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アホになるため三千里

「…4821…4822…4823」


ユーキの渾身の説得によって目が覚めてしまった田中ちゃん達は今日も町の出入り口で歩数を数えていた。


一歩ずつ町を出る歩数を増やしては死んで、生き返っては歩数を数えるだけの単調で不毛な死出の旅路を繰り返す中、その精神は摩耗し続け、その瞳からは再び光が失われていた。


全滅してから何歩で町の外を出たら『痴呆』などの害のない状態異常になるのかを見極めるだけの作業はいつまでたってもまともなステータス異常にありつくことができず、その歩数はあと少しで5000代まで登ろうとしていた。


「ふへへ、ふへへへへへへ…」


あまりに希望が見えなさすぎる苦行に完全に精神がいかれてしまった田中ちゃんは不気味に笑いながら歩数を稼ぐために同じところをひたすらに歩き続けていた。


「ママ、あの変な格好した人、なにが楽しくて歩き回ってるの?」


「ダメよ!見ちゃいけません!」


小さな子供に後ろ指を刺されたりもしたが、それでも田中ちゃんは歩き続けた。…全ては再び管理者としてこのゲームの世界をだらだらと過ごすために。


ここで、もう一度田中ちゃん達が行なっている不毛な作業の手順を振り返ってみよう。


① 全滅します。この際、乱数テーブルは一定の場所に戻ります。


② シンをリスキルします。逃げられる前に確実に仕留めましょう。


③ 前回全滅した時の歩数になるまで町の出入り口付近を歩き回ります。不審者として通報されないように気をつけましょう。


④ 前回町の外に出た歩数のプラス1歩目で町の外に出ます。良い状態異常に巡り合うために祈りましょう。


⑤ 良い状態異常出ない場合、速やかに全滅します。岩に頭を何度も強打したり、何度も呪文を唱えたりすると効率が良いです。


⑥ ①に戻る。


花屋を無断で辞めた田中ちゃん達は再び、この作業を繰り返すだけの日々に戻ってしまったのだ。


「…どう考えても花屋やってたほうが幸せな人生を歩めると思うんですが?」


生き返っては死んでを繰り返すだけの無駄に蘇生役の神父(幼女)を酷使するだけの日々を見ていたナビィはそんなことを呟いていた。


「ここまでやってまた再び花屋に逆戻りしろと?。そんなことはできない、なぜならこの道の先には自堕落で好き勝手できる生活が待っているから」


田中ちゃんはナビィにそう反論するが、身も心も披露しきって満身創痍なためか、田中ちゃんの焦点の定まらない瞳はナビィとは全く関係のない方向を見つめ、誰もいない虚空に向かって話しかけていた。


「やっぱり花屋やってた方がいいと思いますよ」


花に囲まれたかつての美少女の面影はそこにはなく、その欲に駆られてひたすらに無益な作業を繰り返すだけの姿はただただ滑稽であった。


「田中を惑わすようなことを言うな、ナビィ。今は辛いだけの日々かもしれないけど、その先にはきっと胸が踊るような未来が待ってるんだ」


自分に言い聞かせるようにそんなことを口にするユーキ。


「例え同じようなことの繰り返しだとしても、俺たちは確実に一歩ずつ前に進んでるんだ。暗闇の中にある一筋の希望の光に向かって一歩ずつ前に進んでるんだ」


「…希望の光とは、大それたことを言いますね」


ユーキの言葉に半端呆れながら返事をするナビィ。二人がそんな会話をしていると、規定の歩数を歩き終えた田中ちゃんが声をかけてきた。


「4956歩歩いた。町を出るぞ、ユーキ」


ただひたすらに死んで歩いてまた死んでを繰り返す不毛な作業。いつまでたっても埒のあかない状況。普通なら、そんな状況になってしまったら、そこで絶望するだろう。田中ちゃんやユーキだって歩数を数えるために下を向いてばかりの日々で、その腰は曲がっており、その見た目はお世辞にも幸せそうなものとは言えないだろう。


