SSS級クエスト『逆さメイドの討伐』
「ユーキと申したか?お主に今一度問おう。…お主にあの逆さメイドを止めることが出来るのか?」
玉座に座りながら国王はユーキに質問をぶつけた。
「大丈夫です、なんの問題もないです。すぐ終わります」
世界が終焉へと向かっているのにも関わらず、ユーキの顔から余裕満々であることが見て取れた。
まぁ、それもそのはずだ。ユーキは逆さメイドの攻撃がほとんど当たらないことを知っている。
だが、他の人物には天災が如く暴れ狂うあの逆さメイドの攻撃が全く当たらないとはにわかには信じがたいのだろう。そのせいで誰もが逆さメイドを前に世界の終焉を覚悟していた。
「しかしユーキよ。レベルがたった11しかない貴殿に、あの逆さメイドを食い止めることが出来るのか?」
ユーキの言葉が信じられないアルフィーナがそんなことを尋ねてきた。
「だから大丈夫ですって。レベルだけでは測れない強さがあるっていうことを、俺は身にしみて理解してますから」
レベル99という見た目だけの強さに魅せられ、田中ちゃんに弟子入りし、哀れにも君とどこまでも旅する(強制)RPGに巻き込まれたユーキの言葉には無駄に説得力があった。
「いや、もうほんと大丈夫なんで、すぐ終わらすんで、とっとと現場に行っていいですか?」
もう色々なことを説明するのもめんどくさいし、説明しても信じないだろうし、なにより身内の不祥事がこれ以上国に害を及ぼすことが恥ずかしくて我慢ならなかったのだろう、詳しい説明をする気が起きなかったユーキはとっとと玉座を離れようとしていた。
「…わかった、そこまで言うのならばお主に託してみよう。冒険者ユーキよ、お主にSSS級クエスト『逆さメイド討伐』を依頼しよう。このマサラの国を…世界を頼んだぞ、ユーキ」
無駄に重たくのしかかる国王の言葉を聞き終えたユーキは早々と玉座を後にした。
「良かったですね、ユーキ。人生で初めて受けたクエストが最上級ランクのクエストですよ。これは主人公ですよ」
「それよりも人生初のクエストが身内の不始末の後片付けであることにショックが大きい」
ナビィに指摘された通り、このクエストはユーキがゲームの世界に来て初めて受注したクエストなのだ。しかもそれが自分にしかなし得ない最高ランクのクエスト…普通のファンタジー世界なら激アツな展開なのだが…ユーキにとってはただの身内の不始末の掃除でしかないのでイマイチ乗り気にはなれない。
「はぁ…どれもこれも全て田中のせいだな」
そしてユーキはその全ての元凶である田中ちゃんをどうにかすべく、死地へと赴くのである。
天災の中心である騎士団領にやって来たユーキ。彼を待ち受けていたのは激しい雨と鳴り止まない雷、そして壁のように立ちふさがる巨大な竜巻であった。
一見すると立ち入ることさえ困難に思える地獄絵図にしか見えないが、田中ちゃんの攻撃がほとんど当たらないことを知っていたユーキは臆することなく嵐の中へと足を踏み入れた。
大地全体を揺るがすほどの衝撃や天を引き裂くような咆哮がユーキの行く手を阻むかのように立ちふさがるが、どれもこれもユーキにダメージを与えるほどのものではなかった。しかしながら、時折中心から流れてくる突風のせいで気をぬくと吹き飛ばされそうになり、思うようには進めなかった。
やがて嵐の壁を抜けると、そこはまるで台風の目のように風もなく、穏やかな空間が広がっていた。
ただ、地面は巨大なクレーターのようにえぐられており、そのクレーターの中心には黒い点のようなものが佇んでいた。
ユーキが近づいて行くと、だんだんその点の正体が見えて来た。
それは人の形をした何か。全身を影のように黒く染め上げた何か。恐らくただ田中ちゃんが泥や血に塗れて全身が黒くなっただけなのだろうが、その人の形をした異形の姿をしたそれは完全にラスボスであった。
「ナニヲシニ来タ?ゆーきィィィ」
