天空を歩む者
「で、どうする?」
他にも問題点は多々あるが、状態異常ガチャの苦難を乗り越え、とりあえずある程度はまともに冒険ができるようになったはいいが、これからどうするかを決めていなかったので、まずは目的を決めるべく、ユーキが話を切り出した。
「田中の攻撃が当たるようにするために前に言ってた『必中のルビー』を探しに行くか?」
ユーキは以前に言っていた持っているだけであらゆる攻撃が必中となる伝説のセブンスジュエルと呼ばれるアイテムを探しに行くかどうかを尋ねた。
ただ、以前はそれを探しに行ったはいいが、あっけなく盗賊団に捕まり、なんやかんや奴隷として売られ、挙げ句の果てに状態異常ガチャに苦しめられる羽目になった。
今思えばあの時、そのアイテムのために田舎娘のアリルの護衛をしたことが全ての元凶だったのだろう。行商人の護衛などではなく、もっと身の丈にあったことをすれば、ここまでの窮地に陥ることはなかっただろう。
探しに出発しただけで、手がかりにありつく間も無く地獄の底に落とされたこともあってか、『必中のルビー』は惜しいが、ユーキ的にはあまりそのアイテムのために行動したくはなかった。
「いや、必中のルビーは一旦置いておこう。あれのおかげでえらい目にあったし、しばらくは関わりたくない。それにあれはこのゲームで一つしか存在しないアイテムだが、そう簡単に手に入るものでもない。急がずとも早々に他のプレイヤーの手に渡ることもあるまい」
「じゃあどうする?」
「そうだなぁ…」
今後の方針を考えていなかった田中ちゃんがどうするか悩んでいると、脇からナビィが口を挟んできた。
「じゃあお花屋さんでまた働くのはどうでしょうか?。他にも鍛冶屋の手伝いのアルバイトや、コンビニや居酒屋のアルバイトも募集してますよ?」
そう言ってナビィはいくつかのアルバイト募集と書かれたチラシをヒラヒラと見せびらかした。
「せっかくのゲームの世界でコンビニのバイトってどうなの?」
「冒険者よりは儲かるかと…」
「夢のないことを言うな。冒険者には時給じゃ換算できない価値があるんだ」
ユーキとナビィがそんなやりとりをしていると、ある男が口を開いた。
「っていうか…冒険に行かなきゃダメ?」
せっかくまとも(?)に冒険ができるようになったというのに、そんな空気の読めない発言をしたのはシンであった。
読者の皆様は忘れているであろうが、彼はあくまで妹を探すためにこのゲームに来ただけなので、冒険に行く気などさらさらなかったのだ。
「あっ?口答えする棺桶は黙らせないとなぁ?」
冒険の妨げとなるシンに殺意を向ける田中ちゃん。いままで何千と撲殺されて来たため、完全に田中ちゃんがトラウマとなっていたシンだが、怯えながらも殺されないように必死に説得をした。
「べ、別に行かないなんて言ってないよ!!た、ただどうしてそこまでして冒険をするのかなって…」
「そんなの私の自堕落な生活がかかってるからに決まってるだろ」
そんなことを言いながら『もうめんどくさいから殺しておこうかな?』と田中ちゃんが考えていたその時、ユーキがこう切り出した。
「まぁ、待てよ、田中。今後は冒険に行くときは状態異常の状況再現のためにシンを殺すわけには行かなくなったんだから、無理やり冒険に連れ出すのは難しくなったんだぜ?。ここで殺してまた全滅したとき、もう一度冒険に出かけるためにはシンを生かして連れて行かなくなったんだ。だからもうむやみやたらにお互いのために殺すのは良くないぜ?。生き返ったときに逃げられたりしたら面倒だろ?」
「…だったら、もう一回精神が崩壊するまでこいつを何度でも殺すまでだ」
「ひっ!?」
ユーキの言う通り、町を出た時に『痴呆』という無害な状態異常を引くためには全滅した後、シンを殺さずに町を出る必要があったので、街中でシンを殺せなくはなったが、田中ちゃんはそれでも殺意を収めなかった。
そんな田中ちゃんにユーキは説得を続けた。
「それにだな。いちいち棺桶を引きずって歩くよりは自分で歩いた方が楽だろ?。だからここはシンが自分から冒険に出たくなるように仕向けるべきだと思うんだ」
「…確かに、どうせ同じ棺桶なら歩く棺桶の方が持ち運ぶ必要もないか」
ユーキの説得に納得したのか、田中ちゃんはそう言って殺意を収めた。
