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自由への戦い

ここはティエルの森、かつて大魔獣ティエルが朽ち果て、その膨大な魔力を宿した死肉を糧として育った魔植物がジャングルのように生い茂る暗き森。


魔力を帯びた植物特殊な霧を発し、森に侵入した者は一度入ると二度と出られないと言われている。そして森林の牢獄に閉じ込められた者はやがて朽ち果て、その死肉を糧にさらに森は育つのだ。


やがて人々から『迷いの森』と恐れられるようになったその森でいま、三人の冒険者が餌食となろうとしていた。


森の手中にハマり、成すすべのない彼らに残された道はただ一つ…目の前にいる小さな妖精に媚びを売ることだった。


麻痺を治せるアイテムはたった一つ…すなわち、助かるのは一人。目の前の妖精に選ばれなかった者はただ暗き棺の中でさらに何日も自由を奪われるはめになるだろう。一週間にも及ぶしりとりによってすでに磨耗し切った精神でこれ以上自由を奪われようものならば発狂は間逃れない。彼らは皆、雁字搦めの鎖からの解放を渇望していた。


だが、全ての運命は目の前にいる鬼畜妖精によって左右されるのだ。だから、彼らは否が応でも媚びを売る必要がある、妖精に選ばれし者となり、自らの足で自由に世界を歩むために…。


本来ならばそのためには真っ先に土下座して、地面を這い蹲り、ひたいをこすりつけながらありがたく靴を舐めたいところなのだが、麻痺で動かぬ体ではそれすらままならない。自らの下劣な媚びを体で表現することすら出来ないのだ。


だから彼らは唯一動かせる口先だけで最大限の媚びを売る必要がある。


守るべきプライドなどとうの昔に朽ち果てた。誇るべき魂などワンウィークしりとりで腐り果てた。


彼らの何兆とある脳細胞一つ一つが果たすべき目的のために身を引き裂くような叫びをあげる…『媚びを売れ』と…。


そしていま、自由を求めて地上最低な仁義なき闘いが幕を開けた。


全話でナビィが『媚びを売れ』と告げてからここまで実に0.03秒。脊髄による反射神経よりも遥かに早く反応し、先人を切ったのはユーキであった。


「ナビィ様!…いえ、ナビィ将軍!!…いや、ナビィ将軍閣下!!この卑しい私、ユーキの惨めな進言をお許しください!!」


かつて世界を救った英雄と呼ばれた男は光の速さで誰よりも早く、そして誰よりも下手に出た。


あまりの速さに思わず反応が遅れてしまった田中とシンは『しまった』と身が引き裂かれる思いに駆られ、出遅れた焦燥感から体中から滝のような汗を流した。


「よろしい、申してみよ」


そんな二人をさておき、ナビィはユーキの進言を聞き入れた。


「はっ!ありがたき幸せ!!。ナビィ将軍閣下、どうかこの小生にそのアイテムを譲っていただけませんか?。もちろん、ただでとは言いません!!。もしもこの小生の麻痺を直していだだいたい暁には、この小生、微力ながらナビィ将軍閣下の手足となり、誠心誠意この心臓…いえ、この命と魂を捧げてあなた様にお使いさせて頂きます!!」


「ふむ、よろしい。潔い媚び売り…評価に値します。…そちらの二人はなにか私に言うことはございませんか?」


ナビィ様はちらりと田中とシンに視線を向けた。


「えっと…えっと…僕は…僕は…毎日肩を揉みます!!」


「ふっ、小僧が。そんなガキのお手伝い程度でこの『麻痺なお草』が貰えるとでも?」


ナビィ様はそう言って彼らが喉から手が出るほど渇望している『麻痺なお草』をこれ見よがしにヒラヒラさせた。…ちなみにだが、この麻痺なお草は別にレアなアイテムでもなんでもなく、5枚セットが3ブラッドほどで購入できる。はっきり言ってガキの手伝い程度で買える品物だ。


だが、彼らはそんなありふれた代物に全てをかける必要があるのだ。


「ではそこの小娘、なにか私に言うことはありますか?」


ナビィ様は田中を一瞥しながらそうおっしゃった。


「私の麻痺を直していただいた暁には…とりあえず余興としてマサラ城を逆立ちして一周します、全裸で」


全裸でお城を一周などと漫画の罰ゲームでしか聞かないようなものを申し立てた田中。


「全裸でお城を一周だと?…こいつ、完全に女を捨てちまってる…」


「すでに命も魂も投げ打った私がいまさらそんな物に縋り付くとでも?」


一応乙女ともあろう者の申し立てに驚き、そのようなことを口にしたユーキだったが、田中はその言葉を一瞬でねじ伏せた。


「…でも、装備変えられないから服も脱げないんじゃないの?」


「…それもそうだな。全裸でお城を逆立ちしながら一周は無理そうだ」


だが、シンの指摘により、それは不可能であることが判明した。


「『逆さメイド』が逆立ちしたら見事にただのメイド服になるな」


「そんなただのメイド服がお城を一周してるところを見ても面白くないですし…ここはやはり私に忠誠を誓うと言ったユーキに麻痺なお草を…」


そうおっしゃったナビィ様が麻痺なお草をユーキに差し出そうとなさったその時、田中が慌てながらナビィ様に発言した。


「ナビィ様!!…いえ、ナビィ姫!!…いや、ナビィ嬢王陛下!!実はそこにいるユーキは先日、ナビィ嬢王陛下がいない時にあなた様のことを『鬼畜妖精』呼ばわりしてましたよ!!」


