逆さメイドvsシン
「店長の信用を取り戻すには大きく分けて二つの方法がある」
雨が降りしきる街の教会でシンは説明を始めた。
「一つは逆さメイド自体の信用を回復させること。逆さメイドの信用が回復すれば自ずと店長への当たりもなくなる。だけどこの方法は無理だ、田中…じゃなくて逆さメイドはクズ中のクズだから」
ついさっきこの教会で蘇り、群衆に石を投げつけられていたが神父とユーキの説得によって理解を得られたところを、田中のクズのせいで台無しになった。あれを見ていたシンは本気で田中に救いようがないことを確信したのだ。故に田中の信用を回復させることは不可能と判断した。
「じゃあどうするの?」
協力者であるスラム街の孤児のリンクルがシンに尋ねた。
「ここは二つ目の方法、逆さメイドと店長は何の協力関係がないことを示せばいい」
「それはわかるけど…一体どうやって?」
「大丈夫、僕に考えがある」
そう言ってシンはニヤリと笑ってみせた。
数時間後、シンの知らぬ間にギルド『負け犬の会』のギルドマスターに就任したユーキが教会に帰って来た。
「おう、待たせたな、シン」
「おかえり、剣のメンテナンスは終わったの?」
「まあな」
そう言ってユーキはシンにピカピカになった剣を見せた。
「剣だけじゃありませんよ?ユーキはなんとこの度ギルド『負け犬の会』のギルドマスターに就任したんですよ?」
「おい、こら、黙ってろ、ナビィ」
名前が名前だけにユーキ的にはそのことについてあまり言いたくないようだ。
「かの世界を救った英雄が今度は『負け犬の会』のギルドマスターに就任…うーん、これは町をあげてお祝いしなければなりませんね」
「いい加減にしろ、ナビィ」
2人がそんな会話を続けていると、間を割ってシンがユーキに話しかけて来た。
「ユーキ、お願いがあるんだ」
「なんだ?」
珍しくシンからお願い事をされたユーキは訝しげにシンを見つめた。
そして、大きく息を吸い込んでなにやら覚悟を決めたシンは満を持してこう言い放った。
「死んでくれないか?ユーキ」
「…それは俺に『死ね』って言ってるのか?」
「あ、いや、そうじゃなくて…一度全滅して田中を蘇生させたいんだ」
「…それは構わないが…」
ユーキからしたらシンが田中を蘇生させたい意図がわからなかった。今回、シンが引き金となって田中を殺したので、田中も相当シンを恨んでいるはずだろう。田中を蘇らせた暁には真っ先にシンを嬲り殺して、その亡骸である棺桶を盾にするだろう。
シンもそれを分かっているはず…蘇らせてもろくなことはない。しかし、自ら田中の蘇生を進言するあたりシンにはなにか考えがあるのだろう。別に死ぬことくらい大したことではない。おそらく食事をする回数より死んだ回数の方が多いあたり、死ぬことなど文字通り朝飯前なわけだ。
「わかった、それじゃあ一度全滅しようか」
こうして、一同はとりあえず全滅することにした。
「おぉ、田中よ、あれだけ庇ってやったのに死んでしまうとは情けない」
神父(幼女)ありがたいお言葉を承った田中は生き返るや否や、早速シンの方へと詰め寄った。
「よくもやってくれたなぁ、シン。覚悟は出来てるんだろうなぁ?」
悪魔が棺から目覚め、平和な世界が終わりを告げるように、パーティ内にはいつもの不穏な空気が漂う。
「貴様を完膚なきまでぶち殺し、その亡骸を地の果てまで引き摺り回し、私の盾として死よりも辛い地獄を味あわせてやる」
早速田中がシンに向かって神をも穿つ一撃を放とうとしたそのとき、シンが口を開いた。
「その前に、聞いて欲しいことがあるだ、田中」
その言葉を聞いて、田中はピクリと反応し、攻撃をやめた。
「いいだろう、聞いてやろう。だがしかし、どんな謝罪の言葉であろうが、それが貴様の遺言になることは変わりない」
