誾千代
皆大好き誾千代様の登場です。
毎度の事ながら歴史上の人物は作者の想像が殆どを占めます。
ご了承ください。
静かである筈の朝方の義雪達が住む長屋。
そこに馬の足音が大きく響き渡る。
乗っているのは立花宗茂で、その表情はかなり険しい。
彼は友である義雪にある危険人物の来訪を教えようと急いでいた。
そして長屋の立身家前。宗茂は馬から飛び降りその扉を勢い良く叩いた。
「獣志郎!獣志郎はおるか!」
「…なんじゃ…騒々しい」
早朝なので当然といえば当然だが、中から返事は帰ってきたので義雪達は在宅のようだ。
さっきまで寝ていたのかその声はどこか眠たそうである。
(早く出ぬか!大変な事になってしまうぞ)
そしてしばらくしてからゆっくりと戸が開く。出迎えたのはまだ多少寝ぼけ眼の義雪であった。
「…弥八郎?こんな夜明けに血相変えてどうした」
戸が開くと同時に宗茂は中を確認する。
宗茂はとりあえずその危険人物と会わせてはならない人物が見える所にいない事を確認する。
しかし安心は出来ていないのかその表情は先ほどと変わらず険しい。
「……菊奈達は?義貞の姿も見えんが」
「…ん?ああ、みんなおるぞ。昨晩は寒かったのでな、皆で一つの布団にくるまって寝てたんだが、魅鳥萌鳥は良くても菊奈が渋ってなあ、色々大変だった……どうした弥八郎、いきなり真っ青になって」
義雪が昨晩の騒動を楽しげに話ている最中、目の前でそれを聞いた宗茂は真っ青になり全身が凍りついていた。
「……と言うことは奥で皆で寝ておると?」
「……?まあ、そういう事になるな」
(まずい、非常に拙い)
宗茂は額、いやその全身から冷や汗を滝のように流す。
(こんな所をもしあ奴が見たら…)
その想像した悲惨な光景を思い浮かべ一瞬精神が飛んだ。
だが、すぐさま飛んだ精神を戻して、そのような事態にしてはならないと動きだす。
「獣志郎!説明は後だ、とにかくあ奴に見つかると大変だ!今すぐ菊奈達を起こし、少しの間どこかに姿を隠し…」
「『誰』に見つからぬように『何』を隠すのだ?宗茂殿」
しかし遅かった。その危険人物は既に宗茂の後ろに当然のように立っていたのだ。
その人物は動きやすいように男物の着物を纏い、長く美しい髪を後ろで束ねている。
顔立ちはかなり整っており、凛々しく美しい美女と呼ぶに相応しい容姿である。
そんな彼女を見て宗茂は固まり、そしてその後ろにいる義雪は、さっきまでの寝も惚け眼を見開き驚く。
「千代…姫様!?」
彼女の名前は立花誾千代。
立花道雪の娘でここで固まっている立花宗茂の妻である。
また、義雪にとっては自分を取り立ててくれた色々な意味で恩人であった。
「…さて、色々説明して貰いましょうか?宗茂殿、義雪殿?」
とても素敵な笑顔の千代であるが、その笑顔とは逆に周りはあまりの威圧感と雰囲気に春の陽気が極寒の冬の如く凍りついていた。
「少し私が居ぬ間にずんいぶんと…まあ、女子が増えましたね。私は立花誾千代、気軽に千代と呼んで下さいね」
「ふぁぁ、魅鳥…だよ」
「萌鳥……だよ、よろし…すー、すー」
「ど、どうも。…私は菊奈です」
(…とても綺麗な人)
立ち話もなんなので、現在千代と宗茂は立身家の居間に上がっている。
居間と言ってもさっきまで皆で寝ていた布団を急いで片付けただけの寝室兼居間である。
立身兄弟、菊奈達姉妹、立花夫婦と計七人がいる立身家の居間は元から小さいのもあって布団も含めてかなり狭い。
そしてそんな中更に肩身の狭い男性陣をよそに千代は初対面の女性陣と挨拶を交わすと、笑顔のまま男性陣(特に宗茂)に話しかけた。
因みに彼等は全員正座状態である。
「説明と経緯は大体父からの手紙で知ってます。ですから別に義雪殿の家に女子が居ようとも、彼の者の性格から間違いは無いことは疑いありませんでした。それよりも……」
千代は目の前の正座の三人をその大きな瞳で鋭く睨みつける。
その威圧感たるや、かの雷神道雪のようであった。
「例え私知っていようが知らなかろうが、かように直ぐ解る隠し事をこそこそとする…姑息な事を考えるようになりましたね、宗茂殿、義雪殿、義貞殿!」
「誤解だ千代!わしはただ、お主にいらん誤解と心配を掛けまいとだな」
(……何が何やらさっぱりわらからん。左平、わかるか?)
