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その王冠が落ちる時

作者: 尚文産商堂
掲載日:2013/05/31

昔、今に至る一つの王朝が生まれた。

スミス王朝と呼ばれているその王朝が属している王国は、これまでに幾度となく、王朝交代をしてきた。

サラザ・オルド王国と呼ばれるその国の一つの王朝にすぎなかったが、王朝の初代にあたるサラザ・オルド・スミス1世、通称スミス1世の父親は、前の王朝の最後の王であるマイキー11世の姪に当たるアリーと結婚した。

その他にマイキー11世の近親者はなく、マイキー11世の崩御と同日、アリーはアリー1世として即位した。

そのため、サラザ王国は最初はアリー1世の治世となった。

だが、スミスはアリー1世と結婚した。

戴冠式の翌年のことだ。

デュークであったスミスは、王配と称することとなり、アリー1世王配デューク・スミスと称した。


数年後、アリー1世は息子を産んだ。

この息子が、スミス王朝初代国王であるスミス1世である。

さらにアリー1世は子どもを何名か産み、息子が2人、娘が3人となった。

そのうち長男が王位継承を行ったのは、アリー1世の崩御に伴う継承であった。

アリー1世は若く、まだ30代前半であった。

そのため、スミス1世は未成年で王位を継承し、摂政としてアリー1世王配デューク・スミスが就いた。


摂政として、アリー1世王配デゥーク・スミスは、極めて旺盛な外征により、国庫は疲弊していった。

だが、それを上回る領土を得ることができ、国民は満足をしていた。

その一方で、侵略された側の王や女王を捕まえ、自らの臣下として同一のところへ配する。

そのような心配りは、反逆を引き起こす原因となるとして貴族階級によって否定はされたものの、子供らを嫁がせることによって、それぞれの元王や元女王を貴族階級へと引きいれた。

