運命の女神の口説き方
信じられるかい?これでもこの小説って、冒険をテーマに書いてるんだぜ?。
人類は遥か昔から奴との戦いを強いられて来た。
人間が持つ強い思いに反応し、奴らはそこに現れ、残酷な現実を突きつける。それはまるで人間を惑わし、弄ぶかのように…。
願う力が強ければ強いほど、欲すれば欲するほど、奴は嬉々としてその夢を撃ち壊す。
もちろん、人間も虐げられてばかりではいられず、数多くの者達が奴に抗うがために立ち上がった。…しかしやつは運命の女神の使いであるため、誰一人として奴を倒すことは叶わなかった。
そんな奴を恐れた人々は、そいつに『物欲センサー』という名前を付けた。
物欲センサーは目に見えないことをいいことに、欲に駆られた人間を次々と絶望の淵に追いやった。
やがて人類は物欲センサーに打ち勝つことは出来ないと悟り、物欲センサーに悩ませながら欲しい素材などを集めるために数をこなすという方法で妥協するようになってしまった。
物欲センサーに抗う人間はいなくなり、やがて世界は物欲センサーに支配される…誰もがそれを予感したその時、人類にとある希望の光が射した。
その光の名を、人々は乱数調節と名付けた。
物欲センサーというフィルターを無視して、特定の乱数を自在に引き当てる術を覚えた人類は物欲センサーに抗うべく、再び立ち上がった。
そして始まりの街、マサラ城の入り口にいるメイド服の冒涜的な着方をした田中ちゃんも乱数調節を駆使して物欲センサーと戦うべく立ち上がった一人の戦士である。
「まずは今回行う乱数調節についてもう一度確認しよう。このゲームは全滅した際は一定の乱数テーブルに戻り、乱数テーブルは攻撃及び歩数などで進むため、全滅して教会で蘇生された後、特定の行動と歩数で街の外に出ることで、特定の状態異常を引き当てることができる。そして私達はそれを駆使して何歩で街の外に出れば問題のない状態異常を引き当てることが出来るかの検証を行うべくここにいる」
田中ちゃんは今から行う検証の意図をユーキに再認識してもらうため、説明をしていた。
「全滅してからここまで234歩、そして次の235歩目で街の外に出ることになる。そして235歩目で街を出た際の状態異常がよろしくない場合、速やかに全滅して、次は全滅してから236歩目で街を出る。そして街を出るまでの歩数を一歩ずつ増やしていき、問題のない状態異常を引き当てた時の歩数を記録し、以後は冒険する際にはその歩数で街を出るようにする」
「そうすれば今度からずっといちいちガチャを回さずとも問題のない状態異常で冒険できるってことだろ?」
「そういうことだ。…なお、全滅する際には効率を良くするためにユーキが私を殺した後、先ほど覚えた『バイズ』を何度か唱えてMPを0にして自殺するように」
「了解。…はぁ、初めて覚えた魔法が自殺用とか…」
分かっていてもやりきれない思いがユーキを悩ませていた。
ちなみにだが、蘇生した直後にすでにシンは容赦無くリスキルされているので、全滅の準備はできている。
「では、さっそく235歩目の状態異常を検証してみようか」
全滅して教会で蘇生された後、シンを殺す以外は何もせずに235歩目で街の外に出た田中ちゃんを毒の状態異常が襲った。
「これで235歩だと毒が確定したな」
自分が毒に瀕しているいうのに冷静にそんな結論を出す田中ちゃん。
「要するに、全滅した後、今と同じように235歩目で街を出ると確実に毒の状態異常になるってことでいいんだよな?」
「そういうことだ。それじゃあとっとと全滅して次の検証に移ろうか」
そういうわけでさっそく田中ちゃんをユーキは折れた剣でタコ殴りにし始めた。
もうすでに何度もその手を血で汚しているので、もはやユーキには躊躇いなどなかった。
レベルが無駄に非常に高いため、殺しきるのに時間はかかるが、毒によるHPの現象も手助けしたため、思ったよりも早く済んだ。
「で、俺は魔法を唱えて自殺すればいいわけだ」
一人残されたユーキは魔法を唱えるべくメニューを開いて操作し始めた。
しかし、いくら自殺用の魔法とはいえど、この剣と魔法の世界に来てからユーキにとって初めての魔法だ。
