世界はインフレしていく…田中達を置き去りにして…
75話のサーバーをダウンさせた後のゴブリー達の話
「…消えた?」
田中(魔王覚醒状態)の攻撃によるサーバーへのサイバーテロによってサーバーがダウンし、復旧した後、ようやく意識が戻ったメルは先程まで目の前まで追い詰めていたはずの田中達が居なくなっているのを見て、一人驚いていた。
NPCであるメルはどうやらサーバーがダウンしていた間は意識もなにもなかったようで、メルの視点から見れば田中達は一瞬のうちに消えたように映っていたのだ。
復讐の相手である田中がいたはずの場所でメルは目標を見失い、暫くたむろしていた。
そんなメルを追いかけていたゴブリー達がようやくメルを見つけ、メルに声をかけた。
「ようやく追いついた!!メル!!」
「…あの人達はどこ?」
「もしかして…また殺したの?」
ゴブリーとマオとユキはそうメルに声をかけたが、メルには聞こえていないのか、メルはただ黙って田中がいたはずの場所を見つめていた。
「メル!!もうこんなことはやめようよ!!」
そう声をかけてメルの肩を叩こうとしたゴブリーの手をメルは振り払った。
そして静かにゴブリー達に告げた。
「ゴブリー。…もう、私のことは構わないで」
「…メル?」
「所詮私はモンスターなんだ。私は冒険者じゃない…だからゴブリー達とは一緒にいられない」
「そんなことないよ!メルはもうモンスターなんかじゃ…」
「だったら!!私はこの胸の苦しみをどうすればいいの!?」
なんとかメルを説得しようとするゴブリーをメルは突然そう怒鳴りつけた。
「消えてくれないの…『あいつを殺せ』って憎しみが消えてくれないの。どれだけ殴りつけても、どれだけ教会送りにしても…私の中の怒りは収まる気配がない。全てを飲み込む業火のように広がって…どんどんどんどんその激しさを増して行く…。もう冒険なんてどうでもいい!!今はただ、この怒りをどこかにぶつけるしか出来ないの!!。だって…そうしなきゃ私は…正気じゃいられないんだよ…」
メタルゴブリンは所詮、冒険者に狩られるために生まれた存在…殺されることを目的として生み出されたモンスター。
だけどそんなことが認められるはずがない。このままなにも出来ずに受け入れてしまえば…きっと自分は狂ってしまう。
運命に抗い続けなきゃいけない。だから冒険者を殺し続けなければいけない。母を苦しめて殺したのに、なんの反省も見られない冒険者に、母と同じ苦しみを味あわせなければいけない。
なぜならばそれがメルにとって一番の気を紛らわせる方法であったから…。今は憎しみに従うことだけが、自分を守る術だから…。
そんな悲惨な胸の内を垣間見たゴブリーはどうにかして彼女をそんな運命から救いたかった。…だが、自分にそんな力も知恵もない。どうしても彼女を救いたいのに…どうしようもなくて…そんなもどかしい思いを少しでも彼女に伝えるために、ゴブリーは目の前で佇む少女を抱きしめた。
「僕じゃダメなのかな?…僕じゃあ…君を救えないのかな?」
「ありがとう…でも、ごめんね」
メルはそう言ってゴブリーを突き飛ばした。
それと同時にメルが立っていた場所が突然、巨大な火柱に包まれた。
「メル!!」
突然の出来事に皆が炎に飲み込まれたメルを心配する最中、空は気がつけば暗雲に包まれていた。
月の光の一切を遮るぶ厚い黒い雲の合間から、ひとりの美少女が仰々しく舞い降りてきた。
トカゲのような長い尻尾に、ワシのような大きな翼をつけ、竜を彷彿とさせるその美少女は真っ直ぐにゴブリーを見つめ、威厳ある声で話しかけた。
「久しいのう、ゴブリーよ」
「お前は…竜王バハムート…」
「約束通り、また会いに来てやったぞ?」
そんな竜王にマオが話しかけた。
「一度は倒したはずなのに…また懲りずにやって来たのね」
「当たり前だ。誰も逃げられやしないのだよ…」
そして竜王は稲妻が鳴り響く黒き空を高々と指差し、こう告げた。
「この空がある限り、な」
それと同時に、竜王がメルに向かって放ち、仰々しく燃え上がる火柱の中から、炎の光よりも強く歪に輝く青白い光を宿した二つの瞳が見えた。
やがてその青白く歪に輝く両目を携えたメルが何事もなかったかのように火柱から悠々と歩いて出て来た。
「…ほう?一介のメタルゴブリンに過ぎなかった小娘が…随分成長したようだな」
竜王は値踏みするようにそう言ってメルを一瞥した。
「悪いけど…私の邪魔しないでくれる?」
炎の渦から出てきたメルはニコッと笑ってバハムートにそんな言葉を吐き出した。
「はっはっは!!逃げ回るしか能のない小鬼にしては随分と態度のでかい命乞いだな!!。安心しろ、お前は我が美味しく頂いてやる」
「そう、あなたも私を殺すのね…」
うつむきながらそう言ったメルは今度は残忍な声色でバハムートにこんな言葉を告げた。
「じゃあ…殺してあげる」
そしてニヤリと不気味な笑みを浮かべ、竜王に向かって飛びかかった。