田中はシンが謝罪したいのかと思い、そんな主人公らしかなぬラスボス染みた言葉を吐くが、ラスボスを目の前に震えるシンから放たれた言葉は意外なものであった。
「クソ食らいやがれ、ブース!!!!」
シンは中指を立てながらそんな暴言を吐き捨てるや否や、教会の出口に向かって一心不乱に駆け出した。
ただでさえ沸点が窒素よりも低い田中がシンから暴言を吐かれて怒り出すのは目に見えていた。
「絶対にぶっ殺す!!この『ピーーーーーーーーー(ゲームのシステムによる自主規制音)』が!!!!」
逆鱗に触れられ、怒り狂った田中は全力でシンを追いかけ始めた。
そんな2人のやり取りを見て、ユーキがため息を吐いた。
おそらくだが、敵と戦った回数よりも味方同士で殺しあった回数の方が多いパーティにユーキは半ば諦め気味になっていた。
「まぁ、心中お察ししますよ」
そんなユーキにナビィが珍しく優しい言葉をかけた。
とりあえずここで見ていても仕方がないので、ユーキは2人を追いかけ、教会を後にした。
「ウオラァ!!!出て来いヤァ!!この『ピーーーーーーーーー』!!!!」
街中でどう猛な獣が声を荒げ、獲物を探していた。
当然、逃げる側としてはでかい声で叫び回る鬼ほど逃げやすいものはなく、逃げる側からしたら田中の挑発に乗って姿を見せるわけもなく、ただひたすらに隠れているのが吉だ。
いつものシンならば物陰で隠れでガタガタ震えているだろう。しかし、今回のシンは違った。田中がシンを見失って追跡出来なくなると、わざわざ田中の視界に姿を現した。
「僕はここだ!!逆さメイド!!」
田中から距離のある屋根の上から存在をアピールするシンは田中がシンを認識したのを確認するや否や、再び逃げ始めた。
「逃げんじゃねえ!!そこで待ってろ!!『ピーーーーーーーーー』!!!!!」
そして、世界に終焉をもたらす逆さメイドとの鬼ごっこを再開するのだ…まるで逆さメイドをどこかに誘導するかのように。
シンが田中から逃げ回り、街の中から時折怒号が轟く中、時を同じくして、リンクルが率いるスラム街に住む住民が動いていた。
「逆さメイドだあああああ!!!!!逆さメイドが暴れているぞおおおおお!!!!広場に逃げろおおおおおおおお!!!!!!!!」
リンクルの指示で動いているスラム街の住民達はそう叫びながら街中を駆け巡っていた。
その街の全体の様子を高台から眺めていたリンクルは隣にいたフローラに話しかけた。
「作戦通り、だいぶ広場に人が集まって来たね。…そろそろフローラも広場に行った方がいいんじゃない?」
「うん…」
フローラは心配そうにそう頷いた。
「怖いのはわかるよ。だけど、ここを乗り越えなきゃ平穏に花を育てることすらままならない。大好きな花のためにも、勇気を出して。そして…私達にまた美しい花を見せて、フローラ」
そんな弱気なフローラにリンクルはエールを送った。
「ありがとう、リンクル。…それじゃあ行ってきます」
なにやら覚悟を決めたようにそう言うフローラだったが、去りゆくフローラの背中はどこか切なかった。
一方、シンは相変わらず田中から逃げ回っていた。
「はぁはぁ……」
さすがに疲労が溜まったのか、裏路地に逃げ込み、田中の追跡を振り切ったのを確認すると、シンはその場に座り込んだ。
「さすがに…キッツイな」
レベル1のシンがレベル99の田中から逃げ回るにはやはりそれ相応のリスクが伴う。一度でも捕まれば待っているのは死よりも辛い地獄だ。
そのプレッシャーとも戦いながら逃げ回るシンは余計に疲労が蓄積していたのだ。
そんなシンを見つけたユーキは走ってすぐさま声をかけた。
「大丈夫か?シン」
「ユーキか…大丈夫だよ、まだ走れる」
シンはそう言って強がって見せた。
「シン、一体どういうつもりなんだ?。なにか考えがあるなら俺も手を貸すぞ?」
「いいよ、ユーキは黙って見てて…これは僕の戦いだから」