(……今起きたばかりじゃぞ?わかるわけなかろう。……というか、何故わしまでここで正座させられておるのだ?)
「黙りなさい!とにかく私を欺こうとした罰として、宗茂殿と義雪殿、義貞殿は私が帰るまでそこで正座してなさい!!……解りましたね?」
「「「ぎょ、御意」」」
あまりの千代の剣幕に三人はただその命を受けるしかなかった。
そして千代は再び菊奈達に振り向き話しかける。
「さてと、阿呆三人組はしばらく放っておいて私達はお話をしましょう。名前と父からの手紙の情報だけでは、どの様な方かわかりませんし…それに」
「それに?」
「同年代の女性で話せる人が少ないので、正直こういった機会は嬉しく思います」
無邪気に微笑む千代。
彼女は立花の姫故にあまり同年代の友人というものが居ない。
一つ目にその身分、二つ目にその容姿が故に高値の花と殆どが千代と話す前から避けてしまうのだ。
故にこの様な機会は本当に稀であった。
父から手紙を受け取った時、千代は自らが登用した義雪の活躍に嬉しく思う傍ら、そこで義雪が配下にしたという菊奈、魅鳥、萌鳥という三人の忍の姉妹に会うのを非常に楽しみにしていたのだ。
彼の姉妹ならば話相手に、友になってくれる、そう期待に胸躍らせていたのだった。
「私に姫様の話相手が務まるか解りませんがそういう事なら」
その千代の微笑みに菊奈も微笑んで答えた。
「ずるいよ菊奈姉!萌鳥達も姫っちと仲良くする!!」
「独り占めは良くありませんぜ?皆で仲良くしよー!」
そこにやっと眠気から覚めた双子が横から入って来た。
「姫っちとは私の事ですか?」
「「そうだよー。姫っちはお姫様だから姫っち。どう?可愛いだろ~」」
自信満々に二人そろって胸を張る双子。
「こっ、こら!萌鳥、魅鳥!姫様になんて渾名を…」
「ふふふ……いや、よいですね。可愛い渾名をありがとう。菊奈も私の事は千代で構いませんよ」
「では…千代よろしくです」
「「菊奈姉堅いよ~」」
「ははははは」
ここまで気兼ねなく同性と話したのはいつぶりであろうか、千代は久しぶりである同性との楽しい会話を楽しんだ。
「そう言えば」
話も盛り上がり半刻あたり過ぎた頃、菊奈は会ったときから気になってた事を千代に聞いてみた。
「ふと思ったのですが、最近まで千代はこの筑前に居ませんでしたよね。一体どこに行っていたのですか?」
「むう…それはですね」
それを聞いた瞬間千代の顔は険しくなる。
(聞いては拙い事だった?)
