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最強の矛と最強の盾

「このゲームにおいてプレイヤーとNPCの最大の違いは何かに分かるか?」


「そりゃあ…プレイヤーがいるかいないかじゃないのか?」


田中の質問にユーキは当然のようにそう答えた。


「まぁ、そうなんだがな…。このゲーム、一見プレイヤーもNPCも出来ることに差はないように見えるが、一つだけプレイヤーにはあってNPCにはないものがあるんだ。それが分かるか?」


「んー…」


田中の質問に悩ましげな表情をするユーキ。それもそのはず、このゲームのNPCはみな本物の人間のように振る舞うため、パッと見ただけではプレイヤーとNPCの見分けがつかないのだ。


悩みに悩み抜き、ユーキはある答えにたどり着いた。


「もしかして…メニュー画面を開けるかどうかか?」


「その通り。NPCにはメニュー画面がない」


そう言って田中は実際にメニューを開いて見せたが、他のプレイヤーからは見えないのであまり意味はなかった。


「プレイヤーなら誰しもメニューがあり、メニュー画面を開くことができる。…使える使えないは別としてな」


INTが15ないと文字が読めないため、田中にとってメニューとはまるで意味をなさないゴミであったが、プレイヤーなら誰しもメニューを開けることをユーキに示した。


「っていうか、前々から思ってたんだけど、文字が読めなくてもメニューの操作くらい出来るんじゃねえの?」


「いやぁ、やっぱりメニューは頭が良くないと使えないですよ。アホに使われるメニューさんの身にもなってください、INT1の顔した奴らにこき扱われるメニューさんのことを考えたら…私は涙が止まりません」


そう言ってナビィはメニューさんの弁護をした。


「…まぁ、使えないならそれで良いわ。今更深くはつっこまない」


田中がメニューを使えるようになることに期待することを諦めてしまっているユーキ。


話が終わったのを見計らって田中が元の話に戻した。


「それで話を戻すけど…そもそもメニューがないNPCが今私がかかっているメニュー禁止の状態異常にかかるとどうなると思う?」


「それは…何も起こらないんじゃないのか?」


「いいや、ないはずのものを処理することになり、処理が出来なくなって、バグってフリーズするんだ」


「え?何それは?」


「しかも、開発側もこういう自体を想定してないから、他の状態異常には耐性があっても、このメニュー禁止の状態異常に耐性があるキャラはいない」


「つまり…」


「そう、このメニュー禁止の状態異常はありとあらゆる敵に適用できて、相手をフリーズさせることができる最強の状態異常ということなのだ」


「なるほど、どんなモンスター相手でも一撃で倒せる最強の状態異常ってことか…」


開発側の想定していない隙をついた技…まさにバグ技と呼ぶにはふさわしい必殺技だ。


しかし、ここでユーキはあることに気がついた。


「あれ?。でも…どうやって相手をそのメニュー禁止の状態異常にするんだ?」


「ふっふっふ、確かに通常の方法では相手にメニュー禁止の状態異常を付与することはできない。普通、相手に状態異常を付与するならばアイテムや魔法を使う必要がある。しかし、それらの中でメニュー禁止の状態異常を付与する効果のものはさすがに存在しないと思われる。だが、現にこうして奴隷の指輪を使えば自身がメニュー禁止の状態異常になれる。そして、このゲームには自身と対象者の状態異常を交換する魔法が存在する」


