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奴隷の夜明け…?

「さーて、明日からようやく冒険再開だ。さっさと奴隷生活からおさらばして、ボルケノに行かないとな…」


結局、1000ブラッドを使いまわして奴隷の指輪を外す許可をもらった田中ちゃんはそう言ってさっさと寝床についた。


もうすでに自由の身は約束されていたが、すでに日も暮れていたので、フィーネのご好意でもう1日だけ屋敷に泊まることになったのだ。


ようやく奴隷から解放されたせいか、ご満悦な顔で眠りにつく田中ちゃんを見ながらユーキもユーキで明日のために寝ようか迷っていたが、部屋の窓から少し気がかりなものが目に入ったので、部屋を抜け出し、屋敷の庭の方に向かった。


屋敷の庭では月夜に照らされ、一人暗い顔をしていたシンシアの姿があった。


「こんな時間に女の子が一人で出歩くなんて感心しないな」


颯爽と現れて棺桶になる系男子だが、まだゲームの世界の主人公枠を狙っているのか、2枚目な感じでユーキはシンシアに話しかけた。


「ユーキさん…」


街灯などは無く、月明かりと屋敷から漏れるわずかな明かりだけが庭を照らしていたため、暗くてよく見えないが、ユーキを見たシンシアの顔は少し赤く染まっている気がした。


「昼間のこと、気にしてるのか?」


「…はい」


どうやらシンシアは昼間、フィーネに『不器用を言い訳にしている』と言われたことを気にしているようだ。


「正直、フィーネ様に言われたことは図星だと思います。なにも言い返せませんでした。私は自分が不器用であることを言い訳にして甘えていたんだと思います。不器用だから仕方がない、不器用だから自分には出来ない…心のどこかでそう決めつけていたんです」


「そうだな。シンシアはなにかと不器用だからで済ませていたもんな」


話が長くなりそうだと感じたユーキは近くにベンチのように座れるような場所がないか探してキョロキョロしながらシンシアの言葉に同意した。


その後ユーキは誰が捨てたか知らないが、庭に腰掛けるのにちょうど良さげな棺桶を見つけたのでシンシアにそれに座ろうと提案した。…まったく、棺桶を捨てるなんてけしからん奴もいるもんだ。


ユーキに案内され、棺桶に腰かけたシンシアは話を続けた。


「でも、私はどうすればいいんでしょうか?。いくら自分の不器用と向き合おうとしてもすぐには解消できないと思うんです。フィーネ様からあのような厳しいお言葉をいただいたいま、早急な対策が必要だと思うんですが…それが分からなくて…不安で眠れなくて…」


昼間にフィーネから言われた『改善の余地が見られなければそれ相当の処置を与える』という言葉を思い出したのか、シンシアは今にも泣き出しそうに声を震わせていた。


それもそのはずだ。奴隷という生き方しか知らないシンシアはフィーネにすがる以外の生きる術を知らないのだ。フィーネに捨てられることはシンシアにとって死を意味するのだ。不安で眠れないのも仕方がない。


「確かにフィー姉様は厳しいお方だ」


「…フィー姉様?」


突然、フィーネをフィー姉様などと呼び出したユーキに困惑するシンシアを尻目にユーキは言葉を続けた。


「だが、それ以上に優しいお方だ」


「…優しい?」


「ああ。シンシアはフィー姉様のお言葉をネガティブに捉えてしまっている。不器用は言い訳や甘え…確かにフィー姉様のお言葉にはそういう厳しい意味が込められている。だけどそれだけじゃない、フィー姉様は『不器用なら不器用なりにやりようがある』ともおっしゃっておられた。それは『不器用でも出来る』って教えてくれたんだと思うよ。不器用だからあれやこれも出来ないと決めつけていたシンシアを否定するためのお言葉なんだと思う」


「…否定するための?」


「そう。…例えば、昨日の夕食で俺がシンシアを冒険に誘った時、君は『不器用だから自由に生きられない』と言っていた。でも、違うんだ。不器用でもやりようはあるんだ、不器用でも出来るんだ」


