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この手を離さぬように 後編

「大きいね」


おっとりとした声だが、普段とは違い、その声色には覚悟が見られた。


「怖い?アイ」


「ううん、怖くないよ。ファイが一緒だもん」


「僕もだよ、アイ」


二人の少女は大きな…天を貫くほど大きな巨人に向き合い、その手を固く結んだ。…その手を離さぬように。








「マオ、一体あれはなんなんだ!?大魔獣ティエルってなんなの!?」


巨人を目の当たりにして、慌てふためくゴブリーにマオは返答した。


「その昔、国を守るために禁忌に手を出した緑が大好きな優しい王子様の成れの果て…。いまはただ破壊の限りを尽くす化け物さ。一度滅んだはずなのに…今更になってどうして…」


「ねえ!あれを見て!」


巨人に比べたら米粒のような大きさだが、それでもメルの肉眼でも見えるほど大きな炎と氷の塊が巨人に向かって飛んでいくのが見えた。


「アレってもしかして…アイとファイ!?」


「行こう!!僕達も加勢するんだ!!」


そう言ってゴブリーとメルが病院を後にしようとするが、マオはまだ疲労が回復し切ってないようでふらついていた。


「マオはそこで休んでて!!」


ゴブリーがそう声をかけ、二人は出て行ったが、それでもマオは二人を追いかけるべく立ち上がろうとした。


「何をしておるのじゃ!!けが人は安静にしておれ!!」


医者(幼女)が立ち上がろうとするマオを押さえるが、それでもマオは立とうとするとことを止めなかった。


「なぜだ!?なぜそこまでセブンスジュエルに固執するのじゃ!?」


アイとファイを想う医者はマオにそんなことを尋ねた。


「なんでって…決まってるわ。魔王を滅ぼすためよ」


「だがしかし…それではお主が…」


医者が何かを伝えようとした時、マオは魔法を使って医者を吹き飛ばし、そのままゴブリー達を追って走って行った。


「待て!!待つんじゃ!!」


医者の制止の声も虚しく、マオはふらついた足取りで走り去ってしまった。


「なぜだ…なぜお主がそこまで…」


マオが走り去って行った方角を見つめながら医者はそう呟いた。


そして、その場で両手を組んで祈り始めた。


「神よ…どうかあの子らにご加護を…」


自分の無力さを呪いながら、医者はせめてもの想いで祈りを捧げた。










街の外れでは巨人のうねる様な咆哮と、天を燃やし尽くすほどの業火と地を凍りつかすほどの冷氷で埋め尽くされていた。


「さすがに相手もタフだね」


「こうなったら…やるしかないか?」


「そうだね、本気を出すしかないね」


二人は目を合わせて頷き合い、そして繋がれたその手を離した。


お互いに相殺し合っていた力が解放され、あたり一面は灼熱と大氷の海と化した。


それと同時にファイの右半身は炎に包まれ、アイの左半身は氷に包まれた。


「いくよ、ファイ」


「大丈夫だよ、アイ」


ファイは背中からジェット噴射の要領で炎を放出し、その力の反作用で空を飛んだ。


