改めてこいつら70話近く何してたんだと考えさせられる回
「ふっふっふっふ…ようやくだ。ようやくたどり着いたぞ…火山都市、ボルケノ」
田中一行の目の前には巨大な火山の麓に構える都市が広がっていた。
「このゲームが始まって以来ずっと、必中のルビーを求めてボルケノを目指しては死に戻り、目指しては死に戻る何も得るものがない日々を繰り返すこと半年…とうとう私達はここにたどり着いたのだ!!」
振り返ればこのボルケノを目指す旅が始まったのは8話くらいからだろうか?。
そしてただひたすらに全滅を積み重ねるだけの生産性皆無な日々を約60話ほど繰り返したのち、彼らはようやく目的地であるボルケノに到着するという最初の一歩を踏み出すことができたのだ。…マジで今まで何やってたんだろ、こいつら。
彼らはようやくスタート地点から一歩前進出来たことへの喜びのあまり涙を流し、3人で肩を抱いて泣きあっていた。
「ようやくだ。ようやく我々の苦労が報われる日が来たんだ。雨の日も風の日も、奴隷として従事していた日も、歩数を数え続けるだけの日も、石を投げ続けられる日も、私達は諦めなかった。今日というこの日を夢見て、歩き続けた…だが、そんな虐げられた日々ももう終わりだ!!。この私が必中のルビーを手に入れた暁には、私が世界を支配してくれるわ!!」
そう叫ぶ田中の瞳は復讐の炎で燃えていた。
…ちなみに復習がてら説明しておくと、田中達が役60話近くかけて探している必中のルビーはセブンスジュエルと呼ばれるこの世界に一つずつしかない希少な宝石である。
そしてご存知の通り、必中のルビーはすでにここにはない。
大事なことなのでもう一度繰り返すが、お目当ての必中のルビーはすでにここにはない。
だめ押しでもう一度繰り返すが、必中のルビーはすでにここにはない。
サービスでもう一度繰り返す………必中のルビーはすでにここにはない!!。
「必中のルビーを手に入れたらまずどうしてくれようか?。…これまで私に石を投げつけて来た奴らを一人残らず塵にしてくれてやろう」
まるで魔王のように邪な笑みを浮かべながら田中はそんなことを口にした。…だが残念なことに必中のルビーはここにはない。
「まぁ、復讐はさておき、これで戦力は大幅強化出来るからな…ようやくまともに冒険が出来るってもんだ」
ユーキも最底辺より下の冒険から抜け出せることにどこか浮かれていた。…だが残念なことに必中のルビーはここにはない。
「別に冒険云々はどうでもいいけど…この不毛な日々が報われるなら僕も嬉しいよ」
ゲームに興味がないシンもそう口にしながらホロリと涙を流した。…だが残念なことに必中のルビーはここにはない。
「で、必中のルビーはどうやって手に入れるんだ?」
「セブンスジュエルはセブンスと呼ばれるセブンスジュエルを身体に宿す奴を倒して手に入れるアイテムだから、そのセブンスを倒す必要がある」
「なるほどね、お宝を守るモンスターがいるわけだ」
田中の説明をユーキはセブンスがモンスターであるという解釈をしていた。
「でも伝説のアイテムを守るモンスターってなるとかなりの強敵なんだろ?勝てるのか?」
「たしかにセブンスは強敵だ。しかも今回は必中のルビーを持つ炎の使い手のファイと知識のサファイアをもつ氷の使い手であるアイと同時に戦うことになるからな…現存の戦力じゃまず勝てないだろう」
「おいおい、じゃあどうするんだよ?」
「安心しろ、その二人は極度の共依存の関係でな…精神的に不安定であるがゆえに色々と弱点が用意されてあるんだよ」
そう言って田中はなにやら良からぬことを企んでいる三下みたいな顔をした。
「まぁ、とりあえず二人が住んでいる小屋へと向かおうじゃないか」
そう言って田中はボルケノの街へは入らず、町外れにある森へと歩き出した。
「なんだ、街の中にいるわけじゃないのか?」
森へと歩きながらユーキは田中にそう尋ねた。
「ファイとアイは街の人から疎まれてる存在だからな、近くの森に小屋を構えて二人で暮らしてるのさ」
「さっきから聞いてて思ったんだが…もしかしてセブンスって人間なのか?」
「ん?まぁ、そうだけどそれがどうかしたか?」
