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俺たちは勇者じゃないけれど

私は…一体誰なんだ?。


暗闇の中で私は自分を探し出すために走り回る。


私は私を探してただ走る。どこまでもどこまでも…。


でも、どこを探しても何も見つからなくて…どこに向かえばいいのかも分からなくて…。


それでも走り続けてやっと見つけた手がかりも、いざ蓋を開けてみれば中身は空っぽで…。


結局、私は一体誰なんだ?。


私がここにいる意味は…。










ナビィの魔法によってマサラの入り口に飛ばされた田中一行、そしてあの謎の場所でナビィから話を告げられてからというもの、田中はふさぎ込んでしまっていた。


「ねえ、結局どういうことなの?」


そんな田中を見守りつつも、会話が田中に聞こえないように少し離れたところでシンはユーキにそう問いただした。


「さぁな。俺にも理解できん」


シンの質問にユーキは首を横に振った。


「ただ、ナビィが言ったことが事実なら、田中佐紀という肉体はもうこの世にはいないってことだ」


「つまり…あの田中は…NPCってことなの?」


「…少し違うと思う。PCではあるが、操作しているはずの肉体がない。…いや、それじゃあNPCと大差ないか…」


「…ねぇ、ユーキだったらどうする?」


「何がだ?」


「もしも自分がNPCだったら、ユーキはどうする?」


「…まぁ、難しい質問だな」


「僕だったらゾッとするね。自分の記憶も意思もなにもかも誰かに作られた存在なんだって考えたら…全てが無意味に思えて来る」


「そういう気持ちは分かるが…実際どうなんだろうな」


二人がひっそりとそんな会話をしている最中、田中は一人で膝を抱え込んで座り込み、自分の記憶を振り返っていた。


小さい頃に事故にあい、重症を負い、それ以来現実世界の私は意識を失い植物人間のように眠り続けていた…らしい。


そんな私のために父がこのゲームの基礎なる部分を作り、私にこの世界を与えてくれた。


だから事故にあって意識を失ってから、この世界で目覚めるまでの記憶はない。


この世界で父から私の身体のことを聞かされて…私はようやく自分の状況が把握出来たのだ。


そしてその後はずっとこのゲームの世界にいたから…私の身体が今もあるのかも自信がもてない。


今はログアウトもできないから確かめる術がない。


仮にログアウトできたとして、本当に肉体がすでに無いとしたら…。


いや、そもそも私は田中佐紀なのか?。


本当は現実世界に私の身体なんて元々なくて、ただなにかの拍子に生まれた田中佐紀を名乗ったただのバグなんじゃあ…。


はは…お笑いだ。


散々ただのプログラムの塊と罵ってきたNPC達と大差ないじゃないか…。


肉体がないのなら…もうなにをしたって無意味だ。


ただのバグに過ぎない私という存在に…意味はない。


「珍しくふさぎ込んでいるな、田中よ」


一人座り込む田中に田中の影と成り果てた魔王が話しかけてきた。


「…なんだ、魔王か…」


「情けない。我を取り込んだお前がその程度で塞ぎこむとは…」


「…なぁ、魔王。お前は自分がNPCだって知ってるのか?」


「…NPC?なんのことだ?」


「ふふ…なんだ、知らないのか」


田中は魔王をそう言って嘲笑し、悲痛な胸の内をぶちまけるかのように魔王にこの世界の真実を吐き出した。


「だったら教えてやるよ!!この世界はただのゲームで、お前は所詮は誰かに作られたデータの塊で、ただのプログラムに過ぎないってことだよ!!」


田中のその言葉は無闇矢鱈に相手を引っ掻くように乱雑で、傷付けるのも厭わない思い遣りのない叫びであったが、それはどこか自分に言い聞かせているようにも思えた。


「そうだよ…所詮はプログラムなんだよ…お前も私も…。存在も言葉も感情も全て…偽物なんだよ…全部無駄なんだよ」


死なば諸共…せめて誰か、誰でもいいから自分と同じ苦しみに落ちてきて欲しいと願う田中のその言葉はだれも幸せになどしない不毛な抗いであった。


「この我が…偽物…」


田中の告げた事実に魔王にも動揺が見られたが、すぐさまいつもの威圧感のある声で切り返した。


「そうだとしても…それがどうした?」


「それがどうしたって…」


「仮に我がただのプログラムだとしても、それがどうした?。我はただこの身を支配する破壊衝動の赴くまま生きるだけだ。それこそが我が願いであり、そしてそれこそが我が使命だからな」


魔王の迷いなき言葉が田中の胸に突き刺さった。


誰かに作られた道具だとしても…いや、だからこそ、その存在には明確な意味があり、生きる使命がある。


じゃあ、私の使命とは?。


偶然にも生まれてしまったただのバグでしかない私の使命とは?。


そんな疑問に突っかかった田中に向けて魔王がニヤリと笑いながらこんなことを告げてきた。


「我がお前の身体に入った時、お前は我以上の破壊衝動に満たされていた。だからこそ、我と容易く融合出来たわけだが…。だったら、お前はただその心に従えばいいのだ。心の赴くまま、この世界に終焉をもたらせばいいのだ」


