表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/121

そして紅き月は流れる星に憧れる

今回の話は長くなっちゃった、許して。

「ハロー、奴隷の街、スレイブタウンのみなさーん、こんにちは!私は魔王のマオです!」


フィーネの治める奴隷の街の広場に突然、空からひとりの少女が降り立ち、陽気な声で街の人たちに向けて声をかけていた。


「私、実は探し物があってこの街に来たんですけど…」


黒い三角帽子と黒いローブに身を包んだ妖艶な彼女は少し間を置いた後、いたずらにこんな言葉を口にした。


「セブンスジュエル…くれませんか?」


そして彼女は脅すようだ魔力を解き放ち、広場一面を氷漬けにしてみせた。


「知ってる人がいたら教えてね…出来れば街中がカチコチになる前にね」


そして再び彼女は魔力を解放させて街を凍らせ始めた。


やがて街に魔王が襲来したという騒ぎは広がり、領主であるフィーネの元にも届き、急いで彼女が現場に向かうと、煌びやかだった広場はすでにその面影がなく、すっかり美しい氷の世界に染まってしまっていた。


「魔王だかなんだか知らないが…私の街で好き勝手やるのは頂けないな」


街を氷漬けにした張本人であるマオを見かけるや否や、フィーネは腰に携えていた刀を取り出し、臨戦態勢を構えた。


「もしかして…あなたがこの街の偉い人?だったら知ってるよね、セブンスジュエルの場所。欲しいの、頂戴」


「セブンスジュエル?…知らないな、お伽話の読み過ぎじゃないのか?」


マオのストレートな質問にフィーネはとぼけて見せた。


「悪いけど、あんまり時間がないから変な駆け引きなんてするつもりはないの。ここにあることはわかってるからさっさと寄越しなさい。…それとも、自分の街ごと氷漬けがお望み?」


「この街のものは私のものだ。…ただでくれてやるわけにはいかない」


「そう…だったらあなたの命と交換ならいいかしら!?」


曖昧な返事に痺れを切らしたマオは魔力を解き放ち、フィーネの周囲を氷漬けにしてみせた。


しかし、魔法を見切っていたフィーネは上空に素早く飛び上がり、周りの建物を足場にマオへと間合いを詰めて行く。


素早い身のこなしで次々とマオの追撃を逃れ、とうとうフィーネは攻撃が届く間合いまでマオを追い詰めた。


「ソードアーツ:龍騎一閃」


自分の剣劇の間合いに入ったフィーネはさらに素早く一直線にマオへ向かって伸びるように詰め寄り、渾身の突きを繰り出した。


「くっ…我らに盾を、『ウォールバリア』!!」


攻撃を捌ききれないと判断したマオは魔法で自分の周りに半透明の障壁を展開したが、フィーネの剣撃を止めるには至らず、障壁はひび割れ、マオは衝撃に吹き飛ばされ建物に叩きつけられた。


