この手を離さぬように 前編
ここからしばらくゴブリー達のお話となります。
物心ついたころに僕達は手を繋ぎ、ずっと一緒に育ってきた…この手を離さぬように。
だから私たちはいつも一緒、孤独を二人で半分こしてきた…この手を離さぬように。
いつも周りから疎まれ蔑まされても、僕達は励ましあった…この手を離さぬように。
それでも辛い時は、少し力を入れて強くにぎり合う…この手を離さぬように。
君さえいればいい、だから力強くにぎり合う…この手を離さぬように。
他に何もいらない、だからこの手を決して緩めない…この手を離さぬように。
この手を離さぬように、この手を離さぬように。
この手を離さぬように、この手を離さぬように。
僕のこの手が君を…私のこの手があなたを…。
壊してしまわぬように…。
「くそ!!なんでこんなにモンスターが湧いてくるんだ!?」
「ごめん、私のせいかも!!」
火山の街、ボルケノを目指していたはずのゴブリー一行はオオカミのような姿をしたモンスター『ファウンドウルフ』の集団に襲われていた。
「メルのせいってどういうこと!?」
疲労で倒れて眠ってしまっているマオを背負いながら逃げ回るゴブリーがメルに問い出した。
「私を構成するブラッドのエネルギーに引き寄せられて集まったんだと思う!!」
エネルギーが敵を引き寄せるのは身体がブラッドで構成されているメタルゴブリン一族の呪いとも言える宿命であった。
「だから…ごめん、ゴブリー」
「いいよ、そんなの覚悟の上だから!!」
マオを背負いながらゴブリーは隙を狙っては持っていた棍棒で攻撃を加えるヒットアンドアウェイ戦法を繰り返していた。
しかし、多勢無勢、数で勝るファウンドウルフはじりじりとゴブリー達を追い詰めていた。
「くそっ…ここまでか…」
とうとうファウンドウルフの群れに囲まれ、ゴブリー達は逃げ場を失い、絶体絶命のピンチに追い詰められた。
「こんなところで…こんなところで死んでられるかあああああ!!!!」
ゴブリー達を囲む1匹のファウンドウルフがゴブリーへ襲いかかろうとした時、ゴブリー達を覆うように炎の壁がファウンドウルフの前に立ちふさがった。
それと同時にファウンドウルフはみんな一斉にある方向を振り向き、なにやら危険な気配を感じたのか、逃げるようにその場を去っていった。
「…な、なんだ?」
ゴブリーがファウンドウルフたちが見つめていた方向を見ると、そこには二人の小さな子供が手を繋いで立っていた。
「…あら?どなたかしら?」
「きっと冒険者だよ、アイ」
「冒険者かぁ、よくわかるね、さすがはファイだね」
おっとりとした雰囲気の青くて長い髪を持つ少女と、見知らぬゴブリー達に鋭い視線で警戒をする赤くて長い髪をもつ少女。二人の顔はそっくりでおそらくは双子であることが見受けられた。
「…君達は?」
「私はアイ。こっちがファイだよ」
おっとりとした青い髪の方がそう答えた。
「アイ、あんまり迂闊に名乗っちゃダメだよ」
「あ、そっかぁ…ごめんね、ファイ」
二人は終始手を繋いだまま離そうとしなかった。
「あらぁ?もしかしてそちらの人、怪我してるの?」
アイはぐったりと倒れたマオを見つめながらそんなことを尋ねた。
「怪我ではないけど…でもさっきから様子が変なんだ」
マオは初めは安らかに眠っていたが、今は大量の汗をかき、呼吸も荒く、時折魘されるように声をあげていた。
「大変!!街までまだ距離もあるし…私たちの家で休んでもらいましょう、ファイ」
「ダメだよ!!この人達まで巻き込まれるかもしれない」
「でもぉ…このまま見捨てちゃうの?この人が街まで持たずに死んじゃったら…私、悲しいよぉ」
アイは目をウルウルさせながらファイを説得した。
「アイ…でももしかしたらこの人達まで…」
「大丈夫だよ、ファイ。私達が…この手を離さぬようにすれば…」
そう言ってアイはファイを握る手に力を込めた。
「…わかったよ、アイ。それじゃあ、早速案内するから着いてきて」
そう言って双子の二人はゴブリー達を町の外れにある小さな小屋へと案内した。
その間も二人は手を握りしめたままだった…その手を離さぬように。
「ここが私たちの家だよ」
「あんまり綺麗じゃないけど…上がりなよ」
