ゲームの中くらい女の子の一人や二人守らせてくれよ
田中ちゃん達の主人であるフィーネが待つ部屋に『コン!コン!』というノックの音が響き渡った。
ドアを二回ノックするのはトイレの時とか色々あるが、それはさておき、部屋に執事服に着替えたユーキとメイド服を履いた田中ちゃんが入って来た。
執事服のユーキはともかく、奇抜な格好をした田中ちゃんを前にも関わらず、フィーネはいつも通り凜とした声で話しかけて来た。
「一応、言われた通り着替えては来たな…」
「え?いいの?一人冒涜的ファッションしてるけどいいの?」
フィーネの言葉に疑問を隠せないユーキ。
「いいんだよ。このイベントはとりあえずメイド服を『装備』さえしていれば進行フラグが立つんだからさ」
そんなユーキに元ゲームの管理者としてのメタ的回答をする田中ちゃん。
「さて、それでは早速君達に仕事を与えよう。君達にはこの街の見張りをして貰いたい」
「見張り?」
「君たちは元冒険者なのだからそこそこ腕もたつだろう。だからその経歴を生かして街の治安維持のために見張りをして欲しいのだ」
そういうわけで、街の見張りをすることになった田中ちゃんとユーキ。
「奴隷になったからどんなことやらされるか俺は不安になっていたが…案外普通な仕事だな」
「だから私は言ったでしょ、フィーネに拾われたのはラッキーだったって。飼い主によってはきつい肉体労働とか人体実験とかやらされちゃうし…」
田中ちゃんの言う通り、街にはちらほらと重たい荷物を運ばされる奴隷の姿があった。…もちろんのこと、その奴隷もその飼い主も美少女である。
「それにしても…なんとか逃げる方法とかないのか?」
「『逃げるな』っていう命令と奴隷の指輪がある以上、逃げるのはほぼ不可能だよ。おそらくこの街を出た瞬間に奴隷の指輪の効果で何かしらの状態異常にかかる。治す手段もないから、おそらくそのまま協会送りになるよ」
「んー…じゃあ主人のフィーネを倒すとかは?」
「レベル80もあるんだよ?普通なら無理だよ。…まぁ、私の攻撃が当たるなら一発で殺せるんだけどね」
「じゃあ他に方法は無いのかよ?」
「安心しなよ。方法はある…とりあえず、見張りの最中にアリルを見つけたら話しかけて」
「アリル?。俺たちを売ったあの田舎娘にまだなんか用があるのか?」
「アリルと会話すれば分かるよ。奴隷の契約を解く方法に関してはフィーネに直接聞いてくれ」
「ふーん、フィーネにねぇ…。奴隷オークションの時に小耳に挟んだことだけど、なんでもあの領主、けちん坊だって話じゃないか。…奴隷から解放されるために一体どんな条件を吹っかけられるのやら…」
結局その日は何事も起きることなく、ただ時間だけが過ぎ、見張りが終わる時間になったため、田中ちゃん達は屋敷に帰って来た。
特に何か起きたわけでもないので見張り自体はそんなに難しいものではなかったが、時代を先取りし過ぎている逆さメイド服の田中ちゃんのそばにいたせいか、やけに突き刺さる視線が痛々しかった。
その後、フィーネに奴隷解放の話を尋ねるべく、ユーキはフィーネの部屋に訪れた。
「一人1000ブラッドだ」
「…1000ブラッド?」
「奴隷から解放されたいのならば、一人あたり1000ブラッド集めて来い。…それが出来ない限りは奴隷としてここで働いてもらおう」
フィーネから奴隷解放の条件を聞いたユーキ。買った時は10ブラッド程度だったにも関わらず、それを破棄するのには100倍のブラッドが必要であることにユーキは『流石はけちん坊フィーネだな』などと考えていた。
「一人1000ブラッドなんてどうやって集めればいいんだよ」
部屋に戻ったユーキは田中ちゃんに高額なブラッドをフィーネから吹っかけられたことを愚痴っていた。
「一人あたり1000ブラッドってことは…俺と田中で2000ブラッドも集めなきゃいけないんだろ?」
「いや、シンを忘れるなよ」
部屋の片隅に棺桶となって横たわるシンのことを忘れて計算をしていたユーキ。今は棺桶のため、奴隷の指輪をつけられてはいないが、目覚め次第装備させられることになるだろう。そうなれば必要な額は3人分となるのだ。
「あー…あの棺桶のこと忘れてたわぁ。3人で3000ブラッド…一体集めきるのに何日かかるのやら…」
そんなこんなでとりあえずその日は床につくことにした田中ちゃんとユーキと棺桶。一つの部屋で棺桶を挟んで川の字で雑魚寝することになったのだが、思っていたよりも棺桶が大きいせいで横になれないことに気がついた田中ちゃんとユーキ。
