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今ここに無いものを求めて

【○月○日 月曜日

今日も早朝に田中一行を蘇らせることから一日が始まった。…朝から憂鬱になる。いっそのことこの手で殺してやりたいところだが…仕事が増えるだけなのでやめておこう。蘇った憎き田中はその汚い足で教会の中を意味もなく歩き回り、ワシの視界にちらついてはワシにイラっとさせてくる。…用がないならさっさと出て行けよ。仕事柄、悪魔払いはお手の物なのだが…悪魔は追い払えてもこいつらは追い払えないのがもどかしくて仕方がない。悪魔より陰湿とか、魔王か何かなのかな?。

しかし、そんなことを考えているワシを尻目に、田中はあるところでピタリと歩みを止め、ワシに向かってこう言ってきた。


『神父さん、ちょっと私にドロップキックしてよ』


…前々からトチ狂ってるとは思っていたが…ついにMにまで目覚めたのか…。


常日頃から田中に恨み辛みを連ねるワシにはたしかに田中を殴り飛ばしたい願望はあるのだが…頼まれるとやりたくなくなる。…っていうか、マジでなんでドロップキックを所望するんだ?。マジでこいつ理解出来ない。


そんな風にワシが渋っていると、今度は仲間も一丸となって田中にドロップキックをするようにお願いしてきた。…マジでなんだ?こいつら。早く出て行ってよ、お願いだから。しかし、どれだけ時間が経ってもまるで動こうともせずにドロップキックをせがみ続ける田中にとうとう痺れを切らし、ワシは田中に向かって全力のドロップキックをお見舞いした。すると奴は『よくやった』と一言残し、早々に仲間とともに教会を去って行った。…え?マジでこいつらなんなの?Mなの?。それともワシのドロップキックに退魔の力があったからドロップキックで追い払えたの?……今度悪魔払いの時にドロップキックを試してみよう。】(神父さんのある日の日記より引用)









「勇者よ、目覚めなさい」


威厳ある声によって目が覚めたゴブリーの前にはゴブリーに勇者の力を与えた神々しい光を放つ女神アステナが微笑んでいた。


「…ここは…影月の夢の世界?」


竜王バハムートとの死闘の末、再び草原の地底に落ちてしまったゴブリーは前に同様にこの世界に来たことを思い出した。


「勇者よ、あのメルという小鬼の子に構うのはいいが、そなたに課せられた使命を忘れたわけではなかろうな?」


「使命っていうのは魔王を打ち滅ぼす使命のこと?。それならもう…」


勇者の力を授かる条件として魔王を打ち滅ぼす使命を課せられたゴブリーだったが、その魔王はすでに逆さメイドの手に落ちたのでわざわざ滅ぼす必要もないと考えたが、女神はその考えを否定した。


