フレンドを作るRPG
「で、これからどうするよ?」
アイロとのデートを無事に終え、新たに魔法効果が付与された剣を手に入れたはいいが、これで劇的に戦力が上がったというわけでも無い田中ちゃん達一行は、次なる目的を話し合うために酒場に来ていた。…ほんとこいつらいっつも目的話し合ってばっかだな。
「実際のところ、俺が剣を手に入れたところで根本的な解決にはならないしな…主に田中の呪いをどうにかするためにINTが上がる装備品とか手に入れられないのか?」
INTが15に届かないため、メニューの操作すら許されない田中ちゃん。それが原因でいままで幾度もなく絶望の淵に立たされたこともあってか、ユーキはまず装備品などでINTを底上げ出来ないかを田中ちゃんに問いた。
そもそも田中ちゃんがメニューを操作できるようになれば念願のパーティの解散が可能になり、そうなればユーキ的には攻撃が当たらないとかどうでもよくなるのでユーキはまず田中ちゃんのINTをどうにかしてあげたかったのだ。
「INTを上げる装備か…いくつかあるっちゃあるが…」
「ほんとうか?」
「だが、私が文字を読めるようになるINT15まで装備品で上げるとなると…難しいものがある。そこまでINTを上げる装備はレアな物が多いからな。今の私達では難しいものばかりだ…」
「そうか…残念だ」
「あっ、けど一つだけ手に入りそうな装備があるよ。残念ながら装備してもINTは10しか上がらないけど、それならブラッドも戦闘も無しで入手が可能だ」
「それは一体?」
「フレンド登録が50人以上になった時に記念でもらえる『友情の髪飾り』という装備だ」
「フレンド登録?」
「メニューにフレンドの欄があるだろ?。フレンドに登録すれば離れていても連絡が可能だし、相手の居場所もわかる。パーティを組む際にはスムーズに事を運べる」
田中ちゃんに言われてユーキがメニューをいじるとそこには確かにフレンドの欄があった。
「なるほど…このフレンドを50人以上登録すればINTが10上がる『友情の髪飾り』が手に入るわけだ」
夢のパーティ解散に一歩近づくべく、田中ちゃん達の友達を作る冒険が幕を開けた。
「…とりあえず、その辺にいるやつに声をかけてみるか」
田中ちゃんはそう言って酒場に来ていた他のプレイヤー達を見渡した。
「イケるのか?田中」
「愚問だな、私の美貌にかかれば友達の一人や百人くらいどうってことない」
「…え?美貌?」
「…こいついま美貌って言ったよな?」
「これは美的感覚が狂ってるか、それとも人生で一度も鏡を見たことがないかのどっちかですね」
田中ちゃん達の美貌発言にシンとユーキとナビィは小声でそんなことを話し合った。
「うるせえな。とりあえず何人か捕まえてくるわ」
そう言って田中ちゃんはいつもと違って内股で弱々しく歩行をし、女の子アピールをしながらプレイヤーの元に近づいていった。
「うわぁ…あの歩き方見てるだけでイラっとするわ」
「同感ですね」
田中ちゃんのあざとい内股歩行にそんな感想を述べるユーキとナビィ。
やがて、プレイヤーとの距離を詰めた田中ちゃんはいつもより3つくらい声のトーンを高くして『きゃっ』と叫びながらわざとらしくその場でこけた。
「痛たたぁ…ごめんなさい、怪我してませんか?」
涙目で上目遣いで近くの椅子に座っていたプレイヤーに全力で女子力アピールをする田中ちゃん。内心、『決まった。完璧だ』などと考えていたその時、田中ちゃんの姿を見たプレイヤーは驚き、慌てふためいて椅子から転げ落ちた。
