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もう彼女の刃は止められない

ガラスのように砕け散り、崩れゆく空を世界中の人々が見上げていた。


そして空の彼方からこの世界を下から覗いたかのような歪な世界が姿を現した。


ガラスのように砕け散り、舞い落ちる空のカケラが作り出す幻想的な世界に誰もが心を奪われ、そして空の彼方に広がる未知の世界に恐怖と…心をくすぐられる好奇心を抱いた。


そんな中、元凶である田中も同様に空を見上げ、空が降り注ぐ景色にとある記憶がフラッシュバックし、なにかを悟ったかのように静かに呟いた。


「…あぁ、そうか。そういうことか…」


そしてひとしきり空が壊れた後、ユーキが田中に問い出した。


「なにが一体どうなったんだ?」


「見ての通り、空をぶっ壊したんだよ。どうやらあの空には攻撃の当たり判定が存在していたようだ」


「それで…あの景色は一体なんなんだ?」


「このゲームの座標のZ軸…つまりは鉛直方向の上限として設定されていた空が壊れたことによって、Z軸に上限が無くなって、Z軸がループしてるんだよ」


「じゃああそこに見えるのはその世界のZ軸の一番下の層ってことなのか?」


「そういうことだ」


「はは、凄えな、本当に空をぶっ壊しやがった」


その後、ひと段落した後、バハムートにメニュー禁止の状態異常をかけた時の逆の要領で雪を中継地点にしてメニュー禁止の状態異常を田中に移した。


メニュー禁止のフリーズから解放されたバハムートはハッと我に帰り、そして空があったはずの天を仰いだ。


「空が…なくなってる?」


想像を絶する光景にバハムートは驚愕していた。


そんなバハムートにゴブリーは話しかけた。


「君を縛るものはなにもなくなった…これで君も自由なんだ、バハムート」


「これで…自由…」


そんな言葉を受けて、バハムートの天を仰ぐ瞳から一筋の涙が零れ落ちた。


「そうか…これでもう…解放されたのだな」


「…どこか行きたいところはある?良かったら案内するよ」


そう言ってゴブリーはバハムートに手を差し出した。


「…前々から一度街に行ってみたかった。あの活気に触れてみたいと思っていた。…案内してくれるか?ゴブリーよ」


「もちろん、喜んで。そしてようこそ…冒険の世界へ」


また一人NPCを冒険者化させたのを見送った田中達はこれからのことを話し合い始めた。


「それで田中…これからどうする?」


「…とりあえずマサラに戻ろう」


「そうだな。バハムートもなんとかしたし…これからまた一層忙しくなるな」


「これからも頑張らなくちゃね。…僕もなんだかやる気出て来たよ」


空を壊して一歩前進できたことを肌身で感じていたユーキとシンがウキウキしながらそう言い合うのを差し置いて、田中は心ここに在らずといった風に一人呆然としていた。


「ありがとう、田中。ゴブリー達を助けてあげてくれて…」


「…いや、別に助けたわけじゃ…」


「それでも助かったのは事実だから…ありがとう」


ぶっきらぼうに振る舞う田中に雪は感謝の言葉を押し通して田中に伝えた。


「それじゃあ、僕らは先に街に帰ってるから、雪はゴブリー達と一緒にゆっくり街に来なよ」


「うん、ありがとう、お兄ちゃん。そうさせてもらうよ」


そしてゴブリー達とひとときの別れを済ませた三人は全滅してマサラの街へと帰った。…もはや彼らにとって教会が正面玄関だからね、当然だね。









「…田中、またなんかやらかしたのか?」


教会で生き返るや否や、空を破壊するなどという世紀の大事件の犯人を神父さんは田中と決めつけて問いただした。


「別に、ただちょっと仕返ししてやっただけだ」


自慢げにそう語る田中に神父はため息混じりにこんなことを告げた。


「空が壊れたせいかどうかは知らないが、今マサラは大変なことになってる」


「大変なこと?」


「街の中に大量のモンスターが流れ込んでいるんじゃ。…いままで街にモンスターが侵入することなど無かったのに」


「…街にモンスターが?」


「そうじゃ。今はまだ兵士たちの手によって町外れで食い止めているが…この調子じゃいつまで持つかもわからん。おまけに国王は魔王との戦いで今も意識不明の重体…上手く指揮を取れるものがおらず、騎士達も統率が上手く取れていない」