そしてユーキは最後にシンシアの目をじっと見てこう言い放った。


「例え不器用だとしても…シンシア、君は自由に生きられるんだ」


「…じ、自由に?」


「そう、きっとフィー姉様はそう言ってくれたんだと思うよ」


「不器用でも…自由に…そっかぁ、フィーネ様はそうおっしゃってくれたんだ…」


シンシアは嬉しそうにそう呟いた後、突然体をふるわし、涙を流し始めた。


「お、おい、大丈夫か?シンシア」


颯爽と現れて棺桶になる系男子だが、女の子に気を使える程度には人間ができているユーキはシンシアを心配してそう声をかけた。


「突然ごめんなさい。私…嬉しくて…」


「嬉しい?」


「今まで、失敗ばかりで邪魔者扱いされていた私でも、フィーネ様は出来るっておっしゃってくれたことが…嬉しくて…」


いままで誰にも認められなかったシンシアとって、フィーネの優しさは体を震わし、涙を流すほど嬉しいものだったのだ。


「ありがとう、ユーキ。おかげで私、フィーネ様の元でなら頑張れる気がする」


「あぁ、大丈夫だ、シンシア。なぜならばフィー姉様は女神よりも慈悲深いお方だからな」


「そうだね、フィーネ様は本当に優しい人だね」


フィーネ様は神という認識を共有した嬉しさで感極まったユーキは突然両手を上げて『フィー姉様万歳!!』とその場で叫び始めた。


それを見ていたシンシアも嬉しさのあまりテンションが上がってハイになったのか、ユーキと同じように両手を上げて『フィー姉様万歳!!』と叫び始めた。


しばらく庭でフィーネを奉る叫びがこだまする中、知らぬ間に崇められていたフィーネは自分の部屋に奴隷を一人呼んでこう命令した。


「あの庭の馬鹿どもを黙らせて来い!!」


その顔は恥ずかしいせいか、真っ赤っかになっていたとさ。







翌朝、再び冒険者として旅に出るため、田中ちゃんとユーキは朝早くからその準備をしていた。


…と言っても、荷物という荷物もないため、やることといったらユーキがいままで来ていた執事服から着替えるくらいしかないが…。ちなみにだが、田中ちゃんはメニュー操作ができずに、装備が変更できないため、メイド服を足に履いたままである。


その後、屋敷から庭に出ると、そこにはフィーネとシンシアを含む何人かの奴隷仲間が見送りに来ていた。


「とうとう出発だな。…また売られるなんてことのないようにな」


「フィー姉様…おせわになりました。この恩義は一生忘れません」


「いや、重いからさっさと忘れてくれ」


「それと…これをお返しします」


そう言ってユーキは来ていた執事服と奴隷の指輪をフィーネに返そうとした。


「…餞別だ、くれてやる。何かの役には立つかもしれん」


そう言ってフィーネは受け取ることを拒んだ。


「ありがとうございます、我が家の家宝にします」


「いや、だから重いって」


ありがたく頂戴したユーキは崇拝するフィーネとの思い出の品としてそれらを家宝にすることを心に誓った。


「さっさと行くぞ、ユーキ」


惜しむほどの別れでもない田中ちゃんはさっさとここから立ち去りたいのか、さっさと背を向けた。


「それでは、フィー姉様、どうかお達者で。シンシアも頑張れよ」


「うん、いろいろありがとね、ユーキ」


昨日の晩で吹っ切れたのか、そう言うシンシアの顔はすっきりしていた。


そして、たくさんの奴隷仲間に見送られる中、ユーキ達が背を向けて去ろうとした時…フィーネが二人に声をかけた。


「おい、忘れ物だぞ」


そう言って庭の片隅に捨てられた棺桶を指差した。


それを見た田中ちゃんはあからさまに嫌そうな顔をして、口を開いた。


「…餞別だ、くれてやる。何かの役には立つかもしれん」


「いらねえよ」


こうして、田中ちゃん達による君とどこまでも旅する(強制)RPGは再び幕を開けた…








のだったが…





安値で売られ、奴隷を強いられた忌々しい街をようやく脱出することができ、ご満悦な田中ちゃんの目の前に突然何やらメッセージウィンドウが現れた。


何かを知らせるメッセージウィンドウなのだが、INT1の頭ではその内容を理解できなかった。


メニュー画面やメッセージウィンドウは他のプレイヤーには見えないため、代わりにユーキに読んでもらうこともできなかった田中ちゃんはとりあえず放置することにした。…それが悲劇の始まりとも知らずに…。


一方、ユーキはというと久しぶりの冒険に心が踊っていた。


フィーネ様という神の御許で働くことも悪くないが、やはり冒険というものは心地が良い。生い茂る木々の間から漏れる溢れ日を全身に浴び、鳥のさえずりを聞きながら二本の足でまだ見ぬ世界を自由に旅する…なんと喜ばしいことよ。


などと呑気なことを考えていたユーキはそういえばこれからどこに行くかを決めていなかったことを思い出し、それを話し合うために田中ちゃんの方を振り向いた。


するとそこには…口から血を吐き出し、全身を血で真っ赤に染めた田中ちゃんの姿があった。


「…これはまさか…毒?」


血を吐いた本人も原因が分からず驚いていたが、元ゲーム管理者の経験からしていつの間にか自分が毒の状態異常にかかっていたことを察した。


ユーキも驚きながら田中ちゃんのステータスを確認して見た。


キャラ名 田中

レベル99

HP 102/999

状態異常 毒


田中ちゃんの考え通り、いつの間にか毒になっていた田中ちゃんは毒の状態異常によってHPをみるみる減らしていた。(毒にかかると時間経過でHPが減る)


街を出てからここまでなにかモンスターに出会ったわけでもないのになぜか状態異常になる原因をユーキが推察していると、田中ちゃんの指に奴隷の指輪がまだ装備されていることに気がついた。


「田中!その奴隷の指輪だ!それが原因で状態異常にかかったんだ!!」


奴隷の指輪は指輪をつけている限りは例え主人から指輪を外す許可を得ていても命令違反すると状態異常にかかる仕様になっているのだ。


奴隷時代にフィーネから『街から出るな』という命令を受けていた田中ちゃんは街から出たことによって命令を違反したことになり、指輪の呪いで状態異常にかかってしまったのだ。


