仲間に怯えるRPG
仲間を恐れ、街に逃げだシンは路地裏に隠れながら一人でガクガクと震えていた。
妹を探してこの世界にやってきたはいいが…生まれてこのかたゲームというものをやったことがなかった彼の中には『ゲームってこんな怖いものなんだ』という概念が生まれ完全にトラウマになっていた。
そんな彼を探してレベル99の脅威が街を練り歩いていた。
「どぉこぉいっったぁぁぁ!!!シィィィン!!!」
とてもじゃないが剣と魔法の世界の主人公とは思えない声を吐き出しながらシンを探して目を光らせる田中ちゃんの声が聞こえたシンはこちらに近づいてくるのを感じ取り、恐怖で全身から滝のような汗が吹き出て、心臓が止まりそうな思いに駆られた。
まるでスプラッター映画でロッカーに隠れて真横を通る化け物をやり過ごすヒロインのようにこの世の不条理と恐怖に涙を流しながら口を両手で抑えて息を潜めるシン。…あれ?この小説のジャンルってホラーだったっけ?
そんなこんなでなんとかやり過ごしたシンは田中ちゃんが遠くに行ったのを確認した後、ホッと胸をなでおろした。
「おっ、いたいた」
そこにいきなり後ろから今度はユーキが声をかけてきた。
「ヒメキコ!!」
危機をやり過ごしたかと思わせたその瞬間に背後から新たな恐怖が現れるというホラー映画特有の二段構えで驚かされたシンは驚きのあまり謎の言葉を発してしまった。
その後、難を逃れようとその場から駆け出そうとしたが、ユーキに腕を掴まれ、それは阻止されてしまった。
終わった…シンがその答えを導き出したその時、ユーキが優しめな声で話しかけてきた。
「まぁ、待てよ。とりあえず話をしようや」
そう言ってユーキは田中ちゃんとは別方向にシンを引っ張っていった。
いくつもの主要な道の繋ぎ目となっているため、人気が多い噴水のある広場のベンチにユーキとシンの姿があった。
「まぁ、その…とりあえずごめんな、いままで酷い扱いしてさ」
ユーキは申し訳なさそうにシンに謝罪をした。
死を覚悟していたシンは予想外なことを言われていたため、驚いているようだった。
そんなシンを差し置いて、ユーキはさらに説明を続けた。
「俺も仲間に手を出すとかどうかと思ってたけど…なかなか田中に言い出せなくてさ。シンには申し訳ないことしたと思っている」
見て見ぬ振りはもちろんのこと、あまつさえ田中ちゃんがシンに手を下したことをグッジョブなどと思っていたくせにすべての責任はまるで田中ちゃんにあるような言い方で自分に非がないことをアピールするユーキ。…あくどいが賢いやり方だ。
そんな都合のいい言葉を吐くユーキだが、シンにとってはこのゲームの世界に来てから初めてかけられた優しい言葉だったせいか、シンは思わずその場で泣き出してしまった。
右も左も分からないゲームの世界で一人不安に駆られながら生きて来た(半分は死んでたけど…)シンにはユーキの言葉がとても嬉しかったのだ。
「ぼ、僕さ…ほんとずっと不安でさ…」
「うんうん、わかるわかる」
その後、愚痴をこぼし続けるシンにユーキは優しく『わかるわかる』とだけ返事をしていた。
なぜユーキがシンにこんなにも優しくするのかというと、レベル99でおまけにゲームの仕様を網羅しているが詰んだ田中ちゃんより、レベル1でゲームの初心者だが将来性のあるシンの方がユーキにとって利用価値が高いからなのだ。
最悪の場合は田中ちゃんを切り捨ててでも自分が生き残る選択肢を選ぶため、ユーキは今のうちに何かの役に立つかもしれないシンを懐柔しているのである。
だが、今のところ妹を探しているシンは冒険にすら出る気は無い。君と一緒に旅する(強制)RPGてあるため、さすがにそれではシンはただの害悪でしかならないので、ユーキはシンに冒険に出るように仕向けるため、動き出した。
一通りシンの愚痴をわかるわかるした後、今度はユーキから話を切り出した。
「でもさ、妹を探すならやっぱり冒険に出なきゃダメだと思うんだ」
「どうして?」
「そりゃあ、プレイヤーはみんな冒険に出かけるからな。街にいても妹には会えないだろ」
「そうかな?。だってこの街って人がいっぱいいるよ?。こんだけいるんだから僕の妹の一人や二人くらい…」
「馬鹿野郎、この街にいるのは大体がNPCだ」
「…NPCってなに?」