「一体どういうことなんだ?なんかのイベントなのか?」


現状を把握するためにユーキがそう田中に問うと、田中はこんな答えを返した。


「モンスターを含めるNPCには行動できるエリアが決められてると言ったな」


「あぁ、確かエリアの境界の座標に行くと元の場所に戻ろうとするようにプログラムされてるとか言ってたな」


「その通り。そしてその座標の判定なのだが…エリア境界の空の真下の平面座標に来たら判定するように設定されてある。だが、今はその空が無い」


「つまり…お前が空を壊したから全てのNPCのエリアの境界の判定ができなくなったったことか?」


「そういうことだ。そのおかげでモンスターも街に自由に出入りできるようになった結果、こうなったわけだ」


「じゃあ結局お前のせいじゃねえか!!」


街が襲われた元凶であるにも関わらず、田中の態度からは悪びれる様子などまるで感じられなかった。


だが、田中はそんなユーキの言葉を無視して、教会を出ようとしていた。


そんな田中にシンが声をかけた。


「…どうするの?田中」


「別に町がどうなろうが知ったこっちゃ無い」


そう言って田中は教会の扉に手をかけた。


そして扉を開け、目の前に広がるモンスターが所狭しと蔓延る地獄絵図を背に、一言こう語った。


「だが…ちょうどいいから狩りに行くぞ」


そう言って田中は不敵に笑ってみせた。










「皆!!持ち堪えるんだ!!街にはまだ住民が残ってる!!」


防衛網の最前線に立つ騎士団長アルフィーナが高らかに叫び、騎士達を鼓舞していた。


しかし、そんなアルフィーナに獰猛なモンスターの牙が襲いかかる。


一瞬の隙を突かれ、避けられないと悟ったアルフィーナだったが、間一髪のところでアイロが巨大な槌でモンスターを殴り飛ばした。


「アイロ殿、感謝する!!」


「任せて!!街は私が絶対に守ってみせる!!」


二人は最前線で迫り来るモンスターに必死の抵抗をみせた。


「魔法部隊、ぃきますよ?」


街の危機に魔法屋のエリーを始めとする魔術に長けた軍団が集結し、その魔力を合わせて大魔法を発動させた。


「仇なす全てを飲み込め!!古代魔法『プラネットメイルシュトローム』!!」


マサラの総力を合わせて発動した大魔法はうねり狂う巨大な津波となって迫り来るモンスターを飲み込んだ。


しかし、あまりにも多すぎるモンスターを飲み込み切ることは出来ず、せいぜい防衛網付近の敵を蹴散らす程度にしかならなかった。


「ダメだ!!数が多過ぎる!!」


倒しても倒しても押し寄せてくるモンスターの軍団に騎士達の士気は落ちる一方であった。


「皆の者!!怯むな!!。マサラの力を奴らに思い知らせてやれ!!」


床に伏せた国王ユーニグルドに代わって指揮をとる王子のラン。しかし、ユーニグルドほどの信頼を勝ち取っているわけでは無い彼女では、その穴を埋めるには不十分であった。


「王子!!伝令です!!」


そんなランの元に血相を変えた伝令がやって来てこう告げた。


「始まりの草原にて…さらなるモンスターの軍勢を確認したとのことです」


「くっ…まだ来るというのか…規模はどれほどだ!?」


「それが…」


伝令は言葉を詰まらせ、答えを躊躇った。


「何を躊躇ってる!?言うのだ!!」


ランに急かされた伝令は諦めたかのようにランにこう告げた。


「新たなモンスターの軍勢は…今の約10倍ほど…とのことです」


「10…倍…」


ただでさえ前線を維持するのに精一杯な数だというのに、それの10倍もの援軍にランはとうとうその顔に絶望を露わにした。


新たなる援軍の話は兵士たちの間にあっという間に伝わり、誰もが勝ちを諦め、絶望した。


「…終わった…今度こそマサラは終わりだ…」