「ほう?それは本当ですか?ユーキ」


「いや、それは…」


田中の密告により立場が危ぶまれたユーキ。


「でも、そう言う田中はナビィ将軍閣下を今度オークの巣に放り込んでエロ同人みたいにしてやるって言ってましたよ!!」


しかし、すかさずユーキも反撃し、ヘイトを田中に集めた。


「ほう?この私をエロ同人みたいにですと?」


「い、いえ、それはただの冗談といいますか…」


とうとう自分の可愛さのあまり足を引っ張り合い始めた三人。…まぁ、一週間にもおよぶ虚無のしりとりを体験した彼らには仕方のないことなのだが…。


「ううむ、困りましたね。これじゃあ誰を選べばいいか分かりませんねぇ。…だったらこうしましょう。三人の恥ずかしい過去を暴露して、一番恥ずかしいものを暴露した人にこのアイテムを贈呈しましょう」


ナビィ様のお言葉によって、三人はそれぞれ苦悶の表情を浮かべた。


「では、まずはシンからどうぞ」


「えっと…えっと…」


一番目に指名されたシンは自由のために必死になって頭を回転させた。


もはやプライドを投げ売ることは厭わない、笑い者になることなんて覚悟の上だ。しかしながら、これと言って笑えるほどの恥ずかしい過去など思い浮かばない。


そんな中で彼はこれ以上、自由を奪われないためにかつてないほどに考えを貼りめぐさせた。


そして、頭を全力で振り絞り、ようやく答えを出した。


「僕は…昔病院に通っていた時、帰りたくなかったからこっそり病院に隠れて一日病室に泊まったことがあるんだ。そしてその時、夜中にトイレに行きたくなったんだけど…その道中が怖くてそのままトイレに行けなくて漏らしちゃったことがあるんだ」


「へぇ、それで?」


「…以上だよ?」


「結局漏らしたってだけの話ですか…クッソつまんないですね」


ただ漏らしただけの話にナビィは酷評の声をあげた。


ナビィを満足させられなかったシンはがっくりとうなだれた。そんなシンにユーキは話しかけた。


「病室に通ってたって…なんか怪我でもしたのかよ?」


「いや、別に僕が怪我とかしてたわけじゃなくて、お見舞いに行ってたんだよ」


「お見舞いって、誰の?」


「えっと…それは…」


そこで言葉が詰まったシンは突然ハッとした表情を浮かべ、感心したかのように声を発した。


「そうだ!妹のお見舞いに行ってたんだよ!」


「妹?…ああ、そういえばシンの目的って妹を探すことだったな」


「今までどうしても妹のことを思い出せなかったけど、いまちょっとだけ思い出せたよ!。そうだ、妹は生まれつきの病気で入院してたんだよ!」


今まで思い出そうとしても思い出せなかったことが一週間のしりとりから解放されたいという欲望によって記憶を掘り起こすことが促進され、いま思い出すことが出来たのだ。


「大切な妹のことを忘れるとか、ほんとどうかしてるよな」


そんなシンを田中は呆れたように馬鹿にした。


「仕方ないじゃないか。僕がこのゲームに来る直前、このゲームは脳に何かしらの異常を与えるとかニュースでやってたし、多分忘れちゃったのもその影響だよ」


「あぁ…まぁ、このゲームろくにテストも出来てないから結構危ないところがあるしな。そういう異常が出てもおかしくないか」


シンの言い訳を聞いて田中も納得したようにそう頷いた。


「…まぁ、お漏らしシンはさておき、次はユーキが暴露する番ですよ」


今度はナビィはユーキに話題を振ったがユーキは困った表情を浮かべていた。


「おや?どうかしました?まさか此の期に及んで怖気付いたとか?」


「いや、そうじゃなくてさ…実は俺、このゲームに来る前の自分のことは何も覚えてないんだよ」


「…え?」


「自分が何をやってたとか、どんな人だったとか、どこで育ったとか…なんにも覚えてないんだよね。だから恥ずかしい過去って言われてもさ…」


今の今まで明かされなかったそこそこ衝撃な事実に一同は困惑した。


「いや、その…別に黙ってたわけじゃなくて…ただそれを言う機会が今までなかったからさ…」


困ったようにそんなことを口にするユーキ。場は変な空気になってしまったが、そんな空気をぶち壊すかのように田中は口を開いた。


「でもぶっちゃけ、ユーキの正体とか興味ないしな。どうでもいいわ」


「どうでもいいは言い過ぎだろ。…でも、別に記憶がなくたってゲームは楽しめるからな、別段困ってるわけじゃないからいいんだけどさ。でも多分、これもシンが言っていたゲームの障害によるものなんだろうな」