「自身と対象者の状態異常を交換する魔法?……そうか、『ダムチェンジ』か!?」


ユーキは以前、お得意の自殺用魔法『バイズ』を習得した際に、田中からそのような魔法の存在を聞かされていた。


「そう、つまり『ダムチェンジ』さえあればこのメニュー禁止の状態異常を相手に付与することが出来るのだ」


「『ダムチェンジ』によってメニュー禁止を付与、相手は死ぬ。…まさに最強の魔法だ」


ここで今一度手順をおさらいしよう。


奴隷の指輪の効果によってメニュー禁止の状態異常を引き当て、自身にメニュー禁止の状態異常を付与する。


② 『ダムチェンジ』によってそのメニュー禁止の状態異常を相手に移し替える。


③ 相手は死ぬ。



「…よく分からないんだけど?」


ゲームに慣れていないため、話を聞いていてもさっぱり理解できないシンはそんなことを口にした。


「理解が遅いな、これだから初心者は…。何が理解できないっていうんだ?」


そう言って悪態を吐く田中に、シンが率直な質問をぶつけた。


「だってさ…メニュー禁止でメニューが開けないのに、どうやって魔法を唱えるの?」


「………」


シンの質問によって根本的に出来ないことを悟ってしまった田中は黙ってしまった。


「『ダムチェンジ』は自身と対象者しか入れ替えられないのか?。自分以外の誰かと誰かを入れ替えることは出来ないのか?」


「…残念ながら『ダムチェンジ』は自身と対象者しか入れ替えられない」


気まずそうにそう言う田中。しかし、まだ活路を失った訳ではない。


「そうだ!自分が使えなくても、相手に『ダムチェンジ』を使わせれば可能じゃないか!!」


「相手に使わせる?…どうやって?」


「ふっふっふ、覚えてないか?。私は以前、『ダムチェンジ』を使ってくる敵がいると教えたことがあるぞ?」


「『ダムチェンジ』を使ってくる相手っていうと…もしかして魔王のことか?」


「その通り。魔王はユーキの得意技である『バイズ』で自身にデバフをかけた後、『ダムチェンジ』でそれを相手に押し付ける攻撃を使ってくる。そして相手が唱えた『ダムチェンジ』で相手にメニュー禁止の状態異常を付与することができれば…相手はバグってフリーズする。…そうなればあとは煮るなり焼くなり好きに出来る」


「なるほど、『ダムチェンジ』を使ってくる相手専用の文字通り必殺技ってことだな」


「そうだ。そしてこの技で魔王を倒しまくってブラッドを大量入手すれば…戦力の大幅アップが期待できる」


「おお!これでようやく底辺冒険者から抜け出せるって訳だな!!」


冒険に出ては死に戻り、生き返っては死に戻る生活から抜け出す活路を見出したユーキの瞳は希望に満ち溢れていた。


しかし、ここでまたまたユーキが問題点に気がつく。


「あれ?。でも、どうやってメニュー禁止の状態異常になるように乱数を調整するんだ?。歩数なんて数えてないし…」


このゲームの乱数はアイテムや魔法の使用、攻撃したりされたり歩いたりすると進むようになる。全滅して、復活した際に乱数は一定の値になるので、そこからある特定の行動をとれば乱数を自由に操れるのだが、今回は全滅してからのパターンを覚えていないため、今後メニュー禁止の状態異常を引き当てるセットアップが分からないのだ。


また一からメニュー禁止の状態異常を引き当てる乱数を探すのか…ユーキが憂鬱になった時、田中が不敵に笑い始めた。


「ふっふっふ、案ずるなユーキ。今回、蘇生してから取った乱数を進めるような行動は…まず、就寝前に12歩、深夜に神父からドロップキックされ、もう一度眠るまでに15歩、朝起きてから洗面所に行くまで21歩、歯磨きしつつ32歩、その後の旅の支度に58歩、そして教会から街の外まで304歩だ」


「た、田中…なぜそんなことを…」


全滅して蘇ってから歩数を数えている様子などなかったのに、そこまで正確に覚えている田中にユーキはドン引きしていた。


「以前の乱数の調査の際、数週間にも及ぶただひたすらに歩数を数えるだけの日々を過ごしたおかげで、私は今無意識のうちで歩数を数える癖が出来てしまってな…」


「なんて悲しい性なんだ!!」


ただひたすらに歩数を数えて死んで、生き返っては歩数を数えて死ぬだけの無為な日々がようやく報われた瞬間であった。…よかったな。


「そういうわけで、これでいつでもメニュー禁止の状態異常になれるわけだ!!」


今まで散々苦しめられてきた奴隷の指輪がようやく役に立つ日が来たことがよほど嬉しいのか、田中の瞳は無垢な少女のようにキラキラしていた。


こうして、一行は魔王城へと向かった。










「くっくっく…よくぞここまで来た、冒険者ども。我が暗黒の力で完膚なきまで捻り潰してくれるわ」


どんよりとした重たい雲に覆われ、陽の光が遮られたその城を照らすのは雨のごとく降り注ぐ稲妻だけが闇夜を照らす不気味な城の一室で二つのおぞましいツノを頭につけ、大きなマントを背負った美少女が田中達を玉座に座って待ち構えていた。