あまりの戦力差に絶望するあまり、持っていた武器を諦めたかのように地に落とし、マサラに武器が地面に落ちる乾いた降伏の音が響き渡った。


もうマサラは終わった…誰もがそう確信したその時、新たなる伝令がランに朗報をもたらした。


「ラン様!!ユーキさんが…ユーキさんがお見えになりました!!」


そんな伝令の言葉に誰もがその場に姿を現した英雄の姿に期待を寄せた。


誰もがユーキに最後の希望を抱く中、ユーキはランに告げた。


「ラン、全部隊を撤退させろ」


「何言ってるんだ!!ユーキさん!!。まだ街には民が…」


「安心しろ、別に逃げろだなんて言ってない。全部隊を避難させてくれればいいんだ」


「…避難?一体どういう意味なんだ?ユーキさん」


「逆さメイドに攻撃に巻き込まれないように避難しろってことだ」


ユーキはそう言ってニヤリと笑って見せた。









「全部隊!!撤退だ!!撤退せよ!!…逆さメイドだ!!逆さメイドが来るぞぉぉぉぉ!!!!!」


「なに!?あの逆さメイドが!?」


「一体どういう風の吹き回しなんだ!?」


「と、とにかく避難するんだ!!ここにいたら巻き込まれてひとたまりもねえ!!」


マサラを防衛する強靭な騎士達が我先にと迫り来るモンスターに背を向けて撤退する中、その流れにひとりの少女が逆行し、ただ一人、迫り来る有象無象のモンスターの軍勢の前に立ちはだかった。


畏怖の象徴とも言える上下逆さまのメイド服を風にたなびかせ、マサラを国ごと飲み込まんとするモンスターの大群が作り出す大波を見上げた。


「…どういう風の吹きまわしだ?。お前が街を守ろうなど…」


田中の影と成り果てた魔王がただ一人モンスターに立ちはだかる田中にそんなことを問いただした。


「別に街を守りたいわけじゃない。ただ少し…ブラッドが要り用なだけだ」


「ブラッドが?…一体なぜ?」


「教えてやるから、お前も手伝えよ、魔王」


夥しいほどのモンスターが世界を絶望へと誘う雄叫びをあげる中、田中は密やかに魔王に企てた計画を話した。


「なるほど…いいだろう、その話、乗ってやる」


邪悪な声でそう囁いた魔王は田中の体内に入り、田中にその力を貸した。


魔王の力によってその瞳を紅く染め上げた田中は抗いようのない天災のごとく迫り来るモンスターの軍勢に、ただ一撃の通常攻撃を繰り出した。


レベル99、STR999、さらに魔王の力によって4倍に膨れ上がったその一撃は、神をも穿つ一撃。


世界の時を止めるほどの威力を誇る衝撃は、瞬く間にモンスター達を一匹残らず飲み込む。


今までならただ飲み込むだけでDEXの関係でカスリもしなかった攻撃だが、今の田中には攻撃が必ずヒットする『必中のルビー』がある。


モンスターを飲み込んだ衝撃波はDEXの差を無視して全てを無に帰す。


田中の放ったたった一度の通常攻撃は仇なす全てを討ち滅ぼした。











田中の放った通常攻撃が収まった後…そこにはただ一体のモンスターの影も残っていなかった。


先程までの悍ましい光景が嘘であったかのように町が静まり返る中、ようやくハッと我に返った騎士達が勝利を実感し始め…そして…。


「勝った!!逆さメイドが勝ったぞおおおおおおお!!!!!!」


「うおおおおおおお!!!!!すげええええええ!!!!」


「あれだけのモンスターをたった一撃で!?」


勝利を見届けた騎士達は劇的な勝利に歓喜に震え、田中への賞賛を叫んだ。


田中を讃える声が鳴り止まない中、王子のランは声を高らかに叫んだ。


「皆の者!!聞けぃ!!。我々の勝利だ!!今夜は宴だぁぁ!!!!!」


「ウオォォォォォ!!!!!!!」


こうしてランの指示のもと、街をあげての勝利の宴が開かれたのだった。

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