「それにしたって自分の正体まるまる忘れるとかアホ過ぎでしょ?」


「そう言うなよ。そう言う田中だって何か大切なこと忘れてるかもしれないんだぜ?」


「忘れるくらいなんだからどうせどうでもいいことなんでしょ」


「まぁ、今はその話は置いておきましょう」


ユーキと田中が記憶の話をしていると、ナビィが割り込むようにそう言って話題を変えて来た。


「それでは最後に田中、あなたの恥ずかしい過去の暴露をどうぞ」


「恥ずかしい過去って言ってもなぁ…結構小さい頃から私はナビィと一緒だったから大体知ってるでしょ?それにこの私に恥ずかしい過去なんで一つもありはしないさ」


「え?俺はまだ田中と出会って間もないけど、すでに数え切れないほどの黒歴史で思い出がいっぱいなんですけど?」


田中の言葉を耳にしてユーキの頭に思い浮かぶ光景はどれも田中の恥ずかしい過去であった。


だが、そんなユーキの言葉を無視して、ナビィが嬉しそうにこんなことを話し始めた。


「でも、あれとかどうですか?田中の初恋のお話とか?」


「田中の…初…恋?」


「田中…お前が恋心なんていう人間染みた感情を持ち合わせていたのか?」


ナビィの発言に困惑の声を上げるシンとユーキ。


「ナ、ナビィ!その話はダメだろ!」


初恋の話を掘り起こされて田中は珍しく顔を赤くして慌てふためいた。


「ほらほら、昔はよく『お兄ちゃーん』とか言って抱きついてたじゃないですかぁ」


「や、やめろ!ナビィ!」


身体が動かぬことを良いことにナビィが田中の過去を好き放題暴露していると、ちょうど茂みから一人の人間が出て来た。


「…ひ…人だぁぁぁぁ」


その人物はシスターの格好をしたおっとりとした10代後半くらいの女性で、田中たちを認識するなり涙を流し始めた。


「うえええぇぇぇ…人だああああぁぁ!!!!1ヶ月ぶりの人間だああああぁぁ!!!!」


滝のような涙を流しているためその表情まではよく見えなかったが、どうやら田中達と出会えたことを喜んでいるようだ。


「えっと…どちら様で?」


困惑するユーキがその女の子に尋ねたところ、女の子は涙交じりに自己紹介を始めた。


「私はミケというものです。クラスはビショップです。実はこの森に入ったのは良かったんですが、出ることが出来ず1ヶ月ほど彷徨ってたんですぅぅ…うぅ…寂しかったよぉぉぉぉ!!!!」


こんな森に1ヶ月も迷い込み、ようやく人に会えたことにミケは感激し、田中に泣きつくように抱きついてきた。


「お願いですぅぅぅ!!!助けてください!!」


よほど心細かったのか、ミケは脇目も振らずに助けを求めてきた。


突然現れた謎のビショップ…だが、好都合なのは田中達も同じ。麻痺で動けない彼らにとってもミケはメシアのような存在なのだ。


「助けてあげたいのは山々なんだが…実は俺たちも全員麻痺で動けない状態で…。なにか麻痺を治す方法を持ち合わせていないか?。それが出来なかったらいっそ殺して欲しいんだが…」


「え?殺す」


デスベホマがデフォになったユーキにとっては死ぬことなどコンビニ感覚でサクサクいけるが、他の人にとってはそんなスナック感覚で出来るものではない。その証拠に殺すという選択肢にミケは困惑していた。


「殺すのはちょっとアレですけど…私、ビショップなので治癒魔法を唱えられますよ!!」


治療のエキスパートであるビショップの職についている彼女にとって、麻痺を治すことなど造作もないことなのだ。それにもかかわらずパーティに戦士しかいない脳筋三人組には麻痺の治療が出来るミケが神のように思えた。


「み、ミケ様ああああああああ!!!!!」


三人はすがるように神の名を呼んだ。今ここで体が動くならば今すぐに跪き、ひたいを地面に擦り付けながらこうべを垂れ、そのまま靴を舐めかねない勢いがあった。…靴舐めてばっかだな、こいつら。


「それでは…早速、治療を始めます」


ミケはメニューを開いてなにやら操作をし、魔法を発動させた。


「『エストナ』」


ミケがそう口にすると同時に三人の麻痺は治療された。


「おお、凄い。これは全体回復魔法ってことか?」


ようやく自由をその手に納めたユーキは驚きながらそんなことを尋ねた。


「いや、『エストナ』は本来ならば単体状態異常回復魔法だ」


そんなユーキの質問に代わりに田中が答えた。


「え?じゃあどうして三人とも回復したんだ?」


「おそらく彼女は…スキルホルダーだ」


「…スキルホルダー?」


こうして、田中達は一週間のしりとりと、卑しい足の引っ張り合いの末、ようやく自由を取り戻したとさ。

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