記念すべきその魔法を淡々とメニューをピッピするだけで済ませてしまうのはなにか勿体無い衝動に駆られたユーキはせっかくなので詠唱をしてみることにした。
「魂を蝕む呪詛よ、我が声に導かれ、いまその姿を体現せよ!!『バイズ』!!」
その瞬間、毒による吐血と麻痺による体の痺れとその他もろもろに襲われたユーキ。一人でなんか喋って一人で苦しむその様に虚しさがこみ上げ、『バイズ』によって発症した鬱も相まってものすごく死にたくなった。…まぁ、どっちにしろ死ぬからいいのだが。
その後、ユーキはおとなしく『バイズ』をメニューをピッピやって数回唱え、MPを枯渇させて事切れた。
「おぉ、戦士田中よ、死んでしまうとは…」
いつものように教会で復活した田中ちゃんは神父(幼女)が復活した時に話してくるセリフを言い終わらないうちに棺桶から出て来たばかりのシンにとどめを刺した。
「じゃあ次、236歩目を検証しよう」
「…おう」
シンがやられる様をもはや止める気力もやる気もないユーキは見て見ぬ振りを突き通すことを決めた。
そして二人と一箱は教会を後にしたが、またすぐ戻って来て同じことを繰り返していったとさ…。
数時間後…。
「おぉ、戦士田中よ、死ん…」
853歩目の検証が終わったが、未だに良い状態異常を引き立てることが出来ない田中ちゃんは蘇生すると同時に神父(幼女)の声に耳を傾けることなく、シンにとどめを刺すべく、シンの方を振り向いた。
「ま、待って!!どうか待ってください!!お願いします!!なんでもしますから!!」
すでに教会で復活してからすぐさまリスキルさせるループを600回以上繰り返しているシンはこれ以上トラウマを重ねまいととりあえず土下座で懇願した。
「もう冒険に行かないなんて言いません!。もう妹とかどうでもいいです!。一生あなたについて行きます!!足を引っ張るようなこととかしません!!だから…だからどうか…もう殺さないでください!!」
さんざん『妹が…妹が…』と繰り返していたシンももう生きることができるなら他のことなんてどうでもよくなったのだろう、溢れんばかりに涙を流しながら妹を売ってでも生にしがみつこうとするシン。…リスキルループを600回もされたらさすがに作者も同情をせざるを得ない。
蘇っては死を繰り返すなどという狂気の沙汰を600回も繰り返せば、人間誰しも心が折れるし、精神も病んでしまうだろう。
これには流石の田中ちゃんも同情したのか、優しい声でシンに話しかけた。
「シン。お前の死にたくないって気持ちは分かるよ。私もさすがに疲れちゃったよ…。もう死にたくないし、誰も殺したくない」
死のループを600回以上も繰り返しているのはシンだけではない。それは田中ちゃんやユーキも同じ。殺し殺されを繰り返していた田中ちゃんにもさすがに疲れが見えていた。
疲れで殺気が吹き飛んだためか、優しくなった(当社比)田中ちゃんがシンには後光が差しているように見えたのだ。
600回以上の死のループを抜け出し、ようやく生きながらえる世界線に巡り会えたシンの心は喜びに満ちていた。
そんなシンに田中ちゃんは残酷な現実を突きつけた。
「けど、残念ながら…お前の死はすでに検証のローテンションに組み込まれている」
そう言って田中ちゃんはSTRカンストの力でシンにとどめを刺した。
このゲームの乱数は攻撃によっても進むので、例え全滅から歩数が一緒でも、シンを殺すか殺さないかで乱数がずれるため、シンを生かしたままだとこれまでの600回以上の検証が無駄になってしまうのだ。
哀れなことに状況再現のために今後シンはリスキルされるのが確定しているのだ。…さすがに可哀想、なんとかしてあげたい。
しかし、すでに600回以上の検証で精神を蝕まれていた田中ちゃんとユーキは、彼に気をかける余裕がなかったのだ。
こうして、二人と一箱は再び死出の旅路へと向かうのだ。
数日後…
「3230…3231…3232…」
マサラ城の入り口で死んだ魚の目をしながら同じところをくるくると歩き回り、聞いていると呪われそうな声で歩数を数えている田中ちゃんの姿があった。
この数日間、ずっと状態異常の検証のため歩数を増やしながら街の外に出る作業を繰り返していたのだが…それでも一向に良い状態異常に巡り会うことが出来なかったのだ。
