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その恩人は仇である


母の温かさを感じる。


私は母の膝の上で横になって、私の頭を優しく撫でる母を見上げていた。


母は私と目が合うと、にっこりと私に微笑み、私の心まで温かく包んでくれる。


その度に、私の心が幸せで満ちる。


こんな小さな幸せがいつまでも続けば…。


だけど、そんな些細な願いでさえ、神様は聞き届けてくれやしない。


ある時、そいつは突然現れて、私を抱えて逃げる母に、抱えていた大きな大剣で容赦なく切りつけた。


母が何をしたでもないのに、そいつは躊躇いもなく母を切りつけたのだ。


切られた母は苦痛に顔を歪ませながら私に『逃げて』と言う。


だけど私の足は恐怖で動けず、何も出来ずにただ震えていると、そいつは再び瀕死の母に剣を突き立てた。


なすすべもない母は苦しそうにもがいた…だが、そいつはまるで雑草を刈り取るかのように無表情で何度も母に剣を突き刺す。


何度も何度も刺された母はどういうわけか死という安息すら許されることなく剣が体を突き抜けるたびに泣き叫び、痛みを訴えた。


そいつにも母の悲痛な叫びは届いているはずなのに、そいつは母の苦しみも御構い無しにただの作業工程の一環のように淡々と母を苦しめた。


何度も、何度も何度も何度も…その度に歪んで正気を失っていく母の顔が私を狂わせていく。


そして真っ赤な血でもはや誰だが、生き物の形をしていたのかもわからないくらいグチャグチャに母を切り刻んだ後、そいつは何事もなかったかのように去っていった。


「お母…さん…」


私は恐る恐る目の前の血の海へと手を伸ばすし、母を掴むが、母であった真っ赤なそれは私の掌の上でボロボロと崩れ落ちていった。


…許さない。


母の喪失に気が狂いそうになる前に、私は怒りに身を任せた。


許さない許さない許さない!!。


絶対に許さない!!。


殺してやる!!。


何度だって殺してやる!!。


何度でも何度でも!!


何百…何千…いや、何万回でも殺してやる!!。


この身体が朽ち果てるまで…何度でも!!。





だって…怒りで心を満たさないと…



私が壊れてしまいそうだから…。










メルが目を覚ました時、彼女の身体は汗でぐっしょりしていた。


「…ここは…」


彼女が状況を飲み込むために辺りを見渡していると、マオが顔を覗き込んできた。


「やっと起きた?メル」


「…マオ?」


魔王に体を乗っ取られたはずのマオが自分へいつもの優しい笑顔を向けるのを見て、メルは思わず涙で瞳を滲ませた。


「心配させてごめんね、メル」


「ほんとだよ!!マオ!!」


そして二人は互いに涙を流しながら抱き合った。


マオの温かさがメルの肌を通して伝わる。


マオが戻って来たんだ…。


その事実を肌で実感していると、ゴブリーが部屋に入って来た。


「メル!!起きたんだね!?」


「ごめんね、随分と寝ちゃってたみたい…」


「大丈夫!?どっか痛いところはない!?苦しいところはない!?」


「大丈夫だよ」


「でも…すっごい汗かいてるけど、大丈夫?」


「あぁ、これは…ちょっと昔の悪夢を見てただけだから…心配しないで」


「そっか…よかった…これでまたみんなで旅に出れる…」


ゴブリーが心から嬉しそうにそう呟いていると、思い出したかのようにゴブリーが田中達の話を始めた。


「実はちょうど今、メルに用事があるんだ。実は…僕の必中のルビーとメルの知識なサファイアをある人に譲りたいんだ」


「…え?ファイとアイを!?」


「うん、その人は僕を旅立たせてくれた恩人で、魔王を封印してマオを助けてくれた人でもあるんだ。すごい強いし、きっとその人ならファイとアイを託してもいいと思うんだ。僕達が持ってるよりも安全だと思うし…」


「そっか…ゴブリーとマオを助けてくれた人なんだ…。だったら渡しても大丈夫かな。…うん、ゴブリーがそう言うなら私も快く託せるよ」


メルは胸にかけた知識のサファイアを握りしめてそう言った。


「良かった、メルも納得してくれて。…じゃあ、その人を呼んでくるからちょっと待ってて、ちょうど部屋の前で待っててもらってるからさ…」


そう言ってゴブリーはドタドタと部屋を出て行った。


「そういえば私もまだ助けてもらったお礼を言えてないし…ちょうど良かったかな」


「そうなんだ…どんな人なんだろ?」


マオとメルがそんな話をしていると、ゴブリーが田中とユーキを連れて部屋に戻って来た。


「この人が僕とマオの恩人の逆さメイドさんだよ!!」


「話は纏まったみたいだし、とっととセブンスジュエルを寄越しな」


ゴブリーが紹介するや否やセブンスジュエルを厚かましくもせがむ田中。その内心ではセブンスジュエルを手に入れた後、いろんな奴に復讐する算段をつけるのに頭がいっぱいだった。