「えっと…セブンスジュエルはセブンスの身体に宿っていて、そのセブンスは人間ってなると…人間からセブンスジュエルを抉り出すってことか?」
ユーキは怪訝な顔をしながらそんなことを尋ねた。
「安心しろ。セブンスが死ねばセブンスジュエルだけが残るから、そんなめんどくさいことはしなくていい」
「え?殺すのか?」
「そうだが何か問題でも?むしろ殺さなきゃ手に入らん」
いくらNPCとは分かっているとはいえど、人の形をしたそれを手にかけることに抵抗を覚えるユーキ。しかし、それに反して田中はそんな様子がまるで伺えなかった。
「…具体的にはどうやって倒すつもりなんだ?田中」
「ファイとアイはセブンスとして生まれつき呪われた力を持った双子でな、その力を制御しきれず、ファイは辺りのものを構わず焼き尽くし、アイは辺りのものを凍りつかせてしまう。そんな二人の力を抑えるために炎と氷の相反する力を持つ二人が手を繋ぐことによって力を抑えることが出来るんだ。それ故に二人はずっと手を繋いで力を抑えて暮らしている。だが、いつ暴走するかわからない二人をそばに置いておくのは危険と判断したボルケノの街の住民は二人を街の外へと追い出したんだ」
「なるほど、だから町外れの森に住んでるのか…。しかし、追い出されたとなると二人もさぞかし街の人たちを恨んでいるんだろうな」
「いや、それがそうでもない。街の人たちからは疎まれたが、それでも二人を愛してくれた人達が街には残っているから、むしろ二人は街を守るために街に近づくモンスターを追い払う役目をかって出ているくらい街の人たちのことを思ってる」
「まじか…良い話じゃん」
「だが、それ故に奴らにとって街の人たちは人質となりうる存在というわけだ。そんな二人の元にlv99のカンストした私が『セブンスジュエルを渡さなければ街を滅ぼす』などと脅してみろ?奴らは何も言わずに命を差し出してくれるってわけさ」
「知ってたけど血も涙もないな!!お前」
田中の考えるあまりに残虐すぎる対処法にユーキは声を荒げた。
そして森をせかせかと歩く田中の前に立ちはだかって田中を説得し始めた。
「待て待て待て、なんだその残酷極まりない脅しは!?。お前それでも人の子か!?。話を聞いてる限りそのファイとアイっていうのはメチャクチャ良い奴らっぽいじゃん!!聞いてるだけで二人っきりで森の中でひっそりと暮らす健気な双子の姿が思い浮かんだわ!。そんな二人をそんな冷酷な方法で殺すとか…マジでお前は血の通った人間なのか!?」
「うっさいなぁ。どうせNPCなんだからいいでしょ?。さっきまでの話もあくまでただの設定、気にする必要なんてない」
「たしかにただの設定だし、ただのNPCかもしれない。だけど、そんな冒険は気持ち良くない!!」
「はぁ?気持ち良くないとか…なに言ってんの?」
「俺はそんな胸糞悪い冒険をするためにゲームをしてるんじゃない!!困ってる誰かに手を差し伸べて、助けを求める誰を救って、そして世界を邪悪な存在から守る…古典的で厨二臭い妄言かもしれないけど、俺はそんな冒険がしたいんだ!!このゲームを気持ち良くプレイしたいんだ!!。だからそんな俺の気分を害するような行いは、俺は認めない!!」
「…はぁ?呆れた。ユーキってそんな現実見えてない非効率なロマンチストだったっけ?。致し方のない犠牲っていうのは常に付き物、ユーキだって現実でそんなのなんども直面したでしょ?」
「だからこそ!!ゲームの中でくらい素直に生きたいんだよ!!誰も犠牲になんてならなくて良いようにしたいんだよ!!」
二人がそんな言い争いをしていると、置物のようにポツンと取り残されたシンが口を開いた。
「ちょっと二人とも…なんか変だよ、この森」
シンに言われて二人が辺りを見渡してみると、シンの言う通り、森に霧が漂い、ただならぬ気配が感じ取れた。
「なんかこの感じ…身に覚えがあるんだけど…」
シンがそういうと、辺りの茂みがざわざわと動き出し、そこから見覚えのあるうねうねと動く大木のモンスターが姿を現した。
キャラ名 ウドノタイボク
レベル10
HP 100/100
「あのモンスターは…」