「悪い事は言わん。今すぐここから去れ」


渾身の突きを繰り出したにも関わらず素早く態勢を立て直したフィーネはすでに次の攻撃で追撃する体制を整えていた。


「…残念だけど、私は引く事は出来ないのよ」


直撃は避けたものの吹き飛ばされた衝撃でダメージを負ったのか、マオはフラフラと立ち上がりながら強がってみせた。


「殊勝な心がけだ…だが、それが命取りだ」


フィーネがそう言うと今度は剣を鞘に納め、居合の構えを取った。


「最終警告だ、今すぐここから立ち去れ」


歴戦の猛獣すらも逃げ出すほどの殺気を放ちながらフィーネは再三に渡ってマオに警告した。


「ぜひそうしたいところだよ…逃げ場があるのならね」


「…そうか」


マオの覚悟を認めたフィーネは少し残念そうにそう呟き、そして刀に手をかけた。


「ソードアーツ:白虎破斬」


目にも留まらぬ速さでフィーネが刀を振り抜くと、フィーネを中心とした同円周上に氷漬けの広場を刳るように衝撃波が広がった。


瞬く間に迫り来る逃げ場のない攻撃を前にマオは小さく、そして残念そうに一言呟いた。


「…仕方ないか」


そして、衝撃波がマオを飲み込んだ。








「フィーネ様!ご無事ですか!?」


騒ぎを聞きつけた奴隷達がフィーネの後を追うように現場に駆けつけ、シンシアがフィーネに向かって声をかけた。


「なんだ、みんな来たのか」


「フィーネ様!?お怪我は!?お怪我はありませんか!?」


「心配するな、見ての通りピンピンしている」


「良かった。…でもダメですよ!フィーネ様が自ら危険な場所に足を踏み入れちゃ!。…フィーネ様に何かあったら、残された私達はどうすればいいんですか…」


「…済まないな、心配をかけたようだ」


するとそこにセブンスジュエルを持つセブンスのヨームも駆けつけてきた。


「フィーネ様、何があったんです?」


「あぁ…いや、気にするな、ただの賊だ」


フィーネがそう言って紛らわせようとしたその時、突如空に浮かぶ月が外側から紅色に侵食され始めた。


それと同時に今まで感じたこともないような前進を針で刺されるような恐怖に皆襲われた。


「さ、退がれ!!ヨームを連れてなるべく遠くへ逃げろ!!」


突然湧き出した悍ましい気配に本能的に身の危険を感じたフィーネは慌てふためく奴隷達にそう命令した。


しかし、奴隷達が突然の出来事に事態が飲み込めないでいると、マオが埋まっているであろう瓦礫の山から背筋を凍りつかせるような禍々しい声が聞こえてきた。


「見つけた…セブンスジュエル…」


そして月が半分ほど紅く侵食された頃、瓦礫の山から音もなくぬらりとそれはすがたをあらわした。


パッと見は先程のマオの姿と大差はないが、その内側から溢れ出る邪悪な気配は先程の比ではなかった。


「逃げろ…今すぐ逃げるんだ!!」


一瞬で力の差を察したフィーネがそう叫ぶや否や、魔王は誰一人広場から逃げられないように天高くそびえる巨大な氷の壁を形成し、逃げ場を塞いだ。


「そう慌てるな…ショーはまだ始まったばかりだぞ?」


その声は恐ろしいほど冷たい音色を奏でていた。


「さて…それではセブンスジュエルを渡して貰おうか」


魔王はその鋭い瞳でヨームを見つめながらそう言った。


目の前で立ちふさがるその強大な存在の目的が自分の命であることを悟ったヨームは恐怖で足が震えて動けなくなった。


フィーネはヨームを庇うかのようにヨームの前に立ち塞がり、魔王に刀を向けてみせた。


「ほう?どうやらそのセブンスを殺すのが心苦しいようだな。良かろう、光栄に思え、我が直々に殺してやろう」


「悪いが、ヨームの生殺与奪を決めるのはお前ではない。…私だ」


そしてフィーネは険しい顔をしながら刀を構え、臨戦態勢に入った。


「人間とは実に愚かな…力量を測る力すらないのか」


魔王は死にかけのアリを見下すかのようにフィーネに哀れみを向けた。


そうして魔王が油断している隙に、フィーネはヨームに小さく声をかけた。


「私が時間を稼ぐ。…その間になんとか逃げろ、ヨーム」


「でも…フィーネ様…」


「いいから早く!!」


いつもは威厳のあるフィーネからかつてないほどの危機感を感じた奴隷達はヨームを連れて少しでも遠くへと逃げ出した。


「…やれやれ、無駄な足掻きを…」


魔王がヨームを追い詰めるために渋々足を一歩踏み出したその瞬間、フィーネは持ち前の俊足を駆使して魔王へと詰め寄った。


そして攻撃が届く間合いまで詰めると先程と同様に渾身の突きを繰り出した。


「ソードアーツ:龍騎一閃」


かなりの高レベルのフィーネの繰り出すその攻撃は超一級のボスでも貫く一撃…しかし、その威力がまるで嘘であるかのように魔王は二本の指だけでその剣撃を受け止めてみせた。


