剣(売った)と魔法(使えない)の世界
最近、プレイヤー達の間で噂になっていることがある。
「聞いたか?始まりの草原が一瞬で荒地に変わったっていう話」
「あぁ、しかもあれはどうやら自然現象なんかじゃなくて、強力な力を持ったモンスターが暴れたって話だろ?」
「人によっては巨大な斬撃のような技を放つモンスターだとか、ドラゴンが暴れた跡だとかなんとか…」
「序盤特有の戦ってはいけない強敵かもな…」
「あぁ、このゲーム、いろんなところでプレイヤーを殺しにかかって来てるからな。気を付けないと…」
プレイヤー達で溢れる酒場には始まりの草原という街をすぐ出たところにある草原が荒地に変わっていたことの話で絶えなかった。
そんなプレイヤー達の話を小耳に挟んだユーキは例の草原へと足を運んだ。
「こいつはひでぇ…」
緑豊かだった草原がすっかり荒地へと変わってしまったことに、ユーキは思わず絶句した。
「間違いねえ、こいつはドラゴンの仕業だ」
根拠は無いが、ユーキの胸騒ぎがこれはドラゴンの仕業であると結論付けた。…もう一度言うが、根拠は無い。
というか、そもそもここが荒地なのは御察しの通り、人生詰んだ田中ちゃんとスライムさんの聖戦の跡である。
だが、ユーキ的にはここはドラゴンの仕業であって欲しいのだ。なぜならその方がファンタジーっぽいからだ。
「なんでこんな辺境の地にドラゴンが…。まさか…何かとてつもなく大きいことが起きようとしているのか…」
生気の枯れ果てた荒地に一陣の風が吹き抜ける。
ユーキはその風の行方を心配そうに見つめていた。
「嫌な風だ。なにか不吉なものを運んでやがる…」
真剣な表情で独り言を呟く。…もちろん、これもなんの根拠も無いことで、ただ単に言ってみただけだった。
だがその時、ユーキの近くで何か大きな衝撃音が聞こえた。それはまるで地面に何か大きな衝撃を加えて、地面に大きなクレーターができた時のような衝撃音だった。…具体的にはSTRがカンストしているキャラがゴブリンに通常攻撃を仕掛けたような音だ。
「今の音はなんだ!?」
しかも一度にだけでなく、少し遠くの森からここらでも聞こえるほどの衝撃音がなんども起きているのだ。
「あの巨大な衝撃音は一体…まさか、いるというのか?ドラゴンが…」
ドラゴンとの対面を予感したユーキはすぐさま森の方へと走って行った。
「ウラァ!!さっさと当たれよ!!コラァ!!」
一方、森では田中ちゃんが汚い言葉を吐き捨てながらゴブリンに向かって何度も何度も殴りかかっていた。
その拳の一撃一撃が周りの森林を巻き込みながら地をえぐり、月面クレーターを作り上げていたのだ。
「お、俺の妹がバーサーカーだった…」
その様子を少し遠くから見守るシン。ちなみに田中ちゃんとシンはパーティーを組んで一緒に旅をすることにしたのだ。シンからしたら自分が探していた妹であると信じている田中ちゃんを守ることが出来るし、田中ちゃんからしたら奴隷と肉壁を兼ねた実用的な消耗品が欲しかったので、2人の利害は一致し、パーティーを組むことになったのだ。…まぁ、田中ちゃん的にはレベル1でゲーム初心者のシンはいずれ捨てるつもりだなのだが…。
そういうわけで2人で町の近くのゴブリンの森を訪れ、武器も無いのでこうしてゴブリンと素手で対峙している。
「クッソ…そろそろ当たれよ!!」
一向に当たらない田中ちゃんの攻撃で徐々に形を失っていく可哀想な森。完全にただの環境破壊でしかない。
そして戦い始めて1時間後、田中ちゃんの拳によって森を半壊させた頃、ようやくゴブリンに田中ちゃんの拳が当たり、哀れにもゴブリンはあまりの威力に爆発四散し、チリも残すことなく消滅した。
「ふぅ…まだ、つまらぬ物をボコしてしまった」
ちなみにこの戦いで田中ちゃんのHPは残り15まで削れていた。そして、それと引き換えに得たのは2ブラッドだけである。…詫びしい。
そしてそこにちょうど音の正体を探っていたユーキが現れた。
「いまのは一体…」
田中ちゃんの最後の数撃ちゃ当たる理論で奇跡的にゴブリンに当たった攻撃だけをたまたま見てしまったユーキは戦慄した。
寝巻きのジャージを装備した女の子の攻撃がたった一発で地面をえぐり、森を壊滅に追いやるほどの威力であることに驚いているのだ。
「…あんた誰?プレイヤー?」
すぐそばで狼狽しているユーキに話しかけた田中ちゃん。
話しかけられたユーキはマジマジと田中ちゃんを眺めて、分析をしていた。
…特に強い装備をしているわけでも無い…職業もいたって平凡な戦士なのだろう。一見しただけでは全く強そうには見えない女子力が干からびた女の子。だが、能ある鷹は爪を隠すとも言うし…さっき垣間見た実力は本物…。
田中ちゃんの力を見定めたユーキはある決意をし、その場で土下座をした。
「俺を弟子にしてくれ!!」
「弟子?。なんで?」
「俺には力が必要なんだ!!。奪われた大切な人(鍛冶屋のオヤジ)を取り戻すために!強大な敵(運営)と戦わなければいけないんだ!!。だから頼む!俺を弟子にしてくれ!!」
「…まぁ、いいよ」
突然、弟子を志願したユーキに田中ちゃんも一瞬困惑したが、便利な肉壁が増えるのならいいかと軽い気持ちで承諾した。
「有難うございます!!これからは師匠と呼ばせていただきます!!」
「…ふむ、苦しゅうない」
師匠と慕われるのも悪く無いと思った田中ちゃん。
「…ところでさっきからそこにいる方はどなたでしょうか?」
さっきから田中ちゃんの横で空気になっているシンが気になったユーキ。
「あぁ、こいつは…えっと…」
「兄のシンです」
シンの妹を偽っている田中ちゃんが困っていると、勝手にシンが自己紹介を始めた。
「なるほど、師匠のお兄様ですか!!」
「う、うん…まぁね」
代わりのより良い肉壁が見つかるまではシンを利用するために妹を名乗ることにした田中ちゃんはめんどくさいことになったが、とりあえず肯定しておくことにした。
「それじゃあ、これからよろしくお願いします!!お兄様!!師匠!!」
こうして、運営に復讐を誓ったユーキがパーティーに加わった。
このゲーム、最大4人までパーティーを組めるのだが、とりあえず3人いればもっと本格的に冒険を始められると考えた田中ちゃんはこの時、ようやく最初のダンジョンを攻略することを決意した。
次回、ようやく本格的な冒険が始まる…はず…。
おまけ
ユーキ「そういえば、師匠とお兄様の職業はなんなんですか?ちなみに俺は戦士です」
シン「僕も戦士だね」
田中「…戦士」
脳筋パーティー、爆誕!!。