終焉をもたらす者
「それで…どうして犯行に及んだのだ?」
騎士団長のアルフィーナは机越しに目の前の席に座る凶悪なファンションに身を包んだ極悪犯に尋ねた。
「私は…私は…別に犯行なんて…悪いことなんて…」
先刻、ブス宣言を受けたことがよっぽどショックだったのか、散々泣きじゃくったその顔はもはや見れたものではなかった。
「自分が悪事を行なっていた自覚が無いというのか?。こんなにも多くの被害届があるのにも関わらずか?」
そう言ってアルフィーナは脇に置かれた膨大な数の被害届を指差した。
「だ、だって…みんな…くれたと思って…」
「くれたって…どんなにお人好しでもパンツ一丁になるまで貢いだりするのか?。それとも、貴殿に他の人物がそこまでさせる理由があるというのか?」
「そ、それは…みんな私の美貌に見惚れて…」
「…申し訳ない、今なんと言ったか聞こえなかった。もう一度言ってくれるか?」
「だ、だから…みんな私の美貌に…」
「…すまない、『美貌』などと聞き間違えてしまった。もう一度言ってくれ」
「私の美貌に…」
「…すまない、どうやら私は疲れているようだ。そのような形をした異形の者の口から『美貌』などと聞こえてしまって…もう一度…」
「ああ!!ウッセェな!!どうせ私はブスだよ!!」
再三にわたる確認に痺れを切らしてとうとう田中ちゃんは己の身の程を認めて投げやりにそんなことを叫んだ。
「私はただ単に自分が美人だと思い上がってみんな快くくれたと思っただけだよ!!なんか文句あっかこんにゃろう!?」
「い、いや、別に文句は無いが…」
「『文句は無いが』なんだ!?文句は無くても哀れみはあるのか!?それとも呆れてるだけか!?そうだよ!!私はどうしようもない自惚れ屋のクズだよ!!それでもう十分だろ!?」
自暴自棄になっている田中ちゃんは涙を流しながらそんなことを叫んだ。
「死刑か!?どうせこんな救いようもないブスは死刑だろ!?死刑なんだろ!?上等だよ!!さっさと殺せよ!?こんなブスな器は捨てて来世で美人に生まれることを期待するからよ!!」
「ま、待て!!落ち着くんだ、逆さメイド」
「あぁ、もう死刑なんて待ってられない!!こんなブスで存在して羞恥を晒すくらいなら、いっそ自ら引導を渡してやるわ!!」
田中ちゃんはそう言って目の前にあった机に思いっきり顔面を強打した。
レベル99、STR999の田中ちゃんから放たれたその一撃は紛いなりにも神の一撃に等しいもの。そんな田中ちゃんの机に対する痛恨の一撃の威力は尋常なものではなかった。
机が木っ端微塵になったのはもちろんのこと、あまりの衝撃波に近くにいたアルフィーナは吹き飛ばされ、ついでに周りの建物も崩壊し始めた。
「な…なんのつもりだ!?逆さメイド!?」
衝撃波で吹き飛んだが、なんとか受け身をとって体勢を立て直したアルフィーナは突然頭を打ち付けた田中ちゃんに向かって叫んだ。
「裁判とか待ってられない…私のブスが恥辱にまみれる前に…私は頭を強打して自害する」
「ま、待て、早まるな!!逆さメイド!!」
アルフィーナの制止の声を無視して、田中ちゃんは再び脳天を地面に強打した。
レベル99、STR999の田中ちゃんから放たれるその一撃が単なる頭突きで終わるわけもなく、その衝撃であたりの建造物は吹き飛び、地面はひび割れた。
かつてユーキがやっていたように、頭をぶつけて1ダメージずつくらって自殺を図る田中ちゃんだが、その自殺の仕方はじつに迷惑極まりない。
そのあまりの威力を前に王国最強の騎士と謳われるアルフィーナも指をくわえて見ていることしかできなかった。
だが、被害は徐々に大きくなる一方、国を守る立場として黙って見過ごすわけにはいかないアルフィーナは田中ちゃんの暴走を止めるべく、一歩前に踏み出した。
「アルフィーナ殿!!おやめください!!。これ以上の接近は無茶です!!」
