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マジ、運営許すまじ

これは、田中ちゃんが管理者権限を剥奪される少し前のこと…。


「オヤジ、また剣を直してくれ」


そう言って鍛冶屋に折れた剣を持ち込んだのは膝や肩などの要所要所の身を守る軽装備を身につけ、黒いマントに身を包み、左目に傷跡をつけた優男。プレイヤー名は『ユーキ』。


「また壊しやがって…もっと大事に扱えって言っただろ、ユーキ」


屈強な肉体と全身に刻まれた火傷の跡が鍛冶屋としての貫禄を醸し出す鍛冶屋のオヤジは悪態をつきながらもユーキから剣を受け取ると、折れた剣をジロジロと眺めた。


「こいつはまた派手に壊したな、一体何と戦ったって言うんだ?」


「別に大したことじゃないさ。…ただ、この世に蔓延る理不尽っていうクソッタレと対峙した結果さ」


「相変わらず言ってることは意味不明だな。だが客なら仕方がねえ、時間はかかるぞ」


そう言って店の奥に剣を持ち込むと、職人としての目付きに代わり、淡々と作業を始めた。


鍛冶屋のオヤジは態度は悪いが仕事はきちんとこなす職人であることを知っているユーキはその様子を黙って眺めていた。


「ジロジロと見やがって…気色悪い。時間がかかるからどっかで暇でも潰してろ」


悪口みたいに聞こえるが、これは鍛冶屋のオヤジなりに客を思っての対応なのだが…


「いや、俺はここで良い。…この場所は嫌いじゃない」


ユーキは壁に寄っ掛かりながら窓の外の景色を眺めていた。


「けっ、物好きな野郎だ…」


実際、ユーキはこの場所が気に入っていた。ここで頼りになる渋い鍛冶屋のオヤジがただひたすらに鉄をハンマーで叩きつける音を聞きながら、窓の外に広がる王道ファンタジーならではの町並みの中で町民たちの活気あふれる日常を見守ることがユーキのお気に入りだった。


現実の世界では決して見られないような多種多様な生き物が行き来する街並みの景色は本当に見ていて飽きなかったし、鉄を打ち付ける音と窓から吹き抜ける新鮮な風が『自分は今、冒険をしているんだ』ということを実感させてくれる。


現実の生死をかけたデスゲームかなんだか知らないが、ユーキはこの世界観が好きだった。


「それにしても人が直した剣をまた派手に真っ二つに折りやがって…そんなに強いモンスターと戦ったのか?ユーキ」


「…あぁ、確かに奴は強いモンスターだ。どれだけ剣で切りつけても、まるでダメージを与えられねえ、理不尽って言葉を絵に描いたようなモンスターだ」


ユーキはカッコつけてそんなことを言っているが、実は道端で転んだ拍子に剣が折れただけなのである。そもそもバグで町の外に出られないユーキは平和な町の中の生活を強いられているため、モンスターと戦うことすらできない。そんなユーキの言うモンスターとはユーキが躓いたただの段差なのである。


それをいかにも強敵と戦ったかのように話すユーキ…この時点で彼の器の大きさはしれている。


しかも、会話から察するに剣を折るのは今日が初めてではない。


一度目はこの世界に来た興奮のあまり、とりあえず剣で何か試し切りしたいなと思ったユーキは近くに生えていた木を真っ二つにしてやろうと剣を振るった。結果、剣が真っ二つになった。


二度目は先ほど折った剣を鍛冶屋のオヤジに新品同然まで直してもらい、剣を手にとってまじまじと眺めていたユーキは今度こそ木を真っ二つに出来そうな気がしてきたので、木を真っ二つにしてやろうと剣を振るった。勿論、真っ二つになったのは剣の方だ。