「案ずるな、あとで遊んでやる」


過去、幾度となく敵を貫いてきた自慢の得意技がこんなにもあっけなく受け止められたことにフィーネは一瞬動揺するが、すぐさま距離を取り今度は刀を鞘に納めた。


「ソードアーツ:白虎破斬」


そして目にも留まらぬ速さで刀を振り抜いてみせた。


すると先程と同様に逃げ場のない衝撃波が魔王を襲う。


しかし、魔王は何食わぬ顔で衝撃波へと自ら足を踏み入れ、何事もなかったかのようにそのままゆっくりと衝撃波の中を歩いていた。


「…そよ風だな」


魔王のぼそりと呟いたその言葉に、流石にフィーネも戦慄した。


だが、それでも動揺を見せたのは一瞬、すぐさま臨戦態勢に入り、今度は接近して何度も刀で斬りつけた。


しかし、そのどれもが魔王を傷付けるに至らず、まるでダメージを与えることができなかった。


「少し大人しくしておれ、人間」


そう言って魔王は蚊を振り払うかのように気だるそうにフィーネを手で振り払った。


するとフィーネは一瞬で吹き飛ばされ、魔王が形成した氷の壁に叩きつけられた。


「グアッ!!」


かなりのダメージを食らったのか、フィーネは氷の壁にめり込み、口から血を吐いた。


「フィーネ様!!」


自分達の近くまで一瞬で吹き飛ばされたフィーネのそばにシンシアは駆け寄り、すぐさま回復魔法をかけた。


「…ありがとう、シンシア」


「これ以上は無茶です!殺されちゃいますよ!?」


「…あぁ、正直かなりやばい」


だが、フィーネの目にはまだ闘志が宿っており、再びフィーネは立ち上がった。


そんなフィーネを見かねたのか、ヨームがフィーネに声をかけた。


「フィーネ様、もういいんです。魔王の目的はオイラのセブンスジュエルです。だからオイラが…」


『死ねばいい』とヨームが話そうとした時、フィーネがそれを遮るように声を荒げた。


「黙れ!!…命令通り逃げ道を探せ」


「で、でも!フィーネ様!」


「私の命令が聞けないのか!?ヨーム・ラギアクル!!」


「でも!」


「ヨーム、私は…まだ負けたわけではない」


そう言ってフィーネは再び強大な力をもつ魔王へと歩み出した。


「フィーネ様…どうして…どうしてオイラなんかのために…」


「ヨーム、お前は私のものだ。私のものに『なんか』だなんてケチをつけないでくれ」


そしてフィーネは鞘に納めた刀を握りしめ、居合の構えを取った。


「…また団扇の真似事か?。つまらん、芸のない奴よのぉ」


「そうか?だったら今度は面白いものを見せてやろう」


「ほう?」


「最初にお前に見せた技、『龍騎一閃』は間合いを詰める勢いを利用した渾身の突き、そして『白虎破斬』は全力で放つ居合の衝撃波による攻撃。そして今度は…その二つを同時に放つ」


