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所詮この世は食うか食われるか

半壊した街を復旧するために人々が金槌を振るい、再生の音を立てる中に紛れて、なにやら硬いものをひたすらに殴り続ける音が教会に響き続ける。


最初こそ、いきなり現れたメルに棺桶が殴り続けられる異様な光景にみんな注目していたが、神父さんの『気にせず作業を続けてくれ』の一言で皆は元の作業に戻り、かれこれ30分ほど環境BGMのように殴りつける音が続いているのだ。


「流石に何とかしなきゃなぁ…」


側で転がっているシンの棺桶に腰を下ろしながらユーキが策を考えているのだが、これといった妙案は思い浮かばない。


例え全滅しても、ここが田中一行の帰るべき場所、愛しきマイホームである教会である限り、蘇ってもリスキルは避けられないだろう。


今まで困ったらとりあえず全滅しておけば何とかなって来たので、その頼みの綱の全滅でさえ意味を成さないとなると、もうお手上げ状態であった。


「マジでどうすっかなぁ…」


そんな時、教会にゴブリー達が姿を現した。


「メル!!なにしてるんだ!?」


そんなゴブリー達の声が聞こえたのか、メルはチラリとゴブリー達の方を振り返り、怒りに満ちた声を発した。


「決まってるでしょ?。…冒険者を殺してるの」


「そんなのダメだよ!メル!」


「…どうして?。だってモンスターが冒険者を殺すのは当たり前でしょ?」


『冒険者がモンスターを殺すのは当たり前』という田中の発言を見習うように、メルはゴブリー達にそんな言葉を突きつけた。


「違うよ!!メルはもうモンスターなんかじゃない!!」


そんなメルの言葉にゴブリーは強く反論した。


「僕達は檻を出て自由になった!。僕達はもう冒険者なんだ!!自分を縛るものなんてないんだ!!」


「ふふっ…ゴブリーはそうかもね」


そんなゴブリーの言葉にメルは力なく笑って見せた。


「だけど私は違う。私は自由になるために冒険に出かけたわけじゃない。初めから、私は復讐のために旅に出たんだ。だから…私は冒険者じゃない。私は冒険者を殺すために旅に出た…だから、檻にいようがいまいが関係ない。私は…モンスターだ」