「それで、どうやってシンをその気にさせるんだ?死なない程度に痛めつけて脅すのか?」
「とりあえず人を殴りつける物騒な発想はやめようぜ。やっぱりここはシンにも冒険の楽しさを知ってもらうのが一番だと思うんだよな。ここに近くでなんか良さげなスポットとかないか?」
「『シンにも冒険の楽しさを知ってもらう』とか言ってますけど、そんなことが言えるほどユーキは楽しい冒険とやらをして来たんですか?」
「ちょっと黙ろうな、ナビィ」
いらん口を挟むナビィを黙らせるユーキ。
「冒険の楽しさを知ってもらうねぇ…それならメタル湖にでも行こうか」
結局一行は冒険を楽しむべく、田中ちゃんの提案したメタル湖なる場所に向かった。
「ひぇ…でっかい蜘蛛…」
人ほどの大きさがある蜘蛛のモンスター『タイラントチュラ』を森の中で見かけたシンはあまり虫が得意ではないのか、青ざめた顔をしながらそんなことを呟いた。
「いいねぇ、まさにモンスターって感じでいいねぇ」
最近はずっと街の中で困っていたため久しぶりにモンスターを見かけたユーキはシンと違ってテンションが上がっていた。
自慢の折れた剣を手に構え、臨戦体制にはいったユーキ。
「辞めとけ、今のユーキが勝てるような相手じゃない」
タイラントチュラはレベルが25もあるため、レベルがたったの11のユーキでは分が悪いと判断した田中ちゃんはそう言ってユーキを止めた。
久しぶりの戦闘に胸を躍らせたユーキであったが、田中ちゃんの説得でひとまずは剣を収めた。
「それじゃあスルーして脇を通り抜けるのか?」
「それが一番だろうね」
「賛成、あんな気持ち悪いの関わりたくない」
よほど虫が苦手なのか、一刻もここを早く立ち去りたさそうなシン。
「だけど気をつけてね。あのモンスターは森中に張り巡らせた糸で敵の位置を感知するから、糸に触れないように先に進んで」
田中ちゃんがそう説明するが、眼前には漫画などでよく見るレーザー光線が張り巡らされたセキュリティ万全の通路並みに糸が張り巡らされており、触れずに通り抜けるのは困難を極めた。
仕方なしに慎重に通り抜けるの一行。
指の先まで神経を張り巡らせて器用に体を動かし少しずつ進む。少しでも気を緩ませれば思わず触れてしまうほど緊張感と少し刺激すれば全て台無しになりそうな雰囲気が漂う中、あの妖精のナビィさんが黙っていられるはずがない。
「ここでユーキに耳寄りな情報があるんですが…聞きたいですか?」
「なんでこのタイミングでそんな話をきり出すかな?」
糸を避けるために体を伏せたり曲げたりして、無理な体勢をしている最中、話しかけられる余裕もないユーキ。そしてそれを分かっていながら話かけるナビィ。
当然、ユーキもナビィを無視しようとした。
「これはフィーネに関する情報なんですけど…」
「ぜひ聞かせてもらおうか」
だが、フィーネ信者であるユーキとしては聞かざるを得ない情報なので、ユーキは無理な体勢を保ちながら聞き漏らさないように聞き耳を立てた。
「普段は規律もあって、クールな彼女なのですが…」
「ですが?」
「実は彼女…めっちゃかわいいパジャマ着て寝てます」
「今その話いるか!?」
ナビィの話すフィーネのパジャマめっちゃかわいい情報に思わずツッコミを入れる田中ちゃん。
しかし…
「ナビィ…その話、詳しく!!」
無理な体勢を保ちながらユーキは真に迫る声でナビィに詳細を求めた。
「すごいモフモフしたパジャマで、フードにはウサギさんの耳が付いてます」
「ふむふむ、それでそれで!?」
無理な体勢を保ちながら、フィーネ様のめっちゃかわいいパジャマ姿を目を閉じて想像するユーキ。
「あと…めっちゃでかいテディベアを抱いて寝てます」
「見たい!!フィーネ様のめっちゃでかいテディベアを抱きながら、めっちゃかわいいパジャマで大殿籠るお姿めっちゃ見たい!!」
「ちょい黙れ、ユーキ」
こんな非常事態に興奮するユーキをなだめる田中ちゃん。
興奮で蜘蛛の糸どころではないユーキを尻目に一人でいそいそと先に進むシン。そんなシンにもナビィの毒牙が向けられた。
「そういえばシン…お花屋さんで働いていた時、あなた、田中ちゃんに惚れてましたよね?」
「ファッ!?い、いきなり何言ってんだよ!?」
ナビィの指摘した通り、お花屋さんで働いていた時の花補正ありきで美少女であった田中ちゃんに好意を寄せていたシンはいきなり確信を突かれて挙動不審になっていた。