チリも積もればなんとやら…一歩ずつ増えていった歩数はとうとう3000代に突入し、検証するたびに3000歩も歩く必要があるため、一回の検証にかかる時間も長くなっていた。
「3233…3234…3235…じゃあ…3236歩目…行きます」
霞む視界とふらつく足取りで3235歩も歩き、記念すべく3000回目である3236歩目の状態異常を調査する田中ちゃん。
だが、結果は麻痺となり、今回の検証も無為に終わったと分かると、ユーキは田中ちゃんを殺す作業が体に刻まれてしまっているのか、やつれた顔のその表情は変わることなく田中ちゃんにとどめを刺した。
その後も、最初はノリノリで詠唱を唱えていたことが信じられないほど無感情のままメニューを操作し、『バイズ』を数回唱えて自滅した。
「…はぁ、戦士田中よ、さすがにそろそろ情けないとは思わんか?」
熱心な参拝者よりも誰よりもこの教会に通い詰め、すっかり常連となった田中ちゃん達に蘇生を終えた神父(幼女)が呆れ混じりにため息をついた。
蘇ったシンもあまりにも膨大な数をリスキルされてしまったせいか、その精神は完全に崩壊し、もはや死を拒んだり、生を望んだりなどもすることもなくなり、ただただ人形のように動かず、されるがままになっていた。
今回も当然のように箱詰めされるのだろうなと思いきや、突然、田中ちゃんがわんわんと泣き出した。
「もう嫌だぁ!!こんなのもうたくさんだぁ!!」
今まで一度たりとも弱音という弱音を吐かなかった田中ちゃんが、いまは周りの目も気にせず、幼い子供のようにわんわんと泣いているのだ。
「なんで装備か変更できないのさ!?なんで攻撃が当たらないのさ!?なんでこんな変な格好しなきゃいけないのさ!?もう嫌だ!!こんなクソゲー嫌だ!!」
田中ちゃんが愚痴るのももっともだ。メニューは操作できないし、魔法もアイテムも使えないし、攻撃も当たらないし…普通だったらこんなゲームはさっさと売りに行くのが妥当だ。
「もう冒険なんて嫌だぁ!!もう冒険者なんてやめて小さい頃から夢だったお花屋さんで働きたいよぉぉぉぉ!!」
…田中ちゃんのくせして妙に可愛い夢しやがって。
そんな調子でわんわん泣き続ける田中ちゃんにユーキが声をかけた。
「泣くな!大丈夫だ!きっと次こそはいけるって!!」
ユーキだって泣きたいのは山々だったが、田中ちゃんが冒険を諦めてしまっては、君と一緒にどこまでも旅する(強制)ユーキの冒険もそこで終わってしまう。
例えこれ以上歩き続けて田中ちゃんの精神が完全にぶっ壊れようが、ユーキは田中ちゃんが冒険を諦めることは避けたかった。
「…はぁ、さすがにこれは見るに耐えませんね」
そんな殺伐とした現場であの鬼畜妖精のナビィもさすが見かねて口を開いた。
「ここは私に任せてください。ほんとは私がプレイヤーに手を貸すのはご法度なんですけどね。…さすがに今回はかわいそうなので手を貸してあげます」
「ナ、ナビィ様…」
いままでのギャップと行き詰まって現状が相まって、普段とは違いユーキにとってこの時のナビィはあのフィーネ様に並ぶほどの女神に見えた。
「さっき配っていたのを貰ったんですけどね、このチラシを見てください」
ナビィはそう言って田中ちゃんにとあるチラシを見せた。
それを見た田中ちゃんは目の色を変え、すっと立ち上がり、一人で教会から出て行ってしまった。
「…ナビィ、田中に何を見せたんだ?」
「もちろん、現状を打開するとっておきの情報ですよ!」
そう言ってナビィがユーキに見せたチラシにはこんなことが書かれていた。
『フラワーショップ『フローラ マサラ店』アルバイト募集中!!』
「これが現状を打開する最善の方法です」
「引導渡しただけじゃねえか!!この鬼畜妖精がぁ!!」
笑顔でチラシをひらひらさせるナビィに怒鳴るユーキの声が教会に虚しくこだましたとさ。
次回、『田中、冒険者やめるってよ』乞うご期待!!
おまけ
ナビィ「いや、実際のところ現状の一番の打開策は冒険者を辞めることだと思うんですけど?」
ユーキ「冒険やめたらほんとになんでこのゲームの世界に来たかわからなくなるからやめてくれ」