「すいません、お家の問題とならば軽々と新参者の私にはお明かし出来ませんね」
慌て深々と謝る菊奈。
しかしそれに千代苦笑いしつつもちゃんと答えた。
「いや、別に隠すことでもないのだけど……少々嫌な思い出とかが込み上げて来ましてね。…実は我が父道雪の主君大友義統様の命で豊後の府内に参っていたのですか、その内容と言うのが…」
「「内容と言うのが?」」
その千代の勿体ぶらせた言い回しに話の内容に興味深々な双子。
あまりの好奇心にこれでもかと言うぐらいに身を乗り出した。
「私の評判を聞いた義統様とその父宗麟様のまあ……その、お戯れと言いますか…とにかく下らない用事だったわけです」
「………」
「「???」」
千代の言葉に容量を得ない双子であったが、菊奈は今の「お戯れ」の一言で大体どんな内容か把握した。
大友宗麟とその子義統。
女癖と酒癖の悪さに定評のある大友家の当主。
その二人がこんな美人である千代を居を構える府内に呼び出したのだ。
やることは一つだけだろう。
(しかしこの大友劣勢のご時世に配下の姫を、しかも妻となっている者を呼び寄せて手籠めにしようとは…)
噂以上に大友上層部、特に本家がある豊後の腐敗が激しいと菊奈は思った。
「…それで、千代は無事だったのですか?」
そして改めて目の前の千代の心配をする菊奈。
「…それについては心配ありません。寝室には常に武装した侍女、そして私自身も豊後滞在中は常に甲冑を身に纏っていましたから。もし来ようものならばその穢らわしいものを叩き斬って差し上げる所でした」
「…は、はは、それでは触れる事はおろか、話しかける事でさえ出来なかったでしょうね」
菊奈は穢らわしいものを斬れなかった事を残念そうに話す千代に、若干引き気味であった。
(ひぇぇぇ)
その話を傍らで正座で聞いていた義貞は顔を青ざめさせ、己の逸物を抑える。
同じくその隣で正座している義雪、宗茂はその話に流石だと、関心したように頷いた。
双子は相変わらず容量を得ない雰囲気だ。
「しかし、ご無事なのは良く解りましたが、よく千代の父君である道雪公と夫の宗茂様がそんな場所に行くことをお許しになりましたね」
それを聞いた瞬間千代の眉がぴくりと動く。
何かを思い出したのかその表情は見る見るうちに不機嫌になってゆく。
「……それですが、父上も宗茂殿も雪下達配下の者も非道いのですよ?私が義統様から呼ばれた時、噂を知っているというかご本人を良く知っている父上達ならば愛娘の危機と断るか、もしくは渋るのが普通じゃありませんか?」
「…違ったと?」
「……私の心配をするどころか義統様や宗麟様の心配をなさったんです。これは如何なものでしょう!?」
「ちょっと待て、わしはそなたを信頼してこそだな…」
千代の言葉に傍らで黙っていた宗茂が立ち上がり、突如異議を申し立てた。
しかし、
「正座は?」
「へ?」
「私はまだ一言も立って良いと申した覚えはありませんが?」
「………御意」
千代の鬼のような威圧感に再び無言で正座する宗茂であった。
その後も宗茂や義雪、義貞、更には道雪や惟信、鎮幸に対する愚痴やらを延々と話した千代達であったが、そろそろ日も上がって昼飯時となってきた事もありとりあえず女達のお話会は終了した。
「今日は楽しかった。またお話しましょうね」
「はい、いつでも」
「「姫っちじゃあね!!」」
女達の笑顔と万弁のすっきりした笑み、その傍らには、
(千代…わしは置いていくのか?よもや、忘れてはおるまいな?)
(相変わらず厳しきお人だ…くっ、足に感覚が……)
(…………何故わしまで…?)
足が痺れて立つこともままならない状態の男達が芋虫のように倒れ込んでいた。
誾千代様に関しては今後出来るだけ千代で通そうと思います。
「誾」という字の変換が作者の携帯ではなかなか変換しにくいんですよ(泣)