『なにをそこまで驚いているんだ?』と田中ちゃんが思っていたその時、その転げ落ちたプレイヤーは震えながら田中ちゃんを指差し、こんなことを叫んだ。
「さ、さささ…逆さメイドだ!!」
その声が他のプレイヤーにも聞こえたのか、みなこちらに視線を寄せ、なにやらごそごそを話し合いを始めた。
「あの冒涜的なファッション…間違いない、逆さメイドだ」
「なに?かの残虐無慈悲な悪魔と名高い逆さメイドだと!?」
「本当に噂通りメイド服を逆さに着てる…アホなのかな?」
「とにかく…やつには近づくな。悪魔のいけにえにされるぞ」
そんな噂が囁かれる最中、自分が『逆さメイド』の悪名で名を馳せていることなど知る由もない田中ちゃんは酒場の異様な雰囲気に飲み込まれてただただ呆然としていた。
「ひぃ〜!お許しください!どうか…どうか命だけは取らないでください!!」
先ほど田中ちゃんを見て椅子から転げ落ちたプレイヤーは何度も何度も土下座をして許しを請いた。
「いやぁ、そんなに驚かなくても…私はただ、あなたとちょっとお友達になりたいなって思っただけで…」
状況がいまいち飲み込めない田中ちゃんは優しい口調でそう語りかけたが、目の前のプレイヤーはただただ顔を青くするだけだった。
「お友達?。嫌だ…それだけは嫌だ!!勘弁してくれ!!金でもアイテムでも装備でもなんでも差し上げます!!だから…だからどうかこれ以上私めに関わらないでくださいまし!!」
フレンド登録などしてしまえば最後、もう二度と逆さメイドからは逃れられないと考えたプレイヤーはそれ以外の全てを捧げる覚悟でフレンド登録を断った。
「い、いや…そこまでして断らなくても…」
「くっ…これだけ捧げてもまだ満足出来ないってことか…。だったら仕方がない…俺の人生は諦めるしかないのか。わかった、俺の命は諦める。だけど…後生だ!!せめて…せめて俺の仲間には手を出さないでくれ!!」
金やアイテムや装備でも逆さメイドは満足しないと考えたプレイヤーは一度目をつけられた以上、もう逆さメイドからは逃れられないと考えたのか、いきなり土下座をして仲間には手を出さないように懇願した。
「お、おい…何言ってんだ!?。早まるなよ!!長谷川!!」
「そうだよ!?僕たちの冒険はまだ始まったばかりじゃないか!?長谷川!!」
パーティを組んだ仲間なのか、近くにいたプレイヤー2人が仲間の命のために全てを投げ出し土下座をする姿を見てそう叫びながら席を立った。
「すまねえな…佐藤…鈴木。一度逆さメイドに目をつけられた以上、もう奴から逃れるすべはねえ。俺の命や魂はすでに奴の掌の上さ。だからお前らまで迷惑かけるわけにはいかねえ…俺のことは見捨てて、お前らは先に行け」
先ほどまで土下座をしていた長谷川と呼ばれるプレイヤーは仲間の方を振り返り、そう言って強がって笑って見せた。
「馬鹿野郎…お前一人でカッコつけやがって…」
自分のためにその身を悪魔に捧げる姿を見て、佐藤は涙を流しながらそう呟いた。
「嫌だ!!そんなの嫌だよ!!長谷川がいなかったら…冒険が楽しくないよ…」
同様に涙を流してそう語る鈴木。
長谷川もなにかを言いたげな顔をして二人を見つめた。
目を合わせた3人の頭の中にこれまで過ごしてきた日々の走馬灯が流れる。
『いい加減…彼女欲しいなぁ』
『馬鹿野郎。周りをよく見てみろ?女の子がいっぱい居るじゃねえか。これだけいたら一人や二人、彼女に出来るって』
『でも…この子たちってみんなNPCでしょ?。そんなの彼女にしても虚しくない?』
