二人の魔王
コメディー?奴なら有休とって実家に帰ったよ。
太陽の光は分厚い暗雲に遮られ、雲から怒号とともに降り注ぐ雷だけがその地を照らしていた。
降り止まぬ雨にうたれながら、二つのおぞましいツノを頭につけ、大きなマントを背負った少女は瓦礫の山を見つめて惚けていた。
「ごめんね…ごめんね、マオ。約束、守れなかったよ」
もう何日もそこで泣いていたのか、衰弱した弱々しい声で少女はそう呟いた。
そして覚束ない足がぬかるんだ地面で滑り、少女はとうとう倒れそうになったが、間一髪のところで黒い三角帽子と黒いローブに身を包んだ少女が彼女を受け止めた。
「いいんだよ、ユキ。…もういいんだ」
そして少女は彼女の腕の中で目を閉じた。
「マオ、彼女は誰なの?」
雨風をしのげる巨大な木のウロでゴブリーはマオに二つのおぞましいツノを頭につけ、大きなマントを背負った少女の正体を尋ねた。
「彼女はユキ、私の代わりに魔王をして私をカモフラージュしていてくれたの」
マオは優しい手つきで横たわる少女を介抱しながらそう答えた。
「…カモフラージュ?」
そんなマオにメルは不思議そうにそう尋ねた。
「メル達も知ってるでしょ?。私達ボスNPCは通常、テリトリーの外から出てはいけない。そこから出たら大体ひどい目に合わされる…ババムートもその処置の一人。だから私は自分のテリトリーである魔王城から出て安全に外の世界を旅するには代わりに魔王を務めてくれる誰かが必要だったの」
「その代わりが…そのユキって人なの?」
「そう。…代役ありがとうね、ユキ。でももう大丈夫だから…」
そう言ってマオはキャラクター名などを変更できるアイテムのリネームカードを取り出し、目の前の少女の名前をユキに変更させた。
その後、マオは静かに語り始めた。
「ユキはね、プレイヤーなの」
「プレイヤー?」
「そう、元々は魔王である私を倒しに来た冒険者…だけどその当時の私は自分が魔王だなんて認めたくなくて塞ぎ込んでて…自分を倒しに来た冒険者が目の前までやって来たっていうのに、自分の身が危ないっていうのに…なんのやる気にもなれなかった。多分あの時の私は何にも興味が持てなかったんだよ、魔王にも、冒険者にも…自分の命でさえも…」
うつむきながら淡々とそう語るマオの姿はこれまでの明るかった彼女が嘘のように淡白なものであった。
「ユキはそんなやる気のない魔王を見て、怒り出したのよ。『こんな魔王じゃつまんない!!』って。それからユキは私が魔王としてやる気を出してくれるようになるまでむりやり魔王城に住み着き始めたの」
「うわぁ、凄い執念だ」
「それからユキとは色んな話をしたの…正確には一方的にされただけだけどね。ユキは自分の冒険話を延々と自慢してたの。色んな人が行き交う城下町の話、水面に写った空を歩ける湖の話、太陽と共に歩む遊牧民の話…どれもこれも何度も何度も嫌になるくらい聞かされた。でもどんな話よりも、私の印象に残っていたのは楽しそうに語る彼女の顔。『私もここを抜け出して世界を旅すれば、彼女のように笑えるのかな』って、そんなことを思うようになった。そして彼女はある時、私にこう言ってくれた。『魔王だなんて…そんな名前、君には似合わない』。そう言ってユキは私にマオって名前を与えてくれた。『なんで?』って尋ねたら、彼女は悪戯に笑いながら『そっちの方が可愛いでしょ』って答えてくれた。…私はすごい嬉しかった。魔王として生まれ、魔王としていずれ滅ぼされる運命に、ユキは一筋の光を与えてくれた。そして私は彼女に引っ張られるままに魔王城を飛び出して…目も開けられないくらい眩しく輝く稲妻の光をこの全身で浴びたの」
マオの話を、ゴブリーもメルもどこか自分と重ねて黙って聞いていた。
「ユキは私の代わりに魔王を引き受けてくれるって言ってくれたから。私は冒険に出かけることができた。だけど、私の中の魔王はいずれ目を覚まし、この世に破滅をもたらす。その前に、私は魔王を滅ぼさなければならない…私の身体ごと。だから私は自らの使命と自らの夢の折半案として、『私を滅ぼすための冒険』に出かけることにした。そして勇者が召喚されるあの洞窟で勇者様の召喚を待ち、そして…二人に出会った。…これが私の話。ごめんね、こんな重たい話聞かせちゃって」
最後にマオはそう言ってぶっきらぼうに笑ってみせた。
そんなマオにゴブリーは怒鳴るように叫んだ。
「『ごめんね』なんて言うなよ!!仲間だろ!?」
