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バグ

「はは、懐かしいな」


予期せぬ世界に懐古心がくすぐられたのか、田中は楽しそうに街を見渡しながらそう口にした。


「ここは…田中が生まれ育った街にそっくりなのか?」


「ああ、もう何年もゲームの世界にいたから見るのも随分久しぶりだよ」


「そうなのか…」


童心に帰ったのか、楽しそうに街を駆け回る田中を側で見ていたユーキの頭にある疑問が浮かんだ。


『そもそも、田中って何者なんだ?』


思えば今の今まで田中という存在には不可解な点が多かった。


元々はゲームの管理者としてこの世界に来たと言っていたが…その目的はなんだ?。誰が田中を連れて来たんだ?。なぜ田中なんだ?。


そして普通のプレイヤーなら行けるはずのないエリア外に設けられた目の前に広がるこの謎のエリアが田中の生まれ故郷と酷似しているというのは…偶然なのか?。


田中が逆さメイドとしてマサラで暴れていた時に田中は『このゲームの創世記からいた』と言っていたし、もう何年もこのゲームの世界にいたと言っている。


他に田中について知っている情報といえば、小さい頃に事故にあって身体の自由がきかなくなって、そんな田中のために田中の父親がこのゲームの基礎となるものを作ったということくらいか…。


察するに、本当にもう何年もこのゲームの世界に引きこもりっぱなしなんだな。


…ここまでの話じゃ現実世界での田中の姿がよく見えてこない。存在しているのかしていないのかもいまいちピンとこない。


今の田中を操作しているはずのプレイヤーの姿が見えてこない…それじゃあ、田中はまるで…。


ユーキがとある結論にたどり着いたその時、田中が大きな声でユーキ達に話しかけて来た。


「ここ!!ここ!!これ私の家!!」


田中は住宅街に建つ一軒の家を指差して興奮していた。


「うわっ、ほんと懐い!。…中入れっかなぁ」


そう言って田中は恐る恐る玄関のドアノブに手をかけた。


「おいおい、トラップかもしれないぞ」


そんなユーキの忠告をよそに田中はその玄関の扉を開けた。


「おっ、開いてんじゃーん!不用心な我が家だ!」


そして田中は躊躇うことなく意気揚々と家の中へ入っていった。


「おらおら、そこのけそこのけ!!佐紀さまのお帰りだー!!」


そんなことを口にしながらどかどかと家に押し入る田中の後ろでユーキとシンは顔を見合わせていた。


「…佐紀?」


「多分田中の下の名前じゃないか?」


「へぇ、そういえば知らなかったなぁ」


シンがそんなことを口にしながら田中に続いて家の中に入っていった。


そんな呑気な二人を尻目にユーキの脳裏に一つの危惧がよぎった。


もしも田中が何かしら特別な存在だとしたら…おそらくこの中には…。


そんな不安を消し去るためにユーキはその家に入っていった。










「うわぁ、内装までまんまじゃーん!!」


田中が入ったリビングにはテレビやソファ、それと四人がけの机と椅子がある一般家庭に見られるような普通の光景が広がっていた。


「居間もそのまんまだー」


襖を開けた先には6畳の和室が広がっていた。


ユーキもひょっこりとのぞいて見たが、特に違和感を感じるような作りではなかった。普通の和室だ…。


「トイレに…お風呂!!」


田中はまるで探検するかのように我が家の形をしたその中を駆け回っていた。


その後に続いてユーキもトイレやお風呂を覗いてみたが、ここも特に違和感を感じるようなものはなかった。普通…普通すぎて不自然なくらい普通だ。


…ここに何かあるっていうのはただの杞憂だったかな。


「次は二階にある私の部屋だな!」


ユーキがそんなことを考えていると、田中が階段を駆け上がって行った。


ユーキ達もそれに続いて二回に上がると、田中がとある扉の前に立っていた。


扉には『佐紀の部屋』と書かれた可愛らしいデザインの看板がかけられていた。


ユーキ達が近くに来るのを確認した田中はなんの躊躇いもなくその扉をあけて中に入って行った。


「わぁ!ここもそのまん…ま…」


戸惑いながらそんなことを口にする田中に続いてユーキ達が中に入ると、そこには可愛らしいぬいぐるみに囲まれたベッドに艶やかにデコレーションされた勉強机、そして…一際目を引く大きな長方形の黒い箱が視界に映った。


「…なに?あれ…」


女の子の部屋には似つかわしくない黒い箱に田中が目を丸くしているのを尻目に、ユーキがその箱に近付くと、それが仏壇であることに気が付いた。


「…仏壇?」


ユーキが仏壇の正面に立つと、そこには自分が知っているよりもすこし幼いが、よく知っている少女の遺影が飾られていた。


「…なに…これ?」


ユーキに続いて仏壇を除いた田中の目には、幼き日の自分の姿が遺影として飾られているのが映っていた。


自分の生まれ育った街とそっくりな街の、自分が住んでいた家とそっくりな家で、自分の部屋とそっくりな部屋に、ただ一つだけ存在している間違いは不気味というよりもどこか真実めいて見えた。