散々叫びまくった結果なのだろう、掠れるような低い声がラスボスから発せられた。
「何って…そりゃあ止めに来たに決まってるだろ?」
「止メルナぁぁ!!私ハ死ヌと決メタノダ!!ぶす二生キル権利ナドナイノダぁぁぁ!!!」
「いや、死ぬのは勝手だけどさ、人に迷惑かけるような死に方はやめろよ。お前の自殺の仕方は朝の通勤ラッシュ時の人身事故以上の迷惑だぞ?」
「知ラヌワ!!死ニユク私ニハ関係ナイ!!」
「まったく…そんなんだから身も心もブスなんだよ」
「ぶすッテ言ウナぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
ユーキにブスと言われたことで傷付いたのか、再び顔面を地面に強打した田中ちゃん。その衝撃で地面はひび割れ、崩れ去り、また一つ地形が変わる。
「やめろ!!本当にこの世界を壊す気か!?」
「『世界ヲ壊ス?』…ソレモイイナ。私ヲぶすダド笑ッタ世界ナド…必要ナイワ!!」
「別に誰も笑ってなんかいないだろ。それにみんながみんないつお前にブスって言ったよ?」
「口二シナクトモ、心デ笑ッテタ。ドイツモコイツモ優シソウナ顔シテ、心ノ中デ笑ッテタ…ダカラ殺ス、ダカラ潰ス」
「アチャー、これは完全にラスボスですね」
己が復讐のために世界を崩壊させるなどと言う今時珍しいくらいに分かりやすい絶対悪のラスボスである田中ちゃんに思わずナビィの口からそんな言葉が漏れた。
「こんな奴がラスボスとか、やっぱりクソゲーだな」
「いや、むしろ一周回って神ゲーかもしれませんよ?」
世界を終焉へと導くラスボスを目の前にそんなことを呑気に話すユーキとナビィ。
一方その頃…。
マサラの城下町の中心の広場には大勢の人が集まっていた。どうやら国王のスピーチがそこで行われるらしく、街の人たちが集まったようなのだ。
激しい雨と雷が降り注ぐ中にも関わらず、現状を知るために国王のお言葉を生で聞くために、たくさんの人がそこに集まっていた。
きっとみな、この国の…この世界のために何かできないかと考えているのだろう。
だが、相手はあの逆さメイド。あの人智を超えたバケモノを前に出来ることなどほとんどない。それでも何か力になれるのなら…。
街の人たちがそんな思いを抱えていたその時、広場の壇上に国王が姿を見せた。
「マサラの王国の民よ!!聞こえるか!?」
その尊き権威のある幼い声(幼女のなので…)はいたるところに設置されてあるスピーカーを介して、国中に響いた。
「皆の知っておる通り、今現在、我が国は壊滅的危機に瀕しておる。あの世界に終焉をもたらす者、逆さメイドの手によって時期に我が国は滅びゆくだろう」
国王直々の敗北宣言を耳にした街の人たちは絶望を表情にあらわにした。
やはりこの世界は滅ぶ、そしてそれはもう避けられない事実。どこに逃げようが、どこに隠れようが…この世界とともに滅ぶことが定め。
誰もがそう考え、生きることを諦めかけたその時、国王がこんなことを語り始めた。
「しかし…今この瞬間、一人の冒険者が勇敢にも逆さメイドを打ち滅ぼすべく、戦地へと赴いておる。その者は何の実績もないし、レベルもたった11しかない低級の冒険者に過ぎなかった。だが、彼の表情にはどこか余裕があり、その瞳は勝利を確信していた。だから私はその者にこの国の未来を…世界の行く末を…全ての者の命を預けてみた。きっと彼は今もこうしている間に、あの嵐の中で必死に戦っているだろう」
国王から告げられた謎の冒険者という希望が皆の諦めかけていたその瞳に光を宿した。
「我々が彼のために出来ることはほとんどない。だがせめて…彼に我々の声援を届けたい。だから皆の衆よ、力の限り、声が枯れるまで、私とともに彼の名を呼んで欲しい。世界を救う救世主となるものに、エールを送って欲しい!!」
国王の言葉に俄然やる気が湧いた人々は国王と共にその謎の冒険者に声を届ける準備をした。
