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生き物として大切なことを思い出させてくれるRPG

このゲームのHPの回復手段は以下の3種類が主な方法である。


1 アイテムによる回復

HPを30ほど回復できる『薬草』がひとつ8ブラッドで購入可能である。


2 宿屋に泊まる

宿屋の品質によって回復量はまちまちであるが、だいたい10ブラッドで100ほど回復できる。


3 魔法で回復する

回復魔法を覚えていれば5MPで30ほど回復できる。




魔法が使えない戦士の場合、一番回復効率がいいのは宿屋に泊まることなのだが、それでも1ブラッドで回復できるのはせいぜい10程度である。




さて、ではこの前、強敵スライムさんとの草原を荒地にするほどの激闘で、田中ちゃんが手に入れたブラッドはいくつでしょうか?


答えは1ブラッドです。


では第2問、強敵スライムさんとの草原を月面に変貌させた激闘の結果、田中ちゃんのHPはいくつほど削られたでしょうか?


答えは約900です。


では第3問、スライムさんとの激闘で削られた田中ちゃんのHPを全回復させるには何ブラッド必要でしょうか?


答えは約90ブラッドです。


では最後の問題、スライムさん一匹と戦うと、何ブラッドの利益が得られるでしょうか?


答えは、89ブラッドの赤字です。




…もうお分りいただけただろう。レベル99の現状、田中ちゃんはモンスターと戦う事に赤字となるのだ。


このゲーム、アイテムや装備はもちろん、レベルを上げるさえもお金が必要だし、イベントですら金で解決出来てしまう超資本主義社会の世界なのである。


金こそが正義、金こそが全てのこの世界…かつては田中ちゃんも一匹50万ブラッドのメタルゴブリンを数百匹狩っていたので、かなり金を持っていたはずなのだが、そのほとんどをレベリングに使い果たしてしまったため、今は一文無しなのである。