そして目の前に横たわる棺桶を再び殴り始めた。


「仕方ない、まずはメルの頭を冷やさなきゃ…」


「一旦、メルを連れてここを離れたほうがいいね」


「でもそんなことできるの?今のあの子…かなり強いよ」


マオとゴブリーはユキの質問に黙り込んでしまった。


「私の氷魔法ならメルの動きを止められるけど…知識のサファイアを持っているメルにおそらく氷魔法は通じない」


「僕の力も…多分メルの力を抑えられるほどではない」


そんなマオとゴブリーを見て、ユキは仕方ないといった感じに動き出した、


「だったら…私が何とかするよ」


そしてユキは呪文を唱え始めた。


「蠢く幻影よ、這い寄る混沌よ、覗き込む深淵よ、今こそ我が身に発現せよ!!『バイズ』!!」


ユーキの十八番である『バイズ』によって様々な状態異常を発現する彼女。だが、もちろんそれだけでは終わらない。続けざまに彼女は詠唱を始める。


「我は汝、汝は我、二つの交差する魂よ、あるはずなき姿に宿れ!!『ダムチェンジ』!!」


相手と自分の状態異常を交換する魔法、『ダムチェンジ』により、暴れ狂うメルにいくつかの状態異常を付与した。


その状態異常の中に麻痺もあったため、メルの動きはピタリと止まってしまった。


無事にメルの動きを止めたゴブリー達はとりあえずメルを連れて教会から出て行った。


「迷惑かけてごめんなさい!メルはこっちで何とかしますので…」


「あぁ、別にいいよ、いつものことだし、田中も悪かったところあるし」


去り際にゴブリーはユーキにそんなことを告げて帰っていった。


「さて…とりあえず…」


リスキルの心配は無くなったため、全滅するためにメニューを弄り始めたユーキ。だが、神父さんの怪訝な視線がやたらと気になってしまい、その手を止めてしまった。


「…えっと…何ですか?神父さん」


「するの?全滅」


「…まぁ、そのつもりですけど…」


ユーキがそう言うと、神父さんがこれ見よがしに大きなため息をついた。


「まーたタダ働きか…」


そう愚痴るともう一度これ見よがしにため息を吐いてみせた。


『いつか出世払いで恩を返そう』…ユーキはそんなことを考えながら自殺用の魔法で息を引き取った。


とうとう教会に出ることなく全滅してしまった田中一行に神父さんは再び深い溜息を吐いた。









「…はぁー、やってらんねぇ」


全滅から生き返った田中達は神父さんからそんな有難いお言葉を聞き賜った後、田中がいきなり吠え始めた。


「NPC風情がぁぁぁぁ!!!!!私をコケにしやがってぇぇぇぇ!!!!!」


反省という言葉を知らない田中がそうやすやすと改心するわけもなく、延々と殴られ続けたことに怒りを爆発させていた。


「田中、もうすこし思いやりとか優しさをだな…」


「はあ!?NPCに対して思いやりや優しさダァ!?。ユーキだってゲームやっててああいうメタル系のボーナスキャラが出てきたらいきり立って襲うだろ!?私はプレイヤーとして当然とことをしただけだ!!」


「…まぁ、そうだけど…」


「…凄えなこいつ、あれだけ痛い目にあってなにも学習していない…」


哀れにも田中の影となった魔王は一向に反省する気配を見せない田中の姿を見て感心していた。


「落ち着け、田中。それよりもこれからのことを話し合おうぜ」


切り替えて今後のことを話し合おうとするユーキに魔王が戸惑いながらこんなことを尋ねてきた。


「え?…全滅したのになんでこんな平常運転なんだ?もっと全滅に悲しんだりとかしないのか?」


「はっ、これだから新人は…たかが全滅ごときに狼狽よって…」


魔王の当然の疑問に対してユーキは鼻で笑ってみせた。


「それで、これからどうするの?。…っていうか、今の状況も説明して欲しいんだけど…」


話についていけないシンだが、この半年で順応性だけは極めたので、今の状況もそれほど気にはしていなかった。


「どうするんだ?田中。あのメルって子はいま麻痺状態だから時間は稼げるだろうが…」


「メタルゴブリンは状態異常を自然回復できる特性があるからな…そのうちまた動き出すだろう。その前にトンズラしよう」


「よし来た、また冒険に出るってことだな?」


「それでほとぼりが冷めた頃にあのゴブリーから必中のルビーを奪い取ることにしよう」


こうして田中達は逃げるようにマサラの町から出て行った。







マサラの街を出ていった田中一行を待ち受けていたのは冒険の始まりの地とも呼べる始まりの草原であった。


冒険を始めて間もない頃はこのどこまでも果てしなく広がる草原に胸を高鳴らせていたのだが…全滅して旅に出るたびに嫌という程見て来た景色であるがため、もはや彼らにとっては来るたびに吐き気を催すような景色であった。


「で、どうするんだ?。街に戻るのは危険だからもう全滅も気軽に出来ないし…」


「しばらくはこの草原でスライムを主食に野宿だな」


一応このゲームには空腹というシステムがあり、生き延びるためには何かを食べて飢えをしのぐ必要があるのだが…彼らに食べ物を変えるような懐はないため、彼らの普段の主食はもっぱらスライムさんであった。


