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逆さメイドと攻略組

ここはプレイヤー達の始まりの街と言われているマサラ城と呼ばれる城下町、その酒場には今日もプレイヤー達で賑わっていた。


1日の終わりに酒を浴びるように飲み、明日の英気を養う。時には酒の力で見知らぬ人と肩を並べて飲み明かし、友好を深めたり、またプレイヤー達が多く集まるのでゲームに関する情報交換の場として機能していた。


そんなプレイヤー達がひしめく酒場で、最近ある噂話が盛んに交わされていた。プレイヤー達はその噂話を切り出す時、必ず口を揃えてこう言うのだ…。


「おい、逆さメイドって知ってるか?」


今日も酒場でとあるモブプレイヤーがその話を切り出していた。


「逆さメイド?なんだ?そいつは」


「なんでもそいつはメイド服を足に装備して、上下逆さまにメイド服を着ているそうだ」


「おいおい、それじゃあただの変態じゃないか?」


「そうだな、それだけだったらただの変態で終わるだろう。だがしかし、奴はただの変態ではないらしい」


「と、いうと?」


「まずひとつに…その逆さメイドはレベルが99でカンストしているそうだ」


「は?レベルがカンストしてるだと?。まだレベルがかなり高いプレイヤーだってせいぜい30代止まりだぜ?」


「俺も噂でしか知らないが、信憑性のある情報だ」


「ははっ、可笑しな格好しているくせにレベル99とか、可笑しな話だぜ」


「他にも始まりの平原が一度月面クレーターみたいになってた時があるだろ?。噂によるとあれも逆さメイドの仕業らしいぜ?」


「マジかよ?あの天変地異が起きたかのような悲惨な広野はプレイヤーの手でされたものなのか…。じゃあまさか、最近まで崩壊してた始まりの洞窟も…」


「可能性はあるな」


「マジかよ。…一体どんな凶悪な奴なんだ?逆さメイド」


プレイヤー達がそんな会話を交わす最中、ある一組のプレイヤー達が酒場を訪れた。


「いらっしゃいませ!!」


店員に迎え入れられたそいつらの見た目は初心者丸出しの素人の男と小さな妖精と片目に傷のある男、そして…メイド服を逆さに着た少女であった。


「お、おい、見ろよ?あの格好…」


そんなメイド服を逆さに着た頭のおかしい少女を見たプレイヤーの一人が小さな声で他のプレイヤーに声をかけた。


「あの独創的なメイド服の着方…間違いねえ、奴が逆さメイドだ」


「あいつが件の逆さメイド?本当か?」


「逆さメイドと見て間違いないだろう。あんな奇特なファッション、他にする奴がいるか?」


小さな声でそんな会話をする中、田中ちゃんの姿を見たプレイヤーの一人がガタガタと震え始めた。


「お、俺…あいつを街で見たことある…」


「なに?」


「お、俺、そ、そそそそその時に見ちまったんだ…あいつが恐怖で顔を歪めながら逃げ惑う仲間を殺す瞬間を…」


「なんだと?プレイヤーキルだと!?しかも同じパーティの大切な仲間を!?」


「あ、ああ…まるで虫ケラを狩るかのように…雑草を抜くかのようにな…。殺された方は見るも無残に吹き飛んだぜ?」


「ま、まさか…こんな短期間の間でやつがレベルを99に上げられたのは…悪魔に仲間を売ったからか?」


「その可能性はありえるな。『仲間の命の代わりに絶大なる力を得る』…そんなイベントがあってもおかしくねえ」


「な、なんて残虐非道なやつなんだ…」


「恐ろしや…恐ろしや…」


「…そ、そういえば、俺もあいつを見たことあるぜ?」


「どこでだ?」


「この町の出入り口で見たんだが…どうも様子がおかしかったんだ。出入り口付近で何度も何度も同じところをぶつぶつと何かを呟きながらひたすらに歩き回っていてな。…あの時は死んだ顔しながら、時より不気味に笑っていたぜ」