シンは芯のある声で真剣にそう語った。(ダジャレじゃないよ)
そんなシンのまっすぐな目を見たユーキはまたため息を一つついた。
「はぁ…わかったよ。珍しくシンがそこまで言うなら、俺も静観させてもらうわ」
「ありがとう」
するとそこにさらに1人の女の子がやって来た。
ボロボロの服と顔の左半分を隠す長くて手入れの行き届いてない髪が特徴のスラム街の少女、リンクルであった。
「広場に人が集まって来たから、フローラもそっちに向かった。…あとは逆さメイドを誘導するだけだよ」
「わかった、ありがとう、リンクル」
リンクルの言葉を聞いたシンは立ち上がった。
「それじゃあ、行ってくるよ、ユーキ」
「おう、なんかよくわからんが…気張れよ、シン」
2人は拳をぶつけて別れを告げた。
走り去るシンの後ろ姿を見つめながらユーキはナビィに話しかけた。
「あいつ…なんか成長したな」
「レベルは1のままですけどね」
マサラの街では再び世界に終焉をもたらす者の怒号が轟いた。
「見つけたゾォォォォ!!!!!ここでお前に引導を渡してやるぅぅぅぅ!!!!!」
あまりの怒りに髪を逆立て、目を真っ赤に充血させた逆さメイドはシンを見つけるや否や飛びかかって来た。
疲労が蓄積し、逃げ足が遅くなっていたシンは徐々に追い詰められていた。
「こっちよ!シン」
その時、裏路地からリンクルがシンを手招いた。
リンクルの指示通り、シンは裏路地へと逃げ込んだ。
裏路地は迷路のように入り組んでおり、右も左もわからなかったシンだが、リンクルの案内で問題なく進むことができた。
「よく道がわかるね、リンクル」
「ここはスラム街、ここで育った私からしてみれば庭みたいなものだからね」
入り組んだ道を迷うことなく突き進む二人。
「もうすぐだよ、もうすぐ広場に抜けるよ!!」
ゴールである広場が間近に迫ったその時、後方から世界を揺るがすほど衝撃と耳をつんざくような轟音が鳴り響き、先ほどまで後ろにあったはずの入り組んだスラム街がまるまる一瞬にして姿を消していた。
「な、なんだ!?!?」
「私達の家が!!!!」
あまりにも一瞬の出来事に二人が驚いていると、土煙が立ち込める元々スラム街だった焼け野原から悪魔が姿を現した。
「見つけたぜぇぇぇぇ…シンンンンンン」
そう、先ほどまでそこにあったはずのスラム街は逆さメイドの攻撃によって木っ端微塵に吹き飛ばされたのである。
「これが…逆さメイドの力…」
世界に終焉をもたらす者の力を間近で目撃し、肌で感じ取ったリンクルは改めてその力の強さに恐怖を抱いた。シンから攻撃は当たらないと聞かされたとはいえど、一撃で街をまるまるぶっ壊すほどの強大なその攻撃がキャラには当たらないなどというのは到底信じがたいものであった。
しかし、そんな恐怖で震えて動けないリンクルとは違い、シンは勇ましい声をあげた。
「僕はここだ!!逆さメイド!!」
長きに渡る逃亡劇によって、疲労がたまり、もうほとんど走ることすらままならないはずのシンはそれでも勇敢に声をあげたのだ。
そんなシンに全速力で逆さメイドは近づいた。シンも持てる力を全て出し切り、なんとか広場を見下ろせる場所まで辿りついた。
そこから飛び降りれば、広場までたどり着けるが、かなりの高さがある。ここから飛び込めば落下死は避けられないだろう。
だが、もう後がないシンは田中をなるべく近くに引きつけて、そこから飛び降りた。怒りで周りが見えなくなっている逆さメイドも迷うことなく高台から飛び降り、シンへと迫る。
「はっはっは!!空中じゃあもう逃げ場はねえなぁ!!シンンンンンン!!!!」
勝利を確信した逆さメイドは落ちながらシンに向かって攻撃を仕掛けようとした。
逃げ場はなく、攻撃を避ける術もないシンだったが、田中に向かってほくそ笑み、こう言い放った。
「いや、僕の勝ちだ、田中」