「くっくっく…その程度のお遊びが秘策とは、人間とは無力なものだ、可哀想に」


「そうかな?私はこれでも結構気に入ってるがな、人間」


そしてフィーネは静かに目を閉じ、深く息を吸い込んだ。


フィーネが先ほど放った二つの技はどちらも最上級のソードアーツ、その二つを同時に放つとなると、神経を限界まで研ぎ澄ます必要があるのだ。


普通の戦いならばその準備に時間がかかりすぎで使い物にならない大技、だが相手が油断し切っている今なら、これほどの適当な技はない。


「奥義…龍虎閃斬」


そしてフィーネが集中力を極限まで高めたその瞬間、今までよりもさらに速く、魔王との距離を詰め、その刀を引き抜き、魔王に自分が出せる最大以上の力で払い抜けた。


「なるほど、人間にしては大した一撃だ。獣や龍ならば容易く斬りふせることが出来たであろう」


フィーネの攻撃は魔王の言う通り、最上級の魔物でも真っ二つにする究極の一撃であった。


「だが…魔の王には届かぬ」


魔王がそう言った瞬間、フィーネの刀にヒビが入り、音を立てて崩れ、それと同時にフィーネの全身に切り傷が刻まれ、大量の血とともにその場に倒れた。


「フィーネ様ああああああ!!!!!」


フィーネの元に駆け寄ろうとするシンシアを奴隷達が力づくで食い止めた。


フィーネのそばにはまだ魔王がいるため、危険であると判断したからだ。


そして主人の無残な姿に泣き叫ぶシンシアの隣でヨームが震えながらその口を開いた。


「やっぱり、オイラなんていなけりゃよかったんだ。オイラがいたせいでフィーネ様は…」


そしてその場に膝から崩れさらに言葉を続けた。


「オイラはセブンスだから…呪われた存在だから…オイラは生きてちゃいけないんだ。オイラは…オイラは…死ななきゃいけないんだ!!」


ヨームの脳裏にかつて自らの力を暴走させて火の海にしてしまった故郷の光景が蘇る。


その抑えられない呪われた力は強大な力の結晶であるセブンスジュエルを産まれながらに身体に宿したセブンスの宿命であり、セブンスの周りの人は不幸になると云われている。


「己の呪いをようやく理解したか?セブンスよ。さぁ、これ以上周りを不幸にさせたくなければ、潔く我に身を差し出せ」


「そうだ…オイラは…やっぱり…」


魔王に諭されたヨームは力無い足取りでヨタヨタと魔王へ向かって歩き始めた。


「馬鹿やろー!!戻って来い!!ヨーム!!」


「犠牲なんてカッコ良くねえぞ!!ヨーム」


周りの奴隷達もヨームを止めようと飛びかかるが、ヨームの力は意外にも強く、奴隷達を何人も引きずりながらヨームはよたよたと魔王に向かって歩いていた。


「みんな…止めないで…もう誰も不幸にしたくないんだ」


「馬鹿やろ!!オレ達は家族だろ!?」


「不幸くらい一緒に背負ってやるよ!!」


「だから私の胸に飛び込んでくるのです、ヨーム!!」


奴隷仲間のピーロとガイとゴトウも止めようとするが、それでもヨームの足取りは止まらなかった。


「人間の戯言には耳を貸すな。これ以上、大切な人を傷つけたくなければな」


「…そうだ。オイラ、もう大切な人を傷つけたくない」


魔王の言葉にヨームの脳裏に今まで暴走した力で傷つけてしまった人達の頭がよぎる。


自分の生まれた村、自分を愛してくれた両親、行くあてのない自分を拾ってくれた人達、そしてここにいるみんな…みんな、みんなみんな、オイラが傷付けてしまった。


「その通りだ、お前が死ねばみんな不幸になんてならない」


「…そうだ、オイラなんかいない方が世の中のためだ」


みんな、みんなみんなみんなオイラがいなければ…オイラなんていなければ…。


「だからお前は…生きていてはいけないのだ」


「オイラは…生きてちゃいけない」


そしてオイラの力が暴走するたび、みんな口を揃えてオイラに言うのだ。


『お前は…生きていてはいけない』と…。


だから…オイラは…。


「なに…言ってんだ?…ヨーム」


ヨームが死を覚悟しようとしたその時、全身に傷を負いながらもフィーネがフラフラと立ち上がり、ヨームに声をかけた。


「フィーネ様…良かった、生きてたんだ。これで…安心していけます」


「…行くな、ヨーム」


「いいんです、フィーネ様。…もういいんです。フィーネ様のおかげで、こんなオイラでもたくさん仲間ができて、たくさん良い思い出が出来たんです。本当に…本当に楽しかったです。だから…もう悔いなんてないんです…」


「黙れ…ヨーム…」


「オイラは呪われた運命を背負ってたから、いろんな人に避けられて、貶されて、疎まれて…ずっと死ななきゃって思いを抱えながらも醜く生き延びて…でも、生きてて良かったです。最後がここで…最後がフィーネ様の元で本当に良かったです」


「黙れ、ヨーム」


「本当に今までありがとうございました。呪われた運命のオイラでも、最後はこんな幸せに暮らせたんです。それもこれも全部フィーネ様のおかげなんです。オイラのために色々ありがとう、本当にありがとう…だからせめて最後は、迷惑かけずにいかせてください」


「黙れ!!私はそんな話を聞いているんじゃない!!」


フィーネは立つのがやっとなはずの体を振り絞って叫び声をあげた。


「…フィーネ様?」


「ヨーム、お前に今一度問う。お前の主人は誰だ?」


「それは…もちろんフィーネ様です」


「お前は誰のものだ?」


「フィーネ様です」


「ならばお前が一番優先すべきは誰の命令だ?」


「もちろんフィーネ様です」


「だったら…セブンスジュエルがなんだ?呪われた運命がなんだ?生きてちゃいけないがなんだ!?それがどうしたって言うんだ!?」


フィーネはフラフラな身体でなんとか胸を張って立ち続け、そして力強く声をあげた。


「誰かにセブンスだと言われたから?…それがどうした!?。魔王に生きてちゃいけないと言われたから?だからそれがどうした!?。神に呪われた運命を背負わされたから!?お前は私のものなんだ!!そんなのどうだって良いだろ!!」