「田中、お前に一つ尋ねたいんだが…」


目の前に映る自身の死の姿に田中にユーキは戸惑いながらも質問をぶつけた。


「現実世界にあるはずのお前の身体って…今どうなってんだ?」


「…それは…」


ユーキの核心をつく質問に、田中の脳裏にある一つの光景がフラッシュバックした。


物々しい機械を頭に被せられ、真っ白な部屋の大きなソファに腰掛け一枚の分厚いガラスに隔てられた先で白衣をまとった人々が慌ただしく動いている中、父親が涙を流しながら自分を見つめる光景を…。


「ちが…違う…私は…私は…」


自らのルーツを探るため慌ただしく動き出す脳についていけずに田中の意識は混乱していた。


そして逃げるようにその場から駆け出し、隣の部屋へと駆け込んだ。


ユーキ達が慌てて追いかけると、沢山の本や資料が並ぶ書斎と思しき部屋で田中は一人狂ったように棚にある書類を床にぶちまけていた。


「お、おい…田中」


ユーキ達が心配するのをよそに田中は書類の中から一つのファイルを見つけ出し、中の紙をぐしゃぐしゃにしながらひたすらにめくっていた。


そしてとあるページで乱雑にページをめくる手がピタリと止まり、その場でがっくりとうなだれるように膝をついた。


「…大丈夫?」


そんな田中を心配して声をかけるシンをよそに、ユーキは田中が広げた資料を覗き見た。


そこにはただ一文、こんなことが書き記されていた。


『被験者田中佐紀、死亡』


状況が分からずユーキ達が立ち往生していると、後ろから声が聞こえてきた。


「あー…もしかして、見ちゃったんですか?それ」


ユーキ達が振り返ると、そこには珍しく困った顔をしたナビィの姿があった。


「…どうしましょう。…困りましたね」


ナビィは一人、そう言って頭をひねっていた。


「ナビィ…これ一体どういうことなんだ?」


何かを知ってる口調のナビィにユーキはそう問いただした。


「『どういうことだ?』と聞かれても…気にしないでくださいとしか答えられませんね。もしくは忘れていただくのが手っ取り早いでしょう」


「そんなこと出来るか!!説明をしろ!!ナビィ!!」


話を流そうとするナビィにユーキがそう怒鳴ると、ナビィは難しい顔をしながら口を開いた。


「それもそうですね…中途半端に知るのも良くないですし…簡単に説明しましょう。まずみなさんがご覧になった通り…田中佐紀は死亡しました。彼女は最後までゲームの中で、自分の身体の寿命など知ることなく、その肉体は生を終えました。だけどその時…誰もが予期しない出来事が起きたんです。田中佐紀の肉体はたしかに止まった…心臓も、脳も完全に機能が停止した。だけど、ゲームの中にいる彼女は…平然と生きてたんです。それが今のあなたです」


ナビィは田中を指差してそう言った。


「…な、なんで?どういうことだよ?」


「原理も理由も誰にも分かりません。誰もが予期せぬプログラムの産物…つまるところあなたは…」


そして少し黙った後、ニコッといつものように軽口をたたくようにこう言った。


「ただのバグです」


「…私が…バグ?」


田中が混乱しているのをよそにナビィは呪文を唱え始めた。


「転移魔法『ポート』」


ナビィの魔王によってシンは突然光の柱に包まれ、そのまま天に吸い込まれるかのようにどこかへ飛んで行った。


「シンをどこへやった!?」


「どこへやったって…ただ正常なマップに飛ばしただけですよ。いつまでもここにいられては困りますからね、私も…あなたも…」


そう言ってナビィは今度はがっくりとうなだれている田中に向けて魔法を放ち、シンと同様にどこかへ飛ばした。


「なぁ、ナビィ!!教えてくれよ!!。田中は…一体…」


「別にどうでもいいじゃないですか、どうせ赤の他人ですし…」


「馬鹿言うな!!これでもれっきとした仲間だ!!」


「仲間…ですか…」


ナビィが静かにそう呟くのと同時に、ユーキはシン達と同様に天から伸びる光の柱に包まれた。


そして飛ばされる瞬間に、ナビィは優しい声でユーキにこう語りかけた。


「仲間だったらあの子のこと…いつか助けてあげてくださいね」


「ナビィ!!」


そしてユーキは光の柱に飲み込まれ、どこかへと消えてしまったとさ。

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