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身の程をわきまえるRPG

「どうでちゅか?檻の中で食う飯はうまいでしゅか?」


鉄格子の向こう側にいる田中ちゃんに煽るようにナビィはそう話しかけた。


逮捕されたのがよっぽどショックだったのか、檻の中の田中ちゃんは膝を抱えて一人で意気消沈していた。


「しかし…田中が逮捕されるとは…」


驚いたようにユーキはそう呟いたが、よくよく考えれば妥当な逮捕だなと一人で納得していた。


「なんでみんなそんな冷静でいられるの?」


あまりゲームをやって来なかったシンはゲーム感覚というものを体験したことないので、ゲームの中であろうと逮捕を重く捉えていたため、深刻そうな声でそんなことを聞いてきた。


「ずっと一緒にいた田中ちゃんが逮捕されるなんて…そんな…」


田中ちゃんを思ってそう呟くシンだが、そこまで言いかけてふとシンの頭ではこんな思考回路が流れた。


田中ちゃんが逮捕された→冒険に出られない→もう無理に冒険に出かける必要はない→妹探しに専念できる。


「最高じゃん」


仲間が逮捕されたにもかかわらず、思わず不謹慎な本音が零れ落ちたシンは自分の失言に気がつくとすぐに口を押さえて黙った。


そして自由を得たことを実感したシンは笑顔に満ちた本心をひた隠しにしながら口を開いた。


「イヤ、タイホサレルナンテザンネンダナ。ホントニホントニザンネンダ」


本心を隠しきれないシンは心にもないことを口走ったためか、声が棒読みとなっていた。


「おいこら、そこ。内心喜んでんじゃねえよ」


鉄格子の向こう側から殺気を飛ばす田中ちゃん。


しかし、いくらそれがシンにトラウマであろうが、相手は鉄格子の向こうの存在。恐るるものはないと判断したシンは田中ちゃんに向かってケツを叩きながら挑発するように口を開いた。


「バーカバーカ!一生檻の中で反省してろ!!バーカバーカ!」


小学生以下の低俗な煽りを目の前にしてユーキは『その程度の煽りしか出来ないのか?』と内心、シンを哀れんだが、田中ちゃんには効果覿面であったようだ。


顔を真っ赤にして、身体をふるわしながらシンの方に向かって歩き出した。


「あまり…私を舐めるなよ?」


かつてないほどの殺気を放ちながらシンに滲みよる田中ちゃん。しかし、目の前に鉄格子に信頼を寄せていたシンはケツを叩くのをやめなかった。


「バーカバーカ!!」


田中ちゃんにケツを向けながらこれでもかとケツを叩いていたシン。だが、彼は田中ちゃんに背を向けていたせいで気がつかなかった…目の前にあるはずの鉄格子が田中ちゃんの手によって飴細工のようにひん曲がってしまっていることに。


伊達にSTRが999ない田中ちゃんにとって鉄格子など、う○い棒ほどの耐久しか持たない存在なのだ。


恐るるべき悪魔が手に届く範囲にまで近づいていることを知らないシンはアホみたいにケツを叩いて煽りを繰り返していた。


だが、そんなシンの耳元で悪魔が恐ろしいくらいに冷酷な声で囁いた。


「ごめんあそばせ、よく聞こえませんでしたわ。…もう一度おっしゃってくださるかしら?」


「だから、バーカバー…カ…」




残念ながら、その時のシンの顔を表現するすべを、作者は持ち合わせていなかった。





「で、どうするんだよ?」


いつもの残虐なパーティの断捨離を垣間見たユーキは改めて田中ちゃんに今後の方針を尋ねた。


「牢屋から出られるなら、このまま脱獄か?」


「奴隷の次は脱獄囚ですか…ほんと救いようがないですね」


「いや、脱獄するわけにはいかない。捕まったら即処刑だからな」


「…あなたともあろうお方が、いまさら死ぬことを恐れるんですか?」


脱獄を嫌がる田中ちゃんに呆れながらそんな返事を返すナビィ。確かにいままで何千と死を繰り返して来たのに、いまさら処刑を恐れるのはおかしな話である。しかしながら、今回は事情が違ったのだ。


「いままでは死んでも失うものはなかったから気軽に死ねたが、いまはそうもいかないだろ。せっかくオトモダチがいっぱい貢いでくれたんだから、それを全滅して無下にするわけにもいかない」


そう、田中ちゃんのいう通り、今回はたくさんのお友達からジャイアニズムで手に入れたブラッドが大量にあるのだ。全滅のペナルティーでそのブラッドを抱えたまま死ぬわけにはいかないのだ。