「この世界に…終焉を?」


「そうだ、お前がそう望んでいるんだ。ならばそれこそがお前の使命…」


魔王がそう言おうとした時、魔王と田中の間にユーキが割って入り、魔王と田中の頭を軽く叩いた。


「バカ言ってんじゃねえよ。これ以上迷惑かけられてたまるか」


呆れ混じりにユーキが二人にそう言った後、改めてユーキは田中と向き合い、声をかけた。


「田中…その…大丈夫か?」


「…大丈夫なように見えるか?」


「大丈夫じゃないな。…まぁ、いつものことだけど」


逆に田中が大丈夫であったことの方が少ないのでよくよく考えて見たらこれは平常運行である。


しかし、今回の件はまた別の意味で田中の精神を深刻に蝕んでいるようにも思えるので、ユーキも放置するわけにはいかなかった。


「まぁ…あんまり気にすんなよ。バグとかどうとか…」


「そんなこと…できるわけないだろ!!」


ユーキの田中を気遣った言葉に、田中は恫喝し、その場から走り去ってしまった。


「ユーキ、どうする?。追いかける?」


「追いかけてもなんて声かけりゃいいのか分かんねえよ」


シンとユーキはそう言ってその場に往生していた。


するとそんな二人にある人物が話しかけてきた。


「…ユーキ?ユーキなのか?」


ユーキが声の方を振り返ると、そこには奴隷の街スレイブタウンの領主であるフィーネが立っていた。


「フィー姉さん…」


「ちょうどこれからスレイブタウンに帰るところだったんだが…ちょうど帰る前にユーキとゆっくり話したいと思っていたんだ。会えてよかった、ユーキ。…ちょっとこれから付き合ってくれるか?ユーキ」


特にあてもないユーキはシンと別れて近くの酒場でフィーネと机を囲むこととなった。


「ありがとう、ユーキ。二度も世界を救ってくれて…」


「いや、俺は別に大したことしてないですよ…」


「世界を救ったことが大したことないとは…流石は英雄は言うことが違うな」


「いや、だから別に俺は…」


本当にユーキは大したことはしてないのだが…まぁ、その話はさておき、フィーネは少し遠くを見るように語り始めた。


「ユーキが奴隷として家にやってきた時…なんとなくだがこいつは奴隷で終わる器じゃないって分かっていたが…まさかここまで大物に成長するとは、流石の私も度肝を抜かされたぞ」


「い、いやぁ…」


「時にユーキよ、田中はどうしたんだ?。彼女も一応は共に働いた身だ、マサラを発つ前に挨拶しておきたい」


「それなんですけど…実はあいつ今、随分落ち込んでて…」


「何かあったのか?」


「いや、えっと…その…」


これでも一応フィーネだってNPC、歴としたこの世界の住人だ。


そんな彼女に田中の現状をどう伝えたらいいのか分からず、ユーキは言葉に詰まった。


「その…例えば、例えばの話なんですけど、仮にこの世界がゲームだとして、自分がNPC…つまりは作られた存在だとしたらフィー姉さんはどうしますか?」


「…いきなり突拍子も無い話だな」


「いや、だから例えばの話ですよ。例えば自分がただのNPCで、この感情もなにもかもただのプログラムの塊だとしたら…一体なにが本当のことなのかって思っちゃって…」


「ふふっ…ユーキって懐疑論者だったのか?」


「いや、そういうわけじゃないんですけど…」


「なぁに、別にそんな疑いを持ったっておかしなことではないさ。人は…いや、生き物はなぜ生まれたのか?それは子孫を残すため?。ならば種の繁栄の先にどんな意義があるのか?。生き物が生きる目的とはなにか?そもそも我々は生きているのか?。生きているという明確な証拠はあるのか?目の前で観測されている自然現象が本当に正しく観測できているのか?。自分が見たもの、聞いたもの、その何もかもが正しいとは証明できないのならばなにを理論の基盤とするのか?。そもそもこの世界はただのゲームで、全部嘘っぱちなんじゃないだろうか?。…懐疑論っていうのは、人の偏見と思い込みといったノイズの一切を取り除いて物事を考えた時、ある程度の哲学的思考を持つものならば誰でも一度はたどり着くごく当たり前の結論さ。そして懐疑論はもう随分昔から認知されていた問題だが、長い年月を経た今現在でも、誰もが納得する明確な答えにたどり着いたものはいない」


「…まぁ、そりゃあ答えなんてないよなぁ」


ぼやくようにユーキがそういうと、フィーネが再び堰を切ったように語り始めた。


「そう、何百、何千…いや、もしかしたら何万年も考えられてきたかもしれないというのに、誰一人として明確な答えにはたどり着けていない。ここまで来れば答えがないというのが一つの答えなのだろう。そして答えがないということは不憫なことであり…同時に幸運なことでもある」


