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クソゲーがクソゲーたる由縁

ティエルの森、そこはジャングルのように生い茂る木々に覆われた深き森。


数多に降り注ぐ太陽の光に触れんと、我先にと葉を伸ばす木々が天の光を遮り、あたり一面は昼夜問わず薄暗い影に包まれていた。


風が木々をそよぐ音、木々から滴る水の音、さえずる鳥の声、遠くでせせらぐ川の音色、そんな自然が織りなす環境音が支配する森にボソボソと亡者のようにどんよりとした声が時折顔をのぞかせていた。


「…自立式電波塔」


「う……鶯張り」


「り…り…リビングデッド」


その音の正体は薄暗い森でなぜか棒立ちで佇みながらボソボソと人の言葉を話していた人間のような三つの物体だった。


特に目を引くのは、その三つの物体の内の一つがメイド服を上下逆に来ている少女のような何かであった。


姿形は人間に近いが、瞳は虚空を見据え、うなだれたかのように肩を落とし、生き物とは思えぬほど正気を感じさせないそれはもはや生ける屍に近い存在であった。


「ド…ド…ドリップコーヒー」


そんな生ける屍共がこんな森で棒立ちをしながら何をしているかと言うと…聡明な読者諸君はもうお分かりの通り、しりとりをしているのである。


「ヒ…ヒ…引きこもり」


「シン、『引きこもり』はもう言わなかったか?」


「え?そんなの覚えてないよ。もうどれだけしりとりしてると思ってるのさ?」


「田中は覚えてないか?『引きこもり』はもう言ったかどうか」


そんなユーキの質問に田中は力のない声で答える。


「いいよ、もうそんなのどっちでも…うへへ…うへへへへへへ」


相当精神に来ているのか、彼女は違法な薬物を服用しているかのようにラリっていた。


「おいおい、勘弁してくれよ。暇だからしりとりやろうって言ったのは田中だろ?」


「ああ、そうだな。確かにしりとりを提案したのは私だ。…だけど、だけどな…一週間もこんなところでずっとしりとりしてたら発狂しそうになるだろうが!!」


そんな田中の怒りが小さな森にこだました。


「それもそうだね。…僕ももうなんかいまにも気が狂いそうだよ」


疲れた声で田中の怒りの声に賛同するシン。


「まぁ、確かに…俺たちもう一週間もここで棒立ちしてるもんな」


ユーキもため息まじりにそんなことを口にした。


そう、彼らの言う通り、三人は一週間もこの森で棒立ちすることを強いられていたのだ。


事の発端は一週間前…結局服を溶かしてくれず、服を溶かされたいフェチという称号だけを手にした田中一行は相変わらず『必中のルビー』を求めて火山の街、ボルケノに向けて旅をしていた。


その道中、近道のために田中はこのティエルの森を通り抜けることを提案した。


「この森…なんか危なそうだけど、入って大丈夫なの?」


森を前に心配そうにシンはそう呟いた。


「大丈夫だ、この森は通称、迷いの森とも言われていて、特定の手順を踏まなければ森から抜けられない仕様になっているが、私はその手順を把握しているからな、問題なく抜けられるさ」


そんなシンに向かって田中は胸を張ってそう言った。


「でも、モンスターとか強いんじゃないか?」


「その点も抜かりないぞ、ユーキ。この森の敵のレベルは低いからな、私のHPならまず死ぬことはないさ。レベル1のシンでも抜けられるさ…運が良ければ」


「でも森のモンスターって言ったらなんか厄介な状態異常持ちが多いイメージなんだが…」


「大丈夫、大丈夫、状態異常攻撃をもってる敵なんて一部しかいないし、大した状態異常攻撃もない。強いて言えば麻痺が厄介だろうけど、一人くらいなら状態異常になったってカバーできるさ。まさか全員麻痺で動けないようになるとかまず無いし、何も心配はない、大船に乗ったつもりで私に付いて来い」


田中は自信満々にそう言って森へと入っていったが…まぁ、当然のことながらその言葉がフラグとなり、彼らは全員麻痺となったのだ。(麻痺になると移動、およびメニューを操作する以外の攻撃などの行動ができなくなる)