それによって、反乱がおきることは、一切なかった。


アリー1世が無事に15に達した時、摂政としてのアリー1世王配デゥーク・スミスは引退した。

その一方で、王族の最年長としては依然として存在しており、院政を敷こうとした。

その試みは、アリー1世がさせることはなかったが。


デゥーク・スミスは、アリー1世に対して帝王学を学ばせた。

それは、外征を行い、領土や資源と言った財産を奪い取ることによって、国内を豊かにすることだった。

それによる豊かさは、国外の併合を意味しており、それは戦争によってしか成り立たない経済である。

そのことを同時に教え込み、国内の産業も発展させることを説いた。

万民が豊かになるためには、国内を統合し、国外を平定し、治世を安定させ、国民を豊かにしなければならないと。

それを忠実にアリー1世は実行した。


近隣諸国は、戦争に苦しんでいた。

産まれてはすぐに消えゆく国々は、歴史にも記されない無名の国々。

だが、確かにそこに存在していた。

その証拠に、現在のサラザ・オルド帝国は、サラザ・オルド王国を中心として、数多くの領主、貴族、騎士、地主や王国を配置していた。

それらの領主、貴族、騎士、地主、国王は、アリー1世の治世において、進攻し占領し配下とした国が主である。

この時期、戦争は1カ月ごとに行われ、休みはなかった。


だが、国民は飢えていなかった。

国が率先して行う公共事業は、結果的には対外戦争と言う形ではあったが、国の様々な産業を発展させた。

特に、軍需として必要である馬、食料、剣や弓、馬にひかせる車といったものは、隆盛を極めた。

それらを支えるためには、どうしても戦争を続ける必要があった。

そのために、アリー1世は戦争を続けた。


その戦争の治世が終わるのは、デゥーク・スミスが死ぬときまでであった。

アリー1世は深く嘆き悲しみ、国葬をもって、国家へのデゥーク・スミスの恩をねぎらった。

その葬儀は、今でもアリー1世が作らせた本によって、その様子をすることができる。

それによれば、国内の戦争は止み、国民は深く悲しみ、葬儀が終わるまで雨が降り続き、全ての領主、地主、貴族、騎士は、葬儀の為に参内したという。

国土が荒廃することがなく、その治世は豊かな物であった。

それをたたえるための歌まで作られたほどだ。

アリー1世は、この年、子供が生まれているが、それは嫡出ではなかった。

いまだに結婚していないアリー1世は、この時、すでに30を超えていた。

そのため、臣下にはこぞって娘をさしだして、アリー1世との姻族関係を結ぼうとする輩がいたが、アリー1世が愛した女性は、その時、まだ出会っていなかった。


対外戦争のうち、最も規模が大きく、アリー1世が直々に戦闘へお出ましになられたのはただ1回。

それは、いまだに語り継がれている戦争の一つであり、当時の巨大勢力ロクバータ女帝への戦争であった。

このロクバータ女帝は、本名をイワネス・クロッシツル・ロクバータ3世といい、最強の女として知られている。

ロクバータ女帝は、この時に初めて戦地を訪れている。

兵士の激励が目的であったそうだが、敵対している国家の王が、同時に戦地へ来ているということもあり、みておきたかったというのが本音であろう。

アリー1世とは違い、ロクバータ女帝は占領した地域の長を次々と処刑している。

そのため、血塗られた女帝と言う二つ名があるほどだ。


その日は、晴天であったと伝わっている。

ロクバータ女帝は、当時最先端であった双眼鏡を使い、アリー1世を遠くから見ようとした。

その瞬間、恋に落ちたという。

アリー1世は、この時には、まだそのことを知らない。

ただ、くしゃみをしたという記録が残っているから、虫の知らせでもあったのだろう。


その直後には、アリー1世の元へ軍使を送り、完全なる中立の場所で直接会いたいと言う話を伝えた。

アリー1世は面白いといって、軍使に場所を指定した。

その場所は、戦闘地域のちょうど中央にある、クロミスール高地であった。

そこには街があり、古代にはこの街をめぐり、大きな犠牲が払われたこともある。

だが、七重に囲まれた城壁、壁の上から繰り出される弓、そして五重の堀を越えることはできず、この街は、現在においても重要な要塞都市として名が知られている。

この街の名前がクロミスールであり、そのそばの高地だからクロミスール高地と呼ばれることとなった。

クロミスールは1人の市長と呼ばれる王が政治を行っている都市国家である。

その市長が仲立ち人となり、アリー1世とロクバータ女帝の会合をセットした。


ロクバータ女帝はこの時35歳、アリー1世はこの時32歳であり、年が近いこともあってか、終始穏やかに事は進んだ。

それが変わったのは会談終了間際である。

ロクバータ女帝がアリー1世に対して求婚をしたことがきっかけだった。

その言葉は詳しく伝わっていないが、結婚をしてくださいとかいうきまりきった言葉であったことは推測できる。

少なくとも、アリー1世は周囲からの勧めに従い、ロクバータ女帝と結婚を決定。

この戦争も、それによって消えた。

クロミスールは、この功績によって両国から皇位並びに王位同等公爵が与えられ、現在でも市長職にはこの爵位が与えられることになっている。


ロクバータ女帝とアリー1世の結婚によって、サラザ・オルド王国はロクバータ帝国領サラザ・オルド王国となったが、アリー1世はロクバータ帝国の高配とされた。

そのため、家族がいない―正確には家族を全員処刑して一人きりになっている―ロクバータ女帝が崩御した際には、アリー1世がその地位を襲ねることとなった。


数年後、初の嫡出子が生まれる。

ロクバータ帝国、サラザ・オルド王国およびそれらの配下の地域では、慶事として盛大に祝われた。

この子供は、後にアリー2世と呼ばれることとなる。

前の非嫡出子は、すでに10歳になっていたが、その子はサラザ・オルド王国の王族待遇が与えらる事になった。

こうして、アリー1世は血のスペアともいうべき子供と、王位と皇位の継承ができる子供を手に入れたことになる。


それから、ロクバータ女帝は51歳まで生きた。

子供はただ一人、アリー2世だけだった。

戦争の日々は、すでに30年もの間遠く過ぎていき、繁栄を極めた国内は、政治的にも安定し、現在に至るまでその範囲を広げも狭めもしていない。

皇帝位を継承したアリー1世は、サラザ・オルド王国を帝国へとした。

国内の王の上に位置すると言うことである。

これによって、ロクバータ帝国皇帝位とサラザ・オルド帝国皇帝位が同一人物によって占められることが決定した。


アリー1世は、それから数々の公共事業を進め、74歳に、その生涯を終えた。

それ以後、アリー1世とロクバータ女帝の子供が、これらの皇帝位を世襲している。

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