さよならサンセット
学校で、喧嘩した。
ガキっぽいガキの話だけれど。
アイツが、浮気した。二股というヤツだ。
「噂で聞いて、昨日見た」
「・・・」
俯いたまま、何もいわないから、私だけが一人口を動かしていた。
「可愛い子だね」
「・・・」
「私とは違って」
ガキなりにちゃんと形になってたと思う。ちゃんとした形ってなんなのか、分からないけど。
けど、私にも悪いところはあるんだなあ、なんて思ったらしょうがなかった。
もちろん、アンタにも悪いところはたくさんあったのだけれど。
好きになって、恋して。
それが続いて、愛になるって思ってた。
けど、やっぱりそういうのってないんだ。
じゃあ次の恋も期待できないじゃん。
「今日も待たせてるの?」
「・・・」
「早く帰りたい?」
「・・・」
言い訳をするわけでもない、これ以上話したくないって顔。
そんなの見せられるために呼んだわけじゃない。
「もういい、別れよう」
「・・・ああ、じゃあな」
ただ素っ気無く、返された。
顔を見たら、案外普通だった事にショックを受けた。
そんな言葉で今まで私を縛ってた、好きとか大切とか言葉とか思い出が、崩れ去ってしまう。
そんな一言で、私達は無関係になっちゃうんだね。
軽く背を向けて、歩き出す。
ごめん、今までだって帰り道逆だったんだよね。
悲しんでくれるとかさ、引き止めてくれるとかさ。
少しはあるものだと思ってた。
淡い望みだった。
少ししてから振り返ったら、人影なんてなくて。
追ってくるアイツの姿なんて全くなわけで。
がらりとした、一本道。
右側に、フェンス越し、まだ運動部が活動してるグラウンド。
道路をまたいだ左側には、ポツリポツリと田んぼと民家。
今、まだ帰る途中にも関わらず、何度も思い出しては下唇を噛んでる。
だってそうしなきゃ、涙が零れちゃいそうだ。
肩からずり落ちたカバンがどさっと音を出した。
真っ赤に沈んでく夕陽はまるで、私の恋の終わりを表してるみたいで。
お前なんか明日もまた昇って沈むくせに!
心の中で、呟いたつもり、だった。
「・・・っぷは、何その、文句!」
振り返った勢いで涙が零れて筋を作ったけど、そんなのお構いなし。
笑ってるやつの顔には見覚えがあった。
「安藤、公陽・・・?」
「せいかい。よく知ってんね」
目の前に涙流してる女子が居るってのに、お構いなしですか。
ていうか、笑うな。
「頭、いいって聞く」
ぐずっと鼻をすすろうが、袖で涙を拭こうが、たぶんおそらく目の辺りがちょっとパンダになってそう・・・だろうが。
お構いなしに、目を細めて笑ってる。
少しだけぼさっとした夕陽に透けて赤く見える髪。
ネクタイを外して第二といわず第三ボタンまであけてしまって覗く鎖骨。
カッターシャツの裾がペロッと出ているのにだらしなく上に引っ掛けられたブレザー。
「勉強はしとくにこした事ないからね」
「てか、なんでここにいんの、」
もう一度、ズズズッと鼻をすすってから聞いた。
女子力の低下を嘆いて、もう一度泣いてもいいですか。
「んー、当ててみてよ」
「頭イー人の思考回路なんて私、わかんない」
失恋して、凹んでるんですが。
放置してくれないみたいなので気晴らしだ。
会話してみることにした。
「じゃあ、5択で。
1.どうしても今日この場所を通りたかった
2.この先のスーパーで肉の特売日だから
3.古谷こよみが見えたから追っかけた
4.下校中の寄り道は醍醐味だから
5.今なら失恋した子を射止められると思ったから」
「・・・2」
コレでも結構普通のを選んだつもりだった。
だって、選択肢5つのうち2つは何か私に勘違いさせたいみたいな。
そんな感じだった。
それはきっと思い過ごしだ。
「ずいぶん冷めたお答えで。けど、ブッブー」
「じゃあ、4」
まるで本気のゲームを楽しんでいるように、彼は楽しそうに言うから。
誰もいいなんていってないにもかかわらず、次の答えを答えていた。
ズルい、とか言われるかと思ったけれど別にいわれなかった。
「それもちがうなあ・・・もしかして寄り道ばっかりしてるように思われてんの?」
「じ、じゃあ・・・」
いよいよ選択肢も残るは3つ。
けど、どれもやっぱり勘違いさせたいみたいな。
「い、ち・・・」
「1/3、正解」
「えっ」
照れくさそうに鼻の頭をかく彼。
「もう、いい加減に答え言ってもいーですか」
「え、あ・・・ごめん、つい答えてしまって」
「いいけどね。今まで会話の切っ掛けがなかったから。で、答えね」
手を口元に添える。
メガホン代わりにじゃなくて、耳に添えて小声でささやく時のように。
「答えは1と3と5!」
「え、」
あちゃー、いっちゃった。
なんて軽く彼は笑った。
困ったような、照れたような、そんな表情を誤魔化そうとする、笑い。
引っ込んだ涙が、また溢れそうになった。
「や、やだなあ、安藤くん」
ぴたっと止まる、彼の笑い。
「そんな冗談言う人だとはおもってなかっ・・・」
「冗談じゃないよ。去年から、ずっと、目では追ってた」
真剣な、声。
言葉が出てこない。
嬉しいのに、どうせまた、と思う。
きっと、私より可愛い子が出てくる。
そんなこと言うなら、一度でも私に関わらないで欲しい。
もう、いやだ。
「彼氏が居るって知って、本当に見てるだけになった」
今年クラスが一緒になってみてるの正直キツかったよ、とひとりごちる。
「だから、さっきの見て。ホント、悪いんだけど、俺にとってチャンスじゃん、って思った」
ごめん。付け足すように言う。
「古谷がアイツの事、好きだった事も知ってる。今だって、本当は後悔してるって。
だけど、俺、アイツに負けたくないよ。アイツみたいに、見捨てたりしたくないよ。
俺に、チャンスを頂戴?やっぱりアイツの事忘れられなかったら、振ってくれて構わないから」
そこで言葉をいったん止める。
どうしたのかと、不意に思って下げていた顔を上げた。
真っ直ぐに私を見る、安藤くんがいた。
「俺、古谷のこと、好きだよ」
答えは、すぐに出そうとしなくていいっていってくれた。
まずは、お友達からで、といってくれた。
「っ、う、うわぁああ…」
「え、ちょ、古谷!?」
ごめん、安藤くんよ。
私、今の話半分以上まともには聞けてないから、良かったら今度もう一度言ってくれないかな。
今はまださ、あんなやつの事で頭がいっぱいなんだ。
思い出は引き出しを用意して入れてくからさ。
それが落ち着いて、前向きに考えられそうだったら。
ちゃんと考えるからさ。
今日だけ特別に、なんでもない、初めてであった私達だけれども。
胸を貸してくださいな。