「な、なんだ、それは…。普通、意味もなく同じところを歩き回るか?」


「…もしや、奴は健康に気を使っている可能性が…」


「馬鹿野郎。奴が健康に使うような健全な人間であるわけがない。きっと、それも仲間の命を悪魔に売るための儀式だったんだ!!」


「なるほど、そういうことか。今思えば、奴はずっと棺桶を引きずっていたが…あの棺桶は悪魔への生贄だったのか…」


「ファンションやら何から何まで、とんでもねえ野郎だ…」


「そ、そういえば、俺、あいつが花屋で働いているところを見たことあるぜ?」


「なに?人間の殻を被った悪魔のくせに花屋だと?」


「俺、一回花を買いに行って会ったことあるけど…なんかその時は可愛い子だったぜ?」


「馬鹿野郎!!それは奴の罠に違いない!!。奴は花屋という表向きの顔で獲物を捕まえて、裏でそいつを悪魔への生贄にするんだ!!」


「ま、マジかよ。奴が働いていた『フローラ マサラ店』にはもう行けないな」


「し、しかし…いまこの場だけでこれほどの情報が出回るとは…」


「逆さメイド…なんて恐ろしい存在だ」


「奴とは関わらないのが吉だな」


その場にいた全員が自分が狙われないように目も合わせまいと固く心に誓った。


しかしながらそんなことを知る由も無い田中ちゃん一行は、なにも語ることなく店員に導かれるがまま席へと座った。


目を合わせては行けないと知りつつも、やはり悪魔の動向が気になるので、全員の注意は完全に田中ちゃんへと注がれていた。


「ご注文はお決まりですか?」


そんな店中の客の注目を集める中、店員から注文を問われた田中ちゃん達一行は口を揃えてこう言った。


「…水で」


…まぁ、金が無いからね、しょうがないね。


知らぬ間に逆さメイドなどと呼ばれプレイヤー達の間で有名になっていた田中ちゃん。だが、そうとも知らずにのこのことこの酒場にやって来たのは、全く先の見えない今後の方針について話し合うためであった。


「最近、城の衛兵のアルバイトを募集してるようですが、どうですか?」


「だからアルバイトを勧めるなよ、ナビィ」


「…僕はアルバイトでもいいよ」


先日の冒険でその魅力に心惹かれそうになったシンだが、最終的に魚の餌になってしまったため、それでほとんどチャラになってしまったのだ。


「魚の口の中、めっちゃ臭かったな」


しょんぼりとした様子で前回の自分の死に様を呟くシン。


「私もあそこでプラチナフィッシュに襲われるとは思ってなかったわ。…あの湖、沈むのが人間には困難だから、で会おうと思ってもなかなか出会えるような敵じゃないんだけどな…」


田中ちゃんの言う通り、あの湖では大抵のものが浮いてしまうので、その中にいるプラチナフィッシュを捕まえるのは困難を極めるため、普段はなかなか出会うことができないレアな敵だったのだ。


「へぇ、そんなにレアな敵だったんだ。…倒すと何かもらえるのか?」


「一度の魔法の使用が2回分の魔法になる『ダブルマジック』っていう魔法を覚えるために必要な素材が手に入る」


「へぇ、それはMPの節約にもなるし、単純に魔法の火力が2倍になるって考えれば便利な魔法だな」


そんなことを呟くユーキだが、あいにく自殺用の魔法しか習得していないユーキには縁のない話だった。


「それで、これからどうするんですか?バイトの斡旋ならこのナビィにお任せください」


「だからバイトはもうしねえって」


「でも実際のところ、僕たちはこの街の中でひっそりと暮らすのが一番堅実でしょ?」


「冒険者が堅実に生きてどうする?」


正論を吐くシンに突っかかるユーキ。そんな中、田中ちゃんがいきなりこんな話を切り出して来た。


「だけど、よくよく考えたら別に私達が冒険に出る必要もないんだよなぁ」


「おい、田中まで何言ってんだよ?。お前の目的はゲームをクリアして管理者に戻ることだろ?」


「そうなんだけどさ、別に私がクリアする必要はないんだよ。このゲームは誰か一人がクリアさえしてしまえば、全員が強制ログアウトされるから、他に優秀なプレイヤーがいるならそいつに託して、私は街でのんびりしててもいいんだよ」