もう一度メタルゴブリンを倒そうにも、アップデータされた後ではおそらく倒すことすらままならない。


そういうわけで、田中ちゃんはまずスライムさんとの激闘で削れたHPを回復する必要があるのだが…ここで田中ちゃんの現在のステータスを見てみよう。




プレイヤー名 田中

職業 戦士

レベル99

状態異常 空腹

HP 99/999




状態異常である空腹は何も飲まず食わずでいると発生する状態異常なのだが…その効果は、一歩歩くごとにHPが1減るというものであった。


田中ちゃんの持ち物はすでに空っぽ、強いて言えば今装備している寝巻きのジャージと大きな大剣、そして髪を縛るゴムくらいしか無いのだ。


要するに、彼女の命はあと99歩で尽き果てるのだ。


…事実上の詰みである。


こうなると残された手は…。


「この大剣を売っぱらうしかない…」


戦士としての命を売り払うことだった。


もはやプライドも何も言ってられない状況なので仕方ないと言えば仕方ない。そもそも田中ちゃんは当たればどんな相手でもワンパンで終わるので武器が必要ない。


そういうわけで、田中ちゃんは泣けなしのやっすい戦士の命を売ることにしたのだが…そもそもそれを売るための武器屋までは確実に100歩以上は必要だ。


もはや八方塞がりのこの状況…人生やり直したほうが確実に早い。


そんな絶体絶命の状況を田中ちゃんのすぐそばであざ笑う妖精のナビィ。


「ハーイ、あんよが上手、あんよが上手。ほらほら、そんなところに突っ立ってないでさっさと歩きまちょうね」


ひたすら煽る妖精のナビィ。


そんな煽りもただ黙って聞くことしかできない田中ちゃんはプライドを捨て、ナビィに土下座した。


「ナビィ…いや、ナビィ様、お願いします。この大剣を武器屋まで売って何か食べ物を買って来てはいただけませんか?」


かつてはナビィからマスターと呼ばれ、崇められていた田中ちゃんの見るに堪えない土下座である。


「…仕方ないですね。本当はマスター以外に手を貸すのはいけないことなんですが…今回は協力してあげましょう。そこで這いつくばって待っていてください」


「ははー!ありがたき幸せ!」


数時間後…


「お待たせしました!」


心なしか、行きよりも小物を着飾ってきらびやかになって帰ってきたナビィが田中ちゃんに向かって投げやりに何か液状のものが入った大きなペットボトルを投げ捨てた。


「ナビィ…一体これは?」


「醤油です」


そう、ナビィが買って来たのは業務用の10リットル入りの醤油であった。…ちなみにこのゲーム、偏った栄養を摂取すると栄養失調という状態異常にかかり、最悪の場合死ぬ。


「栄養を補うと同時に水分補給も賄うことができる至宝の食事です」


…いや、死ぬだろ。絶対殺しに来てるだろ、これ。


そう思っても口には出せない田中ちゃんは低姿勢を保ったまま、申し訳なさそうに口を開いた。


「あのぉ…ナビィ様。申し訳ないのですが、これは…その…私の口には合いませんので…」


「は?此の期に及んで好き嫌いですか?あなた今、そんなワガママ言える立場ですか?」


「いやぁ…ですが、さすがに醤油は…」


「いいからさっさとそれ飲んで死ん…じゃなくて、旅立ってください」


…確実にナビィは殺しに来てる。


もうこいつを当てにするのは時間の無駄…そう考えたら田中ちゃんは他の作戦を考えた。


しかし、他にアテもあるはずがなく、ただただ時間だけが過ぎていく。


誰か…誰でもいい、私に手を貸して欲しい。


そう願った田中ちゃんにある選択肢が訪れた。


「あ、ああああの…も、もしかして君が僕の妹かな?」


立ち往生している田中ちゃんに話しかけて来たのは、妹を探しているシンだった。


妹に見つけてもらうべく冒険の旅に出たはずの彼だが、町の外に蔓延るスライムさんに勝つことが出来ず、早々に冒険を諦め、再び町の中でひたすらに女の子に話しかける『変態ロリコン童貞キング』に舞い戻ったのだった。…まぁ、レベル99のプレイヤーでさえも苦戦する相手だからね、全く準備を整えてないレベル1の初心者がそりゃあ敵わないよね。


そんなシンに話しかけられた田中ちゃんは状況もわからずキョトンとしていた。


「あ、あの…ぼ、僕、妹を探してこのゲームに参加したんだけど、肝心の妹の顔が分からなくて…えっと…それで…でもどうしても妹の力になりたくて…その…君は僕の妹かな?」


支離滅裂で断片的にしか内容が分からないが…田中ちゃんは頭の中でいろいろ考えていた。


妹の顔が分からない=私が妹と名乗っても信じるしかない=妹の力になりたがっている=私が妹と名乗ったら=…。


「久しぶり!会いたかったよ!お兄ちゃん!」


プライドも全てを脱ぎ捨て、変態の妹を名乗ることを決意した田中ちゃん。


「え!?え!?じゃ、じゃあ君が僕の妹なの!?」


「そうだよ!私が妹だよ!」


「そ、…そうなんだ!会えて良かったよ!」


「あのね、お兄ちゃん。私ね、今とってもお腹が空いてるの…だから何か食べ物を恵んで欲しいんだけど…」


「え?食べ物…ごめん、いま特に食べ物は持ってなくて…ついでに言うとお金もなくて…」


「使えねえ」


「え?何か言った?」


「ううん!なんでもないよ!…本当に何かないの?なんでもいいからさ。…なんなら身ぐるみ全部置いていってくれても…」


「うーん…一応、これならあるけど…」


そう言ってシンが取り出したのは緑色でドロドロとした『スライムのかけら』だった。これは先のスライムと戦った時に手に入れたものなのだが…。


一見食べ物とは思えないが、一応食べることが出来るのを田中ちゃんは知っている。味は舌に絡みつくような粘土の味だが、そこそこの栄養価があることも田中ちゃんは知っている。