だが、それでも二人は歩き続けた。


黙って町を出る二人の後ろ姿がナビィの目にはあるはずのない希望にすがる亡者に見えたか、それとも絶望的な状況の中でも光に向かって進み続ける勇者に見えたか…。


結局、今回も失敗に終わった田中ちゃん達は再び教会へと戻って来ていた。


「あのさ、蘇生もタダじゃないんだから一文無しで全滅するの辞めてくれない?。ウチも慈善事業でやってるんじゃないんだからさ」


あまりに全滅を繰り返す田中ちゃん達にいい加減痺れを切らした神父(幼女)が愚痴を垂れていたが、もはやそんなものは耳に入らない田中ちゃんは再び死出の旅時に繰り出すべく立ち上がろうとしたが、不思議と身体に力が入らず、その場に倒れてしまった。


「大丈夫か?田中」


そんな田中ちゃんを気遣って声をかけるユーキ。


「…やっぱり、ダメなのかな?」


声をかけられた田中ちゃんは弱々しい声でそう呟いた。


「やっぱり、もう冒険は諦めた方がいいのかな?。素直に諦めて、この小さな町に閉じこもってひっそりと生きた方がいいのかな?」


先の見えない作業の果てに、希望が見えなくなった田中ちゃんの弱音が溢れたのだ。


こんな呪われたデータじゃ冒険はできない、素直に町で花屋をやっていた方が…誰もがそう思ったその時…。


「諦めちゃダメだ!!」


ユーキの声が教会に響いた。


「例え攻撃が当たらないとしても、例え装備が変更できないとしても、例え状態異常に苦しめられたとしても、まだ冒険は終わってなんかいない!!。この足が動く限り、冒険はどこまでも続いているんだ!!俺たちの冒険はまだ…終わってなんかいないんだ!!」


不毛な日々に背は曲がり、顔はやつれ、死んだ魚のような目をしていたが、それでもまだユーキは前を向いていた。


どれだけ絶望の淵に追い込まれても、足が動く限り、心が冒険を望む限り、道はどこまでも続いている。


冒険を諦め切れないユーキの言葉に、田中ちゃんは再び立ち上がる勇気をもらった。


「ありがとう…ありがとう、ユーキ」


そんな二人の様子を見ていた神父(幼女)は状況はよく分からないが、なんか良さげな雰囲気をしていたので空気を読んで二人に拍手を送った。


何をそんなに苦しんでいるのかはよく知らないが、二人の冒険への意気込みを垣間見た教会に来ていた他の参拝客も空気を読んで拍手をしてくれた。


まるで二人の旅路を祝福するかのように投げかけられたその拍手に、決心のついた田中ちゃんは再び立ち上がり、教会の外へと歩き出した。


「よく分からないけど…神よ、彼女らに祝福を…」


そんな彼女らの後ろ姿に、神父(幼女)は祝福の言葉を投げかけた。






茶番を終えて再び立ち上がった田中ちゃんはいつものように全滅から234歩で町の出入り口の真ん前まで来た。


ここから普段なら前回歩いた歩数プラス1歩歩くのだが、田中ちゃんはここであることに気がついた。


「…あっ、シンが生きてるじゃん」


いつもなら教会で生き返ってすぐにリスキルしていたが、今回は先の茶番があったせいで殺り忘れていたのだ。


このゲームの乱数は攻撃でも変化するため、シンを殺るか殺らないかでは乱数が変化してしまうため、先ほどと同じ状況にするにはあらかじめシンは殺す必要があるのだ。


で、すでに5000回近くリスキルされていたシンはあまりに死にすぎて魂が粉砕してしまったのか、力のない無表情のまま、田中ちゃん達について来ていたのだ。


「どうする?今からでも殺るのは遅くないか?」


「いや、やっぱり最初に殺さないと乱数がずれちゃうし…今回はやり直しだね」


状況がずれてしまったために全滅を示唆する田中ちゃんだが、ユーキはこんな提案をしだした。


「試しにシンを殺さないで235歩目で町を出るパターンをやってみないか?。どうせ全滅するなら検証した方がいいだろ?」


「…それもそうだね。一回試しにやってみるか」


どうせ全滅するなら…という意気込みで町の外に出てみた一行。


するとどうだろうか?何かしらの状態にかかったはずの田中ちゃんだが、特にこれといった変化は見られなかった。


試しにユーキが田中ちゃんのステータスを確認して状態を確認してみると、そこには長年探し求めていた『痴呆』の状態異常にかかった田中ちゃんがいた。


「や、やったぞ!!喜べ、田中!!ようやく『痴呆』になれたぞ!!」


『痴呆』の状態異常はINTが1になる状態異常だが、INTが1で元から痴呆な田中ちゃんには無害な状態異常であるため、念願の無害な状態異常のパターンを見つけたユーキは嬉しそうにそう叫んだ。


