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お前を冒険者にしてやろうか?

「で、NPCを冒険者にするって…具体的にはどうするんだ?」


「そうだなぁ…とりあえずいないとゲームが成り立たないNPCを冒険者にするべきだな」


このクソゲーすぎる世界に復讐すべく、相変わらず教会で話し合っていた田中はそう言って手頃なNPCがいないかあたりをチラチラ見渡した。


そんな田中に神父さんが話しかけてきた。


「で、お前らいつまで神聖な教会で騒いでるつもりだ?」


先程から『この世界に復讐する!!』やら喧しい田中達に神父さんは笑顔を取り繕いつつも眉間をピクピクさせながら田中達にそう問いただした。


そんな神父さんの顔を3人は揃ってマジマジと見つめた後、3人集まって神父さんに聞こえないように小さく話し合いを始めた。


「もしかして…神父さんを冒険者にするつもり?」


「いや、一瞬それを考えたが…流石に神父さんが居なくなるのは私達が困る」


シンの質問に田中は冷静にそう返した。


「田中の言う通りだな。こんな詰み状態なパーティなのに唯一の武器である全滅まで封じられたら本当に成すすべがない」


極度のデスベホマ依存症の彼らには神父さんは必要不可欠な存在であった。


結論の出た3人は顔を見合わせて頷き、田中は神父さんの方を振り返り、その肩を叩いてこんな事を告げた。


「仕方ねえ、神父さんには恩があるし、あんたは最後にしてやるよ」


「…なにがだよ?」


そうこうしていると、ユーキの武器である帯刀電話が震え出した。


ユーキの武器はアイロがかけた特別な力によって携帯電話の役割も果たすのだ。


「もしもし?どうした?アイロ」


「…あっ、ユーキ。…いま大丈夫?」


「大丈夫だが…どうかしたのか?」


「…いや、別に大した用事はないんだけどさ。ただ…ちょっと声が聞きたいなぁと思って…」


「えっと…そ、そうか…」


アイロは疲れているのか、声がどこか暗かった。


「ねぇ、いまマサラにいるんでしょ?。…会えないかな?」


「え?あ、ああ、わかった。今からそっちに行くよ」


「うん、待ってる…」


そして通話を終えたユーキは田中達の方へ振り返り、口を開いた。


「そういうことで…悪いけどちょっとアイロのところに行ってくるわ」


そんなユーキを訝し目に眺めながら、田中がこんな事を口にした。


「…よし、アイロにしよう」


「…なにがだ?」


薄々勘付いてはいるが、念のためユーキが田中に尋ねると、田中は薄笑いを浮かべながらこう告げた。


「まず手始めに…アイロを冒険者に陥れよう」


「やっぱりそういうことか…アイロにはいろいろ恩があるからなぁ。アイロを冒険者に陥れるのはちょっとなぁ」


田中達にとって冒険者というのはヒエラルキーの底辺に位置する存在のようで、彼らはナチュラルに人を冒険者にしてしまう事を『陥れる』と表現していた。


「だが、鍛冶屋であるアイロが居なくなるのはゲームの根幹に関わることだから、この世界に復讐するには良い塩梅のNPCだろ」


「おいおい、アイロが冒険者になっちまったら、俺らも鍛冶屋を利用できなくなるんだぞ?いいのか?」


「…は?剣と魔法が何の役に立つって言うんだ?」


「一応ここは剣と魔法の世界だと思うのだが…」


しかし、田中の言う通り、剣と魔法が役に立った試しがない…強いて言うならば魔法は自殺用として作業の効率化の役には立ったが…所詮はその程度しかないため、ユーキは田中の言葉に強く反発できなかった。


