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このギルドのマスターにふさわしいものは誰だ!?

「ユーキさん、ここがギルドの総本山である『ユグドラシル』だ」


セキュリスによってマサラ城の町外れにあるギルドタウンに案内されたユーキの目の前には巨大な樹木が佇んでいた。


「はぁ…でけぇ。マサラ城にまだこんなところがあったとはなぁ」


「今まで目の前のことで手一杯でギルドなんて全く縁がありませんでしたもんね」


「まったくだ」


「ユーキさん、とりあえず中へ」


ユーキとナビィがそんなことを話しているとセキュリスがユグドラシルの根元にある入り口へと案内した。


ユーキが中に入るとそこには円柱状の巨大な空間が広がっていた。まるでユグドラシルの幹の中身をそのままくりぬいたかのようなその空間は遥か上空まで空間が続いていた。


そして円柱の淵には所々小部屋のようなものが張り付いていた。おそらくあの一つ一つがそれぞれのギルドの部屋なのだろう。


「はぇ…すっごい広い」


「そういえば、私も中に入るのは初めてです」


ユーキとナビィが広さに感動していると、セキュリスは空間の真ん中にある魔法陣の上に二人を案内した。


「それぞれのギルドに与えられるユグドラシルの部屋はギルドに所属する人数に比例して広くなるシステムで…我々のギルド『攻略組』はこのゲームで一番所属人数が多いため、一番最上階にある一番大きな部屋が用意される」


「マジで?『攻略組』ってそんなに人数がいるの?」


「それだけ女の子の攻略が重要であるということだ。それじゃあ、行こうか」


セキュリスが魔法陣に手をかざすと、三人は光に包まれどこかに飛ばされた。


気がつけば三人は扉の前に立たされていた。


「ユーキさん、入る前に今一度把握しておいて欲しいんだが、我々はいま女の子の攻略が出来なくて絶望している。中には発狂寸前のプレイヤーも少なくない…はっきり言ってここから先は世界が違うから覚悟しておいて欲しい」


「そんな大げさな…」


ユーキは話を盛ってると思って笑いながら聞いていたが、セキュリスの表情は真剣そのものであった。


「見てもらった方が早いか…。それじゃあ…ようこそ、我々のギルド『攻略組』のギルドルームへ」

セキュリスが目の前の大きな両開きの扉を開けたその瞬間、どんよりとした瘴気のようなものが中から吹き出て来て、ユーキの全身を貫いた。


なんだこれは!?


今まで感じた事のない正体不明の溢れ出て来た気配に本能的に危機を感じたユーキは全身から汗を吹き出し、とっさに身を守るように両腕を顔の前に掲げて防衛体制をとった。


なんといえばいいのだろう…中から漂うのは独特の臭いのある空気。だがその臭いは鼻に付くわけではなく、どちらかと言うと肌で感じ取る臭いだ。憂鬱で、陰湿で、重苦しい空気。数多の涙と後悔が入り混じった凄惨な雰囲気。そこにいるだけで飲み込まれそうになるほど悍ましい何かがその場を満たしているのだ。


ここにいてはダメだ…ここにいては染まってしまう。


ユーキの本能が中に入ることを拒絶するが、ここで引き返すわけにはいかないユーキは生唾を飲み込み、覚悟を決めて魔の巣窟へ歩を進めた。


中は全体が明るい照明に照らされたドームのように広がる空間であり、そこには何千、何万というプレイヤー達が集結していた。


そしてそのプレイヤー達はユーキがその空間に足を踏み入れると同時に一斉にこちらへ振り向いて来た。


何万という視線を一身に浴びること自体が恐怖体験ではあるが、それ以上にユーキに恐怖を与えたのは彼らの目であった。部屋全体を明るく照らすほどの十分な照明が確保されているにも関わらず、彼らの目はみな光を失い、代わりに吸い込まれるような闇で満たされていた。照明の明るさと対照的に瞳が一片の輝きもないせいで、吸い込まれるような闇を秘める瞳に目がいってしまうのだ。