「…どういう意味?」


「つまり私は例え神の奴隷であったとしても、神の犬に成り下がるつもりはないって話だ」


「えっと…」


どことなく興奮気味にフィーネにユーキはイマイチ話が分からず困惑していた。


「すまないな、この手の話になるとついつい舞い上がってしまう。余計なことを言いすぎた、忘れてくれ」


「いや、でも…なんか参考になった気がする。ありがとう、フィー姉さん」


「そうか、こんな話でもなにかしらの突破口になったのなら幸いだ。…すまないな、そろそろスレイブタウンに帰らねばシンシアに怒られてしまう。もしまた分からないことがあったら私の屋敷に来てくれ。今度はもっとゆっくり話そうじゃないか」


よっぽどこの手の話が好きなのか、フィーネはほおを紅潮させながらそう言い残して去って行った。







一方その頃、ユーキ達の元から逃げ出すように去って行った田中は街の広場に一人暗い表情で座り込みながら街を行き交う人たちをじっと見つめていた。


国を守る騎士のNPC、大きな荷物を運ぶ行商人のNPC、友達と楽しく駆け回る子供のNPC達…彼女らは明確な目的を持ってこのゲームの世界に生み出された存在。


所詮はそのためにプログラムされたただの道具…そう思ってずっと見下して来たが…どうやら私の存在はそれ以下のものなのかもしれない。


生まれた意味や、生きる使命もない誰にも望まれずして生まれた自分は…そんな道具以下の出来損ない…。ただの致命的なバグ。


「…随分と悩んでいるようだな、田中」


不運にも田中に取り付いて取り込まれてしまった魔王が田中にそう話しかけた。


「お前はいいよな、魔王。…魔王っていう役割があって…」


「そんなに役割が欲しいのか?。だったら我が魔王の器という役割を与えてやろう」


「魔王の器か…出来損ないよりはマシかもね。ただの生贄でも…役無しよりはずっとマシかも…」


「ふっふっふ…そうであろう?。ならばその身を我に委ねよ」


「…そうだな、なんの役割もないバグよりは…ずっとマシだ」


それと同時に魔王が田中の身体に移り始め、田中の足元から黒いモヤの方なものが発生し、それが少しずつ全身を包んで行く。


そして黒いモヤが田中の胸元まで包んだ頃、誰かが田中の後ろから頭を軽く叩いた。


「イテ…なにすんだ!?ユーキ!!」


「お前こそまた良からぬこと考えてたろ」


フィーネと別れた後、ユーキは田中を探してこの広場にやって来たのだ。


「頼むから邪魔しないでくれ。私は魔王の器となるんだ…」


「だからそれが良からぬことだって言ってんだろ?」


「仕方ないだろ!!そうでもしないと私は役割すら持てないんだ!!。私は役割が欲しいんだ!どんな些細なものでもいいから、この存在に理由が欲しいんだ!。だって…ただのバグでしかなかったら…この世界に意味なんてないじゃないか…」


「だからってそんな投げやりな選び方でいいのか?」


自分の存在意義に嘆き苦しむ田中にユーキは優しい口調でそう尋ねた。


「だったら教えてよ!!私に生きる使命を教えてよ!!ただのバグでしかない私の意味を教えてよ!!なんのために私が生まれたのかを教えてよ!!」


周りの人だかりに脇目も振らず、何者でもない少女は自分の役割を求めて悲痛な叫びをあげた。


そんな田中に、ユーキはただ一言言い返した。


「甘えてんじゃねえよ!!!」


泣き叫ぶ田中にユーキはたった一言、そう一喝したのだ。


突然怒鳴られたことに田中がキョトンとしていると、ユーキは静かに語り始めた。


「甘えんなよ。俺たちは勇者じゃないんだ。誰だって生まれたことに明確な理由も、やり遂げるべき使命も与えられてないんだよ」


突き放すようにそう言った後、今度は優しい声で語った。


「でも、だからこそ喜べよ。どうせ答えなんて見つかりっこないから自分で決めるしかないんだ。だって俺たちは勇者じゃない…俺たちは…」


そしてユーキはニヤリと笑いながら親指を立ててこう言った。


「俺たちは…冒険者だろ?。自分のことは自分で決めるんだ」


ふと、雲の切れ間からユーキに向かって太陽の光が射した。夕暮れ時の茜な光がユーキを照らす。


瞳が涙で滲んだ田中には、その姿がやけに輝いて見えた。


「ははは…バカみたいだな…」


涙を手で拭って、田中はこう言った。


「でも、ユーキの言う通りだ。私もユーキも…みんな大差なんかない。私達は…冒険者なんだ!」


そして少女は涙交じりに笑顔を見せたとさ。

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