「じゃあ、始めようか…この世界への復讐劇を…」


こうして一行はアイロの元へと向かった。


アイロの鍛冶屋は魔王との激戦の傷跡が痛々しく残っており、今にも崩れそうなほどボロボロであった。


そんな鍛冶屋の前で腰を下ろし、アイロは憂鬱そうに顔をうつむかせていた。


そんなアイロにユーキは声をかけた。


「よぉ、なんか元気無さそうだな、アイロ」


「ユーキ…」


ユーキを目にしたアイロは疲れた顔の中にも少し嬉しそうに頰を緩ませた。


「ごめんね、わざわざ呼び出したりなんかして…」


「いや、それは別にいいんだが…どうかしたのか?」


そんなやりとりをしている二人を田中とシンは遠くから物陰に隠れながら見張っていた。


「ねぇ、NPCを冒険者にするのってどうするの?」


「さぁな、正確なことは分からない。だけど、NPCにはそれぞれ行動できる範囲が定められていて、自力ではそこからは出られないんだ。出ようとしても気がつけば元に戻ってる…正確には行動範囲エリアの境界の座標に位置すると、元の場所に勝手に戻ろうとするプログラムが働く。だから自由には冒険できない。アイロの場合は確かこのマサラの町がその範囲だな」


「じゃあ、誰かがこの町から連れ出せばいいってことなの?」


「まぁ、そういうことなんだが…無理やり外に連れ出すなんて出来ないようにNPCはかなり強く設定されてる。それに仮に外に出たとしても…エリアを出たものには竜王バハムートによる粛清が待ってる。普通のNPCは死ぬと元の場所にリポップされるからまた元どおりになるというわけだ。このゲームはNPCのロールを守るためにそういう二重の警戒網が張られているのさ」


「じゃあ、外に連れ出してさらに竜王を倒さなきゃいけないっていうわけ?」


「いや、竜王を倒したって竜王もNPCだからまたリポップしてエリアから出たNPCを何度でも殺しに来る。…とは言っても、竜王にも行けないエリアはいくつかあるから、そこに閉じ込めておくのが一番かな」


「外に連れ出すはまだ可能だとして…閉じ込めておくって出来るの?」


「うーん…正攻法じゃ難しいだろうな」


「じゃあどうするの?」


「とりあえず今回のアイロの冒険者化は単なるお試しだ。アイロはなんかユーキに気があるみたいだし、連れ出すのが容易そうだから選んだだけで、ダメだったらまたその時考える」


「ふーん…こんなんでうまくいくのかなぁ…」


田中とシンがそんな話をする中、アイロとユーキもとある問題を抱えていた。


「仕事道具がなくなったから仕事が出来ない?」


「そう、魔王との戦いでお気に入りの金槌を持って行ったんだけど…カチコチに氷漬けにされて使い物にならないの…」


そう言ってアイロは氷漬けにされた愛用の金槌を見せた。


「…この氷は溶かせないのか?」


「溶かせないことはないんだけど…とても強い魔力が込められた氷だから、これを溶かすくらいの熱となると中の金槌まで溶けちゃうの。だからどうしようもなくて…」


「この金槌じゃないとダメなのか?」


「何回か他の金槌でも試してみたんだけど…どうもこれじゃなきゃ納得のいか仕上がりには出来なくて…。命に関わる仕事だから妥協は出来ないの…」


「そっか…」


「町がこんな大変な時だっていうのに、自分の役割でさえ全う出来ないなんて…私どうしようもないね」


アイロはそう言って自傷気味に笑って見せた。


そんなアイロを見て、ユーキは何やらデジャブのようなものを感じた。


おそらくそれは田中も同じように役割の有無で悩み苦しんだことが原因であろう。


だから自分に与えられた役割を全うしようとするのは何もNPCだからというわけではない。おそらくそれは人間としての…いや、生き物としての本能なのだろう。…まぁ、NPCに生き物という表現はどうなのかと思う部分もあるが…。


そしてその使命を人生をかけてひたむきに全うしようとするその姿は羨ましくもあり、滑稽でもある。


だから、そんな彼女らを側から見ていてユーキは思う部分もあるのだ。『もし彼女達に他の生き方を選ぶ選択肢を与えたならば、彼女らはそれでも自分の使命を全うするのか』と…。


『選択の余地もなく、その使命を全うするしかない』から使命に従うのは、少なくともユーキにとってそれは不幸に思えた。


だから、ユーキはアイロにこんな選択肢を示した。


「だったらいっそのこと…冒険者になれば?」


「…え?」


「鍛冶屋なんてやめて、冒険者になってみたらどうだ?」


「…いや、突然何を言ってるの?ユーキ」


「前にアイロ言ってただろ?。『好きで鍛冶屋をやってるんじゃなくて、それが当たり前だからやってるんだ』って。その当たり前っていうのを今一度見つめ直すためにも、一度冒険に出て視野を広げてみたらどうだ?」