「知らないとは言わせませんよぉ〜。愛おしそうに花を見つめる田中ちゃんを愛おしそうにあなたが見つめていたことを…」
「ワァー!!ワァー!!」
蜘蛛の糸が張り巡らされた空間で人の核心をえぐるナビィの声を遮るかのように喚くシン。
「まぁ、ナビィよ、その辺にしてやりなよ。この可憐な私に惚れるとか、格段おかしな話でもないだろう?」
「え?」
「は?」
「あ?」
ドヤ顔でそう語る田中ちゃんに思わず感嘆符が口から飛び出る一行。
「ちょっと待て、ユーキとナビィはまだわかるが、なぜシンまで疑問の声を上げる?」
「いや、だって…ねえ?」
「『ねえ?』ってなんだよ?ハッキリ言ったらどうなんだ?ああ?」
蜘蛛の糸が張り巡らされた窮屈な空間で無理な体勢を保ちながら器用にシンの胸ぐらを掴んで突っかかる田中ちゃん。
「自分のことを可憐とか…とりあえずそのジャージと着方を間違えたメイド服をどうにかしてから出直して来いよ」
「これは決して悪口などではなく、あなたのことを思った一個人のアドバイスとして聞いて欲しいんですけどね…身の程を弁えろや、ブスが」
汚物に唾を吐きかけるように暴言を吐くユーキとナビィ。
「そこまで言わなくてもいいだろ!?。私の乙女心に傷がついたぞ!?弁償しろよ!オラァ!!」
チンピラのように喚く田中ちゃん。
「あと、もうひとつナビィからのアドバイスですけど…モンスターの住処であまり大きな声を出すのはよろしくないですよ?」
田中ちゃんが叫ぶ中、やけに笑顔なナビィがそんなことを口にした。
ナビィの笑顔に嫌な予感がした一行が振り返ると、そこには一直線にこちらに走ってくるタイラントチュラの姿があった。
「どうやら田中ちゃんの大声に反応して糸が揺れ、それをタイラントチュラが感知したようですね」
そう言ってナビィはニッコリと笑った。
「謀ったな!!クソ妖精!!」
「いや、大声出す田中が悪い」
こうして、巨大な蜘蛛との命がけの鬼ごっこをする羽目になったとさ。
「…はぁはぁ、なんとかやりきったぜ」
「あぁ、生きてるって素晴らしい」
「くそ、私のことを盾にしやがって…」
無駄にレベル99でHPが有り余っている田中ちゃんを盾にしてなんとか森を抜けた一行、そんな彼らの目の前にはどんよりした空と、空の曇りを反映したかのように灰色に広がる湖が待ち受けていた。
「ようやくついた。…ここがメタル湖だ」
「ここが例の場所か?。…特に変わったところはないようだが?」
湖を見渡しながらユーキはそう呟いた。
「まあ、時間帯が悪いせいもあってぱっと見、今は普通の湖だな」
ユーキの質問に田中ちゃんはそう答えた。
「ここでどうするの?泳ぐの?水着も無いのに…」
「泳ぐ?。まさか、そんな普通なことはしないさ」
シンの質問に笑いながらそう答えた田中ちゃんは湖へ一歩足を踏み入れた。
いきなり湖に足を踏み入れるとか、とうとう血迷ったか?などと思いながらその様子を見ていたユーキの目に信じられないものが飛び込んできた。
それは、ピチャピチャと水の音を響かせながら湖の上に足をついて歩く田中ちゃんの姿であった。
「一体これは?…思ってたよりも水深が浅いのか?」
ユーキが目を丸くしながらそんなことを口にした。
「ほれほれ、二人も見てないでこっちに来な」
得意げな顔した田中ちゃんは二人の腕を引っ張って湖の上に引きずり込んだ。
STR999の田中ちゃんの腕力に荒がれるはずもなく、二人は湖へと足を踏み入れた。
普通なら真っ逆さまに沈むはずの水に足をつけると、トランポリンの上に立った時のように不安定な足場ではあったが、湖の上に立つことができた。
「ほら、ぼさっとしてないで歩いて。突っ立ってるとさすがに沈むよ」
田中ちゃんの忠告通り、見とれて突っ立っていると徐々に足が沈んでいく感触があった。
湖の上を歩き回る田中ちゃんを見習って二人も歩いてみると、相変わらず不安定な足場ではあるが、きちんと水に足をつけて歩くことができた。
「…どうなってんだ!?これ?」
不思議な感触に動揺しながらも興奮気味に田中ちゃんにそう質問するユーキ。
「ふっふっふ、そろそろ種明かしをしてやろう。この湖の水は普通じゃない。これは特殊な金属が液状化したものでな。で、この液状金属の特徴として非常に密度が高いことが挙げられる…人が上を歩けるくらいにな。そういうわけでこうして湖の上を歩けるというわけだ」