「じゃんけんで負けた方がこの棺桶を外に捨てに行こう」
そんな田中ちゃんの冒涜的提案により、シンが詰め込まれた棺桶は寒空の下、一人寂しく夜を過ごすのであった。パーティから忘れ去られるわ、棺桶呼ばわりされるわ、捨てられるわ、殺されるわ…不憫なやつである。
数日後…
相変わらず奇抜なファッションで街の人の視線を釘付けにしている奴隷の田中ちゃんとユーキの姿がそこにはあった。
幸いなことにフィーネの奴隷に対する処遇が良いせいか、毎日三食は食べることはできるし、自由時間や休日、さらには週に一度には多くはないが給料まで貰えたため、彼らの奴隷としての生活は特に困ることはなかった。
「もう冒険なんかやめて一生奴隷でもいいんじゃないですか?」
週休2日、労働時間も1日きっちり8時間、意外にもホワイトな奴隷生活を送っている彼らに妖精のナビィはそんなことを囁いた。
「私はあなた達には向いていると思いますよ、奴隷」
ニッコリと笑ってそう告げるナビィ。
「ふざけるな。俺はこんな生活に満足してない」
「いいじゃないですか。どうせこのゲームをやる前も今とあんまり変わらない生活を送ってたんでしょうし」
「こんな奴隷生活に甘んじてたら俺はなんのためにこの世界に来たか分かんなくなるだろ?」
冒険をすべくこの世界に飛び込んだユーキはそう言ってナビィに反論した。
「ユーキの言う通りだ。私もこんな生活に甘んじるつもりはない。とっととゲームをクリアして再び管理者としての立場に返り咲き、自堕落な生活を送ると決めているんだ」
「今の生活の方が健全でいいと思いますよ?」
「そういえば…前々から思ってたんだけどさ、田中は今のゲームの管理者と『ゲームをクリアしたら管理者権限を返してもらえる』っていう約束をしているらしいけど、例えこのゲームをクリアしても相手が約束を守る保証はあるのか?」
そんなユーキの疑問に自信満々で答える田中ちゃん。
「心配無用。このゲームは誰かがクリアすればプレイヤーは全員強制ログアウトされ、全てのゲームデータはリセットされるようにプログラムされている。だから私がとっととゲームをクリアして、今の管理者含めて全員がログアウトした後、私がデバック用のデバイスからログインすれば、簡単にデバックルームを取り戻せるからな」
「へぇ、誰か一人でもクリアすればログアウトできるんだ。…っていうか、田中の目的って生死をかけたデスゲームを運営することだろ?。全員ログアウトしちゃったらもう誰もプレイヤーが残らないんじゃないか?」
「そんなことはないさ。現にこのゲームが生死をかけたデスゲームであることを知りながらもこのゲームの世界に飛び込んで来たものは少なくない。…ほら、あの棺桶だってその一人じゃん?。そういうわけで、仮に全員ログアウトしたとしても、プレイヤーがいなくなるわけではないさ」
「そんなもんなのかな?」
「そんなもんさ。…ユーキだって、仮にこのゲームがデスゲームだと知っていても、プレイしたんじゃないか?」
「…どうだろうな」
田中ちゃんの指摘に少し考えるそぶりはしたが、ユーキはそれを完全に否定できないことに気がついた。
例え、このゲームが生死をかけたデスゲームだとしても…このゲームには命をかけてやる価値がある…いや、むしろ命がけだからこそ…。否定できなかったその理由はユーキは心のどこかでそう考えてしまっているからだ。
「でもさ、なんでわざわざ命がけのデスゲームにする必要があるんだ?そこまでしたらゲームの運営に支障が出るだろ?」
「さあね、私もそこまで聞かされていないからね。とりあえず私は命がけのデスゲームの管理者を務めれば何もかもが思いのままの自堕落な生活が送れるってことになってるんだよ」
「何もかもが思いのままねぇ…」
仕事の時間にも関わらず、私語を慎むことを知らない二人にナビィがそっと声をかけた。
「な〜に仕事中にお喋りしてるんですか?。普段お世話になっているご主人様のためにもっと身を粉にして働こうとは思わないんですか?」
「ふん、ただのデータの塊に過ぎないNPCのために流す汗水など一滴も無いわ」
ナビィの注意に悪態を吐く田中ちゃん。
「おいおい、ただのデータの塊は言い過ぎだろ?。確かにNPCはプレイヤーが操作しているわけじゃ無いし、データの塊といえば塊だけど、俺から言わせて貰えば塊とはいえ魂はある。俺の中ではみんな生きてるんだ。そう考えた方がこのゲームを楽しめるだろ?」