ウドノタイボクを目にしたユーキはかつて迷いの森でパーティ全員がマヒになったせいで一週間に及ぶしりとりを強いられた日を思い出した。
辺りをよく見れば雰囲気はその時とまるで一緒…迷いの森で感じていたものと一緒であった。
「なんでウドノタイボクがこんなところに…」
田中も状況が飲み込めずにそんなことを口にしていると、ウドノタイボクが田中達に向かって迫ってきた。
モンスターが襲いかかってきたのを目撃するやいなや、3人は一目散に逃げ始めた。
このボルケノにたどり着くまでの道中、様々な敵と出会い、様々な全滅を積み重ねた3人…その日々はとても生産的な日々と呼べるような代物ではなかったが、そんな無為な日々の中でも学んだことがある。
それは…『逃げるが勝ち』ということだ。
このゲームの戦闘は消耗が激しく、基本的に赤字にしかならない。勝っても負けても損をするくらいなら、いっそのこと戦わずに体力を温存する方がいい。
約60話にも及ぶ冒険で手に入れたものは皆無と言っても過言ではないが、彼らは繰り返す全滅でわずかながらにノウハウだけは蓄積させていたのだ。
しかし、逃げるにしても3人は決して素早いわけではない、むしろ遅い部類であり、逃げても敵に追いつかれることも多々ある。
…そしてそんな時のために、彼らは生き延びるための奥の手を編み出していた。
目の前に迫るウドノタイボクは大したモンスターではないが、向こうの方が若干速いようで、徐々にその差は詰められていた。
このままではいずれ追いつかれる…そう考えた田中とユーキは目を合わしてアイコンタクトを図り、奥の手に出る旨を伝えた。
そしてそれを理解した二人は同時に頷き、二人の後ろを走るシンの足に同時に足を絡ませ、転ばせた。
「なに!?『俺に構わず先に行けだと!?』。わかった!ここは任せたぞ、シン!!」
「囮を買って出るとは粋な計らいだ!シン」
ユーキと田中が転ばされて倒れているシンに向かって労い?の言葉を述べて一目散に逃げ去った。
そう、これが彼らが全滅を繰り返す中で編み出した生き延びるための奥の手…トカゲの尻尾切りである。
二人に見捨てられたシンは地面に這い蹲りながら、絶望と怨みが混じった瞳で二人の背中を見上げ、助けを求めて必死に手を伸ばした。
しかし、助けてくれる手を差し伸べてくれるものなどいるはずもなく、シンは空高く舞い上がったウドノタイボクに踏み潰され、骨が軋み砕ける音と弾ける血肉を残してこの世を去った。…とてもじゃないが先程まで『誰も犠牲になんてならなくて良いようにしたいんだよ!!』などと力説していた人物がやるような所業ではない。
…まぁ、田中達からしてみれば死ぬことなんて三度の飯より朝飯前なことだし…ユーキの気分を害するほどのことではないのだろう。
そういうわけで、尊い犠牲の元、二人は生きながらえることができたのだ。
「はぁはぁ…なんでウドノタイボクがこんなところに…」
茂みに隠れながら息を整える田中がそんなことを口にした。
「…どういうことだよ?」
「ウドノタイボクは迷いの森にしか生息しないモンスターだ。それなのにどうしてウドノタイボクがここに…」
「俺たちがいつの間にか迷いの森に迷い込んだってことか?」
「その可能性もある。迷いの森は大魔獣ティエルの死体を養分に生まれる森だ…つまりはミケによって蘇ったティエルがここで死んだという可能性がある」
「じゃあ、ここは迷いの森なのか?」
「そうだよ、ここは迷いの森だよ」
ユーキの問いにそう答えたのは田中ではなく、別の誰かだった。
二人が声の主を探して辺りをキョロキョロしていると、木の上に一人の年端もいかない少女が立っていた。
彼女はやけにボロボロな衣服を身に纏い、手入れの届いていない長髪で顔の左半分が隠れていた。
「君は…確かリンクル…」
ユーキは一度ちらりと会った程度でほとんど彼女とは面識はなかったが、彼女がマサラのスラム街に住むリンクルという少女であることを覚えていた。
「なに!?リンクルだと!?」
そんなユーキの発言に田中が驚きながらそう反応した。
「え?なに?知ってるの?」
「奴は…幸運のピンクパールを持つセブンスだ」
「え?リンクルがセブンス?」