しかもファイナルアタック、通称FAと呼ばれるHPが0になったときに力尽きる前に特定の行動をしてくる敵がいるのだが、最悪なことにその攻撃によって最後の残った一人が麻痺にさせられたのだ。


するとどんなことが起きるだろうか?。敵がいない状態で全員動けない状態になるのだ。補足しておくと、麻痺の状態異常は時間経過で治らない。そして同然のことながら田中一行にその麻痺を治すすべはなかった。そうなるともうお気付きの方もいるだろう…麻痺で移動も攻撃もできなくなり、その麻痺を治すすべはなく、時間経過で治らないし、おまけに攻撃もできないので自滅すらできないし、近くに敵はいない。そんな田中一行に出来ることはただ待つことしかない。そう、なすすべのない彼らは事実上、詰みの状態にあるのだ。


助けを予防にもここは迷いの森として有名なダンジョン。そんなところに訪れるプレイヤーはそういないだろう。


全滅してデスルーラしようにも、攻撃すら許されない彼らには自殺すらできない。あたりに敵でもいれば、ひたすら殴られ続けて死ねるのだが、不幸にも一向に敵は出てこない。まさに八方塞がりな彼らはただひたすら救いの女神が訪れることを祈るしか出来ないのだ。


彼らは死すら生ぬるい悠久の地獄に立たされているのだ。…いや、正確に言えばユーキはその気になれば自滅することは出来る。メニューを開いて自滅用魔法『バイズ』を数回唱えれば彼はMPが枯渇し、無事に棺桶という安息の地へとたどり着ける。


しかし、それでは田中とシンが残されたままだ。最悪の場合、棺桶の中でさらなる月日を過ごすことになる。


そんなこんなで八方塞がりな彼らはしりとりをして時間を潰すことにしたのだ。


そして…一週間という時が経ち、今に至る。


この間、寝ることもままならない彼らは不眠不休でしりとりを延々と繰り返していたのだ。そりゃあ精神の一つや二つは病む。


「僕、いままでゲームっていうものをしたことなかったから知らなかったけど…ゲームってこんなにも苦痛なものなんだね」


虚ろな目をしたシンがぼそりとそんなことを呟いた。


「いや、そんなことないぞ。ゲームは楽しむものだ」


シンの言葉を否定するユーキ。


「へえ?生き返るや否や殺されたり、棺桶に入れられたまま数日も放置されたり、いまこうやって一週間も不眠不休でしりとりをやり続けることをユーキは楽しむことが出来るんだ?。そうなんだ、さすがだね、ユーキ。だったら教えてよ!ユーキ!。どうすればこの地獄を楽しめるのさ!?どうすれば安らかに眠ることが出来るのさ!?わかんない!!わかんないわかんないわかんない!!教えてよ!!ユーキ!!。僕はどうすればこの地獄から解放されるのさ!?どうすれば!?どうすればばばばばばばばばばばばば!!!!!!」