そして、残された力を全て振り絞って、ヨームにその想いをぶつけた。


「例え魔王がなんと言おうが、神がお前を否定しようが、私が『生きろ』と言っているんだ!!私の奴隷なら、黙って従え!!!!」


「フィーネ…様…」


その時、ヨームはふと自分の頰に涙が伝っているのがわかった。


いままでずっと、自分の存在を否定されてきた。


誰もが口を揃えて『生きてちゃいけない』と告げて来た。


誰一人として、自分の生存を認めてはくれなかった。…そう、自分自身でさえも。


だけど、フィーネ様は…。


その時、ヨームの胸には自分の瞳から出る涙のように溢れ出しそうな想いでいっぱいになった。


そしてヨームは堪らず叫んだ、自分の命を全力で主張する生まれたばかりの赤ん坊のように…。


それと同時にヨームの身体が雷を帯びたかのようにビリビリと輝き始めた。


「うわあああああああああああああ!!!!!!!!!」


そして、ヨームの叫び声とともにヨームの身体に突如空から雷が降り注いだ。


ヨームを包む雷が次第に収まり、その光にようやく目が慣れて皆の視界がはっきりした頃、そこにはすでにかつてのヨームの姿はなかった。


そこにいたのは雷を纏いながら全身の毛を逆立て、鋭い目つきで魔王を睨みつける獣の姿をした何かであった。


やがてヨームが纏う雷につられて空から幾千もの稲妻が辺りに降り注いだ。


そのうちの一発が魔王が生成した氷の壁に当たり、人が通れるほどの大きな穴が空いた。


「…フィーネ様を連れて逃げて」


そのただならぬ姿に反していつもの優しい声でヨームは他の奴隷にそう呼びかけた。


「だけど、ヨーム…」


「大丈夫、フィーネ様の命令は必ず守るよ」


シンシアの呼びかけにそう答えたヨームは一歩、また一歩魔王へ向かって踏み出し、そして魔王に話しかけた。


「一応聞いてみるけど、このまま帰ってくれないかな?。出来れば君も傷つけたくない」


そんな魔王を気遣うヨームの言葉がよっぽど意外だったのか、魔王は少し目を丸くした後、不機嫌そうに口を開いた。


「この魔王を愚弄する気か?。面白い、セブンスの力、見せてもらおうか」


魔王がそう言った瞬間、空間に無数の巨大な氷柱が形成され、その全てがヨームに向かって飛ばされた。


そして無数の氷柱はヨームのいた場所で一つとなり、巨大な氷山を築き上げた。


「…なんだ?その程度か?」


ヨームが呆気なく氷漬けにされたと思った魔王がそう口にしたその時、魔王の後ろからヨームの声が聞こえた。


「帰ってはくれないか…じゃあ、少し痛い目にあってもらうよ」


真後ろで聞こえて来たヨームの声に魔王が驚いて振り向いたその瞬間、ヨームの獣の腕によるパンチが魔王のみぞおちに炸裂した。


ヨームの一撃で魔王は自身が形成した氷の壁に叩きつけられた。


魔王が驚いて自分を殴りつけたヨームの方に踵を返すと、すでにそこにヨームの姿はなかった。


「上だよ」


いつのまにか自分の上まで移動していたヨームに魔王が驚いていると、今度は頭上から地面に向けて叩き落とすヨームの蹴りが炸裂した。


ヨームに蹴られた魔王が重力も相まって高速で地面に激突したその時、すでにヨームは魔王の行く先に先回りしており、間髪入れずに魔王を蹴り上げ、上空に吹き飛ばした。


そしてさらに吹き飛ばした先に回り込み、反撃する間も与えることなくなんども攻撃を叩き込んだ。


そのまま吹き飛ばしては追撃をなんども繰り返した後、上空から降り注ぐ稲妻と共に空から魔王を地面に向かって叩きつけた。


上空から叩きつけられた魔王は地面に激しい音と共に衝突し、砂煙が舞い上がった。


「す、凄え…凄えぞ!!ヨーム!!」


「あの魔王を圧倒している!!」


「いいぞ!!やっちまえ!!ヨーム」


ヨームの一方的な攻撃を見ていた奴隷達はヨームを応援し始めた。


「みんな!!いいから早く逃げて!!」


しかし、ヨームはその声援を振り払って皆にそう忠告した。


それと同時に舞い上がった砂煙から魔王の乾いた拍手が響いて来た。


「ふふふ…はっはっはっは!!!!素晴らしい!!素晴らしいぞ!セブンスよ!!」


あれだけ散々攻撃を食らったはずなのに、魔王には傷ついた様子が見受けられなかった。


「そうだとも、最低限のこのくらいの力は無いとこの我に失礼だとは思わんか?人間よ」


魔王はフィーネを見下しながらそんな言葉を口にした。


