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犬どもの飼い主になった英雄

何万というプレイヤーを前にユーキは壇上に立ち、その視線を一身に浴びていた。


雰囲気に飲み込まれてついついギルド攻略組のギルドマスターに就任してしまったユーキはすでに後悔していた。


ユーキ自身、ギルドマスターという重役に就くことが嫌というわけではない。やはりファンタジーとギルドは切っても切り離せないもの。そこに帰ればいつでも気の知れた仲間に会えるという場所は言ってみればホームのようなもの。このゲームの世界に帰る場所という場所がないユーキにとってギルドは憧れの存在であり、そしていつかは自分の手でギルドを切り盛りしたいと考えていた。


だがしかし…このギルドはどうなのだろうか?。ここに帰って来ても待っているのは死んだ目をした野郎どもだけ…もうそれだけで帰りたいとか全く思えない。


そもそも、ユーキはまだ女の子を攻略し切ったわけではない。アイロから彼氏呼ばわりされていたのはしつこく迫るセキュリスを諦めさせるためだし、まだ告白したわけでもされたわけでもない。


それでも引き受けてしまったものは仕方がない。とりあえずこの中から誰か一人だけでもさっさと女の子を攻略してもらって、あとはそいつに任せてさっさと引退するのが一番波風を立たせずに素早くやめられる方法だろう。


「ユーキさん、早速だがまずはどうすればいいか教えてくれ」


ゲームマスターの座をユーキに譲ったセキュリスはギルドの幹部の地位につき、ユーキのサポートに回ることにした。


「そうだな…とりあえず、このギルド名を変えられないか?」


「ギルド名を?」


「このギルドの名前…『攻略組』って名前だけど、名前から女の子目当てを丸出しにしてるから女の子からしたらガツガツしてると思われるだろ?。だからギルド名をもっとマイルドに、女の子が警戒しないような親しみやすい名前にするべきだと思う」


ユーキのそんな提案にギルドルームでは拍手と歓声が上がった。


「さ、さすがユーキさんだ!!」


「我々と考えていることが根本的に違う!!」


「これが英雄と凡人の差ってやつか…」


ギルドメンバーは各々納得してみせた。


「それで、ギルドの名前を変えることってできないのか?」


「出来なくはないのだが…」


ユーキの質問にセキュリスは渋い顔を返した。


「ギルドの名前を変える場合、リネームカードというアイテムが必要なんですが…これがそこそこなレアアイテムなんですよね」


どさくさに紛れてギルドの書記担当に就任したナビィがセキュリスの代わりにユーキの質問に答えた。


「誰か、リネームカードを持ってる者はいないか?」


一万は優に超えるギルドメンバーにセキュリスがそんなことを尋ねたが、リネームカードを持っていたのはわずか1人だけであった。それだけレアなアイテムということなのだろう。


セキュリスが持ち主に交渉したところ、『この世界を救うためなら』と大袈裟なことを言ってタダで譲ってくれた。




アイテム リネームカード

キャラ名、アイテム名、装備名、ギルド名などの名前を変えることができる。変えたい名前をカードに書き込み、名前を変えたいものに貼り付けて使用する。また、貼り付けてから名前を書き込んでも使用できる。一度使うとなくなる貴重な消耗品。