その時、広場の地面から田中に向かって何かが飛び出して来た。それはツタ、巨大で丈夫なツタが次々と田中に向かって伸びていき、田中を雁字搦めにした。
「な…なんだこれはぁ!?!?」
スラム街の人達によってたくさんの人が集まった広場から完全に動きを封じられた田中に声をかける者がいた。
「あなたの悪行もそこまでよ!!逆さメイド!!」
空中で雁字搦めになっている田中に向かって指をさし、そう高らかに宣言したのはフローラであった。
「き、貴様は…フローラ!?」
「あなたがつき重ねて来た数々の大罪…もはや許すことは出来ない!!。よって…あなたに私が罰を与える」
フローラがそういうと、今度は地面から巨大な食人花が何本も生えて来た。
「や、やめてくれ!!助けてくれ!!私が悪かった!!許してくれ!!」
自分に危機が迫るや否や、許しを請い始める田中。まるで三下の悪役のようだぁ。
「そ、そうだ!!私たちはかつて同じ店で働いていた中じゃないか!!そのよしみで見逃してくれ!!な?頼むよ!!」
「…そうね、私達はかつて同じお店で働いていた仲間。あの頃は忙しかったけど、楽しかった…幸せな日々とはああいうものを言うのでしょうね」
フローラはそんなことをしみじみと語り始めた。
「だ、だったら…」
「でもね、あなたは変わってしまった。あの頃に花に囲まれた優しい少女はもういない。…そして、私も変わってしまった。…だから、これでもう終わりにしましょう?私達の因縁もろとも、全部」
地面から生えた巨大な食人花は容赦なく田中へと迫る。
「いやだ…まだ蘇ったばっかりなんだ…。死にたくない…死にたくない!!死にたくない!!死にたくない!!」
ツタに身を取られ、ほとんど動けない田中だが、残った力を振り絞り、助けを求めるかのようにフローラへと手を伸ばし、ボロボロと涙を流し始めた。
フローラはそんな田中の姿にかつての優しい少女の姿が見えたが、目を背けるように顔を伏せ、残酷な声でこう言い放った。
「殺れ、ローズバトラー!!!!」
フローラの言葉を聞き届けた巨大な食人花はその名を全うするために田中をその大きな口で飲み込んだ。
「いやだ!!死にたくない!!助けて、フローラ…助けて…助けて、お父さん!!助けて…お兄ちゃん!!」
巨大な食人花の口の中でもがき泣き叫ぶ田中、だがそんな彼女に見向きもせず、フローラは顔を伏せながら言い放った。
「さようなら、田中ちゃん」
「いやああああああああ!!!!!!」
柔らかい人体を噛み砕く音と、凄惨な血が広場の上空に舞った。
逆さメイドの死亡により、再び街に平和が訪れたことを確信した町の住民たちは街を救った新たなヒーローであるフローラに賞賛の声をあげた。
四方八方をから讃えられる中、フローラは顔を伏せたままだった。
「…店長?」
高台から飛び降りたが、フローラの召喚した植物によって事なきを得たシンがフローラへと歩み寄り、そこでようやくフローラの頰から涙が伝っていたのが分かった。
「これで…これでよかったのよね」
自分自身に問いかけるようにそう呟くフローラ。ひと時とはいえど、フローラは田中ちゃんのことを我が子のように思っていたのだ。それなのに…こんな形で別れを告げることになるなど…。
「…店長、これで終わったわけじゃありません。店長にはまだまだこれからたくさんの仕事が残ってます。たくさんの人があなたの育てた花を待っています。こんなところで涙を流すくらいなら、代わりに花に水を注いであげてください」
「そうね…そうするべきよね…。だけど…だけど今は…わああああああああああああ!!!!!!」
フローラは目の前にいるシンを抱きしめながら、人目も憚らずワンワンと鳴き始めた。悲しい悲しい涙を流した。
だけど、そんな涙も時が経てばいつかは止む…降り出した雨のように。
悲しい涙もいつかは枯れる…あの美しい花のように。