「いいや、魔王はまだ滅んでなどいない。今もなおその力を蓄え、虎視眈眈と世界の破滅を目論んでいる」


「大丈夫だよ、逆さメイドさんがちゃんと封じてくれるから」


「甘いな、勇者よ。いずれ魔王は必ずや再び世界を破滅へと導く」


「そうは言っても…」


「あまり気乗りしないか?勇者よ。まぁよい、どうせそなたは魔王と戦う運命からは…勇者の運命からは逃れられないのだ」


「勇者の…運命?」


「ゆめゆめ忘るることなかれ、そなたはいずれ、再び魔王と相まみえることになることをな」


その言葉を最後に…ゴブリーの意識は遠くなっていった。








「ゴブリー!大丈夫!?」


始まりの草原の地下にあるブルクラック大空洞に落ちたゴブリー一行は、柔らかい巨大なキノコのような何かの上に落ちたため、ことなきを得ていた。


しかし、一行に目を覚まさないゴブリーにマオは心配そうに声をかけていた。


そんなマオの言葉に呼び起こされ、ゴブリーは目を覚ました。


「…ここは?」


「ブルクラック大空洞。私達が初めて出会った場所だよ」


「みんなは!?」


バハムートとの激戦を思い出したゴブリーはガバッと起き上がって皆の安否を預けた。


「私達は大したダメージは受けてないけど…雪が…」


「そんな…雪は無事なの!?」


「大丈夫、雪はプレイヤーだから、死んでも教会で蘇る」


「そっか…それなら良かった…」


「ゴブリーこそ大丈夫なの?。もう何日も眠りっぱなしだったけど…」


「僕、そんなに眠っていたの?」


二人がそんな会話をしていると、メルが声をかけてきた。


「どうして私を置いて逃げなかったの?」


「仲間を置いて逃げるわけないじゃん!!」


「私は放っておいてって言ってるの!!」


「そんなことできるわけないだろ!!」


「それが余計なお世話だっていってるの!!」


話が平行線のまま進まないゴブリーとメルをマオが仲裁に入って止めた。


「はいはい、ひとまずはここから出ること、そしてバハムートをどうにかすることを優先しよう」


そう言ってマオは二人の先頭に立って薄暗い洞窟の中を歩き始めた。


「ねぇ、メル…覚えてる」


その道中で、マオはメルに話しかけた。


「バハムートと戦ってる最中に私が初めて魔王に身体を支配された時のこと」


「…覚えてるよ」


「あの時も、私はメルに逃げてって言ったよ。でも、メルは逃げてくれなかったじゃん。それで人のことをとやかく言えるの?」


メルはマオの言い分に返す言葉もなく黙ってしまった。


「要するに、私達がメルを放って置けないのはメルの自業自得なんだよ。メルの優しさが私達にそうさせた、だからそれは自業自得なんだ。受け入れなよ」


「そうだよ。約束したじゃん、この世界を君とどこまでも旅するって…」


どんなに突き放そうとしてもそばにいようとしてくれる二人にメルは感謝しつつも、それでも拭えない思いの丈を口にした。


「二人とも、ありがとう。…でも、ダメなの。憎しみが…怒りが消えてくれない。所詮は私は…モンスターだから…」


「私だって魔王だった。いずれは勇者様に殺される…そういう運命を辿るって思ってた。だけど、ゴブリーやメルや雪、そして逆さメイドさんがそんな運命から私を救ってくれた。メルだって救えるはずだよ、だって魔王だって救われたのに、一介のモンスター風情が救われないわけないよ」


「マオの言う通りだよ、メルがそうありたいと願って行動し続ければ、メルだってきっと冒険者になれるよ」


「…そうだね。…そうだといいなぁ」


自信なさげに呟くそれはただの叶いやしない理想のように聞こえた。


やがて3人は洞窟の暗闇を照らす光を見つけ出し、再び空の下に戻ってきた。


しかし、その空は暗雲に覆われ、昼間にもかかわらず薄暗い空模様をしていた。


「馬鹿な奴らだ。のこのこ出てきよって…」


「竜王バハムート…」


ゴブリー達が外に出ると、そこには竜王バハムートが出待ちしていた。


「待ちくたびれたぞ、ゴブリーよ。…まぁ、最近無謀にも冒険に出かけるNPCが妙に増えていたから、退屈はしてなかったがな…」


このゲームで誰かに何かしらの迷惑がかかる場合、大抵の原因はあいつのせいなのだが、そんなことを知るよしもないバハムートは呑気にそんなことを言っていた。


「さぁ、とっとと帰るべき場所に戻るのだな!!小鬼どもよ!!」


度重なる戦いでもはや相手は一介のチュートリアルボスなどではなく、強敵であることを理解したバハムートはいきなり何十もの凶悪な竜を呼び出し、ゴブリー達に襲いかかった。


