターなどと慕う振りをして自分の側にいるナビィの姿が蘇る。
「その通りですよ。ナビィの本当の使命は、あなたの監視です」
そんな田中にナビィは悪びれる様子もなく言い分を認めた。
「そうか…ずっと騙して来たんだな…ナビィ」
そんな言葉を耳にしたナビィはニコッと笑ってこんなことを語り始めた。
「ほんと…あなたの監視のために補佐をしてた頃は大変でしたよ。呆れるほどわがままで、どうしようもないくらい自分勝手で、振り回されるナビィは苦労したのなんのって…。本当にわがままで、ナビィの言うことは全く耳にしてくれなくて…散々注意しても何一つとして聞いてはくれなくて…本当にナビィは散々でしたよ。ナビィがあなたの監視のためにどれだけ頑張って来たと思ってるんですか?。だから…たまにはナビィの言うことは聞いてくださいよ」
そしてナビィは声のトーンを落として、話を続けた。
「たった一度でいいんです。たった一度でいいから言うこと聞いてくれたらナビィはもうそれだけで十分なんです。今までのナビィのお願いなんて全部無視してくれても構いません、散々こき使われたのだって全部笑って許してあげます。だから…一度でいいから…お願いだからたったの一度でいいから…ナビィの言うこと聞いてください」
今にも泣き出しそうな声で振り絞るかのようにナビィは田中にそんなことを告げた。
そしてボロボロと涙を流しながら、ナビィは田中に懇願した。
「お願いだから…お願いだから………行かないで…佐紀」
そんなボロボロに泣き崩れるナビィに田中はただ一言だけ、こう突きつけた。
「ごめん…これが私の復讐なんだ」
そして田中はただ一人、夜の世界へと旅に出た。
翌朝…どんちゃん騒ぎの荒れ果てた酒場で見知らぬ誰かを枕にしながら眠りについていたユーキは静かに目を覚ました。
寝起きのぼんやりとした視界で辺りの騒ぎの後の惨状を見渡し、後片付けのことを考え、朝から少し気分が憂鬱になった。
…まぁ、それでも久し振りに楽しい夜だったからいいか。
冒険者の輪に混じって口元に笑みがこぼれる田中の姿を思い出し、ユーキはそっとほくそ笑んだ。
きっとこれからはあの田中が昨日のように笑みをこぼすような日々が…共に笑い合えるような冒険が待っている…ユーキは一人、そんな妄想に浸って満悦していた。
「おはよう、ユーキ」
そんなユーキに先に目を覚ましていたシンが話しかけて来た。
「おう、おはよう、シン」
「ユーキ、田中見なかった?」
「…ん?田中?。その辺に転がってないのか?」
「それがさっきから探してるんだけど、見当たらないんだよね」
そう言ってシンは辺りをキョロキョロと見渡した。
「その辺を散歩でもしてんじゃないか?。どうせ一人じゃ街の外には…」
ユーキがそんなことを口にすると、なにかが起きたことを知らせるアイコンが視界の端に映っていることに気が付いた。
ユーキがメニューを開いてなにが起きたかを調べると、メニューのログにこんな一文が記録されていた。
『パーティが解散されました』
「…え?」
ユーキは状況がわからず、その場でしばらく惚けていたとさ。