ゲームのゲの字もしらないシンの口から言葉に、ユーキは思わず絶句した。
まさかノンプレイヤーキャラのことすら知らないなどとは思わなかったユーキは頭を抱えながらシンに説明をした。
「NPCっていうのは、誰も操作してないキャラのことだ」
「…どういうこと?」
ユーキの説明にピンとこないのか、シンの顔にはハテナマークがうかがえた。
「まぁ、とりあえずNPCっていうのはプレイヤーではないんだ」
「え?じゃあなんなの?」
「なんなのって、そんなの…」
幼稚な質問のように思えたが、なぜかユーキはそこで言葉を詰まらせてしまった。
NPCという存在をうまく説明できるような言葉が思いつかなかったのだ。
「NPCっていうのは…その…単純な言葉を繰り返したり…あれだ、プログラム通りにしか動けないキャラのことなんだ」
「プログラム通りに?」
「そう、だから喋ることやることも決まっていて…NPCっていうのは」
ユーキは自分でそんなことを言いながら、いくつか疑問に思う点が頭に思い浮かんだのだ。
いままでアリルやシンシア、それに自らが陶酔するフィーネ様もNPCではあったが、そのどれもがNPCとは思えぬ程に自我を持って行動していたのだ。
もしかしたら高度なAIが組み込まれているだけで、自我を持っているように見えてもあくまでその複雑なプログラムに従っているだけなのかもしれないが…彼女らはみなプレイヤーと遜色のない多様性に満ちていた。
「だから…とにかくNPCっていうのはプレイヤーが操作していないキャラのことなんだ」
結局、最初に自分が言ったことが一番的を得ていると感じたユーキは最後にシンに対してそう説明を加えた。
「…ふーん、とりあえずそのNPCっていうのは少なくとも僕の妹ではないってことだよね?」
ユーキの言葉を半分くらいしか理解してないシンはそういう結論を導き出した。
「そうだな。シンの妹がプログラムでもないのなら、そういうことだ」
「でも、この街のほとんどの人がそのNPCっていうのは分かったけど…どうしてみんなそんなに旅に出たがるの?」
「そりゃあ、ファンタジー世界に来て冒険しないって…それはあり得ないだろ?。回転寿司屋に来て寿司食わずにメロンばっか食ってるようなもんだぞ?」
「でもさ、冒険せずともこの街の中でもいろんなことができるから十分だと思うんだよね。…あと、メロン美味しいからそれもありだと思うよ」
シンの言う通り、このゲームは別に冒険に出なくてもいろいろなことができる。
ゲームが始まったばかりでバグのせいで街から出られなかったユーキもその時は街で仕事をしていたので、街でできることだけでもかなりボリュームがあることは知っていた。
だが、わざわざゲームの世界に来てそんなチンケなことで満足できるはずがない。先ほども行ったが、それは寿司屋で寿司を食わないようなもの。
しかし、シンの言うことも一理ある。
このゲームはいわゆるオープンワールドというもので、いきなり街に放り出されてあとは自由に冒険するという今流行りの手法をとっているのだが、それゆえにプレイヤーには生まれ持った使命や、役目を告げる王様もいない。そのためプレイヤーには冒険に出るための明確な目的がないのだ。
それでもゲームをある程度やってるものならば経験から自ずと冒険に出るという選択肢を取るのだが、ゲーム初心者のシンにはそれが取っつきにくいのだろう。自由すぎるオープンワールドゆえに生まれたジレンマというものだ。
そういう結論に至ったユーキはシンに冒険の素晴らしさを伝える必要があると感じたため、とりあえずシンをどうにかして冒険に連れて行くことにした。
「この街にいるのはほとんどがNPCな訳で、冒険に出なきゃ妹とは会えないんだ。そういうわけでとりあえず冒険に出てみようぜ」
そう言ってユーキはシンに手を差し伸ばした。
だが、冒険に出る理由があまりピンとこないシンはあまり乗り気ではないようで、その手を握ることを躊躇していた。
「まぁ、行かないっていっても田中が棺桶にしてでも連れ出すだけだがな。引きずられるのと自分で歩くの、どっちがいい?」
さらりと笑顔で残酷な言葉をユーキがシンに告げると、シンは本心とは裏腹にすぐさま手を握り返した。
こうして、真の姿を取り戻した棺桶がパーティに正式に加わったとさ。