三度目は稽古と言い張って剣を適当に振り回していた際に今度こそ木が切れる気がしたユーキは木に剣を振るったが、結果は御察しの通り。


反省という言葉を知らないユーキはこれと同様のことをあと3回繰り返す。


ゲームが始まってまだ日が浅いというのに今回で鍛冶屋のオヤジの元を訪れるのは七度目となり、すっかり鍛冶屋の常連さんとなっていたのだ。


モンスターと一度も戦うことなく、剣を7回も折ったユーキだが、それでもこのゲームを楽しんでいた。


いままでずっと望んできた世界に来たのだ。ちょっとやそっとの失敗程度、気にならない。このお気に入りの場所がある限り、ユーキはクソゲーでもこの世界が好きだったのだ。


そんなある日の朝…目が覚めたユーキはメニュー画面を開いたとき、運営がゲームをアップデータしたことを知った。


「もしや…とうとう本格的な冒険のスタートか?」


時間の経過によって町の外にいずれは出られると思っていたユーキはアップデータによってとうとう冒険が始まることを期待していた。


何度も剣を折ってはいたが、町で仕事を積んでブラッドを稼いでいたユーキのレベルはすでに7もあり、ちゃっかり冒険の準備は整えていた。


町に何か変化が無いかを確認しようと町に繰り出したユーキはあることに気がついた。


そう、町に女の子しかいないのだ。


いつもならば多種多様な生き物が行き来しているのだが、なぜか今日は右も左も女の子しかいなかったのだ。


しかも、なぜか皆、萌えアニメに出てきそうな女の子ばかりである。


自分の大好きな王道ファンタジーに何かが起きたのではないかという嫌な予感がしたユーキはすぐさまメニュー画面を開き、アップデータの内容を確認した。


町の外に出られないバグの修繕、死んでも教会で復活する仕様の変更、その他幾つかの仕様の変更、そして…全NPCを女の子に変更というものが目に入った。


その瞬間、全てを察してしまったユーキの頭の中で自分の理想の王道ファンタジーが音を立てて崩れた。


ファンタジーならではの屈強な男達によるダンディズムも、生死をかけた緊張感も、年を重ねることでしか体現できない人間性あるれる世界も…全てを萌えに奪われたのである。


「嘘だ…嘘だ、嘘だ!嘘だ!嘘だああああああああああ!!!!!!!」


自分が望んだ世界が奪われたショックに人目もはばからず、その場で叫びだしたユーキ。


「…そうだ、おやっさんは…鍛冶屋のオヤジはどうなったんだ…」


最後の希望である自分の憩いの場の鍛冶屋のオヤジがどうなったのかが気になったユーキは鍛冶屋へと駆け出した。


自分の憧れていた冒険が萌えに奪われ、崩れていく絶望の中、せめてあの場所だけは無事でいてくれと祈りながら全力でオヤジの元へ走るユーキ。


「おやっさん!!」


鍛冶屋のオヤジを叫びながら全力で鍛冶屋のドアを開けたユーキの目に映ったのは…。


「ユーキ!また来てくれたんだね!…べ、別にあんたのことなんて待ってなんかないんだからね!!」


耳をくすぐるような甲高い声でユーキを迎える可愛い女の子に変わり果てたオヤジの姿であった。


「…おやっ…さん…」


潰えた希望を目の前にユーキは言葉を失った。


「どうしたの?また剣を折っちゃったの?」


首を可愛らしく傾げながら上目遣いで心配してくる鍛冶屋の元オヤジ。


昨日までそこにあったはずのかっこいいダンディズムは一切消え去り、代わりにあざとい可愛さしかそこには残っていなかった。そんな悲劇的ビフォーアフターを体感したユーキはお気に入りの場所である鍛冶屋の窓辺にそっとよっかかった。


「…ユーキ?」


「…俺のことは気にしないでくれ。おやっさんは仕事の途中だろ?」


「…うん、わかった」


寂しそうにそうつぶやいて鍛冶屋の元オヤジは仕事に戻った。


ユーキが望んだおやっさんはそこにはいなかった。だが、窓辺でひっそりとたそがれるユーキは諦めていなかった。いくら町の人が、鍛冶屋のオヤジが萌えキャラに成り下がったとしても、鉄を打ち付けるこの音と、町の活気を目を閉じて感じれば…いつものように冒険気分を味わえると信じていたからだ。