「そんな他力本願でどうする?。自分の夢は自分で掴んでなんぼだろ?」


「他人にもたらされる自分の夢ほど楽なことはないぞ?」


田中ちゃんとユーキがそんな会話をする中、酒場の出入り口の扉が勢いよく開かれ、ある一人のプレイヤーが店の中に呼びかけるように大声で叫んだ。


「おい!!攻略組のリーダーの『銀弓のハンター』こと、セキュリスさんが例の攻略を始めるらしいぞ!!」


「なに!?あの攻略組のセキュリスさんが!?」


「俺たちの希望の光であるセキュリスさんが!?」


「早くその英姿を拝みに行かなくては!!」


男の知らせを聞くや否や、田中ちゃん達を除く店のプレイヤー達は全員、お店の外に出て行きどこかに行ってしまった。


「…攻略組、か」


残されたユーキはそんなことを呟いた。


「恐らくは俺たちが油売ってる間に組織されたゲームのクリアのためにトップランカー達が徒党を組んだチームのことなんだろうな」


会話の内容からそんなことを察したユーキ。


「なるほど、攻略組か…それは期待できるな」


誰でもいいからゲームをクリアしてほしい田中ちゃんとしては強者どもが集まって、ゲームを攻略する組織が形成されたことは喜ばしいことであった。


「喜んでる場合じゃねえぞ。…くそ、こんなポンコツに足止めされていたせいで先を越されちまったのか…」


恐らくは自分たちよりもはるかにゲームを進行しているであろう攻略組に嫉妬心を抱くユーキ。


「…どうするの?僕たちも見に行く?」


特に興味はないが、周りの者がみんな見に行ったので、自分たちも見に行かなければならないような気になったシンはそんな提案をした。


「そうだな。これだけ期待されているとなると、どれだけの猛者なのか私も気になるしな」


そう言って田中ちゃん達は席を立ち上がって、店を出て行った者達を追いかけた。


しばらくついて行くと、街の広場の一角で人集りが出来ているのが目に入った。


「あれ?攻略って…街の中でなにを攻略するんだ?」


てっきり難関ダンジョンにでも行くのかと思っていたユーキはそんな疑問の声を口にした。


「まぁ、街の中でも簡単なのから難しいものまでいろんなイベントがあるからな。それの攻略なのかもしれない」


人集りのせいでその中の様子がどうなっているかはよく分からなかったが、田中ちゃんはユーキの質問に自分なりの答えを答えた。


人集りから少し離れたところで様子を見ていた田中ちゃんに、野次馬となったプレイヤー達の会話が耳に入って来た。


「本当か!?今回の攻略はあの難攻不落と呼ばれていた奴の攻略なのか!?」


「幾ら何でも無茶だ!!セキュリスさん!!」


「そもそもセキュリスさんはまだ、前回の攻略の時に負った傷も完全に癒えてないというのに…」


野次馬どもがそんな心配をする最中、田中ちゃん達は近くに設置されていた高台に登り、上からその様子を眺めることにした。


高台の上に立った田中ちゃん達がその群衆の真ん中を見下ろすと、そこには銀髪の長髪をなぜになびかせる男の姿があった。


恐らくはあの男がセキュリスと呼ばれるプレイヤーなのだろう。野次馬どもから心配される声が聞こえていたセキュリスは腕を天に掲げ、勇ましく堂々と周りの群衆に向かって叫んだ。


「皆の者!!案ずるな!!」


その一言に威圧され、皆が口を閉ざしたが、そのうちの一人がそれでも心配なのか、セキュリスに声をかけた。


「で、でも、セキュリスさん。さすがに今度ばかりは相手が悪いですよ!!」


「だからどうした?。相手が悪いからと行ってここで引いては私の紳士が廃る。例え無謀と呼ばれようが、無茶と言われようが、私は進まねばならないのだよ」


「だけど…このままじゃセキュリスさんが犬死だ!!」


「そんなことはない。私の英姿を皆に見せることで、例え私が死んでも、その反省を生かして次に繋げてくれる者がいるかもしれん。私の屍を乗り越え、立ちふさがる分厚い壁を超え、新たなる皆の希望の光となる勇者が現れるかもしれん」


「しかし!セキュリスさん!」


「私は…死してなお、皆を導く道となろう」


「セキュリスさああああああああん!!!!!」


散りゆく英雄を前に周りの野次馬が皆叫びながら涙を流していた。


そんな彼の姿を見ていた田中ちゃんはセキュリスのことをどこかで見たような気がした。


「あいつ…どっかで見たような…」


田中ちゃんがそんなことを呟いたその時、野次馬の一人がある人物に向かって指をさして叫んだ。


「き、来たぞ!!奴が来たぞ!!」


件の強敵の出現に皆がざわつく中、田中ちゃん達もその人物の姿を確認した。


「あれは…鍛冶屋の元オヤジ?」


ユーキの目に飛び込んで来たのは萌え豚にアップデートされる前は屈強な親父の姿をしていたが、今は可愛らしい姿で喘ぎ声を出しながら鍛冶屋で武器を鍛える美少女の姿であった。


そんな美少女と対峙したセキュリスはメニューを操作し始めた。


「もしや…セキュリスさん、早速自慢の武器を披露するつもりか?」


「まさか…さっそくアレのお出ましだって言うのか?」


皆が固唾を飲んでセキュリスを見守る中、セキュリスはとある物をその手に装備した。


それは豪華な装飾のされた身の丈ほどの大きさのある大きな大きな…花束であった。


「出たああああ!!セキュリスさんの必殺武器、スーパー花束だああああ!!!」


「これで相手もイチコロだぜ!!」


野次馬どもの声を尻目にそんな美しい花束を手にしたセキュリスはとつぜん鍛冶屋の元オヤジの前にひれ伏し、その花束を彼女に捧げながら叫んだ。


「好きです!!付き合ってください!!」


「…ごめんなさい」


突然の告白に少し動揺した後、鍛冶屋の元オヤジはその頭を丁重に下げて断った。


「ああああああ!!!!セキュリスさんが女の子の攻略にまた失敗したあああああああ!!!!」


「これでセキュリスさんは通算300戦300敗!!やっぱり女の子の攻略は不可能なのかあああああ!!!」


「ああああ!!!!告白を断られたセキュリスさんがショックで気を失っていらっしゃるうううう!!!!」


「無理もねえ、まだ前回の告白が断られた時の心の傷が癒えてないんだ」


「担架だあああ!!!担架を呼べええええ!!!!」


攻略に失敗したセキュリスを心配して野次馬どもが騒ぐ最中、女の子の攻略とは知らずにその様子を見守ってしまっていた田中ちゃんは吐き捨てるようにこんなことを言った。


「…あほくさ」


『やっぱり、ゲームの攻略は自分でどうにかしないとな』と改めて感じた田中ちゃんは、その場をすぐあとにして次の冒険の算段をつけることにしたとさ。

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