「あなたがあの逆さメイド…今回はありがとうございました。どうお礼を言っていいのやら…」


「私からもお礼を言わせて、ありがとう、友達を助けてくれて、逆さメイドさん」


「おう、礼はいらんから身ぐるみ置いてけ」


お礼を言うマオとユキに田中は間髪入れずにそんなことを口にした。


「逆さメイドさんは凄いんだよ!僕を助けるために始まりの洞窟ごとぶっ壊したり、マオを助けるために魔王を自身に取り込んだり…」


「おう、もっと私の武勇伝を語ってやれ」


ゴブリーのヨイショに田中がご満悦する中、メルは一人俯いて震えていた。


「…メル?」


メルの不自然な様子にゴブリーが心配しているとメルはゆらりとベッドから起き上がり…そして腰に携えたナイフを取り出し、突然田中に向かって駆け出し、そのナイフで思いっきり田中に襲いかかろうとした。


「メル!?」


しかし、近くにいたゴブリー達がメルを止めに入る。


「ようやくだ…ようやく見つけた…」


自分を羽交い締めするゴブリーに構うことなく、メルは目の前にいる田中に向けて殺意を放っていた。


そして再び田中に襲いかかろうとしたその時、周りにいたマオ達もメルを抑えた。


「な、何してるの!?メル!?」


「突然どうしたの!?!?メル!!」


メルの豹変に戸惑うゴブリーとマオを必死に振り払おうと足掻きながらメルは叫んだ。


「離して!!離して!!そいつは…そいつは…お母さんの仇なの!!」


「どう言うことなの!?メル!!」


「そいつがやったんだ!!ゴブリンの森でお母さんを殺したのは、そいつなんだ!!」


そう叫んで暴れ狂うメルに、状況もわからず、ただ念願の必中のルビーを焦らされている田中は怒り混じりにこんなことを言った。


「あ!?一体何の話をしてんだよ!?」


そんな田中の言葉に、先ほどまで暴れ狂っていたメルの動きがピタリと止まり、戸惑い混じりに田中へ質問をぶつけた。


「…もしかしてお母さんのこと…覚えていない?」


「あ!?だから何の話だよ!?」


「あなたが何度も殺したゴブリンの森にいたメタルゴブリン…それが私のお母さん…」


「ゴブリンの森のメタルゴブリンだぁ?…あぁ、そういえばそんなのいたな」


田中はゲームが始まって間もない頃、自分のレベルを99にするためのブラッドを稼ぐためにバグを使ってボーナスキャラであるメタルゴブリンを何度も倒したことを思い出した。


そしてそれを思い出すと何の悪びれる様子もなく、メルに向かってこんな言葉を突きつけた。


「で、それがどうした?」


それを聞いたメルは思わず田中の言葉を疑ってしまった。


「…それが…どうしたですって…?」


「私は冒険者なんだぞ?モンスターを殺すなんて当たり前のことだし、ましてやボーナスキャラであるメタルゴブリンを見逃すわけもないだろ。メタルゴブリンなんて殺されて当たり前なんだよ」


