英雄と呼ばれし者、ユーキ
「今回の逆さメイド討伐において、貴殿の働きは実に素晴らしいものであり、世に二つと無い世紀の成果である。そしてこの世界を救ったその功績を讃え、貴殿に英雄の証としてマサラ王国国王、ユーニグルドより最高名誉勲章を授ける」
玉座から立ちながら国王が長々と語った後、自らの手でユーキに勲章を贈呈しようとした。
その場に立ち会っていたたくさんの貴族や騎士に見守られる中、逆さメイドを倒し、世界を救った英雄となったユーキは名誉勲章を目の前にこんなことを口にした。
「いや、その…受け取れません」
確かにユーキは世界を救ったかもしれないが、ユーキからしてみればそれは単なる身内の不始末の処理。いくら田中が強かろうが、それはあくまで見せかけの強さに過ぎない。ある程度のステータスがあるならその攻撃は絶対に当たらないことを知っているユーキからしてみれば今回の世界の救出はただの茶番に過ぎないのだ。
それなのに勲章など受け取るのは流石に遠慮したいのだろう、ユーキは勲章を断ったのだ。
「なぜだ?これはマサラで最も栄誉ある勲章なのだぞ?。お主の役に立つことはあっても邪魔になることはあるまい」
「いや、欲しくないわけじゃなくて…俺はそれを受け取るようなことはしてないんだ」
「何を言うか?。お主は世界を救った英雄なのだぞ?。お主がいなければこの世界は逆さメイドの手によって崩壊していたかもしれないのだぞ?」
「いや、だからほんと大したことはしてないんだって。田中なんかその気になれば誰でも倒せるような雑魚なんだって」
「はっはっは、そう謙遜するでない。ここは私の顔を立てて、受け取ってはくれないだろうか?」
マサラ王国を救った英雄を前に、なんのお礼もできないようでは国王のメンツが立たない。ユーキもそれは理解したのだが、いかんせん気が乗らず、躊躇してしまう。
「国王…やっぱり悪いけど、それはまだ受け取れない。来たるべき時が来たら…胸を張って受け取れる日が来たら、必ずそれを受け取る。だから、今回は保留ということで勘弁してくれないか?」
「なんと…世界を救ってもまだ満足出来ないというのか?。なんと志の高いことよ。お主こそが、真の英雄かもしれないな。よかろう、ユーキが満足するその時までこの勲章は私が預かっておこう」
周りで立ち会っていた人々もユーキの志の高さを理解したのか、その様子を拍手で迎えた。
「代わりと言ってはなんだが…どうかこの城で休んで行ってくれないか?。せめて今日だけでも君をもてなす機会を私に与えて欲しい」
「そ、そこまで言うのなら…今日くらいはゆっくりさせてもらおうかな」
と、いうわけで今日はお城にお泊まりすることになったユーキ。
英雄となった彼は豪華な晩餐や見世物、その他諸々のもてなしを受けたとさ。
ちなみにだが、破壊の限りを尽くした田中は騎士達の手によって無事に棺桶に箱詰めされ、城の地下深くに封印されていたとさ。
…え?シンはどこ行ったって?。
なんか逆さメイドとの激戦の最中に衝撃に巻き込まれて遥か彼方までぶっ飛んだらしいよ。どうでもいいね。
翌日、きちんとメイド服を着こなした普通のメイドに起こされたユーキは国王の待つ食堂へと案内された。
「おはよう、ユーキ。昨日はよく眠れたかな?」
「お陰様でバッチリ寝れた。最近はもっぱら、棺桶で寝てばっかりだったからな…」
「何か言ったか?ユーキ」
「いや、なんでもない」
「それはそうとユーキ、君に会わせたい者がいる」
「会わせたい者?」
国王はそう言ってメイドに指示を送り、ある人物を部屋に通した。
部屋に通された人物は育ちの良さそうな気品溢れる10代後半くらいの女の子であった。
「紹介しよう、私の息子でこの国の第一王子であるランだ」
王子のくせに女の子なのはNPCの美少女化による弊害なのだろうが…それはさておき、王子であるランは片膝をついてユーキに挨拶をした。
「初めまして。第一王子のラン・マサラでございます」
「おいおい、王子様がそんなに畏まらないでくれよ。…扱いに困るだろ?」
王子という限りなく身分が高いくせに片膝をついて挨拶されてはさすがのユーキも対応に困っているようだ。
「いえ、先日の一件で私はあなた様に忠義を捧げるほどの感銘を受けました。たったレベル11であの逆さメイドに立ち向かい、そして無傷で倒して帰って来たその様に、私は感動せずにはいられませんでした。どうか、この小生をあなた様の弟子にしていただけないでしょうか?」
「いや、そういうの言われても困るから…」
ランを見ていて、かつて田中に弟子入りして絶賛ひどい目にあっているユーキはあの頃の自分と重ね合わせていた。
そもそも、ユーキは誰かを弟子に取れるほど強くはないのだ。
「お願いです!!私を弟子にしてください!!なんでもしますから!!」