二人に案内されたのは素朴な木製の小屋であった。部屋の中は質素なベッドが一つ、そして二人がけのソファに調理器具、それと近くの森で取れた花で作ったと思われる花飾りがちらほらと点在していた。しかし、よく見るとその花飾りは半分は綺麗に整っているが、もう半分は歪な形をしていた。
「とりあえずその子をベッドで寝かせてあげな」
ファイの案内でマオはベッドに横になった。
それでもファイは苦しそうに息をしていた。
「ファイ、なんとか出来ないかな?」
「まだ安らぎ草の粉末が残ってたよね?それを使おう」
「なるほど、さすがはファイだね!!」
二人は手を繋いだまま台所の方へ赴き、薬紙に包まれた薬を持って来てマオに与えた。
片手を繋いだままなので、それぞれ余った手を器用に連携させ、まるで二人で一人の人間であるかのように素早く処置を施した。
程なくして薬が効いたのか、マオの症状が落ち着き始めた。
「ふぅ…とりあえず大事には至らないだろうけど、医者に見せた方がいい。明日にでもここを出て町の医者に診てもらいな」
「ファイ、せっかくのお客さんなんだからそんな冷たくしないの。今夜はもう遅いから、ここで休んで行ってね」
こうして、ゴブリー一行は一晩二人の元に泊めてもらうこととなった。
「マオ、だいぶ落ち着いたね」
「うん、とりあえずは大丈夫そうだ」
ベッドに横たわったマオを見つめながら二人はそんなことを口にした。
「いま晩御飯作るから待ってて」
「よかったな、お前ら。アイの作るご飯は美味いぞ」
「ファイ、違うよ。二人で作る晩御飯だよ」
そんな会話をした後、二人は調理を開始した。
ファイの魔法で竃に火を灯し、アイがいろいろと調味料を入れてなにやら煮込み始めた。
料理中も二人が手を離すことはなく、アイが空いた手で鍋をかき混ぜながら、ファイは近くに置いてある調味料を手に取り、片手で適当に入れていた。二人の息はぴったりで特に会話することもなく、二人で料理をしていた。
「…変わってるよね」
そんな二人を見ていたメルがそんなことを呟いた。
「そうだね。なんで手を離さないんだろうね」
「それもそうなんだけどね…どうして二人はこんな町外れに住んでるんだろう」
「…なんでだろうね」
謎だらけな二人だが、二人ともお互いを大切に思っていることだけはゴブリー達にも感じ取れた。
その後、料理が完成し、四人は共に食事を取った。
料理は簡易的なスープであったが、暖かくて優しい味がして美味しかった。
そして食事の最中、アイがゴブリーとメルをジロジロと見つめて、突然こんなことを尋ねて来た。
「二人は…付き合ってどれくらいなの?」
唐突な質問にゴブリーとメルは思わずむせて二人ともゴホゴホと咳き込んだあと、顔を真っ赤にしながら同時に反論した。
「べ、別に付き合ってないよ!!」
「え?そうなんだぁ…付き合ってると思ったのになぁ」
アイは残念そうにそう呟いた。
「ねぇ、ファイも二人はお似合いだと思うでしょ?」
「そうだね。僕もお似合いだと思うよ」
「だ、だからそんなんじゃないって!!」
ゴブリーもメルも二人して顔を真っ赤にしながら同時に否定した。
「ほら、やっぱりお似合いだよ」
「うんうん、息ぴったりじゃないか」
ゴブリーとメルの相性の良さをアイとファイはそう言って笑いながら茶化した。…あぁ、爆弾落としてえ。
しかし、そんな衝動をぐっと抑えて、今度はメルがアイとファイに質問をした。
「ねぇ、二人はどうしてずっと手を握っているの?」
メルの率直な質問にアイとファイは顔を見合わせ、悩ましげな顔をした。おそらく、事情を話すべきか迷っているのだろう。
「ゴブリー達なら話しても大丈夫だよ」
「そうだな。どうせ街に行けば知ることになるだろうし…」
そういうファイの顔には陰りが見えた。
そんなファイを差し置いてアイが事情を説明し始めた。
「私達はね、生まれた時から…いわば呪いのようなものにかかっているの」
「呪い?」
「私の呪いはね…放っておくと辺りのものをどんどん凍らせちゃう呪い…いわば氷の呪いにかかってるの」
「僕の呪いは発火の呪い。何もせずとも周りの物がどんどん燃やしてしまう呪い」
「氷と炎…正反対の呪いを持つ私達がこうして手を繋ぐことで呪いの力相殺されてるの」
「だからいまここで僕達が手を離せば、僕の周りは燃え尽きるだろうし、アイの周りは凍りつくだろうね」
「…どうしてそんな呪いが?」
「…やっぱり気になるよね」