しかし、アルフィーナの側近の一人が身を呈してアルフィーナの進行を止めた。
「止めるな!!このままでは騎士団領はおろか、城まで被害が広がる。最悪の場合、国の崩壊に繋がってしまう!!」
「ですが、いくらアルフィーナ殿でもこの惨劇をかいくぐり、あのバケモノの元までたどり着くことは…」
「私がやらないで誰がやる!!」
衝撃が突風を呼び、突風が雷雲を運び、雷雲が稲妻を轟かし、稲妻が嵐となってアルフィーナの目の前に分厚い壁のごとく立ちふさがる。天災のごとく暴れ狂うバケモノを目の前に無謀にも一人で飛び込もうとするアルフィーナ。しかし、そのアルフィーナをある一人の人物の一声が止めた。
「早まるな!!アルフィーナ!!」
「な!?あ、あなたは…殿下!?」
その人物とは、マサラ王国国王(幼女)ユーニグルドであった。
「いくらお主でも本気になったあの逆さメイドを相手にするのは無謀だ。ここは一旦引いて、対策本部を設置するのだ」
「しかし、殿下…」
「王国の盾となる騎士団の、その要となるお主がこんなところで身を危険にさらしてどうする?。残された騎士団を誰が指揮するのだ?」
「しかし、自分にはこのまま指をくわえてこの惨劇を見守ることなど…」
「上に立つ者、時に耐え忍ぶことも役目だ…そしてそれは上に立てば立つほど比例して重たくのしかかる。心苦しいのはお主だけではない。…私の言っていることがわかるか?アルフィーナ」
「…はい、殿下」
国王の言葉を受けて、アルフィーナは大人しく一度安全な場所まで退避した。
その間も嵐の中心で破滅の雄叫びを上げる化け物は頭を強打していた。
国王の指示のもと、王宮の一角に逆さメイド対策本部が設営された。
そこは逆さメイドが暴れ狂う戦場からはかなりの距離があったが、逆さメイドの頭突きによる大地の振動と国の終焉を告げる叫び声はその場所まで響き渡っていた。
「…報告します。逆さメイドによってすでに騎士団領は壊滅、もはや修繕不可能な領域まで崩壊しております」
対策本部の中心の玉座に腰掛ける国王に、一人の衛兵が状況を報告した。
「ふむ…死傷者は?」
「はっ!建物への被害は甚大なものの、奇跡的に死傷者は出ておりません。致命傷を受けたものはおろか、かすり傷一つありません!」
「そうか…被害者がいないのは不幸中の幸いだな」
ステータスの仕様という必然的な奇跡によって誰一人ダメージを負っていないという事実に国王は安堵の息を吐いた。
そんな国王に騎士団長のアルフィーナは声を荒げて食いかかった。
「安心している場合ではございません!!殿下。いまこうしている間にも、マサラ王国は一歩ずつ破滅へと進んでいるのですよ!?。いますぐ、討伐隊を向かわせるべきです!!」
「指揮官たるものが冷静さを失うな。お主の無謀が部下を殺すかもしれんのだぞ?」
「でしたら…魔法による遠隔攻撃などはいかがでしょうか?」
「残念ながら、魔法が当たる射程範囲内に近づくのは危険だ。いつあのおぞましい破滅の餌食になるか分からん。そもそも、逆さメイドを中心として発生している嵐のせいで対象を目測することすら叶わん。少なくとも、私の魔法以外では逆さメイドに傷を負わすことすら叶わないだろう…」
「くそっ、なんてやつだ、逆さメイド…」
「斯くなる上は…やはり私の魔法で…」
「それはいけません!!殿下の魔法では…この国ごと消えてしまう可能性が…。それに、その魔法を使ってしまっては…殿下の命は…」
「…そうだな。さすがに切り札である光魔法をぶつけるのは時期少々であったな」
アルフィーナの助言によって思いとどまった国王は八方塞がりな状況に再び頭を抱え始めた。
「殿下、やはりここはこの私、騎士団長アルフィーナに行かせてください」
「それはならん、アルフィーナ」
「行かせてください!!」
「ならん!!」