『虚しいか虚しくないで相手を決めるんじゃねえよ。例え相手がNPCだろうがなんだろうが…一緒にいたいと思うのなら、それで十分じゃねえか』
『流石は長谷川!!良いこと言うな!!』
『よし、じゃあ3人で約束しようぜ!みんな必ず彼女を作って、そして…必ずこのゲームでみんな…童貞を卒業すると…』
『…ふっ、佐藤らしいな。アホらしい…だが気に入った、乗ってやろう、その約束ってやつに』
『うん!僕も約束するよ』
『あぁ、約束だ。必ず童貞を卒業しよう』
これまで冒険をして出会った女の子達。
告白して玉砕して3人で酒を飲みながら慰めあった日々。
そして…星の見える丘で満天の夜空の下、3人で誓い合った約束…。
語り尽くせぬほど密度の濃い日々が今際の淵で3人の頭の中に蘇ったのだ。
今生の別れとは言えど、もはや3人に言葉は必要ない。覚悟を決めた長谷川を二人に背を向け逆さメイドの元に歩き出した。
そして、後ろにいる仲間にも見えるように右手の親指を立てて最後にこう言った。
「お前らとの旅…悪くはなかったぜ。…彼女、作れよ」
「長谷川あああああああああああああああああああ!!!!!!!」
仲間の犠牲に佐藤と鈴木は大粒の涙と叫び声がこぼれ落ちた。
もう長谷川は帰ってこない。逆さメイドに目をつけられた以上、もう長谷川は死んだも同然…いや、死んだ方がマシな人生を送ることになるだろう。
自分達を守るためにそんな選択をとった長谷川にただただ仲間は涙を流すしかできなかった。
そして、仲間のために己が犠牲になる覚悟を決めた長谷川は逆さメイドの方を振り返り、まっすぐ見つめながら口を開いた。
「腹括ったぜ、逆さメイド。俺の身体も財産も命も…全てお前に捧げてやろう。だがな、どれだけお前が悪魔のような存在でも…魂までは支配させないぜ!!」
「…いや、そこまで嫌なら別にいいよ」
なんだかよくわからない茶番を見せられた田中ちゃんは呆れた顔で長谷川にそう言い放った。
「…あっ、でも…くれるって言うなら貰うけどね」
そう言って田中ちゃんは長谷川からお金とアイテムと装備を根こそぎ奪って去って行った。
逆さメイドから解放された長谷川はパンツ一丁で仲間の元へと歩み寄り、そして3人で涙を流して抱き合いながら仲間の帰還を讃えた。
一方、なんかよく分からないが『友達になって』と言っただけでお金とアイテムと装備品をもらえたできた田中ちゃんは満足そうな顔でシンとユーキとナビィの元に帰って来た。
「なんかよく分からないけどいっぱいもらえたよ。…やっぱり美人って得だね」
「…え?美人?」
「どう見ても畏怖の対象だったんですが、それは…」
「頭お花畑ですね」
悪魔のような所業を自分が美人だからで済ませる田中ちゃんに呆れた顔で3人は各々そう口を開いた。
「やっぱり、持つべきものは友だね。この調子でどんどんオトモダチを作ろう」
「作ったのは友達じゃなくて犠牲者なんだよなぁ…」
呆れ顔でそうツッコミを入れたユーキは哀れにも装備品をひん剥かれた長谷川の方を見て、こんなことを口にした。
「でも羨ましいな、長谷川。…俺もあんな仲間が欲しかったわ」
パンツ一丁となって帰って来た仲間を涙を流しながら温かく迎え入れるその姿を目にして、自分のパーティとの差を実感したユーキは心底長谷川が羨ましかったのだ。
「いいよなぁ…俺も『俺を見捨ててお前らは先に行け』とか言って見たいなぁ」
「安心しろ、ユーキ。私はいつでもお前を見捨てる覚悟は出来てるぞ」
「知ってるよ、バカ田中」
こうして、逆さメイドと悪名高い田中ちゃんのオトモダチを作る冒険が幕を開けたのだった。