ゴブリーの質問に二人は一瞬、憂鬱そうな顔をした。
しかし、すぐさま元のおっとりとした表情に戻ったアイが説明を始めた。
「セブンスって知ってる?」
「セブンス?」
「セブンスジュエルっていう伝説の7つの宝石の存在くらいは知ってるだろ?」
「セブンスジュエル…マオが言ってたな」
魔王の力を弱体化させるために必要であることをマオが言っていたことをゴブリーは思い出した。
「セブンスジュエルは普通の宝石とは違って、生き物から生まれてくるの」
「そのセブンスジュエルを身体の一部に宿した者がセブンス」
「セブンスはセブンスジュエルがもつ強大な力を抑えきれず、何かしらの形で暴走させてしまっているの」
「そう…僕達みたいにね」
「…じゃあ、もしかして二人は…」
「そうだよ、私達が…」
「そのセブンスだ」
そう言うと二人は繋いでいた手を少し開けて、その中がゴブリー達にも見えるようにした。アイとファイの手のひらにはそれぞれ青と赤の宝石が埋め込まれていた。
「私の青い宝石は『知識のサファイア』…別名『時空の眠り』」
「僕の赤い宝石は『必中のルビー』…別名『煉獄の怒り』」
アイとファイのそれぞれの手に埋め込まれた宝石は引き込まれるような魔力を帯びていた。
二人の宝石から目が離せなくなったゴブリーはゴクリと唾を飲み込んだ。
「…欲しい?」
宝石に食いついてきたゴブリーにアイは悲しそうな目をしながらそんなことを尋ねてきた。
「…仲間が、魔王を倒すために必要だって…」
セブンスジュエルが人体に埋め込まれたモノだと知る由もなかったゴブリーは申し訳なさそうにそんなことを口にした。
「そうなんだ…でもごめんね、これはあげられない」
「セブンスジュエルを失ったセブンスは死ぬ…そういうものなんだ」
「だからあげられない。私はファイと離れるわけにはいかないもの」
「僕もアイを離すわけにはいかない。一人ぼっちは嫌だから」
「私達は生まれた時からずぅっと一緒」
「僕達はどんな時でもこの手を離さない」
「それでもあなたたちは…」
「僕らのこの手を引き裂くかい?」
お互いに手を強く握りしめ、まっすぐにゴブリー達を見つめて問いかけた。
そんな二人を直視できないゴブリーは目を伏せた。
…出来るわけがない。
「無理だよ。少なくとも僕には二人を引き裂けないよ」
まだセブンスジュエルの力をよく把握できていないゴブリーには二人を殺してでも奪いたいなどとは微塵も思っていなかった。
「…よかった、ゴブリーならそう言ってくれると思った」
アイはそう言って再びおっとりと笑って見せた。
「じゃあもしかして、こんな町外れに住んでいるのはセブンスジュエルを狙う人たちを避けるため?」
「それもあるけど、一番の理由は町の人たちに恐がられてるから…」
「私達の呪いがいつ暴走するか分からないからね」
メルの質問に二人は何食わぬ顔で答えた。
平然と答えているが、いろんな人に蔑まれ、命を狙われたであろうとゴブリー達にも容易に想像できた。
そんな二人の壮絶な日々を思い、ゴブリーが暗い顔をしていると、アイが明るい声で話しかけてきた。
「でもね、私はいつもそばにファイがいてくれたから全然辛くなんかないよ」
「僕も、アイがすぐ隣にいるから幸せなんだ」
満面の笑みでファイの顔を見つめるアイに対して、アイを見つめ返すファイの顔は照れ臭そうだった。
どんなに辛い出来事も、二人だから怖くない、君さえいればいい。
二人を見ていたゴブリーの頭にはそんな言葉がよぎった。
こうして、一晩中いろんなことを話して夜は更けていった。
翌朝、二人は町の医者にマオを診てもらうためにボルケノへと旅立った。
「昨日は楽しかったよ」
「また、何かあったらここに寄ってくれ」
見送りに来てくれたアイとファイがゴブリー達に大きく手を振ってくれた。
ゴブリー達も二人に大きく手を振り返し、別れを惜しんだ。
「私も…あの二人の気持ちがちょっとわかるな」
あの二人と同様、メルもまたメタルの呪いにかかって生まれた存在。そんなメルはあの二人とどこか似た境遇をおくって来たのだろう。メルの寂しそうなその言葉にゴブリーはどんな返事を返せば良いのか分からなかった。
「でもね…いまはゴブリー達がいるから楽しいんだ」
笑ってそう語るメルの姿を見て、ゴブリーは嬉しくなった反面、なにが胸がキュウっと締め付けられる思いに駆られた。