「何度来たって僕達は負けやしない!!僕達はどこまでも冒険するんだ!!」


「誰も逃れられやしない!!この空がある限りな!!」


ゴブリーは荒れ狂う無数の竜を足場に空を飛び上がり、素早い動きで敵を翻弄し始めた。


一方、マオは呪文の詠唱を始め、メルがそばでサポートしていた。


「喰らえ!!新技、『ジャイアントゴブリンアタック』!!」


巨大化した棍棒によるなぎ払いが竜達に襲いかかり、何匹かの竜を撃墜した。


「『メイルシュトローム』!!」


メルは空間に渦潮を作り出し、竜達を飲み込んだ。


「…随分と成長したな、ゴブリーよ」


「旅路の中で見つけた守るべき仲間がいたから強くなれた。冒険が僕達を強くしてくれたんだ」


空中を飛び交いながらゴブリーはバハムートにそう答えた。


「自由を渇望するその姿、実に哀れだ」


「そうかい?結構楽しいよ。一緒に来ればいいのに」


「馬鹿を抜かせ。言っただろう、誰も逃れられやしないと……この空がある限り、な」


そして、順調に竜の数を減らすゴブリーにバハムートは『ドラゴンフレア』で攻撃を始めた。


空中で身動きが取りにくいタイミングを狙われたゴブリーはなんとか体勢を変え、紙一重でそれをかわしたが、バランスを崩してそのまま地面へと落ちていった。


そこにバハムートの追撃によってゴブリーは勢いよく地面に叩きつけられた。


バハムートの攻撃でゴブリーはかなりの痛手を負った。


「痛いだろう?これが自由の代償のほんの一部だ。それでもまだ旅を続けると言うのか?」


「あ…当たり前だ」


よろめきながら立ち上がり、フラフラしながらゴブリーは答えた。


「…なぜだ?何が貴様らをそこまで冒険に駆り立てるというのだ?。なぜそうまでして自由を求めるのだ!?冒険の果てで、貴様らに何が待っていると言うんだ!?」


そんなバハムートの嘆くかのような質問にゴブリーはただ一言、こう答えた。


「知るか!!」


「…は?」


「冒険して、何が手に入るかなんて知るわけないよ!!でも、だから冒険するんだよ!!」


「…ならばその旅路の果てに待っているのはチンケなお宝かもしれない、それでも貴様は旅をすると言うのか!?」


「たしかにそうかもしれない。でも、僕には欲しいものがある…でも、何を欲しがっているのかは僕にも分からない。それがこの冒険で手に入るとも限らない」


「ならば…なぜ?」


「それでも一つだけ分かる事がある。このもどかしい感情はただ手招いてるだけじゃ拭い去れない、何が手に入るかわからないからこそ、冒険で僕の本当に望む全てのものが手に入るかもしれないんだ!!」


「そんな確信のない理由のために冒険を?」


「そうだよ」


そしたゴブリーはニヤリと笑ってバハムートにこう告げた。


「だって…今ここに無いものは、少なくとも冒険しなきゃ手に入らないじゃ無いか」


堂々とそう言い張るゴブリーを前にバハムートは見下しながら高笑いをした。


「はっはっは…今ここに無いものを手に入れるためか…。なんと強欲なことか…なんと浅ましきことか…なんと哀れなことか…」


やはり冒険者など馬鹿な真似…ハイリスクローリターン、決して賢い選択などではない。そんなことはバハムートも重々承知している。


…そんなことはわかっている、だが、分かりつつもバハムートはふとこんなことを口にしてしまった。


「そしてなんと…羨ましいことか…」


だが、それが失言であると気が付いたバハムートはすぐさま気を取り直してゴブリーに向かい合った。


「さっさと終わらせよう。気がどうかしてしまう前にな…」


そしてバハムートは最大限にエネルギーを貯めて、ゴブリーに渾身のドラゴンフレアを放った。


触れる全てを消し去る神々しい輝きを前に、立ち上がるのも精一杯なゴブリーをかばうかのようにメルとマオが立ちふさがった。


「今ここに無いものを手に入るため、か…そうだよね。…うん、ゴブリーの言う通りだ」


自分を納得させるかのようにメルはそう呟いた。


「さぁ、一緒に手に入れましょう、いまここに無いものを…」


マオはそう言うと、メルと手を繋ぎ、繋いだ手をバハムートへ掲げ、その手でバハムートを指差しながら同時に叫んだ。


「究極滅殺魔法、『メルトマオ』!!」


メルとマオから放たれた光がバハムートの渾身のドラゴンフレアを押し返し、空に舞う全ての障害物を包み込んだ。


二人の『メルトマオ』によって空を覆っていた暗雲まで消え去り、太陽の光が再び大地を照らした。


「…大丈夫?ゴブリー」


「…なんとか…」


気が抜けたのか、その場にドッと倒れこむゴブリーをマオは心配して声をかけた。


「ゴブリー…」


そんなゴブリーを前にメルが何かを言いたそうにしていると、空からバハムートの高笑いが聞こえて来た。


「はっはっは!!同じ轍は踏まんぞ!!小鬼ども!!」


空に舞うバハムートはボロボロにひび割れた半透明のバリアに包まれ、無傷であった。


「そんな馬鹿な!!メルトマオが防がれた!?」


「魔王の力無き今、貴様の魔法などたかが知れてる。さぁ、どういたぶってやろうか?」


魔力を全て使い切り、満身創痍の3人にバハムートが襲いかかろうとしたその時…。


「よくやった、NPCにしては上出来だ」


とある四人組のパーティがゴブリー達へ近付いて来たのだ。


「あれは…逆さメイドさん!?。それと…雪も!!」


その影が田中一行と雪であることに気がついたゴブリーは嬉しそうにそう叫んだ。


そして田中は空を漂うバハムートを見上げながらこう宣言した。


「私が冒険者化させたNPCをことごとく元に戻しやがって…覚悟はいいか?このトカゲ野郎!!。こっから先は私達…プレイヤーの出番だ!!」


田中による世界への逆襲劇がいま、幕を開ける。

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