「皆の者!!叫べ!!。逆さメイドを打ち滅ぼし、世界を守る救世主となるかの者の名は………………冒険者、ユーキ!!」
「ユーキィィィィィィ!!!!!!!!!」
国王の指示のもと、沢山の人達がユーキの名前を叫んだ。
広場にいた人はもちろん、スピーカーを通して国王の声を聞いていた世界中の人がユーキの名を叫んだ。
どんなに小さなことでも…この世界を守るために今もこうして戦っている救世主に声が届くのならば、僅かでも力になれるのならば…。
国中の人々が声が続く限りその名を叫び続けた。
やがて、その声を聞いた人も同様にその名を声にして叫び、その声がさらに他の人の耳にも届いた。
ユーキを呼ぶ声が人を介して次々と広がり、やがて世界中にその名が知れ渡り、この世界の存亡を望む全ての者が彼の名を口にした。
国王「お主に全てを託したぞ、ユーキ」
アリル「ユーキ…頑張るっぺよ!!」
フィーネ「ユーキ、きっとお前なら…」
シンシア「負けないで!!ユーキ」
エリー「世界を救って…ユーキ」
フローラ「ユーキに祝福を…」
アルフィーナ「勝つんだ!!ユーキ」
アイロ「どうか…死なないで…生きて帰ってきて…ユーキィィィィィィ!!!!!!」
世界中の人々の思いや願い、そして未来をユーキに託した。
そしてそれら全てを託され、いまも世界を終焉へと導く逆さメイドと対峙するユーキに彼らの声は………残念ながら届いていなかった。
吹き荒む嵐に遮られたせいで、ユーキへの声援は完全にかき消されていたのだ。
まぁ、普通のファンタジーならみんなの声を聞いて主人公が覚醒…的な場面なのだが…ユーキとって現状は所詮、ただの茶番なので声が聞こえようが聞こえまいがどうでもいいことなのだが…。
「…っていうか、もうめんどくさいんでとっとと殺して棺桶に箱詰めした方がいいんじゃないですか?」
世界の終焉という茶番に飽きてきたナビィはユーキにそんな提案をした。
「だから、それじゃあ根本的な解決にならないだろ。復活した時にまた暴れるのがオチだ。だからといって一生棺桶に封印にするのも気がひけるし…」
「いいじゃないですか。もう気がすむまで棺桶に封印してあげましょうよ」
「ダメだ。田中まで棺桶になったら、冒険に出かける時に俺は何個棺桶を引きずることになるかわからんし、そもそも棺桶を引きずる旅なんて後味が悪い。例え不本意なパーティであろうが、せっかく仲間になった仲なんだ…俺はきちんと3人で冒険がしたい」
「ほんと主人公みたいなこと言いますね、ユーキ。まぁ、そこまで言うなら好きにやってください」
ナビィは呆れながらそんなことを口にした。
だが、相手はあれくる化け物。元から理性というものを大して持ち合わせていないのがさらにブスの絶望によってリミットが外れ、目覚めた破壊を司る神(攻撃力は)。
そんなケダモノのような低俗な存在を以下にして説得すればいいのか…それはユーキにも分からなかった。
とりあえずその糸口を探すため、ユーキは田中ちゃんにいろいろ聞いてみることにした。
「そもそもこのゲームって自分の見た目は自分で決められるんだろ?。だったら最初からもっと好みの見た目のアバターにすればよかったのに…」
「我ハコノ世界ノ創世記カラ存在セシ者。ソノ時ハマダあばたーヲ自由二設定デキナカッタ。故二、コノ姿コソ、我ノ真ノ姿ナリ」
「そ、そっかぁ…お気の毒に…」
「ナニガ気ノ毒ダ!?同情スルナラ破壊スル!!」
ユーキの何気ない一言に激情した逆さメイドはさらに激しく破壊を繰り返した。
「別に田中は素材が悪いわけじゃないんだからさ、ちゃんと身だしなみを整えればそこそこにはなると思うぞ?」
「ソンナ面倒クサイコトガデキルカ!!」
「えぇ…絶対世界を壊す方がめんどくさいと思うんだけどなぁ…」
「ソレニダ…頑張ッテおしゃれシテ結局ぶすダッタラドウスルノダ!?。化粧ヤ服装、まっさーじヤえすて、ソノ他諸々頑張ッテ、結局ぶすダッタトキ、私ハドウスレバイイノダ!?頑張ッテ結局ぶす程悲シイ出来事ハナイゾ!?」