ランはそう言って何度も頭を下げた。
「私からもお願いしたい、ユーキ。ランは普段は稽古嫌いのサボリ魔なのだがな…そのランがここまでお願いするとなると、よっぽどお主のことを気に入ったのだろう。どうか弟子にしてやってはくれないか?」
国の最高権力者までそう言ってユーキに頭を下げた。
「ダメダメ、弟子とかそういうのは取ってないから」
しかしながら、ユーキはNPCであるランの方が自分よりはるかに強いことを理解しているため、弟子入りを断った。
「そうか…弟子は取ってはくれないか。…だったらここはランに一つ稽古をつけてくれないか?。聞けばユーキの剣術はどんな武器も耐えきれぬほどの凄技らしいではないか」
息子の弟子入りを諦めた国王はせめて国を救った英雄の技量を少しでも息子に継がせるため、稽古のお願いをした。
「断る。誰が言ったか知らないが、そんな大それた剣術使えないし…」
「剣術はダメか。…では魔法の稽古はどうだろうか?。聞けばユーキの魔法は使えば終焉をもたらすほど強力な魔法だとか…」
「だからそんなことないって」
ユーキはそう言って否定するがよくよく考えてみれば国王の言うことは別に的外れなことではなかった。確かにユーキは自らの剣術で何度も剣を折ってきたし、ユーキの使う魔法『バイズ』も国王の言う通り、使えば(使用者に)終焉をもたらすほど強力な魔法だ。
「っていうか、誰がそんな噂話してたんだよ?」
ユーキが国王に噂の元を尋ねたのは、これ以上自分がすごい冒険者であるという噂が広まるのは、噂を信じた人が真実を知った時に自分に対してどのような仕打ちを取るか分からないので、噂を広めているやつを止めたいという思いがあったのだ。おまけに国王の言う噂は一応は真実であるだけに、噂を広めているのはもしかしたら自分に近い者の仕業なのではないかという疑いがあった。
「詳しいことは私も分からない。私も城の兵士たちが噂していたのを小耳に挟んだに過ぎないからな。ただ…城の兵士は城下町の酒場で吟遊詩人からその噂を聞いたそうだ」
「酒場の吟遊詩人?」
それだけ聞いてもユーキは犯人に心当たりはなかった。しかし、国王の次の一言でユーキはその正体が分かった。
「兵士曰く、妖精の吟遊詩人だそうだ」
噂を広めている犯人が犯人だけに嫌な予感がしたユーキはすぐさま町の酒場へと駆け出した。
一方、町の酒場では今日も冒険者達で賑わっていた。
数多の死線をかいくぐり、たくましく育ち、屈強な姿をした冒険者や女の子のケツばかり追いかけて冒険に出なくなった冒険者、中にはどっかの誰かに身ぐるみでも剥がされたのか、パンツ一丁の見窄らしい姿をした冒険者であふれていた。
そんな彼らは皆、酒をいっぱいに注がれたジョッキを手に何かを囲むように輪になっていた。
そしてその中心いる手のひらサイズの小さな妖精の吟遊詩人の言葉を彼らは今か今かと待ちわびていた。
そんな冒険者達が皆熱心に耳を傾ける中、その妖精はこんなことを語り始めた。
「かつて…このマサラの王国に三度の危機が訪れた。一つは魔王軍の侵攻。二つ目はヴィーナスの大災害、そして三つ目が…この度の終焉をもたらす者、逆さメイドの襲来。身体を突き刺すような激しい雨と、目を焼き付けるかのような凄まじい稲妻と、恐怖を掻き立てるその邪悪な咆哮と共に、突如この国に現れたその存在は破壊神と呼ぶにふさわしいものであった。その一撃は辺り百里を無に帰す程の衝撃であり、王国最強の騎士団でさえ近づくことさえ叶わなかった。人智を超えた力でただひたすらに破壊を繰り返すそれは神に祈ることを忘れた人類に激怒した神々が我々に課した試練なのかもしれない。その圧倒的な力には幾百年と積み上げてきた技術も、磨き上げてきた文化も、日々精進を続けていた冒険者達でさえも風の前の塵に同じ、我々のしてきたものなど風前の灯火に過ぎなかった。ただ黙って指をくわえて、世界が崩壊するその日を震えながら待つことしかできなかった。住民も、騎士団も、国王も、冒険者も…世界中の人々が絶望に打ちひしがれ、暗雲に覆われた空の下で涙を流した…たった一人の男を除いて。その者はどこからともなく颯爽と現れ、たった一人であの逆さメイドに立ち向かった。レベルはたった11しかなく、装備もろくなものじゃない。その小さな身一つで世界の終焉に立ち向かったのだ。その様子を目にして、誰もが無謀だと決めつけた。しかし、意外なことにその者は一流の鍛冶屋が手塩にかけて作り上げた最上級の劔でさえも耐えきれぬほどの豪快な剣術と、一度唱えれば破滅をもたらすほどの強力な魔法の使い手であった。身を切り裂くほどの吹き荒む嵐の中に単身乗り込んだ彼を身を焦がすほどの激しい稲妻と、大地を揺るがすほどの逆さメイドの怪力が襲いかかる。