思いの外、素早く動き出したメルに反応出来ず、竜王はメルの攻撃をかわすことが出来ず、メルの攻撃によって吹き飛ばされた。
「深き深淵まで全てを飲み込め!!『メイルシュトローム』!!」
メルは胸にかけた知識のペンダントを握り締めながら竜王にすかさず魔法を放った。
メルの魔法によって空間に水が湧き、激しい渦となって竜王を飲み込んだ。
やがて渦は巨大な渦潮となって辺りのものを構わず飲み込むほどまで勢いを増したが、竜王は渦から翼をはためかせながら自力で抜け出した。
そしてメル達の上空を漂いながらメルを見下し、一言呟いた。
「なかなかやるではないか、メタルゴブリンよ」
しかし、メルはそんなバハムートの言葉を興味無さげにスルーして、さらに魔法を放った。
「雷よ!穿て!『ライトニング』!!」
暗雲からいくつもの雷がバハムートに向かって降り注いだ。
しかし、ハバムートは空中を華麗に舞い、その全てを紙一重でかわした。
「濁流よ!たち登れ!『スプラッシュアロー』!!」
メルの魔法によって生み出された渦潮が止み、渦の中から今度は押しつぶすかのような濁流がバハムートに向かって立ち上った。
上空からの雷、下から押し寄せる濁流…挟み撃ちにされたバハムートは全てを吹き飛ばすような咆哮を上げた。
「図に乗るなあああああ!!!!!」
竜王から広がる方向は衝撃となって濁流と暗雲を吹き飛ばした。
メルの攻撃を吹き飛ばしたことによって竜王は一瞬の油断が生まれ、濁流に紛れてババムートに接近していたメルは咆哮によって四散する濁流からその隙を狙ってババムートへと濁流から飛び出した。
予想外の場所から突然現れたメルに反応出来ず、竜王はメルの接触を許し、メルは竜王の首根っこをがっしりと掴んだ。
メルに掴まれたことにより、メルの重さに耐えきれなくなった竜王はフラフラと地面へと墜落していき、そしてそのままメルに地面に向かって叩きつけられた。
メルは地面へと叩きつけた竜王を踏みつけながら竜王を見下しつつこんなことを尋ねた。
「…まだやる?」
「図に乗るなあああああ!!!!『ドラゴンフレア』!!!」
竜王は体内に溜めたエネルギーを口から吐き出した。
それを感づいたメルは間一髪のところで竜王から飛びのき、攻撃を避けた。
メルという重しが無くなった竜王は再び空高く舞い上がり、メル達を一瞥し、そして雄叫びのような咆哮をあげた。
少しすると、竜王の咆哮によって吹き飛ばされた暗雲の隙間から見える月にいくつもの影が投影された。
やがて影はどんどん大きくなり、そしてその姿をメル達に現した。
「集え!!我が眷属よ!!」
竜王を取り囲むように何十という巨大な竜が空を支配した。
そんなおぞましい光景を前に、メルは一人、ニヤリと笑った。
「逃げよう!!メル!!。流石に勝ち目はないよ!!」
「私のことは放って逃げて、ゴブリー」
「そんなことできるわけないよ!!」
必死に説得しようとするゴブリーにメルは悲しい笑みを浮かべながらこう告げた。
「いいの。だって…血を流している間だけは、忘れられるもの」
そして彼女は竜が蔓延る地獄のような空へ舞い上がった。
メルは空を漂う竜を足場にして、弄ぶかのように飛び回り、竜を翻弄した。
そんな彼女を放っておくこともできず、マオとユキも微力ながら魔法で援護をしていた。
そんな中、何十という凶悪な竜達に臆さず、暗雲に包まれた闇に染まる空の中、青白く輝きながら華麗に天高く舞い踊るメルをゴブリーは黙って見守ることしかできなかった。
「メル…違うよ。こんなんもんじゃないよ…僕達を待っている冒険は…こんなもんじゃないよ」
ゴブリーは悔しそうにそう呟いた。
一方、何十という凶悪な竜に追い詰められるという地獄絵図の空で魔法を駆使しながら飛び回っていたメルのMPが枯渇し始め、メルに疲れが見えてきた隙を狙って、竜王がメルに尻尾を叩きつけ、メルを地面へと突き落とした。
突き落とされたメルは大きな音を立てて地面へと衝突し、竜王はそんなメルはすかさず追撃を放った。
「チリとなれ!!『ドラゴンフレア』!!」
竜王の放った渾身の一撃がメルへ襲いかかる。
メルが逃れようのない一撃を覚悟し、笑みがこぼれたその時…ユキがかばうかのようにメルを突き飛ばした。
「そんな悲しく笑わないで、生きるってもっと楽しいことだよ」
そんな言葉を残してユキはドラゴンフレアに飲み込まれた。
「ユキイイイイイイ!!!!!」
自分をかばって犠牲となったユキへメルは手を伸ばすが、竜王が地面へ向けて放ったドラゴンフレアによって地面が崩壊し、メル達を地の底へと飲み込んだ。
「…またやってしまった」
地の底へと消えていったメル達を見下しながらバハムートは虚しくそう呟いた。
「まぁ、いい。どうせ誰も逃げられやしないのだから…」
そして、暗雲に飲み込まれた空を見上げ、淡々とこう呟いた。
「そう、この空がある限り…な」