しかし、フィーネはそんな魔王の言葉を無視して心配そうに化け物となったヨームに声をかけた。


「ヨーム、お前…」


「大丈夫です、フィーネ様。あなたの命令は必ず成し遂げます。だから下がっていてください」


「そうか…必ず遂行しろ。いいか?絶対に生きて帰るのだぞ」


「はい、生きてみせます、あなたのために」


見た目はすっかり変わってしまっていても、その声は前と変わらずフィーネに対する忠誠心に満ちていた。


そんなヨームを信じてフィーネ達は先ほど雷が落ちてできた氷の壁の穴から出てその場から退避し始めた。


「さてと…まだ続けるかい?魔王」


「当然だ。もっと我を楽しませてくれよ?セブンス」


再び両者が向かい合うと、ヨームは全身に電撃を纏い、再び動き始めた。


魔王を撹乱するために電撃を纏いながら四方八方に飛び回るその様子はまるで稲妻が暴走したかのように駆け巡るようであった。


しかし、そんな荒々しい動きの中でもしっかりと魔王をとらえていたヨームは魔王の隙を狙って目にも留まらぬ速さで背後から一直線に飛び込んだ。


完全に魔王の死角をついた攻撃にもかかわらず、ヨームの攻撃を予知していた魔王は自身の周りに魔法で半透明の障壁を展開してヨームの攻撃を防いだ。


しかし、ヨームの勢いまでは殺しきれず、バリアを展開したまま魔王はヨームに押し飛ばされるようにバリアで地面を削りながら吹き飛ばされた。


そしてすかさずヨームは追撃のために魔王に向かって飛び込む。


一瞬の暇も許さないヨームの怒涛の連続攻撃が繰り返された。




…オイラは、生まれた時から呪われた存在で、いつだってその呪いに苦しまされて来た。




怒涛の連続攻撃に耐えきれなくなったのか、魔王を覆うバリアに少しずつヒビが入り始めた。




…オイラは呪われた存在だから、ずっと生きてちゃいけないって思ってた。




追随を許さないヨームの連続攻撃によって、とうとう魔王を守っていた障壁は粉々に砕け散った。



…だからいままでなんども死のうと思った。そうしなきゃいけないって思ってた。




障壁が砕かれたことによって身を守るものがなくなった魔王にヨームは渾身のアッパーで追撃する。



…だけど、フィーネ様が言ってくれた。オイラに『生きろ』と命じてくれた。



そしてヨームは自分の攻撃で中に打ち上げた魔王よりもさらに天高く月夜に向かって跳んだ。



…フィーネ様がオイラに居場所をくれた。死なない理由をくれた。生きる義務をくれた。



雲よりも高く空に舞い上がったヨームは紅い月と輝く星々が彩る美しい夜の世界の中で生きる喜びを感じ、酔いしれるかのように目を閉じて重力に任せて地面へと落下し始めた。



だからオイラは、あなたのために生きてみせます。



やがて敵である魔王が視界に入るとヨームは自分の魔力を全力で解放し、はるか遠くからでも見えるほど強く輝く夜空を流る星のような巨大な電撃の輝きを見にまとった。



ありがとう、フィーネ様…



そのまま魔王に向かって光速で一直線に落ちながら叫んだ。


「スターダストボルテッカァァァァァァァ!!!!!!!!」



あなたのおかげでオイラは…呪われた存在じゃなくなったんだ。




そして、夜を真っ白に染めるほどの輝きと大地を揺るがす稲妻が世界に轟いた。











やがて紅く染まっていた月が穏やかないつもの姿に戻り、戦場に静寂が訪れた時、そこにいたのは血にまみれたローブに身を包んだマオと、夥しいほどの血を流して動かないヨームの姿があった。


「…大したもんだよ、魔王に返り血を浴びせるなんて」


そう言ってマオは目の前で横たわる亡骸を褒め讃えた。


そして安らかな顔をして永い眠りについているヨームの顔を一瞥し、黒い三角帽子を深くかぶって呟いた。


「私も…あなたみたいに幸せそうに死ねるかな?」


やがてヨームの亡骸は光に包まれ、小さな光の粒となって星へ向かって登り始め、そこにはセブンスジュエルだけが残った。


マオは何を言うでもなくその美しい宝石を拾って、光の粒に紛れて夜の空に消えて行ってしまった。


「次は…マサラ城、か…」


夜の空でそんなことを呟いた後、マオは愛おしい白馬の王子様を待ち焦がれる乙女のような甘い声で、こんなことを口にした。


「…あぁ、早く私を殺しに来てくれないかな?勇者様」


それはとても静かで、悲しい夜の出来事だったとさ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