「これを最終的にどこに貼ればいいんだ?」


「ギルド内ならどこでも大丈夫ですよ。この部屋でも名前を書いて貼ればすぐ効果が適用されます」


「なるほどね」


ユーキはA4ほどの大きさのあるリネームカードを眺めながらそう呟いた。


リネームカードの中央には長方形の枠組みがあり、おそらくその中に名前を書けば良いのだろう。


「で、問題はどんな名前に変えるかだ」


プレイヤーから受け取ったリネームカードを書記に渡してからユーキはそんなことを口にした。



ユーキが悩んでいるとセキュリスが手を挙げてから発言した。


「【無敗の勝負師】と書いて【ノービット】と読むのはどうだろうか?」


「別にかっこよくないし、なんか回りくどいから却下」


今度は先ほどリネームカードを譲ってくれたプレイヤーが手を上げて発言した。


「三股できるようにって意味を込めて『ケルベロス』なんてどう?」


「高望みしすぎだろう」


「目標は高い方がいいって婆ちゃんが言ってた」


「知らねえよ。馴染みにくいから却下」


「馴染みやすさ…だったら忘年会とかどうだろうか?」


「ただの宴会じゃねえか」


その後続々と意見はあげられたが、次々と提案を却下しれ、ギルドメンバーは頭を抱えていた。


「くそっ、『エンドオブザ・ワールド』のどこがいけないんだよ、かっこいいだろ」


「俺の考えた『ロリータコンプレックス』だって何か悪いのかわからねえ」


「それを言うなら『性剣エロスカリバー』が一番だろ」


プレイヤー達が不満不平を口にして、名前決めは難航していた。


「んー…どうしたものかなぁ」


ユーキが頭を抱えていると、ナビィがこんな提案をしてきた。


「じゃあ、今までのものを組み合わせてみたらどうですか?」


「組み合わせる?」


「例えば…最初の方に出た『無敗の勝負師』と『オルトロス』と『忘年会』のそれぞれの要素を足して…『無敗』…『犬』…『会』…そうだ、これはどうでしょうか?」


書記であるナビィは思いついたことを目の前にあったメモ用紙に書き始めた。


「さっきの三つを組み合わせて、スバリ…『負け犬の会』なんていかがでしょうか!?」


ナビィはそう言って自信満々にメモ用紙をユーキに見せつけた。


メモ用紙の中央にあった長方形の枠組みには達筆で『負け犬の会』と刻まれていた。


「そんな名前で良いわけないだろ、悲しすぎるわ。却下だ却下…無駄に達筆で書きやがって…」


そう言ってユーキがナビィを軽くあしらっているとユーキはある違和感を感じた。


その違和感を確かめるべく、ユーキはもう一度ナビィが見せつけてきたメモ用紙に視線を戻した。


A4ほどの大きさの真ん中に長方形の枠組みがあるその紙に既視感を覚えたユーキ。少し間を置いてユーキはとあることに気がついてしまった。


「ナ、ナビィ、それ…リネームカードじゃねえか!!」


そう、ナビィがメモ用紙として利用していたのはズバリ、貴重な貴重なリネームカードであった。


「はっ、私としたことが…つい意図的に…」


「『つい意図的に』って、確信犯だろ!?それは」


これ以上良からぬことをされる前にユーキはナビィからリネームカードを奪い取った


「くそっ、こいつ…よりにもよって墨で書きやがって…」


リネームカードの枠の中には墨汁でしっかりと達筆な『負け犬の会』がドンと刻まれていた。


「他にリネームカードを持ってる奴はいないのか!?」


ユーキがギルドメンバーに尋ねるが、誰一人として手をあげることはなかった。


「くそっ、こんな貴重なレアアイテムを…」


ユーキは仕方がないので、名前を変えるのは諦めることにした。


「名前の変更は諦めよう。そこまで固執することでもないし…」


「そうだ、ユーキさん。女の子の具体的な攻略法を教えてくれ」


「具体的な攻略法?」


「そうだ。ユーキさんがどうやってアイロさんを落したのか教えて欲しい」


「どうやってって言われてもなぁ」


そもそもまだ攻略したわけではない。だが、それを今ここで言えるような空気ではないし、脈があるのは確かだ。その辺はさして気にすることではないだろう。


問題はどうやってアイロを攻略したのかがユーキにもいまいちよくわからないという点だ。


「えっと…アイロを攻略できたのは…まぁ、なんか普通に…」


「普通!?なにもせずとも攻略できたというのか!?」


「やっぱりユーキさんは違うなぁ」


「これが英雄と凡人の差か…」


ユーキの一言一句にいちいち一喜一憂するプレイヤーたち。


「私などあれほど土下座しても一向に振り向いてくれなかったというのに…」


「いや、むしろそれが問題なんだろ?」


嘆くセキュリスにユーキはそう投げかけた。


「土下座が問題?。…そうか、やはりもっとクオリティの高い高尚な土下座が必要だったのか」


「いや、土下座の質の問題じゃねえよ」


「質の問題ではない?…ならば数の問題か?回数が足らなかったのか?」


「そういう問題じゃねえよ。土下座自体に問題があって、いちいち土下座されても相手も困るっていう話だよ」


「なに?土下座自体が問題だったのか?」


「そんなバカな!?女の子と話すときはまず土下座するのが『攻略組』の礼儀だというのに…」


「茶道を参考にして土下座から始まるという挨拶に趣を置いていた我々が間違っていたというのか!?」


またまたユーキの発言に驚きを隠せないギルドメンバー達。そんなギルドメンバーにユーキは呆れながら指導する。


「いちいち土下座とか重たいんだよ。もっと気楽に接しやすい方法を取れ。…あと茶道は別に土下座してるわけじゃねえ、あれは真っていうお辞儀の一つだ」


「そんなバカな!!ほぼ一緒じゃないか!!」


「あれが土下座じゃないなら俺たちがやって来たこととは一体…」


今までの完全に土下座と思い込んでいたものがそうではなかったことを知ったセキュリスやギルドメンバーは今まで自分がやって来たことが無駄であったことに落胆を隠せなかった。


「とりあえずやってみなきゃ始まらない。ナンパでもなんでもいいから声をかけまくれ、行動あるのみだ」


その後もユーキによる恋愛講座は何時間にも渡って続いたとさ。









「…と、まぁ、こんなもんかな。以上のことを肝に命じて女の子と積極的に絡むように」


とりあえず今日はこの辺でいいか…


ユーキが一通り話し終え、さすがにそろそろ疲れたので今日は解散しようとしたそのとき、ふとした拍子にユーキのポケットから一枚の紙がポロリと落ちた。


「あっ、リネームカードが…」


先ほどナビィから奪い取ったリネームカードを落としたことに気がついたユーキはそれに手を伸ばすが、リネームカードはひらりとユーキの手をすり抜けた。


その紙はヒラヒラと宙を漂いながらゆっくりと下降し、地面にひらりと被さった。


そしてその瞬間、リネームカードは輝きを放ち、その効力を発揮した。


「新たな名を刻んでやろう」


どこからともなく聞こえてくる荘厳な声と共にギルドルームの床に落ちたリネームカードによってギルド名が書き換えられた。


「…もしかして、いまギルド名変わっちゃった?」


「はい、変わっちゃいましたね」


ユーキの質問にナビィは嬉しそうにそう答えた。


「あのリネームカード…なんて名前が書かれてたんだっけ?」


「『負け犬の会』と書かれてました。…そんな名前に変えるあたり、ユーキも物好きですねぇ」


こうして、ユーキはギルド『負け犬の会』のギルドマスターの称号を手に入れたとさ。


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