「ほ、本当に!?。やった!やったよ!!ユーキ。私…ようやく『痴呆』になれたよ!!」


『痴呆』になるためにひたすらに歩み続けて来た二人は悲願の達成に喜び、思わずハイタッチを交わした。


「やったよ!!私…とうとうやったよ!!」


「おめでとう!!本当におめでとう!田中!!」


「諦めないでよかったよ!!ここまで頑張ってよかったよ!!」


絶望の中をもがき苦しみながらも一歩ずつ前に進んで来た二人はようやくゴールにたどり着いたことを喜び、思わず涙を流して抱き合った。


ついでにそこらで惚けていたシンも囲んで3人で肩を抱き合い、この喜びを分かち合った。


シンを殺すことなく235歩目で町を出ると痴呆になれるというパターンをようやく見つけ出したのだ。


絶望の果てにとうとう悲願を叶えた三人を祝うかのように風が吹き、花びらが舞った。


まるでエンディングを迎えたかのように喜ぶ三人、そんな三人に拍手を送るナビィ。


「おめでとうございます。本当によくぞここまで頑張りました。さすがの私も拍手を送らざるを得ません」


あの鬼畜妖精でさえ、思わず祝福の言葉を述べるほどおめでたいことなのだ。


雨の日も風の日も、雪の日も雷の日も歩き続け、時に挫折して花屋に逃げたり、時にお互いを支えあったり…そんな様々な壁を乗り越えてついに彼女らはここまでたどり着いたのだ。


「やったよ!!とうとう私はやったんだよ!!これでようやく…」


「そうだな、田中はよく頑張ったよ。これで俺たちもようやく…」


なぜか『ようやく』の先を言わない二人。…いや、正確には言いたくないのだろう。現実を直視する前にしばらくは念願のパターンを見つけたという余韻に浸っていたいから…。


だが、そんな二人の目論見も虚しく、あの妖精が口を開いた。


「みなさん!おめでとうございます!。これでようやく…」


そこで言葉を区切り、しばらく間を置いた後、さらなる絶望を突きつけるかのようにナビィが笑顔でこう言い放った。





「これでようやく、スタートラインに立てますね!!」




そう、まるでゲームをクリアしてこれからエンディングを迎えるかのように喜ぶ田中ちゃん達であるが、いままで歩いて来た苦労は全てこれから延々と続く冒険に出かけるための準備に過ぎない。


あくまで彼女らが今回の苦行で得たものは、『全滅した後、教会から何歩で町を出れば『痴呆』の状態異常になれるか』がわかったに過ぎない。


いままでの25話くらいに渡って繰り広げられて来た戦いは全てまともに冒険するための下準備に過ぎない。


…そう、まだ彼女らはエンディングどころかオープニングがようやく終わったところなのだ。


しかも、奴隷の指輪による状態異常は解決できても、まだまだ解決出来てないことは多々ある。


攻撃は当たらないし、装備は変更できないし、メニューは操作できないし…。


分かってはいたけど、改めてナビィに現実を突きつけられたことにより、先ほどのように仲良くもないのに思わずハイタッチをして抱き合うほどのテンションは消え去り、これから始まる果てしなく続く旅に絶望してしまった田中ちゃん。


「…やっぱり、花屋で働いてた方がマシな気が…」


「さ、さあさあ!!冒険だ!!冒険だ!!」


現実と向き合おうとする田中ちゃんの気を紛らわせるかのようにユーキはそう叫んだ。


こうして、ようやく田中ちゃん達は冒険のスタートラインに立つことができたとさ。






「…で、俺の妹は?」


一人状況がよく理解できていないシンはそんなことを一人で呟いていた。

さすがに次回からは冒険が始まる…といいなぁ。

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