「それなら、俺がそのブラッドで大量にアイテムを購入しようか?。アイテムに変えれば死んでも無くならないだろ?」


「いや、このゲームはデスペナルティをそうやって回避されるのを避けるために買値に対して売値が極端に低い仕様になっている。アイテムに代えたところで、手持ちにはほとんど残らない」


「じゃあどうするんだよ?」


「私はこの後、裁判にかけられることになるが、そこで無罪を勝ち取れば晴れて堂々とシャバに帰ることができる」


「なるほど、裁判に勝てばいいのか。…いや、無理だろ」


『裁判に勝てばいい』という田中ちゃんの言葉にユーキは一瞬納得しかけたが、いままでの田中ちゃんの非人道的な行いを省みて、どう考えても勝ち目がないことに気がついてしまった。


「そもそも、田中は元ゲームの管理者なんだからこうなることは分かってたんだろ?。それなのになぜこんな愚行を働いたのか…」


「確かにプレイヤーや町の住人からある程度の被害届が出れば騎士団に捕らえられるイベントが発生するのは知っていた。…だが、今回はみんな私の美貌に好きで貢いでくれていただけだから被害届が出るはずが無いんだ。だからこれはきっと私の美貌に嫉妬した誰かが私を陥れるために仕組んだ罠に違いない。だから私は裁判でそれを証明するんだ」


「…何言ってんだ?田中」


いままでプレイヤーを追い剥ぎして来た所業を、突然、『私の美貌に貢いでくれただけ』などと真面目な顔で語る田中ちゃんに目を丸くするユーキ。


「…それは本気で言ってるんですか?」


「何を言ってるんだ?当たり前だろ、ナビィ」


ユーキと同様に信じられないものを目の当たりにしたのか、珍しく驚いた表情をしているナビィは田中ちゃんに真意を訪ねたが、田中ちゃんはそれを当然のことのように返事をした。


確かにいままで何度か田中ちゃんの『自分は美人だ』発言を目の当たりにして来たが、それは単なる冗談かと思っていたナビィとユーキ。しかし、今回の一件でまるで悪びれた素ぶりが見られない田中ちゃんが本気で『自分は美人である』と言っていることに気がついた。


「…ナビィ、これは…」


「言いたいことはわかりますよ、ユーキ」


ナビィとユーキはそんな自惚れやさんを目の前にアイコンタクトで意思疎通を図った。


「少々気の毒だが、これは誰かが言ってやらなきゃいけないよな、ナビィ」


「そうですね…本人のためにも真実を告げるべきですね」


顔を見合わせて頷いた二人は真剣な表情で田中ちゃんの方に向き直った。


「田中…俺たちから一つ、伝えたいことがある」


「あなたの今後のためにも、よく聞いておいてください」


「いきなりなんだ?二人とも」


いつになく真面目なトーンで話を切り出す二人に田中ちゃんは思わずたじろいだ。


「本当はこんなこと告げるのは酷だと思うんだ。…だけど、大切な仲間のためだと思って聞いてほしい」


「私だってこんなこと言うのはさすがに心苦しくてうずうずしますが、これからのためにもきちんと聞いておいてください」


「だからなんなんだ?二人とも」


「田中…お前は…」


話を切り出したユーキはここで一瞬、ためらいが出て来て言葉を途切れされてしまったが、再び覚悟を決めて、田中ちゃんにこんな言葉を告げた。





「お前は…自分が思ってるほど、美人ではない」




「…え?」


ユーキから思いもしない言葉が出て来たことに目を丸くする田中ちゃん。


「よく聞いてください。あなたは…決して美人ではありません。いや、むしろ上中下で分類するなら…下です」


「…は、ははは…二人とも冗談きついなぁ…」


「冗談なんかじゃない!!」


二人の言葉を真に受けようとしない田中ちゃんにきちんと現実を受け入れてもらうためにユーキは強い口調でそう叫んだ。


「田中、お前は…美人ではないんだ…」


良心のあるユーキは目の前に映る無垢な少女に残酷な真実を突きつけるのが心苦しいのか、苦悶の表情を浮かべながら静かに、それでいて力強くそう付けつけた。


いままでずっと自分を美人だと信じて疑わない少女にそれを告げるのは酷なことなのだ。いままで明るく輝いていた世界の残酷な現実を突きつけるのは聞く側はもちろん、告げる側も心苦しいのだ。その苦しみを例えるならば、美しい花畑に囲まれて穏やかに暮らす少女にその花はお前の両親を肥料にして育った花なのだと告げるようなもの。