しかし、そんなユーキの言葉がシンを逆上させてしまったのか、シンは我慢出来ずに悲痛な叫び声をあげた。


もう手の施し用のないほど狂い狂ったシンを前に、ユーキはかける言葉が見つからなかった。


そんな時、森の奥から1匹の妖精が現れた。


「え!?うっそぉ!?まだそんなところで突っ立ってたんですか!?ほんっと物好きな連中ですねぇ!?」


もちろん、その妖精の正体はかの有名な鬼畜妖精のナビィさんなのだが、さすがのナビィさんも一週間もその場で立ち竦む彼らには引いてるのか、若干距離を取っていた。


「誰が好き好んでこんなところで一週間もしりとりやるか」


「一週間もしりとりって…さすがに私も涙出ちゃいそうですよ」


ユーキから衝撃の事実を突きつけられたナビィはあまりにも可哀想な連中を前に目をウルウルとさせた。


「そういうナビィはどうしてたんだよ?」


「私はちょうどこの近くに実家があるんで帰省してたんです」


「実家?」


「はい、妖精の国があります」


そんな話をしていると突然田中が女をかなぐり捨てた必死の形相でナビィに頼みこんできた。


「ナビィさん!!…いえ、ナビィ様!!どうか…どうかお願いです!!何卒…何卒私たちに慈悲を…お慈悲をください!!」


麻痺で動かぬ体を必死に震わせ、血の涙を流しながら田中はナビィに頼みこんだ。体が動くのならばその場で土下座して靴まで舐めかねない勢いであった。


「…もうそこまで言うならこんな冒険やめて堅実に暮らしてみてはいかががですか?」


「それは出来ない!!」


血涙を流しながら断固たる意志を見せる田中。


「はぁ…なんという愚かな生き物なのでしょうか…」


そんな田中をただただ哀れんだ目で見るナビィ。


「いいでしょう、ちょうど私『麻痺なお草』という麻痺を治すアイテムを持ってますので差し上げます」


そう言ってナビィは懐から一枚の葉っぱを取り出した。


「ナビィ様!!」


一週間の時刻の末、ようやく蜘蛛の糸が目の前に垂らされた三人はその糸の主人である珍しく優しい笑みを浮かべるナビィの後ろから後光が差しているのが見えていた。


そんな優しい笑顔のナビィは希望を差し出そうとしたその時、その小さな手のひらから希望の葉を手放し、地面という名の絶望に叩きつけて三人に向かってこう突きつけた。







「どうぞ、拾ってください」




そう、この鬼畜妖精は目の前の三人が全く動けないことを把握しつつ、手を伸ばせば届くほどの距離に蜘蛛の糸を垂らしたのである。


希望は目の前にある、直ぐ手を伸ばせば掴めるほどに近くにある。だが、体を動かせない彼らにとってその距離は地平線よりも遥か彼方の遠方の地に等しい。


むしろ目の前に待ち焦がれた希望を突きつけられた分、それに手を伸ばすことが出来ないジレンマが一週間のしりとりによって疲弊した彼らの精神を加速的に蝕んだ。


「ナ、ナビィ…貴様ああああああああああ!!!!!!!」


目の前に浮遊する小さく可愛らしい妖精からは考えられないほどドス黒い腹を抱えていることを再認識した田中は怒りのあまり恫喝した。


「おやぁ?そんな態度取っちゃっていいんですかぁ?。いまこの場であなた方を救えるのは私だけなんですよぉ?だったらもう少し言い方ってものがあるんじゃないですかぁ?」


「ぐっ……あなた様ああああああああ!!!!!」


「…いや、丁寧な言葉にすればいいってもんじゃないだろ」


ナビィに指摘された通り『貴様』を『あなた様』に改めた田中だが、相変わらず声は怒りで満ちていた。


「まぁ、なんにせよ…ようやくこの場の真の支配者は誰があるか低脳なあなた方にもわかっていただけたようですね?」


ナビィは羽をパタパタとさせ、空中に浮遊しながら椅子に足を組んで座る動作を見せつけた、


「ここで一つお知らせがあります。蜘蛛の糸っていうものは何人も登ろうとすると切れてしまいます。それと同様に、私がこぼした希望を掴めるのは先着一名のみ…つまりこのアイテムは一つしかありません」


ナビィの言葉を耳にして何かを察した三人は声を押し殺して黙った。


「誰か一人が麻痺から復帰して、冒険を続ける場合、他の二人は棺桶に詰めて運ぶしか方法はありませんよね?。でも皆さん、嫌ですよね?一週間も自由を奪われしりとりを強要された挙句、棺桶にぶち込まれてさらなる拘束を受けるのは。そういうわけで、皆さんは我先に麻痺を回復したいわけです。そして、その一人を選ぶのはこの私です。そこであなた方がやるべきことはただ一つ…」


三人は覚悟を決め、生唾を飲み込んだ。そのタイミングを見計らって鬼畜妖精は彼らにこの言葉を突き抜けた。


「私に媚びを売ることです」


いま、自由をかけた仁義なき闘いが幕を開けようとしていた。


…結局こいつら全然冒険できてねえな。

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