アイは空中のいたるところに氷を呼び出し、それを足場にして空に待った。


二人が動き回り、ファイが右側から、アイが左側から巨人に迫り、二方向から同時に攻撃を仕掛けた。


しかし、そこにいたはずの巨人は一瞬のうちに姿を消し、二人の攻撃は空回り、二人は巨人がいたはずの場所で交差した。


「一体…どこに!?」


「上だよ!!ファイ」


巨人にあるまじきスピードで上空に飛んで二人の攻撃を華麗に避けたティエルはそのまま二人に向かって落ちてきた。


空から落ちてきた巨人の攻撃はまるで巨大な隕石が追突したかの様な衝撃を辺りに撒き散らし、周りの一切合切を吹き飛ばした。


「アイィィィィィィィ!!!!」


「ファイィィィィィィィ!!!!」


衝撃に巻き込まれて吹き飛ばされた二人はセブンスジュエルが無い方の手でおたがいににぎりあい、二人の力で衝撃に耐え凌いだ。


「はぁはぁ…なんて力なの!?」


「いや、それよりも脅威なのは巨人にあるまじきあのスピードだ」


巨人らしからぬ超スピードを前にファイはそんなことを口にした。


なぜこんなにも大きな巨人がここまでのスピードを誇るのか、その詳細は話さないが、補足として述べておくと、このゲームはバフもデバフも時間経過で効果が消えない。


まるで誰かさんに最大限まで強化されたDEX強化魔法でDEXが底上げされた様な素早さを誇る巨人に二人は苦戦を強いられていた。


それでも二人は息のあったコンビネーションで攻めるが、巨人には今一歩届かない。そしてもう一つ、不思議なことに巨人はアイには見向きもせず、ファイを一方的に攻撃していた。


「ファイばっかり狙って…許さない!!」


アイは巨人の足を凍らせ、動けない様に拘束した。


その隙を狙ってすかさずファイが詰め寄った。


そこを素早く動く龍の様に大きく伸びる両腕がファイへと襲いかかる。ファイはジェットを逆噴射して寸前のところでブレーキを図り、間一髪で直撃は避けたが、あまりに巨大で素早く動く腕から巻き起こされる突風で吹き飛ばされてしまった。


体勢を崩され、ジェット噴射による飛行が不安定になったその隙をついて巨人が腕でファイを上から叩きつけようとした。


まるで天そのものが落ちてくる様な巨大な一撃に逃げ場のないファイが死を覚悟したその時、ファイの頭上に分厚い氷が出現し、巨人の一撃を一瞬だけ食い止めた。


しかし、強大すぎるその一撃に耐えきれなくなった氷は徐々にひび割れ、巨人の攻撃を受け止め切ることができずに崩壊した。


氷のおかげで勢いが弱まったとはいえど、それでも天を振り下ろすかのような一撃はファイに大ダメージを与えるのには十分なものだった。


「ファイィィィィィィィ!!!!!」


激しく叩きつけられ、地面へと真っ逆さまに落ちていくファイをキャッチしようとアイがファイの手を握ったその時…


「ゾノビウォゲゼェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!!!!」


巨人の鼓膜をえぐるような怒り狂った咆哮が辺りに百里にこだました。そんな轟音を間近で耳にしてしまったアイは集中力を抉られ、辺りに形成していた氷の強度が弱まってしまった。