知らなければ幸せなことなどたくさんある。だが、前に進むためにはそんな酷な事実を受け入れるべき時があるのだ。心苦しさに苛まれ、涙を流しながらもユーキはその担い手になるべく、少女に向かって力強くこう説得した。


「田中…お前は…お前はなぁ……………ブスなんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」


あまりの苦しみにユーキはその場で泣き崩れながら少女に知るべき残酷な真実を突きつけた。


その渾身の告白を受けた田中ちゃんは受け入れきれない残酷な現実を前にただただ呆然としていた。


「私が…この私が…ブス…だと?」


許容範囲を超えた驚愕の事実に田中ちゃんの声は震えていた。


「はい、あなたはブスです。背徳的ファッション、メデゥーサみたいなボサボサの髪、死んだ魚のように光を失った眼、呪いのごとくこびりついたクマ…残念ながら、あなたはブスです」


「私が…ブス…。な、なら…どうしてプレイヤーのみんなは私に貢いでくれたんだ」


「それはですね、どうやらあなたは『逆さメイド』という悪名でプレイヤー達から有名なようで…レベルとそのブスな見た目が相まって、プレイヤー達を恐怖に陥れ、その恐怖から逃れるためにプレイヤーは我先に身ぐるみを置いて行ったのでしょう」


「そ、そんな…みんな、私と関わりたくないから身ぐるみを置いて行ったというのか?」


「ああ、その通りだよ、田中。…その証拠に、あれだけ声をかけてもフレンドになってくれたやつは一人もいなかったじゃないか」


「そ、それは…ただの照れ隠しなんじゃ…」


「お前の眼にはそう見えたのか?。あの震えながら目頭に涙をためていたパンツ一丁のプレイヤー達が、お前の眼にはそう見えたのか!?」


「そ、そんは…ち、違う!そんなはずは…」


「おそらく、あなたは狂ってしまったんでしょうね。冒険に出かけるための準備のためにひたすら死に続ける苦行が、あなたを狂わせてしまったんです。だから…あなたの目には都合のいいことしか目に映らなくなってしまったんですよ」


「…違う…私はブスじゃない。ブスじゃないブスじゃないブスじゃないブスじゃないブスじゃないブスじゃないブスじゃないブスじゃないブスじゃないブスじゃない、私はブスじゃ…ブスなんかじゃ…」


その時、部屋の片隅に取り付けられていた鏡に映る自分の姿を目の当たりにした田中ちゃんはその鏡に映る醜悪な姿をした化け物を垣間見た。


「私は…私は…うわぁぁぁぁぁ…」


現実を直視してしまった田中ちゃんは思わずその場で泣き崩れてしまった。


「大丈夫だ、田中。お前はきちんと整えればまだ見れた顔になれるから」


「そうですよ、きっとあなたは冒険に取り憑かれているせいでそんな醜い姿になってしまったんですよ。だから、冒険なんてやめてお花屋さんで働きましょう。少なくとも、花に囲まれて目を輝かせていたあなたの姿は素敵でした」


残酷な現実を受け入れ、泣き崩れる少女に二人は優しくそう声をかけた。


そんな中、3人の元に田中ちゃんを捕まえた騎士団長のアルフィーナが近づいてきた。


「なぜ貴様が牢屋から出ている!?。脱獄…か?」


いつの間にか牢屋から出ていた田中ちゃんを見るや否や、剣を抜こうとしたアルフィーナだったが、なぜかその牢屋の目の前で泣き崩れて動かない田中ちゃんの姿を見て、状況が分からず困惑していた。


「…これは一体どういう状況だ?」


「いや、これはその…」


アルフィーナに適当なことを言ってユーキは誤魔化そうとしたが、特にうまい言い訳が思いつかなかった。


「…とりあえず牢屋に戻ろうな」


アルフィーナにとやかく言われる前に泣きじゃくる田中ちゃんをなだめながらユーキは彼女を檻の中に戻した。


「…一体何が起きたのだ?」


状況が分からないアルフィーナはユーキにそう尋ねた。


「いや、大したことじゃない。ただちょっとつまずいて転んだ拍子に泣いていただけだ」


そう言ってユーキは適当に誤魔化した。


「そうですね。ただちょっと躓いただけですね…人生に」


最後にナビィがそんなことを言い残して、二人はその場を後にしたとさ。

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