(4)
なんだこれは。
何も見えない。
というよりまず何が起こった?
あの声は誰だ?
「いろいろ考えたいのは分かるけど、無駄だからやめてくれる?」
まただ。またあの声が聞こえる。
「誰だ!?」
「うるさいなあ。大声で叫ばなくても聞こえてるよ。」
気怠そうな声。本気で謙三の存在を鬱陶しがっているのが窺える。
しかし、謙三に声の主の聞き覚えはない。まして邪険に扱われる覚えなど更にない。
「あんた誰だよ?」
「あーもう。ほんとに無駄だからやめようよ、こういうの。」
何を言ってるんだ。全く意味が分からない。
そもそも質問に答えろよ。
見えぬ相手に向かって毒づく言葉がとめどなく胸の内にこみ上げてくる。
しかしこれをぶつけた所でまた無下に扱われるか、理解の及ばぬ答えが返ってくるのだろう。
だがそれにしたって何一つ分からないこの状況をこのままずっと過ごすわけにもいかない。
「あんた、夢だって言ったよな?」
「ん?そうだけど。」
「あれはどういう意味だ?」
「意味?意味なんてそのままだよ。夢って言ったら夢なの。」
決して幼い年齢ではない声色だが、幼稚なその言葉遣いに苛立ちを覚える。
「そう言われても分からない。可菜美も宝くじも俺にとっては紛れもない現実だったんだけど、違うって言うのか。」
「違う、とも言えないんだけどねー。」
なんだそれは。おちょくられているのだろうか。
それでいて全てを知った風なこの口の利き方。
上の立場から物を言われている事も気に食わない。
「まあ、君がそう思うのも仕方ないよね。うん。だってそういうもんだと思うよ。」
「意味が分からないんだが。」
「意味意味意味意味。鬱陶しいったらないなー君は。もっとましなのにすりゃ良かったかな。」
「鬱陶しがられようが、この状況を俺はどうにかしたいだけだ。」
「あっそ。じゃあ早めに言っとくけど、無理だよ。」
「無理?」
「うん、無理。どうにもならないよ。」
「絶対にか?」
「君の力じゃ無理。」
「お前なら出来るってのか?」
「僕にしか出来ないよ。」
進んだかと思えば後退するようなもどかしさ。
話せば話すだけエネルギーを消費するだけで何も得る物がない。
まさに無駄。
だが鍵を握っているのは間違いなくこいつなのだ。
無理といいながらも、こいつは突破口を知っている。
こいつをどうにかしなければ俺は戻れない。
「どうすれば、お前は俺を助けてくれる?」
「助ける?なんで僕が君を助けないといけないの?そんなつもりはないんだけど。」
あっけらかんと声の主は絶望を謙三の目の前に振りかざしてくる。
奴にしか出来ないのに、奴にその気は全くない。
やはり自分の力でなんとかするしかないのか。
「話戻すけどさー。」
声が呼びかけてくる。
「どう思ってんの、実際。」
「どうって?」
「君の身に起きた事。」
それは、可菜美や宝くじの事を言っているのか。
奴は夢だと言った。
でも、謙三にとってはそうじゃない。
間違いなく体験した出来事だ。
第三者にそんな審判を下される謂れはないはずだ。
「運命的だと思ったよ。夢のような出来事だが、確率的にはなかなかあり得ない出来事だが、現実だという事に変わりはない。」
声は押し黙った。
先程までの神経を逆撫でしてくるような棘づいた言葉は何一つ返ってこない。
逆にその沈黙が謙三を痛めつける。不安が押し寄せる。
くそっ。これでは本当に立場が完全に下ではないか。
「間違ってはないんだろうなーそれって。」
しばらくして聞こえた声は相変わらずだるそうなものだった。
その内容はやはりのらりくらりとして真実を掴みとれない。
いつまで泳がせるつもりなんだ。
「君の言う通り、なかなかあり得ない出来事だろうね。運命的。そう思うよ。」
「一体何が言いたいんだ。」
「でも、君こう言ってたじゃない。」
「?」
「彼女と初めて出会った時。」
「初めて出会った時…。」
「”こんなのマンガとかでしか見たことないよ。”って。」
こいつは何故だか分からないが、全てを知っている。
俺に起きた出来事。
少なくとも彼女に出会ってからの事を。
「…それがどうした。」
指が震えている。
俺は恐れているのか?
奴が次に何を言うのか。
途端、耳を塞ぎたくなる衝動に駆られる。
でもだめだ。
しっかり聞かないといけない。
それは俺がしなくてはならない事だ。
「あんな事、そうそう現実に起きるわけないじゃない。」
ため息まじりで吐き出される声には疲れを感じさせた。
今までの気怠さも、ただの疲れからきていたものだったのかもしれない。
「だってこれ、小説だもの。」




