祝!念願の魔法習得
乱数調整…それは乱数を操作することによりランダム要素を任意の確定行動に変える技。この技を自由自在に操ることができれば、ゲームにおいてありとあらゆるランダム要素を自在に操ることができる。
例えば、攻撃を全て会心の一撃にしたり、全ての攻撃を避けたりなどが可能となるなど、ありとあらゆるものを意のままに操ることができるのだ。
だが乱数さえ操れればなんでも出来るかというと、そういうわけではない。100%確定なものや、可能性が0%のものは覆すことができない。
また通常のゲームにおいて乱数調整は大変危険なものです。初心者が安易に真似するとその苦行のあまり動悸や息切れや吐き気、最悪の場合は死に至るので良い子は絶対に真似しないように。
そして今回、田中ちゃんはこの乱数調整を駆使してランダムで発生する状態異常ガチャで任意の状態異常を引き当てようとしているのだが…。
「でも、乱数調整って言ったら1フレーム単位で行動する必要があるんだろ?そんなこと可能なのかよ?」
ここでいう1フレームとは、ゲームの画面を構成する静止画1枚分あたりの再生時間のことである。
大体のゲームにおいて1フレームの時間は1/60秒であり、要するに大体のゲームは1秒あたり60枚の静止画で構成されているということだ。
また、それと同様に大体のゲームは1フレームごとに乱数が変化しており、ランダム要素を任意の確定行動にする場合、特定の1フレーム、つまりは1/60秒を見極め、操作する必要があるのだ。
『そんなことができる人間がいるわけねえだろ!?』と思う方もいらっしゃるだろうが…それができる人間が世の中にはいてしまうのが怖いところ…。
しかしながら、田中ちゃんにはそんな1/60秒を見極める技術などあるわけない。
ではどうやって乱数を操作するのかというと…。
「案ずるな、このゲームの乱数は時間経過で変化しない」
ユーキの疑問にそう答えた田中ちゃん。
田中ちゃんの言う通り、このゲームは時間経過で乱数が変化しないのだ。
元ゲームの管理者である田中ちゃんはそれを把握していた。
「時間で変化しないのか?」
「そうだ。このゲームの乱数はキャラクターの行動によって変化する。例えばアイテムや魔法を使ったりすると乱数テーブルは進み、乱数が変化するのだ」
「じゃあアイテムや魔法を使えば意図的に乱数を進めることができるのか?」
「その通り。…しかし、メニューを操作できない私はアイテムや魔法は使うことができない。他にも攻撃することによって乱数を進めることも可能なのだが…それもいささか大変だ」
「じゃあどうやって乱数を進めるんだよ?」
「実はこのゲームな、歩数によっても乱数が変化するのだ。つまり歩くだけで乱数テーブルが進むのだ」
「なるほど、歩くだけで乱数調整が可能なわけだ」
「そして、このゲームの乱数は全滅した際に特定のテーブルに戻る」
「…つまり、全滅して蘇生した後、魔法やアイテム、攻撃を行わなければ、街を出た時の乱数は歩数に依存するってことか?」
「そういうことだ。さすがの私も何歩歩けばなんの状態異常になるかまでは把握してないからな…その辺は調査する必要があるが、全滅してから何歩目で街の外に出たら問題ない状態異常になるかが分かれば、それ以降、わざわざ街を出るたびに状態異常ガチャを回す必要はなくなる」
「おお!!もうデスマラソンを走る必要は無くなるんだな!?」
「その通り、もうこの不毛なデスマーチをする必要もなくなるのだ」
乱数調整という手法により、一気に希望が見えたユーキの目には輝きが戻ってきた。…が、調査のためにまだ何回か死ぬ必要があると気がつくと、気分が一気に沈んだ。
「でも、その乱数が判明するまでまだ何回か除夜る必要があるのか…」
*除夜るとは?→動詞 ひたすらに岩に頭を打ち付け煩悩と命を消し去る儀式を行うこと、またはその様。
後何度除夜の鐘をつけばいいのかわからないユーキは憂鬱そうにそんなことを呟いた。
「確かにいちいち岩に頭をぶつけて自滅するのは効率が悪いな。…よし、ここは私にはひとつ考えがある」