元ゲームの管理者としての知識を得意げに語る田中ちゃん。
足を取られる感触はあるものの水の上に立つといういままで体験したことのない経験にユーキの興奮は止まなかった。
「水の上に立つなんて現実の世界じゃなかなか経験できないことだからな!!すごい不思議な気分だ!!」
その一方で慣れぬ足場に苦戦してシンは何度も転びそうになっていた。
「わざわざこれを見せにここまで連れて来たわけ?。確かに貴重な体験だけど…これじゃあただ歩きにくいだけだよ」
不安定な足場に不平を漏らすシン。そんなシンに田中ちゃんは人差し指を立ててそれを横に振りながら説明した。
「ちっちっち、私がここに連れて来た理由はそれだけじゃないよ。何を隠そう、この液状金属にはもうひとつ特徴があるのだ」
「もうひとつの特徴ってなんだ?」
「まぁ、待て。…そろそろ時間だな」
もうひとつの特徴を言い渋った田中ちゃんは空を見上げながらそんなことを呟いた。
少しするとどんよりとした分厚い灰色をした雲からわずかに太陽の光が溢れて来た。
「この液状金属のもうひとつの特徴、それは可視光の反射率がほぼ100%であることだ」
田中ちゃんが説明すると同時に徐々に曇り空に晴れ間が差し、太陽の光を受けた湖が光り始めた。
「つまり、この湖は…鏡のように輝くってことさ」
やがて太陽の光が湖全体に差し、目も開けられないほどのまばゆい光がシンの目に飛び込んで来た。
突然の光にしばらく目も開けられなかったが、やがては目が慣れていき、シンは恐る恐るその目を見開いた。
するとどうだろうか?先ほどまで曇天を反射して灰色であった湖が空の青に染まり、足元に空が広がっていた。
「ようやく晴れたな。これがこのメタル湖のもうひとつの姿、空の色を反射して蒼に染まることからこの湖は別名『空の絨毯』と呼ばれている」
ようやく見せたかったものを見せられた田中ちゃんは満足そうにそう語った。
「空の…絨毯…」
まるで空の上に立っているかのように錯覚するその景色に、シンは思わず息を飲んだ。
いままで冒険が楽しいと思ったことなど一度もなかった。死んだり、蜘蛛に襲われたり、死んだりで本当にロクな目にあって来なかったからだ。
「僕は…冒険なんか大っ嫌いだ」
空の上に立ちながらシンは小さくそう呟いた。
「それでも…どうしてかな?。胸の高鳴りが治らないんだ」
自分でも驚いているのか、不思議そうな顔をしながら田中ちゃん達の方を振り返りながらシンはそう語った。
いままで何百、何千と冒険に嫌な思い出を重ねて来たが、その全てを払拭してしまうような魅力をシンは感じてしまったのだ。
あの地平線の彼方に、今度はどんな世界が待ち受けているのだろう?。
そんなあくなき好奇心が心を急かすのだ。
「いいことばかりじゃないけどさ…今後もこんな素敵な出会いが待っているのなら、僕は…」
少し言葉をためた後、シンは満面の笑みで田中ちゃん達の方を振り返り、こう語った。
「僕は、この冒険が好きになれるかもしr…」
その瞬間、そこにいたはずのシンは突然現れた巨大な魚に丸呑みにされた。
シンが言い終わらないうちに突然、体長15メートルはあろう巨大な魚が湖から飛び出し、田中ちゃん達の目の前でシンを丸呑みにしたのだ。
あまりに唐突な出来事に事態が飲み込めない田中ちゃん達は『パキッ☆』とか『ボキッ☆』などと軽快な咀嚼音を立てながらシンを味わうその姿をただただ見つめるしかできなかった。
時折、シンの断末魔が聞こえる最中、お魚さんのお口に合わなかったのか、棺桶をひとつ口から吐き出した。
キュー○ー3秒クッキングであっという間にいつもの棺桶姿に戻ってしまったシン。
そんな様子を見ていた田中ちゃんとユーキは顔を見合わせ、一瞬のアイコンタクトを取った後、同時にその場から全力で逃げ出した。
仲間を見捨てて逃げるという選択肢を何もいうことなく速攻で同時に行うクズな二人。しかしながら、日頃の行いがよろしくないお二人が逃げ切れるわけもなく、水面に現れた第二第三のお魚さんにあっという間にパックンチョされ、棺桶となって吐き捨てられた。
こうして、一面に広がる蒼穹の空の上に三つの棺桶が仲良く並んで浮かぶことになったとさ。