だが、食えるとはいえどあくまでスライム…普通なら口にするのも躊躇うゴミなのだが…。


その日の夜…。


「今夜は焼きスライムだな」


たき火を囲みながら今日捕まえたスライムに火を通しながらユーキはそんなことを口にした。


みんなでせかせかとスライムに火を通す姿を側から見ていた魔王は食文化の違いに戦慄を覚えた。


「もしかして…お前らって毎日こんなの食ってるのか?」


魔王の口からこぼれ落ちるような質問にユーキが怒鳴るように答えた。


「バカヤロー!!毎日な訳ないだろ!!」


「そ、そうだよな。今日はたまたまこんな食事になっちゃっただけだよな…」


自分が危惧していたことを否定してくれて安堵している魔王にユーキは流れるようにこんな言葉を突きつけた。


「当たり前だ。毎日こんな豪華な食事が出来るわけないだろ」


「そりゃあそうだ。毎日こんな豪華な食事な訳…ん?」


ユーキの『豪華な食事』の一言に魔王が違和感を覚えていると、田中とシンも口を開いてこんなことを話し始めた。


「今日はなかなか良いスライムが収穫できたからな。今夜はご馳走だ」


「うん!焼きスライムなんて食べられるの本当に何ヶ月ぶりだからね。贅沢な晩ご飯だよ」


たき火に晒されてプルプルともがくように動きながらジュワーという音とともに不気味な紫の液体を滴り落とすスライムを嬉しそうに眺めながら二人はそんなことを口にしていた。


「これが…ご馳走…?」


「そりゃそうだよ。普段はたき火なんてしないからよくて生スライムだからな」


「むしろなにも食えない方がほとんどだ」


そう言いながら火を通したスライムにうまそうに舌鼓をうつ一行に魔王は改めてとんでもないところに越して来たと認識させられてしまった。


「おいしい…おいしいよぉ…」


今もなお、ピクピクと這いずるように動くスライムを頬張るように歯を突き立て、ぐちょぐちょと泥をかき混ぜるかのような咀嚼音を響かせ、スライムから滴り落ちる紫色の不気味な汁の一滴も逃すまいと貪欲に味わう田中とユーキとシンは晩御飯という束の間の幸せなひと時を謳歌していた。


よほど飢えているのか、一心不乱にスライムさんにむしゃぶりつく3人は子供が顔にソースをつけるみたいに顔中にスライムの謎の紫の液体をつけていたが、そんなことも御構い無しに美味そうにスライムに口をつけていた。


魔王は、その様子にただただ戦慄していた。


もはやこれは食文化の違いによるカルチャーショックなんてレベルじゃない。


彼らが今、食しているのはきっと、スライムという名の生き物としての最低限の尊厳だ。


彼らは生き延びるために自らの尊厳を口にして、徐々に徐々に磨耗させて、感覚を麻痺させて…その結果出来上がったのがこの邪悪なサバトだ。


目の前で蠢くその食い物と名状し難いそれを笑顔で口にするために彼らがどれだけのものを犠牲にしたかと考えると、魔王はもう涙が止まらなかった。


「もう…もうやめてくれ…もっと人間らしいものを…どうか食べてくれ…」


「おいおい、なに意味不明なこと言ってんだよ、魔王」


「きっと私達が食べてるのを見て自分も食べたくなったんだろ、だが悪いな、これはやらんぞ」


性格の悪い田中がそう言って魔王に向けてこれ見よがしにスライムにかぶりつくのだが、そうするたびに魔王の心は田中への同情でいっぱいになった。


「やめてくれ…もうやめてくれ…」


これ以上は居た堪れなくて見てられない魔王がそんなことを口にするが、その意図を勘違いしている田中は魔王への嫌がらせのためにこれ見よがしに何度も何度もスライムを美味そうに口へ運んだ。


「ふへへ、美味いなぁ。こんなおいしいものを食べられないなんて…哀れな奴だなぁ」


「やめてくれ!やめてくれ!!…もっと自分を大切にしてくれええええええ!!!!!」


心なしか虚ろな目でスライムを頬張る田中達への魔王の哀が夜の草原に響いたとさ。


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