「殿下!!私はこの国を守る盾です!!。騎士として殿下に認められたその日から、その身の全ては国を守るために捧げる覚悟は出来ております!!。命を賭けないでなにが盾か!?遠くから眺めているだけでなにが騎士団長か!?。お願いです、殿下!!私の命をどうかお国のために使ってください!!」
アルフィーナの必死の説得に気圧されたのか、先ほどまで声を荒げて拒否し続けた国王が一瞬、口を閉ざした。
しかし、国を統べるものとして、多くの命を預かるものとして、アルフィーナに向かって威厳ある幼い声(一応、幼女なので…)で語りかけた。
「確かに、お主らの命は国のためにある。それは騎士の役目を背負ったものの義務であり、悲願である。国のために死ぬことは名誉であり誇りである。それは重々承知しておる。…だが、命はかけがえのないものだ。失った者は還らず、代わりの者などどこにもいない。世界でたった一つしかない賭けがいのない貴重な命なのだ。私は…そんなお主らの命を失いたくはない」
「しかし殿下、それでは…」
「わかっておる、アルフィーナ。いくら命が尊いとはいえ、時にはそれを賭けなければいけない時がある。敵陣に切り込む先陣として、仲間から遠ざける囮として…命を投げ捨てなければ守れないものがある。そして私も国を守るためならば、お主らに容赦なく『死ね』と告げる覚悟は出来ておる。…だが、それでも命は尊いのだ」
国王の最後の一言に込められた思いが、国王の震える声からアルフィーナにも伝わった。
「それでもそれを捨てなければならいのならせめて、この世にたった一つしかない命を無下にしてはいけない!!。国のために投げ捨てた命を無駄にしてはならない!!。犬死していい命などあるわけがない!!。私を信じて!私に命を託してくれた者達が!無駄死にすることなど…私が許さない!!!!」
確固たる決意、揺るぎない覚悟…国を統べる者としての断固たる思いに圧倒されたアルフィーナはその場で涙を流した。
「今のまま、なんの策もないままお主らをあの地獄へ送ることなどできない。あの逆さメイドというのはそれほどまでに驚異的な存在なのだ。今はまだ、その命を捨てる時ではないのだ、アルフィーナ」
「はい!殿下!」
国王の言葉に胸を打たれたアルフィーナは国王への忠誠を改めて、この命は国王のために役立てることを誓った。
「…しかしながら殿下、他に逆さメイドに対抗し得る作戦など…」
現状に再び目を向けたアルフィーナが逆さメイドにいかにして対抗するかを国王に問いただしたその時、国王が何かを閃いたようで、こんなことを口にした。
「目には目を…冒険者には冒険者だ」
「…と、いいますと?」
「アルフィーナよ、この国にいる全冒険者に告げるのだ。逆さメイドを打ち滅ぼさんとする英雄を集う、とな」
こうして逆さメイドに対抗すべく、国を挙げて冒険者を集うこととなった。
だが、ほとんどのプレイヤーが逆さメイドの噂を耳にして怖気付いたのか、逆さメイドを打倒しようと城に訪れるものは愚か、ほとんどのプレイヤーが巻き込まれる前にマサラ王国から逃亡を図った。
プレイヤーが一人も名乗り上げるのともなく、ただ刻一刻と時間だけが過ぎ去り、逆さメイドによって徐々に国が崩壊していく中、人々はそのおぞましい破滅の存在にただただ震えるしかできなかった。
『もうこの国は終わりだ』『逆さメイドからは誰も逃れられない』『いずれ世界は逆さメイドに滅ぼされる』そんな噂が人々の間を行き交い、世界は終焉を迎えようとしていた。
そんな中…一人の男が国王の元を訪れた。
「…お主は何者だ?」
絶望した面持ちで玉座に座る国王は、突然現れたその男にそう問いただした。
「えっと…田中…じゃくて、逆さメイドを止めるために来たんだが…」
安そうな軽装備に身を包み、棺桶を引きずりながら現れたその風変わりな男はユーキと名乗った。