「…え?もう魔王なの?早くない?」


あっという間に魔王の元へあっさりと到着してしまったことに驚きを隠せないユーキ。


「尺の問題とかいろいろあるんですよ」


そんなユーキに裏側の事情を説明するナビィ。


「っていうか、やっぱり魔王も美少女化してるんだな」


目の前の玉座に居座る美少女を目の前にユーキはそんなことを呟いた。


「ふん、美少女だろうがなんだろうが、この私の最強の矛(バグ技)と最強の盾(棺桶)の前にもはや敵などいない」


道中ですでに棺桶となったシンを装備した田中が勇ましく魔王に向かって歩みを進めた。


「くっくっく…恐れ知らずな愚かな冒険者よ。よかろう、私自らお前らに地獄を見せてやろう」


そう宣言した美少女は玉座からゆっくりと立ち上がった。


「残念ながら、地獄ならすでに嫌っていうほどこっちは見て来たんだよ」


ユーキはそう言って手始めにまず相手のステータスを確認した。


キャラ名 魔王

レベル36

HP 360/360


「…レベル36か。魔王のくせにそんなに強くないんだな」


「まだ魔王が真の力を取り戻す前だからな」


「そういえば、月が赤くならないと魔王が復活しないとか言ってたっけ」


以前に田中からそんな話を聞いたのをユーキは思い出していた。


「そう、まだ真の力を発揮できないから、今のうちに狩りまくって稼ごうという魂胆だ。…それにしても、魔王ってあんなにレベル低かったかな?」


田中がそんな疑問を浮かべていると、おぞましいツノを生やした美少女が動き出した。


「全てを飲み込む煉獄の灼熱よ、大地を地獄に染め上げろ。『ヘルファイア』!!」


美少女が手に持っていた杖を掲げると、地面が割れ、マグマがそこから溢れ出して来た。


「ふはははは…冒険者どもよ、この灼熱を耐えきれるかな?。…アッツ!!」


マグマから飛び散った火が体の一部にかかり、そんな声をあげていた。


「ふっふっふ、マグマだろうがなんだろうが、この棺桶の前には全てが無に帰す。我を守れ!!『棺桶ガード』!!」


津波のように迫るマグマを棺桶を構えてやり過ごそうとする田中だが、棺桶一つではマグマから身を守りきることが出来ず、ダメージを負った。…ちなみに自身を守る手段もないユーキはこれで力尽きた。


「くそっ!!棺桶一つだけじゃあ、あのマグマは防ぎ切れない!!」


「ふはははは!!その程度の熱にも耐え切れないのか!?冒険者よ!!…アッツ!!」


マグマからほとばしる熱気で火傷した美少女。


しかし、彼女はめげることなく攻撃を続ける。


「まだまだ行くぞ!!。『ヘルファイア』!!」


再びマグマの大波が田中へと押し寄せる。


このままではダメージが蓄積されて負ける…そう考えた田中の目にふとあるものが目に入る。


そして、灼熱の波が田中を飲み込んだ。


「はっはっはっはっは!!実に味気ないな!!冒険者よ!!」


魔王の城に少女の高笑いが響く。だが、マグマの海からある人物が飛び出して来た。


その人物は…なんといえばいいのだろう。ありのままの見た目を話すのならば、メイド服を上下逆さに着こなし、両腕はそれぞれ別の棺桶に埋まっていた。奇怪な胴体に冒涜的な両腕、全体的にバランスが悪い彼女はまるで小学生が夏休みの図工の宿題で作り上げた不出来なロボットのようなシルエットをしていた。


「ば、バカな…どうやってあのマグマの海から抜け出したというのだ?。そ、それに…その見た目は一体?」


あまりの出来事に美少女が動揺していると、その異形の姿をした道徳的に人ならざる者が口を開いた。


「これが…『ダブル棺桶ガード』。私たちのパーティが力を合わせ一つになった最強の合体技だ」


もうここまで読めばお気付きの通り、田中はシンの棺桶に飽き足らず、とうとうユーキの棺桶にまで手につけたのだ。そう、彼女は両手にそれぞれ仲間の亡骸を装備しているのだ。これこそ田中とユーキとシンの三人パーティによる合体技、このパーティの最終形態なのである。有り余るSTRと有り余る残虐性が生み出した一つの完全形。ただでさえシンの棺桶だけで十分に硬くて冒涜的であったその姿は、ユーキの棺桶が加わることによってさらに防御性能と冒涜性を増した最強の盾なのだ。