「そうだよ、私、セブンスなんだ」
そう言ってリンクルは長髪で隠れた顔の左半分を二人に見せてきた。
彼女の左目があるはずの場所には目玉の代わりに淡い桃色に輝く美しい宝石が埋まっていた。
「幸運のピンクパール…別名『運命の至り』。それが私が持つセブンスジュエルの名前」
彼女は淡々とそう語った。
「あれが…セブンスジュエル…」
初めてセブンスジュエルを目にしたユーキは吸い込まれるようなその輝きに目を奪われていた。
「君達、必中のルビー探してボルケノに来たんでしょ?」
「ああ、それがどうかしたのか?」
リンクルの質問に田中が高圧的にそう答えると、リンクルがクスクスと笑いながらこんなことを口にした。
「残念だけど、必中のルビーはもうボルケノにはないよ」
そんなリンクルの言葉に田中達は戦慄した。
今までずっと探し求めて、何度も何度も…本当に何度も何度も…累計1万回を超える全滅を繰り返した果てにようやくボルケノにたどり着いたというのに、その苦労の果ての目的の宝箱がもう空っぽであることを知らされ、希望の光が潰え、絶望したのだ。
「うそ…だ…だって…私達はそのために何度も何度も…」
「残念だけど、ほんとのほんと。この目でちゃんと見たから」
そう言ってリンクルは自分の左目に埋め込まれた宝石を指差した。
「うそだ…うそだ…嘘だああああああああ!!!!!!」
今まで辛いことがたくさんあった…いや、辛いことしかなかった。当たらない攻撃、操作できないメニュー、変えられない呪われた装備、街を出るたびにかかる状態異常…数多の苦難の連続の日々を虐げられてきた。
それでも諦めず進み続けられたのは必中のルビーという救いを信じていたから…しかし、今この瞬間、その最後の希望が潰えたのだ。
その絶望のあまり、田中は声を荒げて泣き叫び、そして衝動を抑えられず、地面に向かって思いっきり頭突きをかました。
レベル99、STR999から繰り出されるその一撃は神の鉄槌に等しい一撃。
一瞬で辺りのものは吹き飛び、砂埃が天高く舞い上がり、その時発生した過剰な上昇気流によって天には分厚い雲が形成され、激しい稲光と豪雨を降らせた。
そしてその惨事の中心に立ち尽くす逆さメイドは泥や雨に晒され、ドス黒く染まってしまった…そう、それはかつてマサラに終焉をもたらした時のように…。
「ドウシテ…ドウシテセカイハワタシヲチュウシンニマワッテナインダアアアアアアアアア!!!!!!!」
あまりにも身勝手な叫び声とともに、世界に終焉をもたらすものが再び誕生したのだ。
そして世界に終焉をもたらすものは目の前に立つリンクルへと踵を返し、禍々しい叫び声をあげた。
「ヨコセェェェ!!!!セメテオマエノせぶんすじゅえるヲヨコセェェェ!!!!!!」
小さな少女の目の前に最凶のモンスターが立ちはだかる…しかし、少女に焦りや戸惑いは見られなかった。
「残念だけど、こうなることはわかってたから、罠を仕掛けさせてもらったよ」
そう言ったリンクルが指をパチンと鳴らすと、世界に終焉をもたらすものの足元から巨大なツタが天に向かって伸び出した。
ツタは世界に終焉をもたらすものを絡めとり、その動きを封じた。
「ハナセエエエエエ!!!!コレイジョウ…コレイジョウワタシヲフリマワスナアアアアア!!!!!」
しかし、そんな叫びには目もくれず、リンクルは小さくこんなことを呟いた。
「世界に終焉をもたらすもの…きっとあなたなら、魔王にも負けないはず…」
そしてそれと同時に地面から巨大な食人花が何本も生え、牙を向けてきた。
「ヤメロォォォ!!!ヤメロォォォ!!!コレイジョウ、ワタシカラナニヲウバウトイウノダァァァァァァァ!!!!!!」
「殺れ、ローズバトラー」
リンクルの命令と共に食人花はその牙で獲物を噛み砕き、美味しそうに咀嚼し、そして地面に向かって棺桶を吐き捨てた。
そんな一部始終をポケェと見ていたユーキにリンクルが声をかけてきた。
「それじゃあ、もう一回マサラを救ってね、英雄さん」
そして、食人花がユーキに襲いかかり、苦労の末にようやくボルケノにたどり着いた田中一行は何の戦果も得ることなく全滅してしまったとさ。