「…殺されて…当たり前…?」


よほど信じられない言葉を耳にしたのか、メルの言葉に感情は宿っていなかった。


「っていうかメタルゴブリンは冒険者に殺されるために生まれたようなもんだろ」


「…殺されるために…生まれた…?」


田中の言い分を聞き届けたメルは不気味に笑いながら独り言を呟いた。


「そうなんだ…お母さんも私も殺されるために生まれたんだ…ははは、そりゃそうだ、みんながみんな私を殺したがってるんだから…殺されて当たり前なんだ…」


「…メル?」


正気を失ったかのように語るメルにゴブリーは心配そうに声をかけた。


しかし、ゴブリーの声は届いていないのか、メルの言葉は止まらなかった。


「所詮は私も呪われた存在…殺されることが運命の一族…ははは…ははははははは…」


「メル!!しっかりして!!」


マオがメルの正気に呼びかけるが、相変わらず反応がない。


そのまましばらくメルの不気味な笑い声が続いた後、ピタリと笑うのをやめて、小さくこうつぶやいた。


「…ふざけんな」


そして…抑えていたものを爆発させるように声を荒げて叫び始めた。


「ふざけんな!ふざけんな!!ふざけんな!!!ふざけんな!!!ふざけんなああああああああああああああああ!!!!!!!」


メルの叫びに呼応するかのように、メルの身体が青白く輝き出し、メルから円形状に衝撃波が発生し、ゴブリーとマオを吹き飛ばした。


そして間髪入れずにメルは目にも留まらぬ速さで田中へと飛び込み、田中の首根っこを掴んでそのまま田中の後ろの壁へと叩きつけた。


だが、それでもメルの勢いは止まず、そのまま壁を何度もぶち抜いて田中を病院の外まで吹き飛ばした。


突然の出来事に田中が反応できないできずに地面に叩きつけられると、空かさずメルが田中のマウントを取り、何度も何度も田中に殴りつけた。


「ちょっ…やめ…いた…」


何も出来ずにガンガンHPを減らされた田中はそのまま棺桶へと早変わりしてしまった。


だが、それでもメルの攻撃は止まない。


怒りに満ちた拳を何度も何度も田中の入った棺桶に叩き込んだ。


10割田中が悪いが流石に見てられないと判断したユーキはすぐさま自殺用の魔法『バイズ』を唱え、MPを枯渇させて全滅し、パーティもろとも教会へ避難した。








「おお、田中よ、死んでしまうとは情けない」


「おう、ただいま、神父さん」


「ただいまじゃねえよ!頼むから二度と来るなよ!せめて今日くらいもう仕事増やすなよ!!復旧でこっちとら忙しいんだから!!」


田中(魔王覚醒状態)の攻撃によって屋根が吹き飛んだ青空教会で皆が復旧のために忙しく動き回る中、神父さんの怒り混じりのいつもの言葉を聞き賜った田中達は神父さんに帰宅宣言を済ました後、田中とユーキはすぐさま集まって作戦会議を始めた。


「おいおい、どうすんだよ?あのメルとかいうの。多分俺たちでどうにかできる相手じゃないだろ」


「メタルゴブリンは成長するとバカ強くなるからな…まぁ、大抵は成長する前に何かに殺されるもんだけど…」


ユーキの問いに田中が呑気にそう答えていると、状況が分からないさらに呑気なシンが二人に話しかけた。


「久しぶり。…ところで、魔王はどうなったの?」


田中に魔王が入ったところまでは生存していたシンだが、その後は田中(魔王覚醒状態)に殺された後、棺桶ごと遠くに吹き飛ばされて放置されていたので状況がまるで分かっていなかった。


だが、そんなシンに構うことなく二人は話を続けた。


「まぁ、出会わないように逃げてりゃいいだろ」


「でも、必中のルビーはあのゴブリン一行が持ってるんだろ?。手に入れるためには接触をしないと…」


「…ねえ、何の話をしてるの?」


「なんにしても、今は逃げるが勝ちだろ」


田中がそう口にした瞬間、屋根のない教会の上から突然田中達に向かって青白く輝く一人の少女が大きな音を立てて降り注いだ。


突然の出来事に反応できなかったシンは踏み潰されたが、スキル『神の慈悲』によりHPを1残して生き残った。


しかし、足元にいたシンが邪魔だったのか、田中に集中し過ぎて周りが見えないメルはそのままシンを蹴り飛ばし、シンをあるべき姿に帰した。


その後、突然降って湧いたため状況が飲み込めない田中に襲いかかり、先ほどと同様に田中のマウントを取って何度も殴りつけた。


「…ちょ…やめ…タイム…」


身も守るDEFも防具もない田中はそのままみるみるHPを溶かし、瞬く間に棺桶になってしまった。


しかし、メルの怒りが止むことはなく、メルは棺桶だろうが構わず田中を殴りつけた。


このゲームは棺桶にいても痛覚が適応されるので、田中は今も痛めつけられている真っ最中である。


流石に無防備のまま殴り続けられるのは居た堪れないのでユーキが自殺用の魔法を唱えようとメニューを弄り始めると、神父さんがユーキの腕を掴んでそれを食い止めた。


「いま『仕事増やすな』って言ったばっかだよね!?言ったそばから全滅する気か!?させるかぁ!!」


いままで一万回以上も田中達を蘇生させてきたが、流石に教会内で全滅したことはいまだになく、神父さんも目の前で仕事を増やされることに流石に怒りを覚えていた。


「じゃあどうしろっていうんだよ!?このまま田中が殴られ続けるのを見てろって言うのか!?」


「だからっていま全滅してもリスポーンキル不可避だろ!?」


「ま、まぁ…確かにそうだけど…」


自分達が帰るべきホームとも言える教会で虐殺が始まったならばリスキルされることは目に見えていた。


「じゃあ…このまま見てろっていうのかよ?。田中が痛めつけられるのを見続けろっていうのかよ?。これでも一応仲間なんだぞ?助けるのが義理ってもんだろ?」


「確かにそうだ…だがしかし…田中には良い薬とは思わんか?」


「…確かに」


神父さんの言葉に納得したユーキはとりあえずそのまま殴り続けられる田中を静観することにしたとさ。




おまけ


ユーキ「でも死者への冒涜を静観って神父的にどうなの?」


神父「それよりも自殺志願者を止めることの方が神父的に先決だから」

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