それによって巨人の足を拘束していた大氷が割れ、ビルのように巨大な巨人の足が二人に襲いかかる。


避けられぬことを悟ったアイは投げ飛ばすかのように、ファイと繋がれた………その手を離した。


「アイ…?」


「ごめんね、ファイ」


そう言ってアイはいつものようにおっとりとした表情を浮かべ、笑って見せた。そして、容赦のない巨人の足がアイを空高く蹴り上げた。


「アイィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!」


先ほどの巨人の叩きつけ攻撃で致命傷をくらい、まともに動けないファイは届くはずのないほど空高くまで舞い上がったアイへと手を伸ばした。


この手を離さぬよう…この手を離さぬよう………この手だけは離さぬように誓ったはずのその手へ向けて…。


手を伸ばしたまま地面に落ちたファイのそばに人形のように動かないアイがぐしゃりと音を立てて地面に叩きつけられた。


「ア…イ…?」


動かぬ体を必死に引きずって、ファイはアイに近づき、その手を伸ばした。


しかし、ぐしゃぐしゃに体を潰されたその身体で息を保つことなど不可能であるとファイも悟ってしまった。


アイの死を実感するたびに、身体が焼けるような痛みが強くなり、溢れるはずの涙が乾いていくことが分かった。


最愛の人の喪失に、ファイの意識が崩れ始め、煉獄の怒りがファイを支配し始めたその時、ゴブリーとメルがその場に現れた。


「アイ…ファイ…」


誰がどう見ても死んでいることがわかるほど損傷したアイの遺体と、ボロボロになっているファイを見つけて、二人は絶望していた。


そんな二人の姿が目に入ったファイは残った力を振り絞って声を出した。


「アイを連れて…ここから逃げて…」


「に、逃げるって…だけどファイ…」


「いいがら早ぐ!!!!!」


煉獄の怒りに飲まれそうになる意識の中でファイは力一杯叫んだ。


ファイから何かとてつもない力を感じ取ったメルは人形のように動かないアイを抱えて、ゴブリーに声をかけた。


「行こう、それが私達の出来る精一杯だよ」


メルの言葉を聞いて頭では分かってはいるがどうしようもない不条理に対する怒りとの葛藤でその場を動けなかったゴブリーだが、自分の無力さに憤慨しながらも渋々その場から離れた。


もはやかける言葉すらわからない二人は自分に課せられた使命を全うするために振り返ることなく走り始めた。


走り去る二人を見送り、心残りがなくなったファイは安心して、自らを支配しようとする煉獄の怒りに身を任せた。


その瞬間、天を貫く巨人をまるまる覆えるほどの巨大な火柱が立ち上った。


もう、何をしたってアイは戻らない。だから…今からやることに意味はないし…相手は誰でもいい。


誰でもいいから…このどうしようもない怒りをぶつけさせてくれ…。


その火柱の中心で全身を灼熱に纏う少女の心に声がこだまする。


誰でもいい、誰でもいい誰でもいい誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!誰でもいい!!

























だから…お前でいい。

















火柱の中から灼熱の炎を全身に纏った何かが出てきた。その何かは一心に目の前にいる巨人を見つめた。その瞳に恨みや憎しみなどない、ただどこまでも深い怒りだけが宿っていた。


火柱からこみ上げる炎が徐々に辺りに火を撒き散らし、さらに火が炎を巻き起こし、炎が業火を呼び覚まし、業火は灼熱の海へと姿を変えた。地は煉獄の灼熱で埋め尽くされ、その海からは龍のようにうねる炎が度々立ち上った。まるでこの世に地獄を投影したかのようなその光景に巨人は狂ったように咆哮を上げた。


「ゾノビウォゲゼェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!!!!」


しかし、辺りに百里を恐怖に震えさせるようなその咆哮はアッサリと灼熱の海に飲み込まれ、姿を消してしまった。


怒り狂った巨人がこの煉獄を作り出した何かに向かって龍のような腕を伸ばすが、その腕は地上を埋め尽くす灼熱の海から立ち上る巨大な火柱に飲み込まれ、灰となって消え失せた。


「ゾノビウォゲゼェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!!!!」


それでも巨人は攻撃をやめる気配はなく、この煉獄の支配者に向かって飛びかかってきた。


巨人とは思えぬほどの速度で全身全霊をかけて飛びかかったにも関わらず、煉獄の支配者が腕を天に掲げたその瞬間、数多の火柱が灼熱の海から立ち上り、巨人の残った四肢を焼き尽くし、巨人はなすすべも無くその場に倒れた。