田中ちゃんはそう言ってユーキを連れて魔法屋へと訪れた。(シンはすでにリスポーンキルされてます)
このゲームで魔法を覚える方法はいくつかあるのだが、主な方法として魔法屋でブラッドを払うと魔法を覚える方法がある。
「魔法屋ってことは…とうとう俺も魔法を覚える日が来たってことだな!?」
剣と魔法の世界に来たはずなのにいままで全くと言っていいほど剣と魔法してこなかったユーキはようやくファンタジーらしいことができることに心踊った。
しかし、ルンルン気分で魔法屋に入ったはいいが、そもそもこいつらには金がない。おまけに魔法はどれも高価で、安いものでも1万ブラッドはくだらない値段をしていた。
「田中よ、俺たち何万も持ってないぞ?」
「安心しろ、この魔法屋には一つだけ特別に格安で習得できる魔法がある」
そう言って田中ちゃんは『バイズ』という魔法を指差した。
確かに田中ちゃんの言う通り、この『バイズ』だけは他と比べて格安の100ブラッドで購入可能であった。
「…これってどういう魔法なの?」
あまりの安さに何か裏があると思ったユーキは田中ちゃんにそう聞いた。
「この魔法はな、毒、麻痺、石化、鬱、糖尿病などの複数のバッドステータスを付与する魔法だ」
「え!?めっちゃ使える魔法じゃん!?」
鬱や糖尿病が戦闘で役に立つかどうかは定かではないが、毒や麻痺を付与できる魔法というのは使い勝手がいいと相場が決まっているのだ。
それがたった100ブラッドで習得可能となれば…これはもはや買うっきゃない。
しかし…
「けど、俺たちって100ブラッドは愚か、1ブラッドも持ってないだろ?。どうやって金を作るんだよ?」
デスマラソンによる副作用で蘇生した際に毎回全財産を没収されているユーキ達にはその100ブラッドを払う金すらなかった。
「はっはっは、ユーキよ、私たちにはまだわずかだが財産が残ってるだろ?」
「財産?。…そんなものあったっけ?」
「あるだろ。…ほら、フィーネからもらった執事服がさ。あれを売れ」
崇拝するフィーネ様からいただいた大切な執事服…これはユーキにとってフィーネ様との絆をつなぐ唯一の品であり、世界でたった一つしかない敬愛するフィーネ様の忘れ形見であり、大切な宝物であった。
それを『売れ』と笑顔で微笑む田中ちゃん。…ユーキには悪魔の微笑みに見えたであろう。
「嫌だ!!これだけは…これだけは絶対に手放さない!!」
執事服を両腕に抱えてぎゅっと握りしめたユーキがそう叫んだ。
いままで何千と岩に顔面を強打して来たが、それはフィーネ様の元で奴隷として働いていた輝かしい日々があったからこそ頑張って来れたことなのだ。
そんなフィーネ様に大切にすると誓った品、それをこんなところで手放してはフィーネ様に申し訳が立たない。
そんなユーキの忠誠心が執事服を手放さんとしているのだ。
「いいのかなぁ?せっかく魔法が使えるようになるっていうのに…その機会をみすみす逃しちゃっていいのかなぁ?」
そんなユーキに悪魔の囁きをする田中ちゃん。
…確かにフィーネ様は大切なお方。あとお方の元で奴隷をやっていた頃がおそらくこのゲーム中でもっとも平穏な時期だった。毎日汗水流しで働いて、ご飯も三食ついて…本当に素晴らしい日々だった。
…だが、自分はあくまで冒険者。魔法の一つや二つ使えないのなら、何のためにこの世界に来たのかがわからない。
揺れ動く葛藤の末、田中ちゃんの囁く誘惑に負けてしまったのか、ユーキは涙を流しながら震える手で持っていた執事服を差し出した。
「申し訳ございません…フィーネ様…」
断腸の思いで執事服を差し出す決意をしたユーキに田中ちゃんは早速その執事服と引き換えに店員さんと『バイズ』の習得の契約を結ぶように促した。
促されるがまま、お店のカウンターに行くと、そこには三角帽子に黒いローブといういかにも魔女っ子という風貌をした控えめそうな性格をした美少女がいた。
「ぃ、ぃらっしゃいませぇ…」
蚊の鳴くような小さな声で接客をする店員のエリーに田中ちゃんは交渉を持ちかけた。
「こいつが持ってる執事服と引き換えにこいつに『バイズ』を習得させたいんだが…」
「ぇっ…『バイズ』ですかぁ…。ほ、本気ですかぁ?」