最後の望みをかけて目を閉じたユーキの耳に鉄と鉄がぶつかり合う音が聞こえる、少し甲高いがいつもの町の声が聞こえる。




そうだ、たとえNPCが全員女の子に成り下がったとしても…俺はここで冒険をしているんだ…。



ユーキが心の中で少し冒険気分に浸っていたその時、鍛冶屋の中から妙な息遣いが聞こえて来た。


「はぁ…はぁ…」


それは鍛冶屋の元オヤジの息遣いであった。


「はぁ…あっ…はぁ…はぁ…んっ…」


荒い息遣いに混じってハンマーを持つ手に力を込めるための妙な声も聞こえる。


「はぁ…んっ…はぁ…あんっ…はぁ…んっ…んっ…」


…っていうかもう、喘ぎ声にしか聞こえない。


鉄と鉄を打ち付ける音に混じって耳に入る喘ぎ声が徐々にユーキが取り戻しつつあった冒険気分をぶち壊していく。


ちなみに、この声は管理者権限を手に入れた萌え豚が良かれと思って挿入したものなのだが…。


徐々に激しくなる喘ぎ声を耳にするたびに、ユーキの目からは涙が流れていた。




自分が求めていた…望んでいた…欲しがっていた世界は、もうここにはないんだ。



ユーキの好きだった世界は女の子と萌えとエロに塗り潰され、もはや影も形もそこには残っていなかったのだ。


それを自覚してしまったユーキは、ただただ絶望した。





こんな世界で俺は萌えとともに朽ち果てるというのか…。いやだ…そんなのは絶対に嫌だ!!。取り戻さなきゃ、俺が望んだ世界を!!。もう誰にも奪わせやしない!!俺が世界を取り戻し、守り抜くんだ!!。俺から世界を奪った運営を許してはいけない!!。



王道ファンタジーを奪った運営に復讐することを固く誓ったユーキは鍛冶屋を後にしようとした。


「…行っちゃうの?ユーキ」


潤んだ瞳でユーキを見つめる鍛冶屋の元オヤジ。


「ああ、俺は行くぜ。待っててくれ、必ずあんたを魔の手から救ってやるからな、おやっさん」


「…うん、待ってる」


そんなことを宣言し、去って行くユーキの姿を鍛冶屋の元オヤジは頬を赤く染めながら見送った。




こうして、王道ファンタジーを取り戻すために運営に復讐を誓ったユーキのRPGが幕を開けたのだった。



おまけ


ナビィの解説コーナー!!


ナビィ「ハイハーイ!!画面の前の肥溜めの皆さん!!こんにちは!!。今日もこの物語の本編であるナビィの解説コーナーを始めるよ!!。それじゃあ今日は、アップデータで仕様が変更されたステータスの解説をするよ!!。まずはHPとMP、これはみんな分かるよね?。でも一つだけ、他のゲームと違うところはMPが尽きても戦闘不能になってしまうってことだよ。だからいくらHPが残っていても、MPが0になってしまえば死んじゃうから気をつけてね。中にはMPを減らしてくる敵や罠もあるから、MPの管理も気をつけてね。…え?MPが1のやつはどうしろって?。大丈夫、MPはINTを上げれば自ずと上がるから、安心してね。…え?レベルが99のくせにINTが1のやつはどうしろって?。諦めて死ねばいいんじゃないかな?(満面の笑み)」


ナビィ「さて、それじゃあ次はSTRの説明をしよう。STRは力の強さを表すステータスで、物理攻撃力に関するステータスだよ。中には一定以上のSTRが無いと進めない場所もあったりするから、ある程度は必要だよ」


ナビィ「続いてDEF。これは防御力の高さなんだけど、この数値分物理ダメージを減らせるよ。他にも状態異常に対する耐性の強さもこの値に依存しているから、やっぱりこれもある程度は必要だよ」


ナビィ「次はDEX。これは器用さのステータスなんだけど、攻撃の命中判定や鍵や罠の解除に関わるステータスだよ。他にもこのステータスが高いと武器や防具が長持ちするよ」


ナビィ「次はINT。これは賢さを表すステータスで、魔法攻撃力や魔法の効果に関わるステータスだよ。他にもMPの高さもこのステータスに関わるから、魔法使いには必須だね。それと、INTが低すぎると生活に支障が生じるよ。具体的にはINTが15以上無いと文字を読めないよ。だから魔法を使わなくてもINTは15以上にはしておこうね!。ナビィ姉さんとの約束だよ!。約束を破る奴は野たれ死ねばいいと思うよ!。他にも、INTが一定以上じゃないと読めない本があったりするから、パーティーに一人はINTが高い人が欲しいね」


ナビィ「最後はLUK。これは運の良さを表すステータスなんだけど、ありとあらゆる判定にこのステータスの高さによって補正がかかるよ。他にも攻撃のクリティカル率やアイテムのドロップ率にも依存しているから、やっぱりこれも上げておいたほうがいいよ」


ナビィ「以上のことを踏まえて、バランスのいい冒険者になってね、ナビィ姉さんとの約束だよ?。…え?すでにレベルがカンストしてるのにSTR以外全部1のやつ?。…うん、来世に期待しようか」

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