哀が埋めくその空間では息をすることすら苦しく感じた。


「…な、なんだ?ここは」


「ここはギルドルームのメインホール。ここにいるやつらは全員『攻略組』のギルドメンバーだ」


「そうじゃない!!この息苦しいほどのどんよりとした空気はなんだと聞いているんだ!!」


異様なほど憂鬱な空気の正体を尋ねたユーキに、セキュリスはゆっくりとその正体を答えた。


「その正体は…非リアだ」


「…非リア?」


「そう、女の子への満たされぬ思いを募らせた非リアが放つ特有の空気。その非リアがこうして集い、群れを成すことでその空気が濃くなり、そしてその満たされぬ思いが具現化したものがこの息をするのも苦しい空気だ」


「そんなバカな話が…」


「だが、現に今こうして全身を突き刺すような陰湿な空気を感じているのだろう?。それが何よりの証拠だ」


セキュリスの言う通り、こうして現に本能が拒絶するほど陰湿に張り付く空気が何よりの証拠であったが、あまりの展開にユーキは素直にそれを認めることが出来なかった。


「今はこうしてここに非リアを幽閉することにより、非リアの空気の侵食をこの部屋の中だけに抑えているが…いつまでこれが持つかはわからない。この『攻略組』のギルドルームという最終防衛ラインのバリケードが外れたその時…非リアの空気は全世界へと侵食を拡大していき、やがて世界は…非リアに飲み込まれる」


「一体どうすればいい?。どうすれば世界を守ることが出来る?」


「希望だ、彼らに希望の光を灯せばいいんだ。『このゲームの女の子は攻略が可能』という希望を示せばいい。俺はそのために何百、何千と試行錯誤を凝らして来たが…誰一人として攻略は出来なかった。そしてそれは俺一人だけじゃない、誰もが攻略を試みた。しかし…これだけプレイヤーがいて誰一人として女の子を攻略できた者はいない…そう、ユーキさん、あなたを除いて」


そう語るとセキュリスはユーキの目をじっと見つめた後、その場にひざまづき、土下座をした。


「お願いだ!!あなたしかいないんだ、ユーキさん!!。ギルドマスターになって…非リアの希望の光となって、世界を救ってくれ!!」


「ま、待ってくれ…そんなこと言われても…」


「もう一刻の猶予もない!!かつて逆さメイドを倒した時のようにもう一度…もう一度この世界を救って欲しい!!」


「やめてくれ!俺に…俺なんかに世界を救えるほどの力があるわけないんだ…」



「そんなことはない!!この世界を救えるのはあなただけなんだ!!」


セキュリスの必死のお願いを聞いてもユーキが決断を渋っていると、ギルドルームにいた非リアの一人が突然、血を吐いて倒れた。


「おい、鈴木!!しっかりしろ、鈴木!!」


倒れたプレイヤーのすぐそばにいたプレイヤーがすぐさま駆け寄って声をかけた。


「す、すまねぇ…長谷川。どうやら俺は…ここまでのようだ」


「何言ってるんだ!!こんなところで諦めるな!!鈴木!!」


長谷川と呼ばれたプレイヤーに続いて同じパーティメンバーと思しきプレイヤーが倒れた鈴木の元へ駆け寄ってそう声をかけた。


「佐藤…悪いな。あとは二人に託して…俺は少し眠らせてもらうぜ…」


「馬鹿野郎!!いくら女の子とキャッハウフフするためにこのゲームに来たのに女の子から全く見向きもされなくて精神が病んだからって…こんな道半ばで諦めるなよ!!」


「そうだよ!!。俺たち三人一緒にこのゲームで童貞卒業するって約束しただろ!?」


「へへ…すまねえな。どうやらその約束は守れそうにねえ…。お前らは…俺の分まで…女の子とキャッハウフフ…しろ…よ…」


鈴木はそれだけ言い残すとピクリとも動かなくなってしまった。


「…嘘だろ?冗談だよな?冗談って言ってくれよ」


「そうだよ、早く目を覚ませよ。また三人一緒に馬鹿やろうぜ?」


しかし、鈴木からの返事はない。…ただのしかばねのようだ。


「鈴木、覚えているか?。俺が酒場で逆さメイドに悪魔の生贄にされそうになった時…絶対絶望の窮地に立たされた俺をお前は決して見離さなかった。結局逆さメイドに身ぐるみ剥がされてパンイチにさせられて、夜風が突き刺さるように寒かったけど…お前のおかげでそれでも前を向けたんだ」