紙一重でなんとかそれらを交わしながら逆さメイドの懐まで飛び込んだ彼が放ったものは身に余る剣術でも、制御しきれないほどの魔法でもない。彼の持つ本当の武器は…言葉であった。理性もなく暴れ狂う逆さメイドを天啓とも呼べる卓越した言葉で逆さメイドを止めたのだ。剣も魔法も使うことなく、彼は言葉だけで逆さメイドを制したのだ。彼ならばきっと剣や魔法で逆さメイドを討ち亡ぼすことも可能だったのだろう。しかし、それをせずに言葉で逆さメイドを食い止めたのは…世界を終焉へと導く破壊神思い愛す慈悲深き心を持ち合わせていたからであろう。そう、彼は世界や我々だけではなく、逆さメイドをも救ったのだ。愛で世界を救った彼にまさる英雄など今も昔も、そしてこれからも存在しないであろう。…私は、そんな強き心を持ち合わせて彼こそが真の英雄だと謳い続けよう。ここにいる冒険者諸君よ!今日この日、酒を手に仲間と共にここにいることができるのは誰のおかげであろうか!?今ここで、友と共に笑顔でいられるのは誰のおかげであろうか!?。そんなものはもはや言うまでもない!!全てはあの世界を破滅の危機に追いやった逆さメイドごと、この世界を救った彼のおかげだ!!。よって!!いまここで彼を崇め、そして彼を讃え、未来永劫に語り継ごうではないか!?。…冒険者よ!!叫べ!!かの者の名は………」
「冒険者、ユーキイイィィィィ!!!!!!!!」
英雄の名と共に乾杯の音頭を上げた冒険者達は皆一斉に酒を飲み始めた。世界の終焉など嘘のように明るい笑顔で埋め尽くされ、皆生き生きとしていた。
全ては逆さメイドの暴走を食い止め、世界を救ったあの英雄のおかげ…そんながそんな思いで一つになる中、語り手となっていた妖精の吟遊詩人にとある人物が話しかけてきた。
「おいコラ、ナビィ。お前に何デタラメ吹き込んでだ?オイ」
怒りに満ちた声で語り手となっていたナビィに声をかけたのはみんなの英雄であるユーキであった。
「おやおや、話をすれば…まさかご本人のご登場とは…」
「いい加減にしろよ。ナビィがデタラメ吹き込んだせいであらぬ噂が…」
二人がそんな会話をしていると、誰に身ぐるみを剥がされたかは知らないがパンツ一丁の身なりをした一人の冒険者がユーキを指差してこんなことを叫んだ。
「あ、ああああああ!!!!!!ユーキだああああ!!!!本物のユーキだああああ!!!!」
その声に反応した周りの人達もユーキの姿を見るなり叫び出し、さらにその声によって波紋は広がり、酒場はパニック状態になった。
「やべえよ、やべえよ!!ユーキさんだよ!!英雄のユーキさんだよ!!」
「どうしよどうしよ…あ!そうだ!サインもらわなきゃ!!色紙…もしくは代わりになるものはなんかないのか!?」
「…ダメだ!!パンツしかねえ!!」
身ぐるみを剥がされた冒険者達がそんなことを叫ぶ中、ユーキは無視してナビィに噂を広めるのをやめるように説得しようとした。
「ナビィ、こんなデタラメ吹き込んで話を大きくして、後で本当のことを知られた時どうすんだよ?」
「何言ってるんですか?。私はデタラメなんて言ってませんし、ユーキのことを忠実に再現していますよ!!。ただ演出にこだわっているだけです!!」
「その演出が語弊を招くんだよ!!」
ユーキは他にもナビィにいろいろ言いたいことはあったが、その前に周りのパンイチの冒険者がユーキに声をかけてきた。
「ユ、ユーキさん!!どうかこのパンツにサインください!!」
「ちょっと待て!!いまそれどころじゃ…っていうかパンツにかよ!?」
「すみません。逆さメイドに身ぐるみ剥がされたせいで…いまパンツしか持ち合わせてないんですよ…」
「ぐっ…」
パンイチの原因が身内にあることを聞いてしまったユーキは申し訳なくなったので、渋々パンツにサインを書いた。
「ありがとう!!ユーキさん!!。俺もうこのパンツ一生洗わないよ!!」
「いや、パンツは洗え」
「このパンツは家宝にして代々受け継がせるよ!!」
「いや、パンツが家宝とか子孫が泣くからやめて差し上げろ」
「ユーキさん!!俺も逆さメイドに身ぐるみ剥がされてパンツしかねえけど…俺のパンツにも!!俺のパンツにもサインをくれ!!」
「ああ!くそ!田中の馬鹿野郎!!。…わかったよ!パンイチでサインが欲しいやつは一列に並べ!!」
身内のせいでパンイチになったやつには申し訳なくなったのでパンイチのやつらを一列に並ばせてユーキはパンツに順にサインを書いていった。
その様子を見ていたナビィは独り言のようにこんなことを呟いた。
「なるほど。『英雄のユーキさんはパンツにならサインを書いてくれる』と…これも語り継がねばいけませんね」
こうして、ユーキはパンツにならサインを書く英雄としてよに名を馳せて行ったとさ。