なぜか『バイズ』を習得したいという客がいることに驚いている様子のエリー。
「本気だ。さっさと習得の契約をさせてくれ」
「は、はぃ…ただぃまぁ…」
そんなエリーをほっといてなぜか田中ちゃんもさっさと習得の契約を終わらせたいらしく、エリーを急かしていた。
少ししてエリーが一枚の書類を持って来た。
「で、では…こちらに契約のサインを…」
「ほら、ユーキ。さっさとサインしろ」
「あ、ああ…」
エリーと田中ちゃんの様子からなにか違和感を感じていたユーキであったが、田中ちゃんに急かされるがまま、書類にサインを書き始めた。
「…まさかあの魔法が売れるとはなぁ」
ユーキがサインを書いている途中、エリーがぼそりとそんなことを呟いた。
「…そんな疑問に思うことか?良い魔法じゃん。様々なバッドステータスを付与する魔法なんてさ」
そんなことを聞きながらサインを書き終えたユーキが書類をエリーに返した。
「…ぇぇ、確かに様々なバッドステータスを自身に付与する魔法ですが…」
「…今なんて言った?」
書類を受け取ったエリーがぼそりと呟いた一言に、ユーキは引っかかってもう一度聞き返した。
「確かに様々なバッドステータスを『自身に』付与する魔法ですが…と言いましたけどぉ…」
「…自身に?」
「…はぃ。自身にですけど…」
そう、格安魔法『バイズ』は自身に様々なバッドステータスを付与するというクソ魔法なのである。
そうとは知らずに田中ちゃんに乗せられて大切な執事服を手放してまで習得してしまったユーキは当然、怒りの矛先を田中ちゃんに向けた。
「たぁなぁかぁ…これはどういうことだぁ?」
崇拝するフィーネ様を裏切ってまで習得した魔法がクソ魔法であることを知って激怒するユーキ。そんなユーキをなだめるかのように田中ちゃんは説明をし始めた。
「まあまあ、とりあえず話を聞け、ユーキ。確かに『バイズ』はクソ魔法だ。だが、同時にこの魔法は最強の魔法の一つであるのだよ」
「最強の魔法?どういうことだ?」
「このゲームには『ダムチェンジ』という魔法があってな、その魔法は自身にかかっている状態変化と相手がかかっている状態変化をトレードする効果があるのだが、その魔法を組み合わせれば相手に自分にかかっている様々なバッドステータスを押し付けて、自分は相手にかかっているバフをもらえるというとても強力なコンボが可能となるのだ」
「…なるほど、確かにそれは強い」
「そうだろ?なんせこのゲームの魔王が使ってくる程のコンボだからな。ユーキが『ダムチェンジ』さえ習得すれば戦士でも強力な魔法が使えるようになるってことだ」
「えげつないコンボ使ってくるな、魔王」
「そういうわけで、お前が覚えた魔法はクソ魔法などではない、最強の魔法になりうる魔法だ」
「なるほどなるほど…で、その『ダムチェンジ』とやらはどうすれば習得できるんだ?」
「ま、まぁ…そのうち習得できる機会があるさ…」
ユーキの質問に答えることなく、話をそらす田中ちゃん。それもそのはず、その肝心な『ダムチェンジ』という魔法は究極魔法の一つでかなりのレア魔法なので手に入る当てがないからである。
「とりあえず『バイズ』が強い魔法であることは分かったけど…どうしてこれを今習得させたんだ?。これからやる乱数調節には関係ないと思うんだが…」
「乱数を調査するために、かなりの全滅回数を重ねることになると思うが…その際に『バイズ』があれば楽に自殺できるだろ?」
「えっと…自分に状態異常をかけて死にやすくするってことか?」
「いや、そうじゃない。このゲーム、MPが0になっても死ぬ仕様なのは知ってるよな?。自滅する際に、『バイズ』を唱えまくってMPを枯渇させれば楽に自殺できるだろ?」
「なるほど、これで俺はわざわざ自殺する際に除夜る必要がなくなったわけだ」
「そういうことだ。覚えてよかっただろ?『バイズ』」
「そうだな。除夜る必要がなくなったのは嬉しいが…剣と魔法の世界に来て初めて使う魔法が自殺用とか…悲し過ぎないか?」
こうしてユーキはとうとう念願のファンタジーっぽいことの代表である魔法(自殺用)を習得できたとさ。