生き延びるためとはいえど…これを食べるのはさすがに…。


躊躇っていた田中ちゃんの耳元でナビィが囁いてきた。


「私のことも忘れないで…」


そう言ってこれ見よがしに業務用の10リットル入りの醤油を勧めてくるナビィ。


醤油か…スライムか…。


腹を満たすほどの醤油は…多分死ぬ。


だが、スライムを食べるのも…人として死ぬ。


生命の死か、人権の死か…それを天秤にかけた田中ちゃんは…シンからそっとスライムを受け取って…屈辱を噛みしめるように咀嚼した。


なんの味もないくせに口全体に広がるスライム…なんども吐きそうになったが、なんとか腹に押し込んだ田中ちゃん。だが、それでも胃の中に異物がうごめいている感覚は拭えなかった。


しばらくすると目元がじんわりと涙で滲んできたのがわかった。


そんな田中ちゃんの肩にポンと手を置いて、ナビィが優しく話しかけて来た。


「ごちそうさまくらい言おうね、ゴミが」


「…ごちそうさまでした」


…このゲーム、バグだらけでしかも難易度が高い鬼畜ゲームだが、一つだけ良い点がある。


それはこのゲームが、食べ物のありがたみを嫌でも感じることができるRPGであるということだ。






おまけ


ナビィの解説コーナー!!


ナビィ「ハイハーイ!ナビィ姉さんに定期的に罵倒されないと気が狂いそうになってる画面の前のクズの皆さん!こんにちは!。今日もナビィ姉さんが言葉責めしてあげるね!感謝しろ!。それじゃあ今日は状態異常について説明するよ!。今回のおまけにあった空腹が主な例だね。状態異常のなりやすさはステータスのDEFが関わってくるよ。だからDEFが1とかだったりするとすぐ空腹状態になるよ!そうなったらひたすら食べ物を食べるしかないよ。使えないくせに腹だけは減るようなクズにならないようにDEFもちゃんとあげておこう!…え?レベル99でDEFが1のやつ?。うん、そいつは殺して逆に糧にしたほうが良いよ」


ナビィ「それで、状態異常は種類が多いから主なものだけ紹介するよ!まずは毒と麻痺。毒は時間経過でHPが減るよ。麻痺は全く動けなくなるよ。でも魔法は使えるよ。ちなみに二つとも時間経過で治らないから、この二つを治療するアイテムは常備しなきゃダメだよ?。…特に麻痺は下手すれば詰むから気を付けてね」


ナビィ「次にオモリと縮小。オモリは実際に体重が増加して動きが遅くなる状態異常だよ。縮小は体が小さくなる状態異常。これも時間経過で治らないよ。というか、状態異常は全部時間経過で治らないよ」


ナビィ「他にも石化や無口。石化は体が固くなるよ。これは強度的な意味じゃなくて、関節的に固くなるってことだよ。悪化すると関節が全く曲がらなくなるから気を付けてね!。無口は喋れなくなる状態異常だよ。魔法が唱えられなくなるから、魔法使いは気をつけるべき状態異常だね」


ナビィ「他にも混乱や暗やみ、睡眠などなど…混乱と睡眠はダメージを食らうと解除できるよ。ダメージを食らうかアイテムを使うかしないと一生そのままだよ。下手すれば永眠するね」


ナビィ「他にもまだまだ状態異常はあるんだけど…中には変わったもので二日酔いや低血圧とか、さらには栄養失調による状態異常があるよ!気をつけようね!」


ナビィ「どれも怖い状態異常だけど、誰でも簡単にどんな状態異常でも直す方法があるよ!うん!死ねば治るよ!やったね!。だから状態異常で詰んだら、諦めて死ぬ方が早いよ!」

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