「別に私はこのゲームを楽しむつもりはないからな。どんなに複雑なアルゴリズムでプログラムされていようが、所詮は実体のない偶像さ」
そう言って考えを変えない田中ちゃんの後ろでナビィは一言、ぼそりとこんなことを呟いた。
「自分だって大差無いくせに…」
「ん?何か言ったか?ナビィ」
「いいえ、何も言ってませんよ。耳が腐ってなんか聞こえただけじゃ無いですか?」
「まったく…ほんとこいつは鬼畜なプログラムしてるよな」
田中ちゃんがナビィに向かってそんな言葉を口にしたその時、付近で何か大きなものを落とした音がした。
音の方を振り返るとそこには小汚い衣服に身を包んだいかにも奴隷な小さな少女が転倒していた。
「まったく…本当にこのチビは使えない子だね!!」
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
どうやら運んでいた荷物を落として壊してしまったらしく、そのせいで主人を怒らせてしまったようだ。…ちなみにだが、主人ももちろん美少女である。
「こんな使えない奴は…体で教えないと学ばないようだね!!」
そう言って主人は鞭を取り出し、奴隷の少女に向かってそれを振るった。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
抵抗することもできず、少女の体はなんども鞭を浴びさせられた。
「…さすがに見てらんねえな」
「変な気起こさないでよ。関わってもろくなことがないから…」
「悪いけど、傷ついてる女の子を放っておくのは主人公失格になるからな」
その様子を遠くから見ていたユーキはそう言って少女の元に駆け出した。
「お、おい!ユーキ!待て…」
止めようとする田中ちゃんの声に目もくれずにユーキは女の子の元へと走って行った。
「こんな出来の悪い子には…キツイお仕置きが必要だね!!」
主人がそう言って女の子に向かってさらに鞭を振るったその時、ユーキはその間に颯爽と割って入り、女の子の代わりに鞭を受け、身体を張って女の子を守ったのだ。
ユーキは自らを犠牲にして女の子を守るというまるで主人公のように颯爽とその場に現れ、そして…
主人の鞭による攻撃によりHPが底をつき、棺桶になってしまった。
それもそのはず、この鞭を振るう主人はレベルが50もあるため、レベルがたった11しかないユーキがその攻撃に耐え切れるわけがないからだ。…ちなみに、その鞭を何発も耐える女の子はレベルが45ある。
身体を張ってカッコよく女の子を守って登場したかと思えば次の瞬間には棺桶になってしまっていたことに思わず困惑する主人と女の子。
あまりの貧弱さに思わずため息を漏らす田中ちゃん。爆笑するナビィ。
事態が飲み込めず、しばらくその場で固まっていた主人と女の子だったが、何事もなかったかのように主人による女の子へのお仕置きは続行された。
「あんたみたいな使えない子はいらないよ!どっか行っちまいな!」
そう言って鞭を払う主人。
「ごめんなさい…私、頑張ります。…だから…どうか捨てないでください。捨てられたら…私は…私は…」
そんな主人に女の子は泣きついてそう懇願した。
「いや、もう限界だね!お前みたいな使えない奴は…どっか行っちまいな!!」
主人がそう叫んだ時、ある一人の女性が近づいて来て、こう声をかけた。
「…では、その奴隷をこちらに売っていただけないだろうか?」
そう声をかけたのはこの街の領主であるフィーネであった。
「あんた…フィーネか。噂は聞いてるよ、なんでも奴隷を安く買い漁ってるんだって?。そんなハイエナみたいな下賎な行動…気高き貴族様が聞いて呆れるね」
「…それで、その奴隷は売ってくれるのか?」
主人の嫌味を無視して交渉を進めようとするフィーネ。
「いいよ、こんなゴミならタダでくれてやるよ。どうせフィーネ様には支払う懐が無いだろうからね」
あざ笑うかのように主人はそう吐き捨ててその場から去ってしまった。
「…立てるか?」
優しく女の子にそう声をかけるフィーネ。
「あ、ありがとうございます」
「名はなんと申す?」
「わ、私は…シンシアです。どうぞよろしくお願いします、ご主人様」
その後、フィーネは新しく奴隷となったシンシアを連れて屋敷の方へと戻って行った。
現場には名も知らぬ棺桶が一つ、ポツンと置かれたままだったとさ。