長谷川は瞳からボロボロと涙を流しながら今は動かぬ鈴木にそう語りかけた。


そんな長谷川からもらい泣きした佐藤もボロボロと涙を流しながらこんなことを語った。


「俺も…昨日鈴木が夕食の時に醤油取ってくれたのが凄い嬉しかった。鈴木のおかげで俺は席から立たずに醤油をありつくことが出来たんだ。お前が取ってくれた醤油は…特別に美味しかった気がする」


そんな風に泣き噦る二人にセキュリスは近付き、二人の肩をそっと叩いた。


「二人とも…その辺で鈴木を眠らせてやれ」


「セキュリスさん…俺、悔しいです。女の子を一人も攻略出来ずに…友を失うなんて…自分が不甲斐なくて…」


「もし、このゲームの女の子が攻略可能だったなら…鈴木が絶望に打ちひしがれて眠る必要はなかったんだ。それなのに…それなのに…俺、こんな理不尽なクソゲーが許せない」


セキュリスに己の不甲斐なさと理不尽なクソゲーへの怒りを吐き出す二人。


女の子を攻略出来ないという理不尽が悲劇を呼び、そして悲劇はいずれさらなる悲劇を生み出す。そんな悲しきクソゲースパイラルを目の当たりにしたユーキはセキュリスの元に歩み寄り、そしてはっきりとした声で宣言した。


「セキュリス、俺…やっぱりギルドマスターになるよ」


「ユーキさん」


「もう見てられないんだ、こんな虚しい奴らを」


「ありがとう、私も微力ながらユーキさんの支えになるよう尽力する」


そして、セキュリスはギルドルームにいるプレイヤー全員に聞こえるように大きな声を上げた。


「皆の者、聞けい!!私は只今をもってギルド『攻略組』のギルドマスターを辞任する!!」


突然のギルドマスターの辞任に場はざわめいた。


「案ずるな!!私の代わりにより優秀な後釜を用意した!!彼こそが新たなギルドマスターであり、みんなの…世界の希望の光となる英雄のユーキだ!!!」


有名人であるユーキのギルドマスター就任にまたもや会場はざわついた。


「彼はすでに鍛冶屋の美少女、アイロと恋仲にある。つまりは彼女を攻略したというわけだ」


女の子を攻略したというカミングアウトに会場はさらにざわついた。


「彼が…いや、彼以外にこの『攻略組』を託せる者はいない!!。我々が幾度となく挑戦し、そして儚く散っていった戦場を彼は乗り越えたのだ。誰もが不可能と諦めていた壁を壊したのだ!!だから皆の者、諦めるな、希望を信じてユーキに続くのだ!!…諸君らに問おう、この世界で『攻略組』の新たなギルドマスターとして最もふさわしいのは誰だ!?」


セキュリスの質問なギルドルームからはチラホラとユーキの名が上がった。


「我らをエデンへと導くメシアとなるのは誰だ!?」


セキュリスの2回目の問いかけに先ほどよりも多くの人がユーキの名前を口にした。


「非リアから世界を救うのは誰だ!?」


その問いかけにほとんどの者が大きな声でユーキの名を口にした。


「今一度問おう…我らのギルドマスターは誰だ!?」


セキュリスの最後の質問に満場一致でユーキの名前を叫んだ。


こうして、非リアの空気から世界を守るべく、ユーキはギルド『攻略組』のギルドマスターに就任したとさ。







おまけ


ナビィ「今回の話、冷静かつ客観的に振り返ってどう思いますか?」


ユーキ「なんか…雰囲気に飲み込まれちゃったよね」

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