その後、何事もなく順調にゴブリー達はボルケノへと辿り着き、医者にマオを診てもらった。
「…恐らくは過労じゃろうな」
雰囲気だけは年老いているが、見た目は幼女な医者はマオを診てそんな診断を下した。
「よかった」
医者の診断にゴブリーはほっと息を撫で下ろした。
「応急処置が適切じゃった。どうやら安らぎ草を飲ませたのが功を奏したようじゃの」
「ファイ達のおかげだね」
メルがファイ達の処置に感謝していると、ファイの名前を聞いた医者の顔色が変わった。
「お前さん達…ファイ達を知っておるのか?」
「ええ…昨日家に泊めてもらったんです」
「そうか。ファイ達は…元気にしてたかの?」
「えぇ、二人一緒で元気そうでしたよ」
「そうかそうか…それは何よりじゃったわ」
医者は嬉しそうな反面、どこか心苦しそうであった。
「お主らは…あの二人の呪いについては聞いたかの?」
「ええ、セブンスジュエルによるものだと聞きましたが…」
「そうか…だったら話は早い。あの子らは生まれつき、あの忌まわしい宝石のせいで街の者達から迫害を受けていた。…村のためを思えばそれは仕方のないことだ。あの二人がその気になればこんな村など一瞬で消し去ることもできる。それほどの力を秘めた彼女らがいつ暴走するか分からん。私も村のために、涙を飲んで二人に街を出るように説き伏せた。優しい彼女らは村のためを思ってあっさりと街を出て行った。私は恨まれる覚悟もあったし、あの二人も街を恨んでも仕方がないと思っていた。…しかしな、あの二人は街を恨むどころか、街の外れに家を構えて街の脅威となりうる周辺のモンスターを追い払ってくれる用心棒の役目を買って出てくれてるのだ。私が以前たまたま二人と会ったときに訳を尋ねたら『街の人たちからは嫌われていたけれど、それでもこの街には私達の好きな人たちが残っているから』と笑って答えてくれたんじゃよ。それを聞いてから…私はもう…心が痛くて痛くて…無力な自分が情けなくて仕方がない。セブンスジュエルさえなければ…あの忌まわしい宝石さえなければ…あの二人は…」
涙ながらにそう語る医者の言葉に、メルもゴブリーも涙腺を刺激され、瞳に涙がたまっていた。
そんなとき、魘されるように眠っていたマオがガバッとベットから飛び上がり、起き上がった。
「だ、大丈夫?マオ」
汗だくで息を切らしていたマオはメルの言葉に反応して二人の方に視線を向けた。
「私は…どのくらい眠っていた?」
「えっと…丸一日くらいかな?」
「そんなに寝ていたのか」
一日も眠っていたことを知ったマオは焦っているのか、急いでベットから降りて立ち上がろうとしたが、まだ完全には回復していないのか、足元がふらついて倒れそうになった。
「まだ眠ってなきゃダメだよ!マオ!」
ゴブリーが倒れそうになったマオを支えた。
しかし、それでもマオは歩くのを止めなかった。
「セブンスジュエルは…見つかったの?ゴブリー」
ゴブリーにマオはそんなことを尋ねた。
「それなんだけどさ…セブンスジュエルは諦めよう、マオ」
「…どうして?」
「だって、セブンスジュエルを手に入るためにはセブンスを殺さなきゃダメなんでしょ?そんなの…」
「…だから、なに?」
そう呟くマオの瞳は冷たく、残酷な目をしていた。
「な、何言ってるの!?マオ!!。セブンスジュエルを手に入るにはアイやファイを殺さなきゃいけないんだよ!?」
「だからなんだって言うの!?!?!?」
メルの叫びをかき消すかのようにマオは怒号をあげた。
「セブンスジュエルがなきゃ、魔王は消滅させられないの!!もう魔王の完全復活まで時間は残ってない!!魔王が完全に復活する前にセブンスジュエルを集めなきゃいけないの!!。だって…だって…魔王が復活したら……………私は…」
どういうわけか涙ながらにマオがそう説得していると、慌ただしい鐘の音が町中にこだました。
「これは…緊急避難の警鐘!?」
医者がそんなことを口にすると同時に、病院の扉が開かれ、一人の美少女が叫び声をあげた。
「巨人だ!!巨人がやって来るぞ!!」
ゴブリー達が窓の外を見ると、そこには山よりも大きく、天を貫くほどの巨大な人影が遠方に見えていた。
「なっ…なんだ!?あの巨人は!!」
「あれは…大魔獣ティエル」
いま、ボルケノの街を巨大な影が覆おうとしていた。