それと同時に今度は煉獄の支配者が手を前に掲げた。


すると、煉獄を満たしていた灼熱の海が大きく波打ち、渦をなしながら支配者の掌へと飲み込まれ、圧縮されていった。


辺り一面を満たしていたはずの灼熱の海が支配者の掌で野球ボールほどの大きさまで圧縮されると、今度は自身を覆っていた炎をもその球体へと圧縮させた。


「ははは…今になってコントロール出来るようになるなんて…皮肉なものだ…呆れるほどに。そして残酷だ…どうでもよくなるほどに」


纏っていた炎が消え、元の少女の姿を晒したファイが無気力にそんなことを口にした。


そして、あり得ないほどのエネルギーを濃縮させた炎の球体を手に、今度は優しい口調で巨人に話しかけた。


「ごめんな。…お前も、ただ何かを守りたくて必死なだけだったのにな」


憎しみを込めた瞳でファイの手にある炎の塊を睨みつける地に倒れた巨人の頭にファイはそう言ってそっと手を置いた。


「それじゃあ…おやすみ」


そして…全てを炎が飲み込んだ。














「…ファイ」


何も無くなった土地に横たわるファイにメルが声をかけた。


「…メル、か」


もはや感覚すらほとんど残ってないファイは霞む視力でなんとか自分に語りかける者の正体を当てた。


そしてそれと同時に、ほとんど消えかけていた感覚でも分かるほどに繋いできた手が自分の手に繋がれていることに気がついた。


「アイを…綺麗にしてくれたんだ」


蘇生させることは無理でも、ぐちゃぐちゃに崩れたはずのアイの身体をメルとゴブリーはなんとかつなぎ合わせ、血を拭いて綺麗にしていたのだ。


「一つ…いや、二つ、君達にお願いしたいことがある」


ファイは力を振り絞ってゴブリーとメルに声をかけた。


「なに?ファイ」


もはやファイの死を止める術がないことを悟っていたゴブリーはせめて出来ることをやる覚悟はしていた。


「僕達が死ねば…僕達の亡骸は消えて、セブンスジュエルだけが残る。それは君達にあげるから…せめてアイのそばにいさせて欲しい。僕達をこれ以上引き離さないで欲しい」


「…わかった。必ず二人を離れ離れになんかさせない!!」


ゴブリーは涙ながらにファイの一つ目のお願いを聞き届けた。


「もう一つのお願いは?」


「もう一つは…君達の手で、僕を殺して欲しい」


「どうして?」


「これだけボロボロになっても…呪いの力が消えたわけじゃない。このままだと力を抑えられない。だからその前に…君達の手で…僕を…」


「そんな…そんなこと…出来るわけ…」


大切な友人である彼らをこれ以上苦しめることなど、ゴブリーには出来なかった。


そんな躊躇う二人を見て、ファイが振り絞るかのように必死に声をかける。


「お願いだ。…僕の手が…大切な人を焼き尽くす前に…」


「…分かった」


ファイのお願いを叶えるべく、邪魔になる感情を押し殺し、覚悟を決めたメルが懐からナイフを取り出した。


そして、友の最後の願いを叶えるべく、震えた手でナイフを振り上げた。


「私のこと…恨んでくれていいよ?」


「…君は悪くないよ」


最後の言葉を聞き届けたメルは一思いにナイフを友へと突き立てた。


祈るように握られたナイフを離すことなく、メルはしばしそこから動かなかった。


やがて身体をふるわし、瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。


友を失った悲しみと、友を助けられなかった己の不甲斐なさに二人は涙を流し続けた。


それと同時にメルの手によって願いが叶えられたファイとアイの身体がキラキラと輝き始めた。


ファイとアイの身体は徐々に光の粒となり、空へと立ち上っていく。星の川となって消えていき、二人の手に包まれた美しい二つの宝石だけがそこに残った。


「…大丈夫、絶対に二人を離れ離れになんかさせない」


二人の形見を拾い上げたゴブリー。するとそれを見ていたメルが懐からなにやらペンダントのようなものを取り出した。そしてそのペンダントとセブンスジュエルを器用につなぎ合わせ、二つのペンダントを作った。


「私達がこれを身につけれいれば、二人は決して離れ離れになんかならないよ」


メルは『必中のルビー』を飾り付けた方のペンダントをゴブリーに渡した。


「そうだね。僕達が一緒なら…二人もずっと一緒だ」


「だから、離れないようにこれからも一緒に旅をしよう」


「うん、この世界を君とどこまでも旅しよう」


こうして、二人が友への約束を守るべく誓いを立てたその時…地面から吹き出したマグマがゴブリー達を囲んだ。


「な…これはなに!?」


「このマグマは…まさか!!」


見覚えのある光景に嫌な予感が頭をよぎったゴブリーが空を見上げると、そこにはトカゲのような長い尻尾に、ワシのような大きな翼をつけた少女が佇んでいた。


「久しいのう、ゴブリーよ」


「竜王バハムート…」


「どうして私たちの居場所が…」


「ふっふっふ…お前達を見つけることくらい、我にとっては朝飯前なのだ」


そしてバハムートは暗雲に覆われる不吉な空を指差しながらこんなことを口にした。






「この空がある限り、な」



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