もはや何者も彼女を傷つけることは叶わない。今の田中の姿こそ、逆さメイドの完全究極体なのだ。


「な、仲間を装備するとか、貴様魔王かなにかか!?」


魔王城の玉座に居座る彼女が驚くほど魔王にふさわしいその姿に恐怖を抱いた彼女はさらに激しい攻撃を繰り出した。


「くそ、こうなれば…私も本気を出すしかない!!。唸る波動の権化の福音が鳴りし、空白の次元を穿つ衝撃を!!『メルト』!!」


彼女がそう唱えると杖の先端から青白く輝く光の球体が放出された。


球体は田中の棺桶に接触すると、激しい衝撃を放ち、辺り一面に稲妻のように拡散した。


しかし、『ダブル棺桶ガード』によって死角のない最強の盾を得た田中にもはや防ぎ切れぬ攻撃などなかった。


最強の二つの盾を自由自在に振り回し、ありとあらゆる攻撃を防ぎきった。


「く、くそ!なんなんだ!?なんなんだお前は!!」


彼女が次々と魔法を繰り出すが、どれもこれも逆さメイドの前には風の前の塵と同じであった。


「くそぉ…このままじゃあ…このままじゃ…約束を守れない!!」


もはや攻撃を当てるのは不可能…そう判断した彼女は最後の手段に出た。


「こうなったら…教えてもらったあの魔法を使うしかない!!」


そして彼女は詠唱を始めた。


「蠢く幻影よ、這い寄る混沌よ、覗き込む深淵よ、今こそ我が身に発現せよ!!『バイズ』!!」


ユーキの十八番である『バイズ』によって様々な状態異常を発現する彼女。だが、もちろんそれだけでは終わらない。続けざまに彼女は詠唱を始める。


「我は汝、汝は我、二つの交差する魂よ、あるはずなき姿に宿れ!!『ダムチェンジ』!!」


「はぁっはぁっはぁっはぁ!!!その瞬間を待ってたぜえええええええ!!!!!!」


目論見通り『ダムチェンジ』を唱えたのを見て、田中は高笑いをした。


そして『ダムチェンジ』の効果で二人の状態異常は逆転し…田中は無事に相手にメニュー禁止の状態異常の付与に成功した。


「私の…勝ちだ!!」


これで相手がフリーズし、勝利を確信した田中がそう口にした。…しかし、メニュー禁止の状態異常を付与されたはずの彼女は田中の目論見とは違い、平然と動いていた。


「あ、あれ?あれ?あれあれあれ?。メニューが開けない!!」


田中の予想と違って慌てふためく彼女に田中は動揺を隠せなかった。


「な…なぜだ!?なぜ動いている!!」


勝ちを確信したはずだが、むしろピンチに陥ったのは田中の方であった。幸いなことに『バイズ』によって発生したランダムな複数の状態異常の中にかつて田中を一週間のしりとり地獄に陥れた麻痺のような凶悪な状態異常はなかったが、それでも田中は徐々にHPを失う毒と徐々に体が動かなくなる石化と甘い物を食べたら死ぬ重度の糖尿病にかかった程度だったのでまだ動くことはできた。


まだメニュー禁止の状態異常を付与されたはずの彼女が動いている理由は分からなかったが、それでも石化によって完全に動けなくなる前になんとか魔王を倒すべく、田中は駄目元で当たるはずのない攻撃を繰り出すことにした。


「くそぉ…当たれええええええええ!!!!!!!」


レベル99、STR999から放たれるその一撃は神をも穿つ攻撃。しかし、当然のように敵に当たるはずもなく、その神撃はただいたずらに城を破壊するだけだった。


「…もはや…これまで…」


石化で体が動かなくなった田中は自身の攻撃によって崩れゆく城の崩壊に巻き込まれ、毒で削られていたHPに引導を渡され、パーティは全滅した。…やっぱり今回もダメだったか。


そして滅びゆく城に残された一人の美少女はひび割れ、崩れていく城を呆然と眺めながら口を開いた。


「あぁ…ごめんね…ごめんね。…約束、守れなかったよ」


そして、その頰に大粒の涙が流れ始めたそのとき、魔王の城は大きな音を立てて本格的に崩壊した。


大きな魔王城が崩れゆくその瞬間、少女は最後に一言呟いた。


「ごめんね…マオ」


そして、闇の中にそびえ立つ魔王城は…田中の攻撃により、その姿を消し去った。

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