「冒険って…そんなこと突然言われても…。たしかに、ユーキ達みたいな冒険者を見ていて『楽しそうだな』って思う時はあるよ。自由に生きるその様が羨ましいとも思うよ。でもさ、私は鍛冶屋だから冒険には…」


「何言ってんだよ。アイロはアイロだろ」


そんなユーキの言葉にアイロは思わず言葉に詰まってしまった。


「ちょっと…考えさせてもらっていいかな…」


そう言って答えを後回しにしようとしたアイロに痺れを切らしたのか、二人の元に田中がしゃしゃり出てきてこう告げた。


「いいからさっさと行けよ」


「…え?なに?急に…」


戸惑うアイロに詰め寄りながら田中は有無を言わせず追い討ちをかけた。


「いいからさっさと冒険に行けよ、めんどくせえ」


「いや、そんなこと言われたって…鍛冶屋の仕事を放っておくわけにもいかないし…。それにいきなり冒険って、なんの準備も出来てないんだよ!?。冒険でなにが待ってるかもわからないし、旅先で危険な目にあうかもしれない!!。冒険には何があってもいいように心身ともに万全の準備が必要で…」


「うるせー!!!黙れこのメス豚がぁ!!!」


自分の正論を有無を言わせず『うるせー』の一言でねじ伏せられ、挙げ句の果てには脈略もなく『メス豚』などと罵られたことにアイロはただただ呆れて物も言えなかった。


そんなアイロに田中は間髪入れずにこんな言葉を告げた。


「旅先で何があるかわかんないダァ!?危険な目にあうかもしれないダァ!?そんなしゃらくせえことはなぁ…全滅してから考えりゃいいんだよ!!!!!」


全滅というのは一般人が考えうる限り最悪の展開なのだが、そんなことをものともせずに堂々と宣言するその言葉には妙な説得力があった。…伊達に全滅回数一万を超えていないようだ。


「ははは…あははははは!!」


全滅という最悪の事態を避けるために準備を必要とするというのに…そんな全ての根底を覆すような言葉にアイロは馬鹿みたいに笑い出した。


「全滅してから考えるって…それじゃあ遅いでしょ!!。馬鹿みたいだ!全滅を全く気にしないあなたも…気にし過ぎる私も…」


そう言ってアイロは勢いよくその場から立ち上がり、家の中へと入っていった。


少しすると大きめなリュックを背負ったアイロが出てきた。


「決めたよ。私も冒険に出る。どうせ今のままじゃ仕事もままならないしね」


そしてユーキに手を差し出し、小首を傾げなから可愛らしくこう口にした。


「私を冒険に連れて行ってくれる?」


ユーキは何も言わずにただその手を握り、外の世界へとエスコートした。


マサラの城門をくぐり、だだっ広い草原に出てきたアイロは遮るものもなく流れる風と目も開けられないくらいに眩しい日差しを手足を広げて全身でこれでもかと浴びた。


「ありがとう、ユーキ。私に選択肢を与えてくれて…」


「俺は何もしてないよ。選んだのはアイロだろ」


そして二人は目を合わせ、お互いに笑い合った。


その後、アイロはユーキ一人では町の外へも出ることも叶わないため、渋々町の外まで着いてきた田中へと向き合い、一言かけた。


「あなたのおかげで私…決断出来た。だから…ありがとう」


そしてアイロは田中へ向かってニッコリと笑って見せ、広い世界へと旅立って行った。


「自分が陥れられたことも知らずに『ありがとう』など…馬鹿な女だ。私はただ私の復讐のためにやったまでのことだ」


そんなアイロの後ろ姿を見つめながら田中がそんなことを口した。


そして誰かにも聞こえないくらいに小さくぼやいた。


「まぁ…嫌な気分じゃないせどね…」


こうして、クソゲーすぎる世界へ復讐するための第一歩を田中達は踏み出したとさ。

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