突然声を荒げて叫び始めたゴブリーをキョトンとした顔でマオが見ていると、ゴブリーが続け様に口を開いた。
「それになんだよ!?『私を滅ぼすための冒険』って!?。そんなの全然楽しくないよ!!。冒険っていうのはもっと…自分のためにするものだろ!?」
「でも、ゴブリーだって見たでしょ?魔王の恐ろしさを。アレでまだ半分くらいしか覚醒してなかったんだよ?。完全に覚醒させちゃったら…この世界は魔王に支配されるんだよ?」
「たしかに魔王は強かった。まるで勝てる気なんてしなかった。だけど、その魔王を倒すにはどうしても犠牲が必要だなんて思わない!!。魔王を倒して、マオも救う方法だってあるはずだ!!」
「もう時間は残されていないの。魔王は絶対に蘇らせてはいけない…お願いだからそんな甘い考えは捨てて、勇者様」
「嫌だ!!もう嫌なんだ…誰かが犠牲になるなんて…もう…」
ゴブリーは胸にかけた『必中のルビー』を強く握りしめながらそう言った。
「そうだよ、マオ。方法は必ずあるはずだよ」
メルもゴブリーと同様にそう言ってマオを説得しようとした。
「ダメだよ、もう時間はほとんど残ってないんだ。私たちがやるべきことは魔王が完全に目覚める前にセブンスジュエルを7つ集めて、魔王を滅ぼすことなんだよ」
「でも、セブンスジュエルを手に入れるにはセブンスを殺さなきゃいけないんでしょ?そんなのダメだよ」
ゴブリーはセブンスジュエルを残して亡くなったアイやファイのことを思ってそう口にした。
しかし、そんなゴブリーにマオは冷徹にこう言い伏せた。
「たかが七人の命で魔王が倒せるなら、安いもんでしょ」
「マオ!!」
マオの言葉にゴブリーが声を荒げたが、マオはそれよりも大きな叫び声をあげた。
「だって魔王が蘇ったら、みんな殺されるんだよ!!」
どこか狂乱に満ちたその声にゴブリー達が何も言えないでいると、マオは続け様に叫び始めた。
「魔王が蘇ったら、7人なんて目じゃない。何百、何千…いや、きっと何十万の命が奪われる。そんなの絶対ダメ!!私の身体がそんな数え切れないほどの命を奪ったとしたら…私は…私は…」
マオの瞳から、一筋の涙がこぼれた。
「…それでも、僕は誰も死なない道を見つける」
そんなマオにゴブリーは強い意志の秘めた瞳でそう口にした。
「そっか…優しいんだね、勇者様」
マオはそう言って涙交じりにニッコリ笑った後、静かにこう口にした。
「でも…それじゃあ甘いの」
それと同時にマオは魔法を使い、ゴブリー達が避難している巨大な木のウロに突風を呼び寄せた。
ゴブリー達が突然の突風に思わず目を閉じてしまい、突風が病んで目を開いた時にはそこにマオの姿はなかった。
「マオ?…マオ!?」
ゴブリー達が急いで外に出ると、暗雲立ち込める空に混じってマオが宙に浮かんでいた。
「ユキのこと、よろしくね」
そう言い残してゴブリー達に背を向けてマオがその場から去ろうとした時、ゴブリー達の後ろからユキが姿を現した。
「マオ…これは一体…」
状況のわからないユキが不思議そうに宙に浮かぶマオを見上げていると、マオは悲しそうにこう口にした。
「ありがとう…そして、さようなら、ユキ」
そして、瞬く雷の光に紛れて、マオはその場から消え去ってしまった。
「追いかけなきゃ!。きっとマオはセブンスジュエルを手に入るためにセブンスを殺す気だ!!」
「でも、追いかけるって…どうやって!?」
当然のマオの逃避行にゴブリーとメルが慌てているとユキが口を開いた。
「セブンスジュエルは他のセブンスの居場所を示す力がある。…君達の首にかけてるの、セブンスジュエルでしょ?。それを空に掲げてみてよ」
ユキにそう言われたメルとゴブリーは言われるがままセブンスジュエルを天にかざした。
すると、二つのセブンスジュエルから放たれた一筋の光が同じ方向を指した。
「おそらくマオもその光の先に向かったはずだよ。…一緒にマオを止めてくれる?」
「もちろん!」
「仲間だもん!」
「よし、行こう!!友の元へ!!」
こうして、ゴブリーとメルはマオを止めるために新たなる仲間であるユキと共に新たなる冒険に出かけることとなった。
「セブンスジュエルは一体どこを指し示してるんだろ」
そんなゴブリーの質問にユキは少し考えてからこう口を開いた。
「あの光の方向は…おそらく奴隷の街、スレイブタウンだと思うよ」
いま、スレイブタウンに魔王の陰りが迫ろうとしていた。