「田中!早くその指輪を外すんだ!」


原因に気がついたユーキは何度も田中ちゃんに指輪を外すように催促した。…しかし、田中ちゃんのINT1の頭脳ではメニューを操作できないので自力で装備を外すことが出来ない。


全ての装備が呪われる縛りを強いられている田中ちゃんには装備変更などという賢い選択は出来ないのだ。


当然、毒を治すアイテムなども持ち合わせていないため、なす術もなくHPは減っていき、とうとうHPが1になってしまった。(毒ではHPが0にはならない仕様のため、毒では死なない)


ここで死ぬわけにはいかない。


田中ちゃんの脳裏にその言葉が浮かんだ。


幸いなことにここはまだ街からさほど離れていない。街に戻れば毒を治せる。


わずかに残った雀の涙ほどのHPを枯渇させないため、慎重に歩みを進めて忌まわしき奴隷の街へと戻る田中ちゃん。


ユーキもモンスターに襲われないように辺りを警戒しながら田中ちゃんを守るように歩いていた。


しかしそのとき、木々の間を縫って一陣の風が吹いた。


少し強いそよ風程度の風は木の葉などのゴミを巻き上げ、田中ちゃん達の間をすり抜けていった。


「あっ、目にゴミが…」


田中ちゃんがそんなことを言ったその瞬間、田中ちゃんの姿は一瞬で棺桶に早変わりしてしまった。


「…嘘だろ、お前」


残されたユーキは思わずそんなことを呟いた。


吹けば消し飛ぶ田中ちゃんのHPは文字通り、風で飛ばされてしまったのだ。


これにはナビィさんも爆笑せずにはいられなかった。


「目にゴミが入ったことが死因とかwww私を笑い殺す気ですかwww」


…ナビィさんが嬉しそうで何よりです。


もはや言葉を出てこないユーキは棺桶を二つ引きずってなんとか奴隷の街へと帰って来た。…およそ、30分ほどの冒険である。


とりあえず田中ちゃんを蘇らせないことには始まらないと考えたユーキはその足で教会へと向かい、神父(幼女)に田中ちゃんの蘇生をお願いした。


「戦士田中の蘇生には990ブラッド必要だが、よろしいか?」


このゲーム、人を蘇生するにはレベル×10ブラッド必要なので無駄にレベルが高い田中ちゃんを蘇生するには990ブラッド必要であった。


信仰するフィーネ様からいただいた1000ブラッドのほとんどをはたいてユーキは田中ちゃんを蘇生させた。


「…気分はどうだ?田中」


棺桶から出て来た田中ちゃんに怪訝な顔したユーキはそう声をかけた。


「一周回って逆に清々しい」


白々しく田中ちゃんはそう答えた。


「…で、これについてなにか解決策はあるのか?」


「ふっ、無いな」


なぜか自信満々に田中ちゃんはそう言い切ってみせた。


「ふざけるなよ!?まさかこれからずっと街を出るたびになにかの状態異常にかかるっていうのか!?」


さすがにユーキも我慢の限界だったのか、ブチ切れてしまったようだ。


「はっはっは、よくわかったな、その通りだよ、ユーキくん」


なぜか余裕満々で田中ちゃんはそう返事をした。


「ふざけんじゃねぇ!!ただでさえお荷物なのにこれからは病人の介護までしなきゃいけないっていうのか!?それなのにそんな余裕綽々な態度しやがって…なめてんのか!?ゴラァ!?」


「まぁまぁ、抑えて抑えて」


なぜか笑顔を見せながらユーキを抑える田中ちゃん。


「これが黙っていられるかぁ!?攻撃は当たらないし!文字は読めないし!メニューはいじれないし!メイド服は履くし!おまけに街を出るたびに状態異常とか…」


「ユーキ!!」


喚くユーキを遮るように田中ちゃんはうつむきながらそう叫び、声をふるわしながらこんなことを言った。


「一番傷ついてるのは、誰か分かるか?」


涙を流しながらそう語りかける田中ちゃんにもはや掛ける言葉を失ったユーキは黙ってしまった。


こうして、攻撃が当たらない、メニューが操作できない、装備が変更できない田中ちゃんに新たに街を出るたびに状態異常にかかる縛りが加わったとさ。…さすがに詰んだな、これは。




おまけ


「戦士シンを蘇らすためには10ブラッド必要だが、よろしいか?」


教会に来たついでにシンを蘇らせるために神父(幼女)に蘇生をお願いしたユーキ。


レベル1のシンは蘇らすのにたった10ブラッドで済む。…なんとも安上がりな命よ。


もらった1000ブラッドのうち990ブラッドは使い果たしたが、残りの10ブラッドで復活させられるのならいいかと思い、神父(幼女)の言葉をユーキが快諾しようとしたその時、田中ちゃんがユーキに話しかけて来た。


「余った10ブラッドでシンを蘇らすより、8ブラッドで薬草を一つ買った方がよくないか?」


ユーキは少し考えた後、棺桶を引きずったまま教会を後にしたとさ。

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