「大丈夫だって。俺は比較的一般的な美的意識を持ち合わせてるつもりだし、俺に任せりゃブスは脱却できるって」
「ソンナ保証ガドコニアル!?私ガぶすデナクナル保証ガドコニアルノダああああああ!!!!」
逆さメイドはそう叫び、再び頭突きで激しく大地を揺るがした。…なんて傍迷惑なラスボスなのだろう。
「だったら、ゲームをクリアしてやり直せばいいだろ」
「げーむヲくりあ?」
「そう、田中前に言ってたよな?『誰か一人がゲームをクリアすればプレイヤーは全員ログアウトして、データはリセットされる』って。だからゲームをクリアすればアバターだって作り直せるだろ?そしたら今度は美人な姿でやり直せばいいだろ?」
「美人ナ姿デヤリ直ス…」
「そうだ!そうすればお前の言うブスな姿とはおさらばできるだろ!?美人な姿に転生して、お前を笑ったやつを見返したくはないか!?」
「ウウッ…見返ス…美人二ナッテ…見返ス…」
ユーキの言葉が逆さメイドに効いているのか、逆さメイドは頭を抑えながらユーキの言葉を復唱した。
その様子を見て、逆さメイドに自分の言葉が有効打となっていることを確証したユーキはトドメの一撃を打つけるべく、大きく息を吸い込んだ。
その間にブスの絶望で破壊神となった田中を…仲間をすくべく、ユーキは言葉を慎重に考えた。
どんな言葉が田中の心に一番響くか…ユーキは今までの経験からもっとも最適な言葉を見つけ出した。
ブスの呪いで最悪の破壊神となった田中を元の最低な性悪女に戻すべき言葉をユーキは逆さメイドにぶつけた。
「それに…お前の夢は、ゲームをクリアして再び管理者として自堕落な生活を送ることじゃないのかああああああああ!?!?!?!?!?」
「ウワアアアアアアアアア!!!!!!!!」
それは、かつて花屋として目覚めた田中を再び冒険者に引きずり込んだユーキの言葉。田中を冒険者たらしめる理由。
「私ハぁ!!私ハぁ!!私はああああああああ!!!!!!」
頭を抱え込んで暴れ狂う逆さメイド。
「自堕落で!!美人で!!自由気ままな生活を!!私はああああ!!!!私はああああああああ!!!!!!」
やがて降り注ぐ雨が徐々に逆さメイドにまとわりつく血や泥を洗い流し、影のように黒く染まっていた彼女を本来の姿に戻す。
雨によって洗い流され完全に本来の姿を取り戻すと、今度は突然その場に倒れて気絶した。
それと同時に、空を覆い尽くす暗雲から晴れ間が差し、空には虹がかかった。
彼らを包み込んでいた嵐も消え去り、この世界に再び平穏が訪れた。
ユーキが辺りを見渡すと、そこは一面のクレーターとなっていたが、さらにそのクレーターは様子を見に来た人々に囲まれていた。
ユーキの近くで倒れている逆さメイドに目がいった町の人は次第にこんなことを呟き始めた。
『逆さメイドを倒した』『世界は救われた』
やがて、その事実を実感した人々は目の前にいる世界を救った英雄を讃え、その名を呼び始めた。
「ユーキ!!ユーキ!!ユーキ!!」
その声は次第に大きくなり、それはやがて声援となり、国中に響くほどの歓喜の声となった。
そう、今この瞬間、ユーキは世界を救った英雄となったのだ。
たくさんの人に自分を英雄と讃えられる中、ナビィはユーキにこんなことを呟いた。
「良かったですね、ユーキ。これで晴れて憧れの英雄になれましたよ?」
「そうだな。でも、腑に落ちないのはなんでだろうな」
こうして、マサラの国は英雄の誕生を祝って日夜お祭りに明け暮れたとさ。
おまけ
ユーキ「っていうか、本当にこれでエンディングとかじゃないよな?」
ナビィ「さすがに本当にこれでエンディングに突入するようなら、私なら速攻でこんなクソゲー売り飛ばしますよ」
ユーキ「そうだな。さすがにそんなクソゲーは発売一ヶ月でワゴンセールにぶち込まれるよな」
…というわけで、もうちょっとだけ続くんじゃよ